上 下
197 / 267
鬼ごっこ編

皆殺しと最悪の結果

しおりを挟む
 とりあえず森の入口付近まで戻る。
「勝てなかった」
 そう言う俺の腕の中にはヌイグルミのようなアバンセ。かわいい。
「シノブが能力を解放しても勝てなかったという事ね?」
 そう言うロザリンドの腕の中にはヌイグルミのようなパル。かわいい。
「つまり俺と同等。もしくはそれ以上」
「シノブより強ぇ奴か。ありえんのかよ、んな事が」
 アバンセとパルは言うが。
「でもハッキリ言って~シーちゃん以外は相手にならないと思うわ~私もビスマルクもアビスコの足止め程度にしかならない感じよ~」
 アビスコに投擲された金棒を弾いたヴイーヴルは言う。ただ大剣を手から離してしまった。それは近々で記憶に無い。
「でもアビスコはまだ完全じゃなかったんだよね?」
 リアーナの言葉に俺は頷く。
「両目と右手、左足が無かった」
 右目は俺達が所持。ちなみに今は引き千切った左手も。
 そして左目、右手、左足はベレントが所持。
「それと多分、心臓も無いと思う。勘だけど」
「話を聞く限り、僕もそう思う。心臓が無いから血液が送れず干からびているんじゃないか? 勘だけど」
 俺もタックルベリーと同意見。
「でも復活前でそれじゃ勝てないじゃん。勘だけど」
 と、シャーリー。
「私はしばらく能力が使えないからね。アビスコとベレントを見付け出して、パルにブッ殺してもらう。って事でこれ。ロザリンドが持ってて。良いよね? パル」
 俺は体育教師ホイッスルの一つ、パルの笛をロザリンドへと渡す。
「それは構わねぇが……」
「持つのは私で良いのかしら?」
「リコリスだと無くしそうだし」
「今わたくしの名前を出す必要があります!!?」
「リコリス静かにしろ。余計な事を言って邪魔すんじゃねぇ」
「理不尽過ぎますわ!!」
 ミツバに言われてリコリスは叫ぶ。
「はいはい。それでビスマルクさん。みんなを指揮して、アビスコ、ついでにベレントを探してください。見付けたらすぐパルに頼んでくださいね」
「ああ、引き受けよう。シノブはどうするつもりだ?」
「ミランの所です。多分ヴォル達も合流していると思いますし。もしかしたら心臓について何か情報を得ているかも知れませんから」
 なんて言っている最中。最初に気付いたのはキオだった。
「シ、シノブさん……う、後ろです……い、いい、います……」
「いる!!? まさかアビスコ!!?」
 キオは真っ青な顔をして頷く。
「後ろって、どの辺り……」
 俺は振り返り、言葉を失う。
 まるで焼け炭となった枯れ木。眼球と両手は無く、片足だけで立つアビスコ鬼王がそこにいた。手の届く所に。
 ここまで誰も気配に気付けない。
 最初に動いたのはアバンセとパルだった。小さい体から吐き出される炎がアビスコを包む。
 次に動いたのはビスマルクとヴイーヴル。
「すぐにこの場から離れるぞ!!」
 ビスマルクは俺を抱き上げ、その場から駆け出した。
「キオちゃん、大変だと思うけど常に周囲の索敵をお願いね~」
「は、はい!!」
 その場から全員が駆け逃げる。
 そんな俺達の様子を確認したのだろう。遠目からでも分かる、アバンセとパルは元の姿へと戻る。二人の共闘体制。
「いきなり現れた時はビックリしたけど、でもこれで終わるんじゃないか?」
 タックルベリーは言う。
「まぁ、アバンセとパルって言ったら世界最強はどっちか、って感じでしょ? あたし達の出番はもう終わりじゃね?」
 シャーリーの言葉にリコリスも頷く。
「そうですわね。ただ、竜の力を借りるのではなく自分達の力で解決したかったですわ」
「でも能力を解放したシノブで勝てないんじゃ、俺達にはどうする事も出来ない。竜が味方で良かったとここは素直に喜ぼうぜ」
 そう言うのはユリアン。
 まぁ、確かにその通りなんだけど……
「シノブ、何か不安があるのね?」
 ロザリンドに言われて気付く。そう、今、俺が感じているのは不安だ。
「……リアーナ、すぐにサンドンとヤミも呼び出して」
「えっ? う、うん」
 そうしてすぐにリアーナも自分の持つ笛を吹くのだった。
 ピピーピピーピピー

