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キャノンボール編

勘違いと憧れ

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 凄まじい戦いを見せるリコリスであるが、ライトヒースを含めた八人に勝てるわけがなかった。敵も優秀、誰一人脱落させる事ができない。
 できるのは本当に足止めだけ。
『ベリーも……ドレミドも……逃げられたかしら?』
 だったらもうこの辺りで倒れても良いかしら……そんな時に思い浮かぶのはユリアンの姿だった。もしかしたらユリアンが助けに来てくれるかも……そう思ってしまう。
 だからこそリコリスは踏ん張った。
 傷だらけになりながらもライトヒースを睨む。
「お前は立派だぜ。充分に足止めをした。こっちの監視役はもう倒されてんじゃねぇか? そろそろ倒れちまいな」
「よ、余計なお世話ですわ……わたくしはここであなたを倒すつもりなんですから」
「その意気は買ってやるがな。それだけじゃどうにもなんねぇ事は山とあるんだよ」
 ライトヒースは監視役を助ける為に仲間を助けに行かせるつもりだった。しかし足止めされ、監視役が倒された可能性が高い。
 そこで八人全員がリコリスを狙っていた。
 もうリコリスは攻撃を与える事ができていない。逃げ回るだけだったのだ。
 四方八方から攻め立てられる。
 その中でライトヒースの戦槌がリコリスを殴り飛ばした。
 リコリスは地面を転がりながらも体勢を整えて立ち上がる。しかし眼前にライトヒースの仲間達の攻撃が迫る。
『ユリアン……わたくし、頑張りましたわ。後で頭を撫でてくれれば嬉しいのですけれど』
 その姿を想像してリコリスは微笑む。
 振り下ろされる何本もの剣。
 リコリスはここで退場だ。
 だがその直前。
「リコリス!!」
「ユリアン!!? じゃなくてベリー!!」
 いくつもの光の矢が放たれた。タックルベリーだ。
 ライトヒース達は全員が咄嗟に飛び退く。
「間に合ったみただいな。まぁ、ユリアンじゃなくて残念だろうけど」
「べ、別にユリアンを待っていたわけじゃありませんわ!!」
 ボロボロの姿をしたリコリス。
 その姿を見て、タックルベリーは額に青筋を浮かべる。
「お前達……よくもうちの発情狸にここまでしてくれたな……」
「発情狸!!?」
「この場で脱落させてやるから覚悟しろ」
「わたくしですの!!? その発情狸ってわたくしですの!!?」
「リコリス、もう少しだけ動いてくれ」
「ちょっと!! 答えなさい!!」
 タックルベリーの魔法攻撃。敵を倒す事ではなく、こちらに近付けさせない事を優先する。特にライトヒース。
 その魔法攻撃を潜り抜けて相手をリコリスは突き返す。
「邪魔くせぇな!!」
 ライトヒースが突進。
 合わせるようにタックルベリーの魔法が集中する。連続で発生する雷球が突進を阻む。

