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女神の微笑み編

吐血病と風土病

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「シノブ。落ち着いて考えるの」
「……」
「吐血病は風土病であるけど、稀に別の場所でも発病する。だからリアーナが発病する事だってある。けど滅びの旧都市を訪れた後に発病するなんてタイミングが良過ぎると思わない?」
「……本当は感染するかも知れない……だとしたら、ルチエからの感染……」
「ええ、ルチエの家族は吐血病で亡くなっているのだから。でもルチエ自身は発病していないし、接触のあった私達にも兆候は無いわ」
「兆候……ねぇ……吐血病って、魔法に影響するのかな……」
 ヒセラの護衛で襲われた時。リアーナは魔法陣から青白い熱線を撃ち出し、それを正確にコントロールしていた。
 次に同じ魔法を使ったのは、一回目の野犬討伐の時。ただその精度は落ちていた。あの時に俺は『何、調子でも悪い?』と言った事を覚えている。
 さらに倒れる直前、二回目の野犬討伐の時。同じ魔法なのに熱線は全くコントロールされていなかった。
 同じ事を考えていたロザリンドは言う。
「もしリアーナが感染したのなら、ヒセラさんの護衛の後、一回目の野犬討伐の前、そう考えるとやっぱりルチエとの接触なのよ」
「もっと詳しい感染経路が分かれば、何か対処法があるかも知れない……」
「もちろん感染などしない。全てが偶然。発病も運が悪かっただけ。なんて可能性もあるわ」
「でも、それでも、何かのきっかけになれば……」

★★★

 口、鼻、耳、目、リアーナの出血量が増えていく。
「少し横になったらどうだ?」
 アバンセだ。
「うん。そうだね」
 リアーナの血を拭う。
 少しでも自然治癒力の助けになればと能力全開の回復魔法も掛けるが、全く効果は無い。むしろどんどんと悪くなる。
「……アバンセ、見て。血が流れてなければ寝てるみたいだよね」
「ああ……そうだな」
「キスしたら起きたりしない?」
「どうだろうな」
「ほら、リアーナ、キスしてあげるから起きろー」
「……」
「……あっ……ああっ……うっ、リアーナぁ……」
 先が見えない、焦りと悲しみが交互に襲ってくる。
「シノブ……」
 もうできる事が無い。何も分からない。きっかけなんて見付からない。
 ルチエから感染したとしても、リアーナだけとの接触は無かったはず。なのに何でリアーナだけ……リアーナだけ……リアーナだけがルチエとした事……リアーナとルチエだけの関係……回復魔法……
 涙を拭う。
「アバンセ!! すぐにロザリンドを呼んできて!! 早く!!」

「何か分かったのね!!?」
「リアーナとルチエの接点、回復魔法があったよね?」
「確かに……殴られたルチエに回復魔法を使っていたけれど……」
「師匠はリアーナに魔法の才が無いって言ってた。だけどそんな事は絶対に無い。つまり吐血病は魔力の部分にも影響する。もしかしたら魔力で感染するんじゃないの?」
「そんな……まさか……そんな事がありえるの……でも……それが真実なら……吐血病自体が魔法のようだわ……」
 その瞬間だった。
 頭の中で光が弾ける。心臓もバクンッバクンッと高鳴る。
「ロザリンド……今、とんでもない事を言った……」
「な、何かしら?」
「『魔法』」
「『魔法』?」
「吐血病って、風土病だよね?」
「そうね」
「風土病みたいな魔法ってあるよね?」
「……古代魔法」
 その場に存在する精霊などの力を借り、その効力は土地に括られる事の多い古代魔法。それは風土病と近いんじゃないか?
 これは俺がアルタイルという存在を、そして古代魔法を知っていたからこそ辿り着いた考え。知らなければ絶対に無理だった。
 だったらやる事は一つ。
 アルタイルに会う。古代魔法の事なら他にいない。

 本当なら俺自身が出向きたい。ただ少しでも感染する可能性があるなら、他のみんなに任せるしかない。
 お願いだ、みんな、リアーナを助けてくれ。

★★★

 これは後から聞いたみんなの話。

 タックルベリーとフレアは治療の情報収集を続ける為に留まる。
 他のみんなは地下神殿の瞬間移動装置を使い、滅びた旧都市へと向かう。
 ミランだけはサンドンの背に乗り、アルタイルの元へ。

