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第1章 とあるメイドの旅立ち
第5話 そのメイド、貸しを作る。②
しおりを挟む「主人? あぁ、違うの。私は王都のメイド学校に入学するためにこの街にやって来たのよ。道に迷っていたところで、偶然あなたたちの騒ぎが聞こえたから……」
「見習いのメイドだったのか……ん? その手にあるのは、王都の地図かい?」
私が持っていた手帳の地図を見た騎士様は、少し怪訝そうな顔をした。
そういえば私、この人に道を聞こうとしてケンカに首を突っ込んだのよね。
貴族の端くれである騎士様なら、きっと学校の場所を知っていると思ったから。
「随分と古い地図だな……先代の聖女様がいた時代の王都だ」
「へぇ……それがいつの話なのかは分からないけれど、古い地図なのはたしかね」
「あの有名な聖女様を知らないのかい?……んー、でも大体の地理は変わってはいないかな? このキーパー侯爵家の屋敷が、今ではメイド学校に変わっているんだ。ここの夫人が学校を開設し、今は理事長をやっているから」
彼は地図の一角である敷地を指差して、メイド学校の場所を教えてくれた。
聖女を知らないのって言われても、だって私は田舎の孤児院育ちよ?
国の歴史なんて勉強したって、お腹は膨れないもの。
そもそも私、聖女って単語が大っ嫌いだし。
それよりも、有力な情報を得ることができたわ!!
この地図の場所を目指せば、日が暮れるまでには辿り着けそうね!
ようやく手掛かりを得たと喜ぶ私とは対照的に、なぜか騎士様は少し困った様子をしている。
いったいどうしたのかしら?
「もしやさっきの金貨って、キミの大事な入学資金だったのでは……」
「あら、随分と勘が鋭いわね! その通りだけど気にしないで。私には『幸運の金貨』があるし、きっと何とかなるわ」
「本当に大丈夫なのか? なら良いのだが……」
騎士様はあからさまにホッとした表情になった。
あの金貨は私の御守りだし、とある理由で絶対に使えないんだけどね。
だから実際の私の財布の中身はスッカラカンだ。
まっ、それはともかく。場所を特定するって目的は達成したわ。
そろそろ私も急いでメイド学校に向かわなくっちゃ。
「それじゃあ、私はこの辺で……えっと」
「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったよね。僕はジークだ。今日は本当に助かったよ、ありがとう」
「私の名前はアカーシャよ。道を教えてもらったから、お礼は十分だわ。ジーク様は急いでいるのでしょう? さぁ、早く行ってあげて」
「おっと、そうだった……あぁ、これをキミに渡しておくよ。僕が世話になった証だ」
ジークと名乗った彼は騎士服のポケットから何かを取り出すと、私に差し出してきた。
なにかしら、と受け取って見てみると、それは非常に滑らかな生地でできた白色のハンカチだった。
しかも銀糸で縫われた、立派な龍の刺繍までされている。
「これは……」
「僕の家紋である銀の竜さ。これを見せれば、僕の関係者だとすぐに分かる」
「ええっ!? でもそれって、大事なモノなんじゃ……?」
お世話になっていたアトモス男爵家にも家紋付きの家具とかはあったけれど、いわばそれは看板みたいなものだ。
傷付けたり、勝手に使ったりなんてしたら、重罪として罰せられるってメイド長に習ったんだけど……。
「ふふふ、安心して。それはアカーシャに貸すだけなんだから。必ず僕が取りに行くから、それまで大事に持っていてくれ」
「ちょっと!? そのセリフって……」
「いいから、ほら」
この人、私が金貨を貸すと言った時の言葉を真似したわね!?
意図が伝わったと、ジーク様は少し意地の悪い笑みを浮かべた。
そして彼は引っ込めようとしていた私の右手を取り、その中に畳まれたハンカチを入れてギュッと両手で握り込んだ。
「かならず、僕たちは再会する。そう、願いを込めて」
私の手を包む彼の手は、氷のようにひんやりと冷たかった。
だけどなぜか、私の心は瞬間的に熱くなっていく。
「それじゃあ、また逢おうアカーシャ。メイド学校はかなり大変だろうけど、キミならきっと大丈夫だから」
「えっ?……ああっ」
私の返事も聞くこともなく。彼は花束を手に、人混みの中へ消えていってしまった。
「な、なんなのよ……あの女たらしはっ……!!」
彼の手が離れた今でも、私の身体は熱いままだ。心臓はドキドキと脈打っている。
くそぅ……あれだけ触れられておいて、不快感を覚えられなかったことが逆に腹が立つわね。
これから私とは別の女と会うというのに、チャラチャラするんじゃないわよまったく。
真っ赤になった自分の顔を誰にも見られないように。
私は自分の手で顔を必死に覆いながら、足早にこの場を立ち去った。
そんな私の姿を、花屋の屋根から一羽の奇妙なカラスが真っ黒な瞳でジイッと見つめていた。
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