上 下
30 / 55

第30話:リリアナ様は本当に…~カーラ視点~

しおりを挟む
 食後2人で街を見て回ったが、やはり会話が弾むことはない。気まずい空気が流れる中

「次はどこに行こうか?カーラ嬢は、どこか行きたいところはあるかい?」

「えっと…私は、その…」

 急にカシス様から話しを振られてしまった。

 私はあまり王都の街に出たことがない。そもそも私は、リリアナ様と出会うまでは、屋敷からほとんど出たことがなかったのだ。そんな私が、行きたいところなんて提案できるわけがない。

 きっとこんな私に、カシス様も呆れているだろう。

 その時だった。

「リリアナ、いい加減にしないか。この様に盗み見など、悪趣味にもほどがある。いくらカーラ嬢が心配だからと言って、公爵令嬢の君が、尾行をするだなんて!」

 “クリス様、静かにしてください。カーラに気づかれますわ。クリス様は王宮にいて下さいと、何度も申し上げたでしょう。それなのに、勝手についていらしたのはクリス様でしょう。せめて静かにしていてください”

「君を1人で街に行かせる訳にはいかないだろう。万が一何かあったら…て、カーラ嬢にカシス殿…」

 私達の視線に気が付いたクリス殿下が、ポツリと呟いたのだ。どうやらリリアナ様は、私が心配すぎて私の様子をわざわざ見に来てくださった様だ。

「あの…違うのよ。今日は少し時間があったから、私たちも王都の街に出ようという話になって…その…」

 申し訳なさそうに、リリアナ様が俯いている。

「リリアナ様、私の事を心配して来てくださったのですね。申し訳ございません。リリアナ様にまで心配をかけて…私、本当に駄目で…カシス様と何を話していいか分からなくて…きっとカシス様も、呆れていらっしゃっておりますわ」

「ぼ…僕は呆れてなんていないよ。僕の方こそ、カーラ嬢を楽しませられなくてごめんね。僕はその、口下手でうまく話しが出来なくて。令嬢が好きな物もわからなくて、どこに連れ行ったら喜ぶかもわからなくて。僕はカーラ嬢に、こんな顔をして欲しい訳ではないんだ」

「カシス様…」

 唇を噛み、カシス様が俯いてしまった。彼なりに私を楽しませようと一生懸命考えて下さったのに、私は…申し訳なさから、私も俯いてしまう。

「カーラもカシス様も、元気を出してください。そうですわ、この先を少し進んだところに、丘があるのですが、そこから海が一望できるのですって。夕日に照らされた海は、とても綺麗だそうですわ。ぜひ2人で行ってみてください」

「その場所は、僕がリリアナだけに教えた秘密の場所なのに…」

「クリス様、けち臭い事を言わないで下さい!それからカシス様、カーラはその…色々とあって令息が苦手で…でも、根はとても優しくていい子なのです。どうかカーラの事を、よろしくお願いします」

「リリアナ嬢は、随分とカーラ嬢の事を大切に思っているのですね。あなた様の気持ちを踏みにじる様な事は、しませんから。カーラ嬢、せっかくリリアナ嬢が教えて下さったのです。僕と一緒に、丘に行きましょう」

「はい、あの…私でよければ喜んで」

「それでは、邪魔者は消えますわ。お2人とも、気を付けて行ってらっしゃいませ」

 笑顔で手を振りながら去っていくリリアナ様。お忙しいのに、私の為に様子を見に来てくださるだなんて…

「リリアナ嬢は、よほどカーラ嬢の事を大切に思っているのだね。僕もリリアナ嬢に負けないくらい、カーラ嬢を大切に出来る様に頑張らないと…」

「えっ?今なんとおっしゃいましたか?」

「いや、何でもないよ。せっかくリリアナ嬢が教えてくれたのだ。早速行ってみよう。距離がある様だから、馬車で行こう」

「はい」

 2人で馬車に乗り込み、丘を目指した。

「見て下さい、カシス様。お空が真っ赤に染まっていますわ。なんて綺麗なのでしょう。今日の昼食を頂いたホテルから見る景色も、とても綺麗でしたわね」

 馬車の外から見える美しい夕日を見て、ついカシス様に声をかけてしまった。なぜだろう、リリアナ様の顔を見たら、なんだか勇気が出てきたのだ。

「本当に綺麗な夕日だね。今日の昼食の時のホテルの景色も、気に入ってくれていた様で嬉しいよ。カーラ嬢はその…そうやって笑っている姿、とても可愛いよ」

 えっ?今私の事を、可愛いとおっしゃった?びっくりしてカシス様の方を見ると、恥ずかしそうに俯いていた。

 なんだか私も恥ずかしくなって、俯いてしまう。ダメよ、せっかくリリアナ様が心配して様子を見に来てくださったのですもの。その上、お勧めの場所まで教えて下さって。

 リリアナ様の為にも、勇気を出さないと。

 そう思って顔を上げた時だった。ちょうど目的地の丘に着いたのだ。

「足元が少し不安定だから、ゆっくり降りた方がいいよ」

 先に降りていたカシス様が、すっと私を支えてくれた。初めて握る殿方の手。大きくて温かい。以前の私なら、恐怖から震えていたはずなのに、なぜだろう…カシス様の手を握っても、恐怖を感じない。どれどころか、なんだか胸がドキドキするわ。

「きゃぁぁ」

「大丈夫かい?カーラ嬢」

「ええ、つまずいただけですので。お助けいただき、ありがとうございます」

 変に緊張してしまっていたせいで、躓いて転びそうになったところを、カシス様に受け止めていただいたのだ。近い…近いわ、殿方とこんな至近距離で触れ合ったのは、初めてだわ。

 増々心臓の音がうるさくなる。私の心臓、一体どうしてしまったのかしら?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...