「アルタイル。力を借りたい」
「……実に騒がしい」
「リアーナが死にそうなんだ。頼む」
「時間が惜しいだろう。移動しながら話を聞く」
 アルタイルは即答だった。
 そして再びサンドンの背中の上。向かうのは滅びた旧都市。吐血病の発生地。
 ミランは分かっている事、シノブの予想した内容など全てを話す。
「……」
「そんな可能性は?」
「……可能性ならば。ただ確定ではない」
「まずは行ってみないと分からないか」
「……」
「では速度を上げるぞ。リアーナの命の危機じゃからな。しっかり掴まっておれ」
 サンドンの白く長い毛が流れる。アバンセやパルから見れば老竜だが、それでもその速さは二人の竜に勝るとも劣らないのであった。

「ちょっとアルタイルえもん、遅いですわ!! リアーナの命が掛かっているのよ!! 早くどうにかしなさい!!」
 騒ぐリコリス。
 ユリアンは言う。
「ヴォル」
 ヴォルフラムはリコリスの頭にガブッと噛み付いた。
「ぎゃーーーっ!!」
「危なかった……私も騒いで噛まれる所だったぞ……」
「ドレミド、アホだから定期的に噛まれてるじゃん。何を今さら恐れてんの?」
「み、みんな、シャーリーが酷い事を言うぞ!! リアーナの為に協力しないといけないのに、シャーリーこそヴォルに噛まれろ!!」
「酷い事じゃなくて、ただの事実なんだけど!! ってか、騒ぐな!! あたしも巻き込まれる!!」
 騒ぐドレミドとシャーリー。
 ユリアンは言う。
「ヴォル」
 ヴォルフラムはドレミドとシャーリーの頭にガブッと噛み付いた。
「ぎゃーーーっ!!」「ぎゃーーーっ!!」
 アルタイルの肩の上に駆け上るベルベッティア。
「何か感じるものはある?」
「……」
 アルタイルを先頭に歩き出す。
 滅びた都市、ここは観光地。団体の観光客もいるのだが、その中でも異質な団体である。観光を楽しむ雰囲気じゃない。
 散々、歩き回ってアルタイルは足を止める。
「……古代魔法ではない」
 全員が言葉を失う。
 ただの病気なら誰にも、どうにもできない。できる事はない。ただリアーナの死を待つだけ。しかしアルタイルは言葉を続ける。
「だが、ただの病気でもない。これは呪い」
 古代魔法の応用である。アルタイルは今この場に存在する見えない者と対話していた。

 古代魔法。それはその地に存在する精霊、妖精、目に見えない何かの力を借りて特別な力を行使する。その対価は主に使用者の魔力。
 そして目に見えないからこそ、その正体ははっきりと分からない。それが『悪魔』と呼ばれる存在であっても。
 それは滅びの旧都市がまだそう呼ばれる前の話。
 そこに不治の病である風土病は存在した。そして薬師の男がその風土病を治療する為の研究を始める。その研究の先で辿り着いたのが古代魔法だった。
 古代魔法でその地に存在する何かと交流し、その風土病の治療方法を探したのである。それが悪魔だと知らずに……
 しかし薬師はその対価を払えなかった。

「だから悪魔は都市を一つ滅ぼし、さらに風土病が魔力を媒介に広がるようにした……そういう事で良いんだな?」
 助かって欲しい一心で、吐血病を患った者に回復魔法を掛ける事もある。それが吐血病を広げてしまう。まさに悪魔の行為。
 ミランの言葉にアルタイルは頷く。
 さらにビスマルクが言葉を続ける。
「つまり対価を払う事ができれば、風土病も治す事ができる……だが相手が悪魔である事、薬師が対価を払えなかった事を考えれば簡単ではない。そう推察できるが?」
「今の私達ならば可能だ。必要だったのは人手と力。悪魔が求めた対価は治療薬の材料そのもの」

★★★

 大陸の地平線はもう見えない。視界の端まで広がるのは海。そこを飛ぶのは麗しの水竜ヤミ。
「ヤミ様。お力添え、感謝致します」
 その背中にはホーリー。
「リアーナの命の危機と聞いてね。シノブとリアーナ、このカップリングが崩れるのは大陸の、いえ、世界の損失だもの」
「そ、そうですね……」
「とにかく。普通に戦えば私達も無事では済まない相手よ。知性も低く話も通じない、目的の材料を手に入れたらすぐに離脱する。分かった?」
「はい。かしこまりました」

『当て無き海獣、その鱗』

「この辺りが縄張りのはずよ。そしてあれは荒れた海が大好きなの。だから」
 ヤミの身体が発光する。淡く薄い青がキラキラ輝く。それと同時に海中から何本もの巨大な水柱が立ち上がった。
 水柱はうねるように回転し、海中を激しく掻き混ぜる。まるで嵐。
 やがてその巨大な姿を海面から現すのだった。
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