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恐怖の大王編

大きな魔法陣と小さな魔法陣

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 未開の土地に設置された大きな転移魔法陣は一つではない。複数個所に設置されていた。
 そのうちの一つを見て、シノブの姉、王立騎士団ユノは眉を顰めた。不安が急速に広がっていく。もちろん事前にキオから報告を受けていたが……今、直接に目視して分かった。
『これは大きな魔法陣じゃない……いっぱいの小さな魔法陣……』
 拳大の小さな魔法陣がいくつも設置され、それらが光で繋がり立体的な魔法陣を形成している。そこから鉄人形が現れていた。
 地面や転がる大岩、人工的に作られた小さな社、木々の幹などに刻まれた無数の小さな魔法陣。
『でも……どうしてこんな所に……だって自然の地形は変わるのに……』
 遠い昔に作成され、それが今になって発動した転移魔法陣。そう認識していたのに。
 例えば木々は成長する。長い時間の間では倒木だってあるだろう。正確な魔法陣が描けるはずがない。つまり今この時、大陸に転移魔法陣を設置できる者がいるという事だ。
 そうなると作戦は根本から変わってくる。
 この場所こそが陽動であり罠、本命がどこかにあるのだ。
 今すべき事は撤退……だがしかし……それこそが敵の狙い。撤退をさせて未開の土地でさらに鉄人形を増やすなんて可能性も考えられる。
 ユノは心の中で呟く。
『シノブなら……どうしたかな……』
 行くべきか、退くべきか……王国騎士団全体としての判断は撤退である。もちろん目の前の魔法陣は破壊するが。
 先頭を行くユノは指示を出す。
 魔法陣の破壊、そして撤退。
「それと先行している者がいる場合は支援をお願いします」
 それはもちろんビスマルク達の事である。その行動の情報は伝えられていたからだ。

 その同時刻、ビスマルク達も魔法陣に達していた。
 崖下、木々の隙間に大量の鉄人形。さらに淡く光を放つ大きな魔法陣を見付けた。しかしよく確認すれば、それは小さないくつもの魔法陣で形成されている事に気付く。
「ご、ごめんなさい……は、はっきりと細かく確認しませんでした……あの、あの、わ、私の落ち度です……ごめんなさい……」
 キオはその光景を見て青ざめた。やはりユノと同じ結論に辿り着いたからだ。もっと細部まで観察していれば分かった事だった。それを逃したのだ。
「気にするな。お前がいなかったら魔法陣を見付ける事も難しかったのだからな。ここだって放置する事はできない」
「……はい……」
 ビスマルクはキオの頭に巨大な手を優しく置いた。
「ではこのまま魔法陣を破壊するのですね?」
 と、ホーリー
「ベリーちゃん達を待ってからにする~? そうじゃないと囲まれちゃって逃げ場無しよ~」
 と、ヴイーヴル。
「キオ、ベリーは近いか?」
「あ、はい、も、もうすぐそこまで来ています、はい」
「なら問題は無い。私とヴイーヴルが鉄人形の気を引く。その間にキオとホーリーは一つでも良いから魔法陣を破壊してくれ」
 すぐそこまでタックルベリーが来ているのなら、囲まれたとしても充分に逃げ出せるだろうというビスマルクの判断だった。
 しかし……誤算が一つ……

★★★

 探索魔法を飛ばしつつ、さらに攻撃魔法を放つ。
 雨に濡れた前髪さえ気にする余裕がない。
「この先に崖がある、先行したビスマルクさんが魔法陣を破壊しているだろうから、僕達は退路の確保に入るぞ!!」
 退路の確保、その寸前だった。
 王国騎士団本体からの連絡が入る。それはあの連絡役の男だった。
「撤退だ!! 今すぐこの場から撤退するぞ!! 王国騎士団からの命令だ!!」
 そう大声を張り上げながらタックルベリーに並ぶ。
「魔法陣の破壊は終わっていると思いますので、あとはその退路の確保だけです。僕が指示を出すので」
 タックルベリーの言葉を遮るように連絡役は言う。
「タックルベリー様、すぐ撤退してください。これは王国騎士団からの命令なのです」
「言っている意味が分からないんですけど。先行している仲間を見捨てろと?」
「このまま崖下まで攻め込めば、王国兵が戻る事も難しくなります」
 精鋭である王国騎士団ならば問題はない。しかしここにはそれよりも劣る王国の一般兵が多い。鉄人形にもかなりの苦戦をしていた。
「それはこの僕が率先して戦えば問題はないはずです」
「可能性の問題です。ここで王国兵に大きな被害を受けるわけにはいきません。撤退です」
「見捨てようとしているのは救国の小女神シノブの仲間です。その姉である王国騎士団ユノさんの意見はどうなんですか?」
「先行をしている者を支援しての撤退です」
「だったら」
「それはユノ個人の指示。私が伝えるのは王国騎士団としての命令です。どちらを優先するべきかは当然分かっていただけるかと」
 すでに王国兵は撤退を始めていた。騎士団からの命令、想定以上の鉄人形の強さ、タックルベリーに従う者はいない。
「お前、ふざけるなよ」
「……だから最初からこちらに従えば良いものを」
 それは先程のキオの処遇の事を言っているのか……

 誤算だったのは、この連絡役の男。
 ビスマルク達は見捨てられたのだ。

★★★

 魔法陣の破壊は実に簡単だった。小さい魔法陣を一つ破壊するだけで、形成されていた大きな魔法陣は機能を失う。
 後は逃げ出すだけ。この場の数千規模の鉄人形の相手なんてできるわけがない。
 キオが自分の失敗を取り戻すかのようにカトブレパスの瞳を輝かせる。同じような動きの鉄人形だが、その中で微妙に違う動きをするものがいる。これを強い個体と推察し、避けていたのだ。
 空から逃げ出そうと試みるヴイーヴルだが、ビスマルクの言う通り狙い撃ちにされた。強いと思われる個体の腕が伸縮して狙う。避ける事はできるが、避け続ける事は難しい。
 鉄人形の間、障害物の間を駆け抜ける。目的地を設定して向かう事もできない。ただ隙間を見付けて縫うように逃げ回るだけ。休む事すらできないのだ。
 その中でキオは見る。
「えっ、えっ、な、何で……お、王国の人達が、は、離れていきます!!」
「見捨てられたという事でしょうか?」
 何重もの防御魔法を掛けるホーリー。その効果を継続しつつ、逃げ回るのは並みの負担ではない。
「あらあら、ベリーちゃんはどうなっているのかしら~」
 ヴイーヴルは鉄人形の攻撃を受け流した。力を温存する為に。力技はもちろん、その技術も一級品。
「あの、あの、ベリーさんは……きゃっ!!」
 タックルベリーを探して、キオの注意が逸れる。向かってきた鉄人形を殴り飛ばしたのはビスマルクだった。
「キオ。目の前の事だけに集中しろ。タックルベリーならば問題はない」
「は、はい!!」
 しかし動けば動く程に鉄人形が集まる。その包囲網が段々と狭くなる。このままでは身動きが取れず、いずれ囲まれるだろう。つまり全滅は目の前という事だった。
 それでも四人は信じている。タックルベリーという男を。
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