 そんな時間稼ぎの中、ほぼ同時だった。
「リコリス!!」
「ベリー!!」
 ユリアンとドレミドの合流。
 ここから撤退してもライトヒースは追ってくるだろう。だったらもうここで勝負を決める。作戦などない潰し合い。この先を考える余裕はない。
 激しい戦いが繰り広げられる。
 ライトヒース達の有利は仲間の数的優位。
 ユリアン達の有利はシャーリーの魔弾。遠く離れているシャーリーからの援護はない。しかし相手にしてみれば姿が見えないシャーリーに狙撃されるかも知れない、そんな重圧を与える。
 激しい戦いの中。
 最初に脱落したのはリコリスだった。ライトヒースの一撃を真正面から受けて地面を転がる。そのまま気を失い、立つ事はできなかった。
 これで3人対8人。
「さすがにお前達だけで勝つ事は難しいだろ? 無駄な事しねぇで降参したらどうだ?」
 なんてライトヒースは笑う。
 リコリスが倒された時、魔弾の援護はなかった。つまりこの戦いでシャーリーからの援護はない。そう思って油断していたのだろう。
 混戦の中で青い一条の光。
 反応の遅れるライトヒース。その顔面に直撃する寸前、青い光が眼前で弾ける。一瞬の目眩しで充分だった。
 ユリアンがライトヒースとの間合いを一瞬で詰め、その剣先をその喉元へと突き付けた。
「おいおい、俺を脱落させたいならよ、息の根を止めるしかねぇぞ? できんのかお前に?」
「……決着だと思うけど。あんた、そんなつまんない男じゃないだろ?」
「……」
「……」
「……てめぇら!! 戦いを止めろ!! 俺が負けちまったんだ、ここで終わりだ!!」
 ライトヒースの仲間は残っているが、全員がそこで戦いを止めてしまう。
 つまりユリアン達の勝利。
 だがユリアンにもライトヒースにも疑問が残る。
 最初に問うのはライトヒース。
「おい、お前達の勝ちだが……一つ分からねぇ事がある。質問させろ。なぜ最初に魔弾で攻撃してきた?」
 あれが無ければユリアン達に有利だったはず。
 しかしその質問の意味がユリアンには分からない。ライトヒース達が用意していた罠を阻む為なのは、罠を用意した当人達なら当然分かるはず……まさか罠なんて最初から存在しなかった……最初に撤退した時点で、ライトヒース達に戦う意思など無かったのではないか……
「俺からも質問があるんだけど。あんた達、荷物は? 収集品はどうした?」
「収集品? んなもの捨てちまったよ。邪魔くせぇ」
「なっ、す、捨てた?」
 競技の参加者が収集品を捨てるなんて……全く予想外、ユリアンは想像すらしていなかった。
 そんなユリアンを見て、ライトヒースはすぐ気付く。
「ああ、そうか、そういう事か……俺達が収集品を持ってないから勘違いしたってのか」
 ライトヒースは笑った。
 戦う意思の無かったライトヒース。しかしユリアンは戦う意思があると勘違いして攻撃を始めてしまった。
 ユリアンは無意識に呟いてしまう。
「シノブには程遠い……」
「……まるで呪いだな」
「……」
「分かるぜ。そんなに年齢も変わらない小娘が何度も大陸を救った女神様だ。近くで見ていたお前にとっては憧れの存在なんだろ。ああなりたいと思うのは当然だ。でもな、お前はなれねぇよ」
「黙れよ」
 ユリアンを無視して言葉を続けるライトヒース。
「勘違いすんな。お前の資質の問題じゃねぇ。シノブって奴はどこか歪んでやがる。人間として欠落してんだ。あんな人間になれるわけねぇだろうがよ」
 ライトヒースはシノブに関して様々な情報を調べた。もちろん分からない部分は多々あるが、分かった部分もある。それはシノブが自身の命を軽んじている事。
 シノブ自身の命を投げ出さなければ成功しなかった作戦がいくつもあり、それを躊躇なく実行しているように感じていた。それは普通の人間の感覚ではない。
 そしてその事に気付いている者は、シノブの周囲に少ないながらもいる。
 だがユリアンはまだ気付かない。
 だから返す言葉もない。
「絶対に辿り着かない存在に憧れる。そりゃもう呪いだろうよ」

「げぇぇぇぇぇっ」
 シャーリーは吐いた。
「大丈夫か? って、おい!!」
 吐いたシャーリーは、タックルベリーの胸へと顔を埋める……ようにして口元の吐瀉物を拭っていた。
「……大丈夫じゃない。こんなに全力で走った事は人生の中でない。これまでも、これからも」
 シャーリーは走った。自らの足で。体力の限界を超えなければ間に合わなかった。そして限界を超えて吐いた。
 そして最後の魔弾がなければ勝つ事はできなかった。
「そうか……じゃあ、体力を付けてもっと走れるようにならないとな」
「殺すぞ」
 そんな所にリコリスを抱えたドレミド。
「命に別状はない……と思うぞ。多分」
「とりあえず僕が回復魔法を掛けとくけど、性欲と同じく生命力も強いから大丈夫だろ」
 そこにユリアン。
「あの筋肉バカと何を話してたんだ?」
 タックルベリーの言葉にユリアンは素っ気なく答える。
「別に。大した事じゃない。それよりリコリスは?」
「まぁ、大丈夫だ」
 そう言ってドレミドは笑う。
「でも競技からは脱落だな」
 タックルベリーはため息をつくのだった。
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