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三章
28 悪魔の跳梁
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この公爵邸において、緊急事態でもないのにやかましく足音を立てて全力疾走することが許されている使用人。それは僕専属の服飾官だ。
ばん! と派手な音を立てて扉が開き、衣装や化粧道具などを手にした服飾官たちが書斎に傾れ込んでくる。主に女性が五人ほど。彼女たちは侍従や司書を押し除け、僕めがけて殺到した。
「ご無礼仕ります!」
わっしょい! と言わんばかりに僕の体は宙に浮き、早着替えが敢行される。
彼女たちは前世でいうスタイリストであり、僕に最高級の衣服を身に纏わせるよう叔父に厳命を受けている。しかし僕は叔父好みのゴテゴテフリフリした服装は好まない。公式の場に出る時以外は簡素な服を用意せよと命じたところ「美の化身に平民のごとき芋臭い服装をさせるぐらいなら死にます」と抵抗されてしまった。僕よりも叔父の命令を優先させているわけではなく、美しい者には美しい姿をさせねばならぬという使命感が彼女たちを突き動かしているようだった。
オーベルティエの当主たるこの僕に逆らうとはいい度胸だ。その信念に免じて許してやる――というのは言い訳で、有り体に言えば彼女らの気迫に負けた。いや、一応魔術の鍛錬の時と読書の時だけは動きやすい簡素な服装でいる権利を勝ち取ったので負けではない。負けではないのだ、一生勝てる気がしないけど……。
いずれにしても、叔父が来訪する際には礼儀として最高級の衣装に着替えて迎えなくてはならない。そして今回のように叔父の急な来訪と僕のリラックスタイムが重なるとこのような騒ぎになってしまうのだった。
過去の経緯を思い返す数十秒の間に着替えが終わる。叔父が書斎に現れたのは、そのほんの数秒後だった。
「アリスティド! 僕のかわいい天使のご機嫌はいかがかな?」
「叔父上、出迎えもせずに失礼をいたしました」
「いやいいんだよ、急に天使の顔を見たくなったものだからね」
立ち上がって叔父の方に歩き出そうとして、第一歩目でつまずきそうになる。先ほどまで室内履きだったのに、今履いているのは踵の高いショートブーツだ。八歳児にヒールのある靴なんか履かせるな。
幸い僕が転ぶ前に叔父が抱きしめてくれる。叔父は僕が「苦しいです」と音をあげるまでしっかりと抱擁し、離れた後は僕の爪先から頭のてっぺんまでじっくりと眺めて、うんうんと満足げに頷いた。
今の僕の姿は叔父のお眼鏡にかなったらしい。ジュストコールとマンチュアを合体させたような濃紫の上着はほぼドレスのように見えるが、膝丈のブリーチズを履いているのでぎりぎり男性服だといえる。襟元のジャボには幾重ものレースと宝石が散りばめられ、あの短時間で銀の髪は編み込みを施され、仕上げとばかりにティアラのような形をした髪留めが載せられていたのが視界の端で見えたのだが。男性服だよな?
