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恐怖の大王編

できるとできない

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「ごめんなさい、シノブ、遅くなってしまったわ」
「待ってた。ベルベッティアだったら、そろそろかなって」
 聞きたい事がいっぱいある。だが答えてくれるかは分からない。
 俺は言葉を続ける。
「魔法陣を使った? それとも別の方法?」
 魔法陣を使う以外の方法がある可能性。
「……別の方法。世界と世界の間の移動は簡単じゃないの。だから時間が掛かってしまったのよ」
 苦笑いを浮かべるベルベッティア。それは隠しても良い話だった。つまり、問いに答えたベルベッティアに隠し事をする気が無い。
「ねぇ、ベルベッティアはいくつもの世界を旅するんだよね?」
「そうね」
「別世界を繋げる魔法陣。あれはベルベッティアの能力? 今回の事にベルベッティアが関わってるの?」
 様々な別世界を移動できるベルベッティアの能力は、あの魔法陣の効力そのもの。
「……どちらでもないわ」
「どういう事か説明できる?」
「ええ……私達は同一の存在であり、個人でもあるの」
「言葉の意味をそのまま考えると、ベルベッティアの分身がいっぱいいて、その各々が勝手に行動してる……みたいな話?」
 だったら『どちらでもない』の答えも理解できる……いやいや、できねぇ、ワケ分からん。
「……私達の女神様は本当に心配症なのよ」
 ベルベッティアは笑った。
「……」
 それは女神アリア様だろう。
「彼女でも運命には介入できない。けど関わってしまったのだから心配で心配で堪らない。だから生み出したの。私達を」
 ベルベッティアは言う。
 それは自分を含めた九匹の黒猫。共通する部分は世界間の移動能力と不死身の体。それともう一つ『転生者を傷付ける事はできない』という事。
「ベルベッティアは指示されて行動してるって事?」
「いいえ。それでは女神様が介入した事と変わらない。だから自我も与えられた。ここにいるのも、シノブを助けたいと思うのも、それは私の意思。女神様は私達を通してただ見ているだけ」
「じゃあ、今回の事は転生者とベルベッティアの仲間が関係してると考えて良いの?」
「間違いないわ。思い付くのはただ一人」
 九匹の黒猫は自我と共に個性を持つ。転生者に接触せずただ遠くから見守る者、姿は現さないが陰から手助けする者、転生者へと積極的に手を貸す者。
 手を貸す者の一人がベルベッティアであり、九本の尾を持つ者が思い付いた一人だった。
「シノブ。私を信じられる?」
「信じるよ。今まで一緒だったんだからさ」
 そうして俺とベルベッティアは笑い合うのだった。

 よし、ベルベッティアと合流できたならやる事は一つ。脱出だ!!
「ベルベッティアの能力でここから抜け出せる、って事だよね。さっそく脱出しちゃおうか」
「……無理ね」
「えっ……だ、だって、相手も同じ能力を使って鉄人形の移動とか使ってるじゃん……」
「あれは私達の能力と魔法を組み合わせた独自の技術だと思うの。だから最初は私も気付かなかった。今ここで即座に使うのは無理ね」
「でもここに来た、って事は何か手があるんでしょ?」
「もちろん。私達は同一の存在、お互いの同意で入れ替わる事が可能なの。あの子は好奇心旺盛だからきっと大丈夫」
「そんな事ができんだ……それで私は何すれば良いの?」
「『この事態を好転させる話』……それはシノブ自身が考えて」
「ハードル高過ぎぃ!!」

★★★

 王立学校での戦いはまだ続いていた。
「すあま」
「何!!? 今ちょっと忙しい!!」
 優勢とはいえ、余裕は無いすあま。おはぎに振り向く事もできない。
「コンタクトがあった」
「今!!? 誰!!?」
「俺の仲間みたいな奴から。アンゴルモアの元にいるシノブと一緒に行動しているみたいだけど『面白い話がある』らしい」
「おはぎに任せる!!」
「分かった。今その仲間と入れ替わる。面白いのはすあまも好きだろ?」
 すあまは視線だけを向けて笑った。
 そしておはぎはジャンプ。そして一回転して着地。その尾の数は二本。
「初めまして。ベルベッティアよ……って、それどころじゃない事態ね……」
 周囲を見回してベルベッティアは言葉を続ける。
「……王立学校を攻めているように見えるわ」
「そうそう、ちょっと忙しい!! おはぎがさっき入れ替わるって言ったけど、私の喉元でも食い破るつもり!!?」
「いえ、今の私は代わりだもの。あなたに手助けするわ……でも『おはぎ』って……あの子、今はそんな名前で呼ばれているのね」
 ベルベッティアは笑うのだった。

