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第2話 ヒモ男たちと首輪を失った狂犬

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「お父様……我が家は借金もあり、はっきり言って財政難です。とてもじゃありませんが、ローラン殿下を迎え入れる余裕などありません」

 我がキルメニア侯爵家の財産が底を尽きかけている。
 これは姉が浪費家であることに加えて、父が趣味に多額の金を注ぎ込んでいるからだ。

 次に、我が家の伝統ある事業が破綻しかけてしまっていること。これは父の代で始めた商売が失敗続きだったことに起因する。
 このままではまずいと思った私は、最近では父に代わってこの家の財務や経営を管理している。

 だけど今の当主は紛れもなく、目の前にいるお父様である。だからきっと、私の言っていることも分かってくださるはず。


 だが、父は突然大きな声で笑い出した。一体何がおかしいのかと私がポカンとしていると、お父様は愉快げな様子で口を開いた。


「はははは、何を言い出すのかと思えばそんなことか! はははは!!」
「そんなことって! これは我が家の一大事なんですよ!?」
「あぁ、そうだ。我が伝統あるキルメニア侯爵家の中でも、一番の慶事けいじじゃないか!
「はい……?」

 お父様は何を仰られているのだろう。意味が分からない。

 すると、姉がニヤリと笑った。


「貴女もお馬鹿ねぇ。わたくしと殿下は血縁関係になるのよ? 陛下からだけじゃなく、周りの貴族だって支援を惜しまないわ。そうしたら借金なんて気にしなくて済むようになるじゃない」
「なぁにが辺境伯だ。我が家だってずっと昔から王家に尽くしてきた名家なんだぞ? 陛下だって忠臣には報いるべきだ!!」

 姉とお父様はすっかり舞い上がってしまい、私の意見などまるで無視して話を進めてしまう。

 あぁ、こんな時にお母様が居てくれたら……。


(いえ、お母様が亡くなってからお父様は変わってしまったのよね。あの頃のお優しいお父様は、もういないのよ……)

 お母様を失った悲しみを埋めようと、お父様は姉を甘やかすようになった。

 そして姉は増長し、やりたい放題の日々を送るようになってしまった。


(私はどうすればいいの……)

 そう嘆く私に追い打ちをかけるように、父は嬉々としてこんなことを言い始めた。


「婚約も決まったことだし、新しいドレスが必要になるな……よし、明日はアンジェリカのために仕立て屋を呼ぼう」

 私は耳を疑った。


「待ってください! お姉様のクローゼットには、ロクに着もせずに眠っている服がたくさんあります!! それで十分ではないですか!」

 このままでは本当にお金が無くなる。そう思い必死に訴えるも、お父様の耳には届かなかった。
 それどころか、一切熱の篭もっていないアイスブルーの瞳をこちらへと向けてきた。まるで可哀想なものを見るような目つきで。


「アンタも強欲ねぇ。欲しいなら服ぐらいあげるわよ」

「はい? ふざけないで下さい。誰がそんなもの……」

「ローラン殿下がこの家の次期当主になれば、今以上に贅沢ができるのよ? お古なんて要らないわ」

「お前のような可愛げのない娘はどうせ、嫁に貰ってくれる相手なんていないんだ。このまま家で気楽な生活ができるんだから、お前も我が儘なんて言わず、大人しくアンジェリカに感謝しなさい」

 否定する間もなかった。さらにはお父様の追撃も入ったことで、姉は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 駄目だわ。完全に向かい風しか吹いてこない。私は唇を強く噛みしめながら黙り込んだ。


 確かにお父様が言う通り、姉のおかげで生活は楽になるかもしれない。

 だけどそんなこと、私は望んでなんかいないのに。
 悔しさと怒りと絶望感から涙が溢れてくる。そんな私を見て、姉は満足そうに微笑んでいた。




 ――次の日。結局お父様は本当に仕立て屋を呼び寄せてしまった。
 今ごろは応接室の方でアンジェリカお姉様と一緒に、新しいドレスについての打ち合わせに熱を入れていることだろう。