なすがままだった僕には全体像がどうなっているのかよくわからない。不安になってちらりと壁際に目をやれば、服飾官たちは完璧な仕事をやり遂げたという誇らしげな顔をして、先ほどまでのお祭り騒ぎなどなかったかのように息ひとつ切らせず整列していた。……まあ、叔父が満足しているならそれでいい。
「叔父上に気にかけていただけて嬉しいです。しかし、最近はお忙しいと伺っておりましたが……」
叔父は王妃殿下の側近として奉職しているので、普段は王都にいる。王都からオーベルティエ公爵家の本邸までは馬車で二日ほどかかる。遠くはないが、気軽に顔を出せる距離ではない。
「――オルテンシアのことを聞いてね。可愛い甥が気落ちしているのではないかと思ったら居ても立ってもいられなくて」
叔父に触れてほしくない話題をふられ、一瞬表情がこわばってしまう。叔父が言っているのは母上のことではなく、母上が品種改良をして生み出した薔薇のことだ。
シグファリスの手によって母上の形見である薔薇が枯れてしまったのはつい先日。あの出来事はむしろ母上への想いを整理するいい機会になったし、小説内で起こる悲劇は回避可能であるということも実証された。だからこそ安心して余暇を魔術研究に費やす気になっていたのだけれど、叔父に出てこられると話が拗れてしまう。
「まったく、アリスティドから温情を受けておいて仇なすとは……あの無礼な平民の子供には罰を与えねばならないな」
氷点下の囁きに背筋が凍える。口元は微笑んでいるが、目は一切笑っていない。叔父は僕にとってはこの上ない味方であるけれど、僕を脅かす存在には容赦しない。
ここは慎重に、叔父の意識をシグファリスから逸さなければ。
「オルテンシアは残念でしたが、相手は物の価値を理解できない平民風情。病害虫の被害に遭ったようなものです。虫のすることに腹を立てても仕方ありません」
「ははっ、虫か。それはそうだね」
シグファリスは全然虫などではないが? 自分のしてしまったことをきちんと反省して一生懸命謝っていた超いい子だが? それでも叔父の怒りを宥めるためにあえて嫌味な言い回しでシグファリスを貶めると、平民を嫌っている叔父は狙い通り溜飲を下げたようだった。
叔父は僕の肩に手を置き、身を屈めて僕と視線を合わせる。
「いいかい、アリスティド。オーベルティエの宝である君は誰に対しても我慢する必要などない。あの程度の虫ケラ、気の向くままに踏み躙っていいのだからね。後始末は私がしよう」
「…………お気遣いに感謝します」
優しい微笑みで恐ろしいことを言う叔父に、僕は頼もしいとばかりに微笑んで見せた。その微笑みの陰でため息をつく。こうなることがわかっていたから、薔薇園での一件は叔父に報告するなと家臣たちに命じておいたのに。
告口した張本人であろう侍従に一瞥をくれる。叱責は覚悟の上らしく、侍従は胸に手を当てて僕に頭を下げた。
侍従はずっと僕の言いなりだった。僕に口答えする使用人は片っ端から馘にしてきたからだ。僕の周囲にはイエスマンしか残っていなかったのだけれど、温室での事件を境に風向きが変わった。感情的にならず冷静に事態を終息させたことで、使用人たちは「癇癪持ちの主人が自制を覚えた」と認識したらしい。みんな今までよりも積極的に僕のために立ち働いてくれるようになった。
――前世の記憶を思い出す前。僕に意見する使用人たちを解雇していたのは、僕が被害者意識を拗らせていたせいだ。僕をオーベルティエ公爵家の後継者に相応しくないと思っているから逆らうのだと。
でも、そうではない。大切に思うからこそ意見してくれる。結果的に僕のためになると判断したなら、僕の命令に逆らうこともする。
今回侍従が僕の命令に背いて叔父を呼び寄せたのも、オルテンシアを失った僕が気落ちしているのではないかと気遣ってくれてのことだろう。母上の形見を失って気持ちの整理がついたのは本当だけれど、やはり寂しいと思う気持ちは隠しきれていなかったらしい。
侍従を無闇に叱るわけにはいかないな、と考えながら叔父に視線を戻す。叔父は机の上に広げられたままになっていた本に注視していた。
開かれているのは、悪魔の挿絵が描かれている頁。
「――悪魔に興味が?」
「まさか! その逆です! あまりにおぞましいので、絶対に近づいてはならないと肝に銘じておりました!」
僕は慌てて釈明して司書たちに本を片付けさせた。
危ない危ない。叔父に一言でも「悪魔の角について調べていた」なんてもらしてしまえば、叔父は法を捻じ曲げてでも研究材料として僕に悪魔の角を与えてくれるだろう。僕に甘すぎるというのも考えものだ。
魔王化への道を断つためには、悪魔と名のつくものは徹底的に遠ざけねばならない。