★★★

 目の前でベルベッティアがジャンプ。そして一回転して着地。その尾の数は九本。
「えっと……あなたがビーロード? 私がシノブ」
「今の俺はおはぎって呼んでくれ」
「お、おはぎ? もしかして黒いから? 転生者は日本人ですね?」
「シノブ、ね。その名前からするとお前も日本人みたいだけど……それはどうでもいいか。時間が無いから手短に話をしたい」
「時間が無い?」
「今、お前の世界の王立学校を攻撃中だから忙しい」
「なっ!!? 私はそんな命令……まさか、全部あなた達が!!?」
 おはぎは笑った。
「さすが。察しが良い、すあまとは大違いだ」
 大陸を攻める、その全権を俺に与えたのはアンゴルモアだ。その俺を無視して攻撃を始める存在。アンゴルモアは最初から俺を信用していない可能性も大いにある。だが王立学校を今、攻撃する理由が見当たらない。
 だとしたらアンゴルモアを無視して独断で始めたのだ。つまりそれは自分をアンゴルモアよりも『上』と位置付けている。
 ならその行動は私的な理由である可能性が高い。名前は『すあま』か。甘そうな名前だな。
 隠す事も無く、おはぎは続ける。
「全ては彼女の為にある。だからこそ俺もベルベッティアの提案を受け入れた。シノブ、お前は俺達にどんな『面白い話』をしてくれるんだ?」
 もしすあまとおはぎが首謀者なら、これは俺にとってチャンスだ。
「……面白いというより有益な話です。なんで王立学校を攻めているのかは分かりませんけど失敗しますよ。そうなる前に退却をお願いします」
「その理由は?」
「私も同じ転生者、すあまさんと同じような能力を持っているのは想像が付きますよね。私はこの能力を使ってアンゴルモアを倒します。あなた達が王立学校を攻めていられるのもアンゴルモアの支援があってこそ。それに私が自由の身になれば大陸の竜が私達に加勢します。逆に私がアンゴルモアに倒されたとしても竜は力を貸してくれると思いますよ。私という人質がいなくなるのだから」
「その首……アンゴルモアに逆らえば命を落とすんじゃないか?」
「それは通常の状態ならです。能力を解放した私なら充分に対抗できると思います」
「『と思います』……ただの希望的観測だし。勝つか負けるか分からない結果だろ? 素直に従うとでも?」
「私が今まで能力を使わなかったのは勝算が低かったから。でも勝つ為の下地ができたから私はこれから行動を起こすんです」
 もちろんこれはブラフ。これで相手が降りてくれれば良いんだけどな。ただ相手も馬鹿じゃねぇな。
「おいおい、シノブ。お前は頭が良いんだろ? 推測はできていると思うけど」
「……推察? 何の事ですか?」
「俺から言ってやるよ。すあまの目的は私怨、世界の支配なんて今の所はどうでも良い。だから大陸も、アンゴルモアもどうでも良い。情勢がどうなろうが関係ないって事だ」
「……あなたの魔法陣がある限り、すあまさんに負けはない。危ないと思ったら魔法陣を閉じて逃げてしまえば良いのだから」
「そんな状況ですあまを退かせる理由はない。まぁ、アレも気分屋だからな。自分のしたい事が終わったら大陸からは手を引くかも知れないし、そのまま見てても良いと思うぞ。アンゴルモアを倒したいなら好きにしろ、俺達には関係ない」
「……」
 俺はすあま達に対して、アンゴルモアから間接的に影響を与えるしかなかった。だが当の本人達がアンゴルモアを意に介していない。
 つまり本来は打つ手がなかった……けどベルベッティアが、こうして直接に話す機会を与えてくれたからのチャンス。逃す事はできない。
「……王立学校の護りは固いです。悠久の大魔法使いララ・クグッチオもいます。すあまさんでも簡単にはいかないでしょう。戦いは長引くと思います」
 すあま達がこのタイミングまで動かなかったのは、大陸側の戦力分散を待ったからだろう。つまり全てを瞬時に終わらせる程の圧倒的戦力はない。
「そうかもな」
「私の能力をお話しますね。私は一度見た魔法陣を記憶して再現する事ができます」
「……」
 眉を顰めるようなおはぎ。俺の意図を測りかねていた。
「おはぎさんの魔法陣は、魔法の力とおはぎさん自身の能力を組み合わせたものです。ベルベッティアの見立てですから間違っていないでしょう。だから魔法陣を記憶しただけの私には同じ効力の再現ができない」
「お前……まさか……」
「はい。ご想像の通りです。ベルベッティアの力を借りれば魔法陣の構築が可能になります。逃がしませんよ」
「……お前の記憶した魔法陣が俺達が逃げた先の世界とは限らない」
「確かに。でも私はこれまであなた達が使った魔法陣をいくつも見ましたよ。世界間の移動は簡単じゃないとも聞きますから多くの世界を繋げているとは思えない。私が見た中に、逃げる先の世界がある可能性は相当に高いと考えます」
「そんな事が『できる』とは思えないけどな」
「でも絶対に『できない』とも言えないでしょう?」
「……」
「……」
「……」
「……でも、もし今、あなた達が退いてくれるのなら私達は深追いするつもりはありません。アンゴルモアも自分達でどうにかしますし。時間は少しあるでしょうから検討をお願いします」
 魔法陣の再構築が可能か不可能かは分からない。ただ長引くであろう王立学校との戦いの中でこの選択肢を与えられれば相当のプレッシャーになる。
 時間が掛かれば、俺とベルベッティアが魔法陣を再構築させてしまうかも知れない。
「……」
「……」
「ははっ、シノブ。お前は面白い奴だな。話は伝えてやるよ。すあまがどういう反応するかは分からないけどな」
 おはぎは笑った。
「おはぎさんはすあまさんの味方なんでしょう? こんな事をしていたら命の危険だってあるはずです。止めたりしないんですか?」
「好きな事をやって死ねるのならそれは幸せだろ?」
「……そうは思いませんけど」
「理解しろとは言わけど、そういう人間もいるって事。ああ、それとそう、面白い話だったから俺からも一つ話してやるよ」
「はい?」
「俺達の封印を解いたのはお前だよ。正確にはお前の母親だけどな」
「えっ!!? ちょ、そ、それってどういう!!?」
 おはぎはジャンプ。そして一回転して着地。その尾の数は二本。ベルベッティアだ。
「どう、シノブ、面白い話はできた?」
「何か最後にとんでもない事を言ってったよ……」
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