 しかもその仕立て屋は、街一番の高級店らしい。これで我が家の財政をさらに苦しめることになるのは、ほぼ間違いない。


 そして一方の私は、どこで何をしているのかというと。アンジェリカお姉様の私室を訪れ、ひとり途方に暮れていた。


「はぁ……こっちの問題も深刻なのよね」

 姉が囲っていた殿方のほとんどは、姉の掌返しに愛想を尽かして屋敷を出て行った。

 けれど中にはいまだ居座っている人もいる。例えば、この部屋のソファーに座っている三人の男性たち。


「……」

 私は彼らをチラッと見る。すると視線に気づいた彼らがにっこりと微笑んできた。


「俺たちは君を応援するさ。何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。そうだ、今から一曲舞ってみせようか?」

 キザったらしく両手を上に広げながら答えたのは、チャールズという男性。

 男爵家の三男で、剣を使った舞が得意。その剣舞を披露したところを姉に気に入られたらしい。
 女のように長い黒髪を後ろで束ねており、その髪を指で弄る癖がある。ある程度鍛えているものの、長身で痩せ気味の体は戦士というよりも、踊り子に近い。


「そうですよ。パパの店に頼めば、必要な物は何だって揃えられるからね!」

 ぽよん、と脂肪の乗った胸を叩きながら、父親の自慢をしたのがセザン。

 彼は隣国にある砂漠地帯の出身らしく、焼けた肌と明るい性格が特徴的。そして親の代で成り上がった商家の次男坊だそうだ。
 ただし彼自身に商才はなく、親のスネをただかじっているだけ。金遣いの荒さで、姉と共感するものでもあったのかしら?


「えぇ、僕らはあなたを見捨てたりしません。あぁ、そんな悲しい目をしないで子猫ちゃん。僕が心温まる愛の詩を唄ってあげるから」

 頼んでもいないのに「ラララ~」と訳の分からない歌を口ずさみ始めたのは、吟遊詩人のパヴェル。

 国内をフラフラと渡り歩きながら作詞作曲をしているようで、言葉巧みに相手を丸め込むのを得意としている。姉は彼に自分をたたえる詩を作らせ、それを聞いてえつひたっていた。

 私も何度か聞かされたことがあるけれど、あれは下手くそな音痴の部類に入ると思う。


 正直なところ、彼ら三人のことは苦手だし、関わりたくない。
 総括。あの面喰いな姉が好むだけあってみんな顔は良いし、スタイルも優れている。だけど性格は姉と同類で、彼らに対する私の心証は最悪だ。

 どうせ私のことも『姉と同じ顔だし、自分の物にできれば侯爵家に取り入ることができる』とか『仕方ないからコイツで妥協してやろう』とでも思っているんだわ。


(ああ、頭が痛い)

 ただでさえ他のことで私の精神はすさみきっているのに、どうして私がこんな目に遭わなければならないの? 

 それにこの三人に加えてもう一人、厄介な人物がいる。


「……なんだ。何か用か?」
「いえ、特に何も」

 私の心の声が聞こえたのか、部屋の隅で木刀を素振りしている上半身裸の男性が声を掛けてきた。

 誰も近寄らせぬ威圧感に屈して、私は咄嵯に嘘をつく。すると彼は「ふんっ」と鼻を鳴らして、再び木刀を振り始めた。


(こ、怖い……)

 顔は直視できないけれど、私には分かる。間違いなく彼は怒っています。

 そして彼こそが我が家に残っている四人目にして、姉の横暴による最大の被害者。

 名はリオン。年齢は二十歳で、短く揃えられた金髪に鋭い目つきが特徴。
 敵とみなした相手には容赦をしない性格で、その冷徹さは姉ですら恐れていたほど。


 そんな狂犬のような彼が姉に懐柔されてしまったのは、二年前に起きたとある事件がキッカケだった。
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