「それはいい心がけだね。最近王都では悪魔崇拝が蔓延っていてね……王妃様も憂慮しておいでだ」
叔父は僕の頭を撫で、悲しげに目を伏せた。
王妃殿下の剣として宮廷に上がる叔父の耳には、様々な情報が集まる。お茶会の話題にのぼるような流行の最先端から、けして陽の目を見ない暗部まで。おかげで領地にいる僕も王都の情報には精通している。
「彼らが悪魔を崇拝する理由は、悪魔は王族をも上回る強大な力を持っているからだとか。私たち貴族は魔力を持っているからこそ平民の上に立っている。故にそれよりも強大な力を持つ悪魔こそが我ら貴族の上に立つべきなのだとか。王族に対する不敬ではあるが、一応理屈は通っている」
「そうですね……」
そういう屁理屈に長けているからカルトは厄介なのだろう。小賢しいからこそ善良な人々は騙されてしまう。
「もしも悪魔を崇拝することで大いなる力を手にすることができるとしたら、君はどうする?」
「そんな愚かしい選択をするぐらいなら死んだ方がましです」
悪戯を提案するように囁く叔父に、僕は大真面目に即答した。他愛もない冗談だとはわかっている。それでも誤解が生じるようなことは絶対に避けねばならない。
僕の強硬な返答に、叔父から一瞬表情が抜け落ちた。
「叔父上?」
「――いや。少し目を離している間に随分と成長したものだと感心していたのだよ。さあ、夕食にしよう。大事な体だ、自己研鑽も良いことではあるが休息を取らねばならないよ」
そう言って僕の頭を撫でてくれる叔父の手はいつも通り温かくて、笑顔は蕩けるように甘くて。だから、ほんの一瞬だけ垣間見た叔父の眼差しを――悪魔を否定する僕に向けた、哀れみのような、蔑みのような眼差しなど、錯覚に違いないと思い込んでしまった。
今思えば。この時すでに叔父の耳元には悪魔ディシフェルの囁きが届いていたのだと思う。悪魔崇拝に手を染め、王妃殿下もまた叔父の手により悪魔崇拝者となり、水面下で悪魔崇拝が広がっていく。
叔父のことを頼りにしていた。叔父だけが僕の家族だと思っていた。そのくせ、僕は叔父のことを何もわかってはいなかった。
愛されることにばかり執着して、愛することを怠っていた。
ばん! と派手な音を立てて扉が開き、衣装や化粧道具などを手にした服飾官たちが書斎に傾れ込んでくる。主に女性が五人ほど。彼女たちは侍従や司書を押し除け、僕めがけて殺到した。
「ご無礼仕ります!」
わっしょい! と言わんばかりに僕の体は宙に浮き、早着替えが敢行される。
彼女たちは前世でいうスタイリストであり、僕に最高級の衣服を身に纏わせるよう叔父に厳命を受けている。しかし僕は叔父好みのゴテゴテフリフリした服装は好まない。公式の場に出る時以外は簡素な服を用意せよと命じたところ「美の化身に平民のごとき芋臭い服装をさせるぐらいなら死にます」と抵抗されてしまった。僕よりも叔父の命令を優先させているわけではなく、美しい者には美しい姿をさせねばならぬという使命感が彼女たちを突き動かしているようだった。
オーベルティエの当主たるこの僕に逆らうとはいい度胸だ。その信念に免じて許してやる――というのは言い訳で、有り体に言えば彼女らの気迫に負けた。いや、一応魔術の鍛錬の時と読書の時だけは動きやすい簡素な服装でいる権利を勝ち取ったので負けではない。負けではないのだ、一生勝てる気がしないけど……。
いずれにしても、叔父が来訪する際には礼儀として最高級の衣装に着替えて迎えなくてはならない。そして今回のように叔父の急な来訪と僕のリラックスタイムが重なるとこのような騒ぎになってしまうのだった。
過去の経緯を思い返す数十秒の間に着替えが終わる。叔父が書斎に現れたのは、そのほんの数秒後だった。
「アリスティド! 僕のかわいい天使のご機嫌はいかがかな?」
「叔父上、出迎えもせずに失礼をいたしました」
「いやいいんだよ、急に天使の顔を見たくなったものだからね」
立ち上がって叔父の方に歩き出そうとして、第一歩目でつまずきそうになる。先ほどまで室内履きだったのに、今履いているのは踵の高いショートブーツだ。八歳児にヒールのある靴なんか履かせるな。
幸い僕が転ぶ前に叔父が抱きしめてくれる。叔父は僕が「苦しいです」と音をあげるまでしっかりと抱擁し、離れた後は僕の爪先から頭のてっぺんまでじっくりと眺めて、うんうんと満足げに頷いた。
今の僕の姿は叔父のお眼鏡にかなったらしい。ジュストコールとマンチュアを合体させたような濃紫の上着はほぼドレスのように見えるが、膝丈のブリーチズを履いているのでぎりぎり男性服だといえる。襟元のジャボには幾重ものレースと宝石が散りばめられ、あの短時間で銀の髪は編み込みを施され、仕上げとばかりにティアラのような形をした髪留めが載せられていたのが視界の端で見えたのだが。男性服だよな?