★★★

 ありえない……そんな、ありえない……
 俺達が見たのは空から墜ちる二人の竜だった。アバンセとパルが……負けた?
「逃げるぞ」
 ビスマルクだ。
「で、でもアバンセとパルが……」
「アバンセとパルの二人掛りで勝てない。シノブの能力も使えない。皆殺しになる」
「だからって二人を見捨てるなんて」
 しかしこの時点ですでに逃げられない状況だったのである。
「シノブ殿!!」
 それは俺の服の下に潜むコノハナサクヤヒメ。俺の眼前に飛び出し、アビスコの頭突きを受け止める……が、そのまま遥か彼方まで叩き飛ばされた。
「ヒメ!!」
 距離を取っていたはずだが、一瞬でアビスコは目の前に。
 ビスマルクの拳と、ヴイーヴルの大剣クレイモアがアビスコの体を打つのはほぼ同時。しかし片足だけのアビスコはバランスを崩す事も無い。
 片足でピョンッと跳ねる。そしてそのまま蹴りを繰り出した。
 両手を交差させ、それを受けるビスマルクだったが。
 空気が震えるような打撃音。ビスマルクの両手は弾かれ、アビスコの蹴りはその腹部に突き刺さった。
「ガハッ!!」
 吐血と共に蹴り飛ばされる。
「パパをよくも!! 許しません!!」
「リコリス近付かないで!! リアーナ、ベリー!!」
 突っ込もうとするリコリスを止めるのはロザリンドだった。そしてすでにリアーナとタックルベリーは詠唱を完成させている。
 ヴイーヴルは飛び退き、リアーナの岩の槍は下から、タックルベリーの雷球は上からアビスコを狙う。
 ユリアンの行動は早く、気を失うビスマルクは担ぎ上げ、その場から離れていた。
 ただ魔法攻撃など足止めにもならない。
「リコリスちゃん!! シノブちゃんを連れて早く逃げて!!」
「わ、分かりましたわ!!」
 駆け出したリコリスだったが、俺の目の前で弾き飛ばされ地面を転がる。アビスコの体当たりだった。動きが速過ぎて俺にはまったく捉えられない。
「てめぇ、この野郎が!!」
 ミツバだ。豪腕で振り下ろされる巨大な戦斧。
 同時にロザリンドとキオ、二人も斬り掛かるがアビスコは避けようともしない。
 ガキンッ、と金属がブチ当たるような音。さらにヴイーヴルの大剣がアビスコの首を横薙ぎにするのだが、やはり傷一つ付けられない。
 そんな中、シャーリーの魔弾が窪んだ目の中へと撃ち込まれる……が、当のアビスコは全く意に介さない。ミツバもロザリンドもキオも、ヴイーヴルでさえただの一撃で崩れ落ちる。
 皆殺し……まさにその通り。最悪の結果が脳裏によぎる。
 その時だった。
 何だこれ、足元……水? 近場には川も池も大量の水源は無かったはず。なのに辺り一面、地面が濡れていた。気付いた次の瞬間には水かさが一気に上がる。
 そしてそのまま水に押し流される。ただ不思議なのは体が沈まない事だった。まるで水が意思を持ち、何処かに運ばれているように……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風
ファンタジー
とある出来事により悲しんでいた男子高校生の杉井豊花は、ある日突然、異能力者になった。能力の内容は14歳の美少女になるというもの。 最初こそ願ったり叶ったりだと嬉々としていた豊花だが、様々な出来事が豊花の前に立ち塞がる。 女ならではの悩み、異能力者となったことによる弊害、忍び寄る裏社会の恐怖、命の奪い合いにまで遭遇してしまう。些細な問題から大きな事件まで次々に巻き込まれることになった豊花は、否が応にも解決を余儀なくされる。 豊花はまだ知らない。己の異能力が女体化以外にもあることを。戦える力があることを。 戦える力を手にした豊花は、次第に異能力の世界へと身を浸していく……。 ※ローファンタジーです。バトル要素あり、犯罪要素あり、百合要素あり、薬物要素あり。苦手な方はご注意ください(でも読んでくださいお願いします)。 ※※本作は『前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~』を横読みに変更し空行を空けた作品になります。こちらのほうは最新話まで随時投稿予定です。

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

転生したアラサーオタク女子はチートなPCと通販で異世界でもオタ活します!

ねこ専
ファンタジー
【序盤は説明が多いので進みがゆっくりです】 ※プロローグを読むのがめんどくさい人は飛ばしてもらっても大丈夫です。 テンプレ展開でチートをもらって異世界に転生したアラサーオタクOLのリリー。 現代日本と全然違う環境の異世界だからオタ活なんて出来ないと思いきや、神様にもらったチートな「異世界PC」のおかげでオタ活し放題! 日本の商品は通販で買えるし、インターネットでアニメも漫画も見られる…! 彼女は異世界で金髪青目の美少女に生まれ変わり、最高なオタ活を満喫するのであった。 そんなリリーの布教?のかいあって、異世界には日本の商品とオタク文化が広まっていくとかいかないとか…。 ※初投稿なので優しい目で見て下さい。 ※序盤は説明多めなのでオタ活は後からです。 ※誤字脱字の報告大歓迎です。 まったり更新していけたらと思います!

処理中です...