なすがままだった僕には全体像がどうなっているのかよくわからない。不安になってちらりと壁際に目をやれば、服飾官たちは完璧な仕事をやり遂げたという誇らしげな顔をして、先ほどまでのお祭り騒ぎなどなかったかのように息ひとつ切らせず整列していた。……まあ、叔父が満足しているならそれでいい。
「叔父上に気にかけていただけて嬉しいです。しかし、最近はお忙しいと伺っておりましたが……」
叔父は王妃殿下の側近として奉職しているので、普段は王都にいる。王都からオーベルティエ公爵家の本邸までは馬車で二日ほどかかる。遠くはないが、気軽に顔を出せる距離ではない。
「――オルテンシアのことを聞いてね。可愛い甥が気落ちしているのではないかと思ったら居ても立ってもいられなくて」
叔父に触れてほしくない話題をふられ、一瞬表情がこわばってしまう。叔父が言っているのは母上のことではなく、母上が品種改良をして生み出した薔薇のことだ。
シグファリスの手によって母上の形見である薔薇が枯れてしまったのはつい先日。あの出来事はむしろ母上への想いを整理するいい機会になったし、小説内で起こる悲劇は回避可能であるということも実証された。だからこそ安心して余暇を魔術研究に費やす気になっていたのだけれど、叔父に出てこられると話が拗れてしまう。
「まったく、アリスティドから温情を受けておいて仇なすとは……あの無礼な平民の子供には罰を与えねばならないな」
氷点下の囁きに背筋が凍える。口元は微笑んでいるが、目は一切笑っていない。叔父は僕にとってはこの上ない味方であるけれど、僕を脅かす存在には容赦しない。
ここは慎重に、叔父の意識をシグファリスから逸さなければ。
「オルテンシアは残念でしたが、相手は物の価値を理解できない平民風情。病害虫の被害に遭ったようなものです。虫のすることに腹を立てても仕方ありません」
「ははっ、虫か。それはそうだね」
シグファリスは全然虫などではないが? 自分のしてしまったことをきちんと反省して一生懸命謝っていた超いい子だが? それでも叔父の怒りを宥めるためにあえて嫌味な言い回しでシグファリスを貶めると、平民を嫌っている叔父は狙い通り溜飲を下げたようだった。
叔父は僕の肩に手を置き、身を屈めて僕と視線を合わせる。
「いいかい、アリスティド。オーベルティエの宝である君は誰に対しても我慢する必要などない。あの程度の虫ケラ、気の向くままに踏み躙っていいのだからね。後始末は私がしよう」
「…………お気遣いに感謝します」
優しい微笑みで恐ろしいことを言う叔父に、僕は頼もしいとばかりに微笑んで見せた。その微笑みの陰でため息をつく。こうなることがわかっていたから、薔薇園での一件は叔父に報告するなと家臣たちに命じておいたのに。
告口した張本人であろう侍従に一瞥をくれる。叱責は覚悟の上らしく、侍従は胸に手を当てて僕に頭を下げた。
侍従はずっと僕の言いなりだった。僕に口答えする使用人は片っ端から馘にしてきたからだ。僕の周囲にはイエスマンしか残っていなかったのだけれど、温室での事件を境に風向きが変わった。感情的にならず冷静に事態を終息させたことで、使用人たちは「癇癪持ちの主人が自制を覚えた」と認識したらしい。みんな今までよりも積極的に僕のために立ち働いてくれるようになった。
――前世の記憶を思い出す前。僕に意見する使用人たちを解雇していたのは、僕が被害者意識を拗らせていたせいだ。僕をオーベルティエ公爵家の後継者に相応しくないと思っているから逆らうのだと。
でも、そうではない。大切に思うからこそ意見してくれる。結果的に僕のためになると判断したなら、僕の命令に逆らうこともする。
今回侍従が僕の命令に背いて叔父を呼び寄せたのも、オルテンシアを失った僕が気落ちしているのではないかと気遣ってくれてのことだろう。母上の形見を失って気持ちの整理がついたのは本当だけれど、やはり寂しいと思う気持ちは隠しきれていなかったらしい。
侍従を無闇に叱るわけにはいかないな、と考えながら叔父に視線を戻す。叔父は机の上に広げられたままになっていた本に注視していた。
開かれているのは、悪魔の挿絵が描かれている頁。
「――悪魔に興味が?」
「まさか! その逆です! あまりにおぞましいので、絶対に近づいてはならないと肝に銘じておりました!」
僕は慌てて釈明して司書たちに本を片付けさせた。
危ない危ない。叔父に一言でも「悪魔の角について調べていた」なんてもらしてしまえば、叔父は法を捻じ曲げてでも研究材料として僕に悪魔の角を与えてくれるだろう。僕に甘すぎるというのも考えものだ。
魔王化への道を断つためには、悪魔と名のつくものは徹底的に遠ざけねばならない。
「それはいい心がけだね。最近王都では悪魔崇拝が蔓延っていてね……王妃様も憂慮しておいでだ」
叔父は僕の頭を撫で、悲しげに目を伏せた。
王妃殿下の剣として宮廷に上がる叔父の耳には、様々な情報が集まる。お茶会の話題にのぼるような流行の最先端から、けして陽の目を見ない暗部まで。おかげで領地にいる僕も王都の情報には精通している。
「彼らが悪魔を崇拝する理由は、悪魔は王族をも上回る強大な力を持っているからだとか。私たち貴族は魔力を持っているからこそ平民の上に立っている。故にそれよりも強大な力を持つ悪魔こそが我ら貴族の上に立つべきなのだとか。王族に対する不敬ではあるが、一応理屈は通っている」
「そうですね……」
そういう屁理屈に長けているからカルトは厄介なのだろう。小賢しいからこそ善良な人々は騙されてしまう。
「もしも悪魔を崇拝することで大いなる力を手にすることができるとしたら、君はどうする?」
「そんな愚かしい選択をするぐらいなら死んだ方がましです」
悪戯を提案するように囁く叔父に、僕は大真面目に即答した。他愛もない冗談だとはわかっている。それでも誤解が生じるようなことは絶対に避けねばならない。
僕の強硬な返答に、叔父から一瞬表情が抜け落ちた。
「叔父上?」
「――いや。少し目を離している間に随分と成長したものだと感心していたのだよ。さあ、夕食にしよう。大事な体だ、自己研鑽も良いことではあるが休息を取らねばならないよ」
そう言って僕の頭を撫でてくれる叔父の手はいつも通り温かくて、笑顔は蕩けるように甘くて。だから、ほんの一瞬だけ垣間見た叔父の眼差しを――悪魔を否定する僕に向けた、哀れみのような、蔑みのような眼差しなど、錯覚に違いないと思い込んでしまった。
今思えば。この時すでに叔父の耳元には悪魔ディシフェルの囁きが届いていたのだと思う。悪魔崇拝に手を染め、王妃殿下もまた叔父の手により悪魔崇拝者となり、水面下で悪魔崇拝が広がっていく。
叔父のことを頼りにしていた。叔父だけが僕の家族だと思っていた。そのくせ、僕は叔父のことを何もわかってはいなかった。
愛されることにばかり執着して、愛することを怠っていた。
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