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神々の手編

アンとメイ

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 平原を駆けるフレアとホーリー。
 そのフレアに抱かれたままの俺。凄いな、フレアは俺の体重など全く感じないかのような爆走。身体強化の魔法を掛けているとはいえ、とんでもない脚力と持久力だぜ。
 ロザリンド隊は全部置いてきた。もう手駒の戦力はこの二人だけ。あっ、それともう一人。
「ヒメ、ヒメ、いるよね?」
「もちろんですぞ、シノブ殿!!」
 どこに隠れているのか、コノハナサクヤヒメは服の下からゴソゴソと姿を現す。
「ヒメ、絶対に私から離れないように!!」
「もちろん、天国、地獄、何処までもぉぉぉっ!!」
 なんか暑苦しいな、このスライム。
「フレア、そっち!! 森の方に行って、迷いの森が近いでしょ!!」
 入り込んだ者を惑わす迷いの森が近い。平原から街道へ飛び出し駆け抜ける。そして追い付かれるギリギリの所で、迷いの森の中へと飛び込むのだった。

★★★

 朽ちた街道。草木を掻き分けて進み、身を隠す。
 背後からは草木を踏む足音が聞こえた。フレアとホーリーの防御魔法は俺達の気配を完全に絶つ。これを見破るのはヴォルフラムの鼻か、キオの目だけ。探し出すのは難しい。
 そこで聞こえてきたのはメイの声だった。
「おい、隠れてんじゃねぇよ!! 時間の無駄なんだよ!!」
 さらにアンの声も。
「迷いの森。ここがどんな森なのか私達にも調べはついています。確かに人を惑わし隠れるには最適かも知れません。しかし出入口は必ず二つ。王国側と帝国側の街道出入口だけです。つまりその出入口を固めてしまえば、あなた達は逃げる事ができません。それとも全てが終わるまでここに隠れ続けるつもりですか?」
 アンとメイ、二人がこの迷いの森にいる。
 俺はできるだけ小声で言うのだ。
「フレア、ホーリー。もしかしたら私はこの森で死ぬ事になるかも知れない。でも二人まで巻き込むつもりはないの。別れるなら今だよ」
「……」
 フレアは相変わらずニコニコと笑顔を浮かべていた。
「シノブ様。これは何度も申し上げている事ですが……」
 何を言おうとしているのかは分かる。俺はホーリーの言葉を遮るようにして二人に抱き付いた。
「ありがとう」
 そして少しだけそのまま。
「よしっ、と。まぁ、作戦は簡単。アンとメイの姿を確認する。そしたら捕まる」
「……」
「……捕まるのですか?」
「そそ、それで一緒にここを出るよ。それとヒメ、お願い」
「お任せください!!」
「……」
「……」
「……ヒメ?」
「あ、もう良いですぞ」
「あ、そうなんだ」
 何の変化も感じねぇな。

「交渉したいんだけど!!」
 その俺の大声に答えるようにして二人が姿を現す。
「交渉する材料が何かあるのですか?」
 アンと。
「ねぇよ、どうせ」
 メイ。
「ここで降伏するから、殺さないで」
「逃げ回ったわりには随分と簡単に降伏をしますね。メイ」
「……周りに隠れてる仲間はいないみたいだけどな。こいつ等だけだ」
「アンとメイだっけ。これだけの計画をしたこの場面でヘマする奴をアルテュールは送ってこないでしょ。つまりあなた達二人はネメアよりも信頼を得ている。だからネメアよりも強い可能性が大きい。そんな相手を私達三人だけで相手ができるとは思えない。森の外にもいっぱい女天使がいるんでしょう? ハッキリ言ってもう勝ち目が無い。ただ私を殺すと言うのなら、無抵抗で殺されるつもりはないよ。うちのメイド二人なら、あなた達のどちらか一人くらい殺す事ができると思うから」
「……交渉にもなりゃしねぇな」
「分かりました。良いでしょう。元よりあなたを傷付けるつもりはありません」
「おい、アン」
 不服そうなメイを無視するようにアンは続ける。
「その代わり、シノブ、あなたの降伏した姿を大陸中に流します」
「晒し者ね」
「死ぬよりは良いと思いますけど」
「……そうだね」

 そして俺達は両手を後ろ手に拘束された。
「これでも救国の小女神だからね。最後は自分の足で歩く」
「良いでしょう」
「変な動きすんなよ。少しでも怪しい動きを取れば……分かるよな?」
 アンとメイが後ろから監視していた。共に両手を拘束されたフレアとホーリー。もう戦って対抗する術は無い。
 足場の悪い街道を出口に向かって歩いて行く。
「……私達は最初の国境都市に行く所から、あなた達の掌の上で踊らされていたわけね」
 俺の言葉にメイは笑う。
「自分で決定して行動していたつもりだっただろ。馬鹿な女だ、はっはー」
「ちょっとメイ。下品な笑い方をしないで」
「だってさぁ、こいつ等、面白いように予想した行動そのまんまだからさ」
「……でも……全ては私が『帝都に援軍を求める』って考えが根底にあったから立てられた作戦でしょう? どうして私がそう行動すると思ったわけ?」
「……」
「教えて。どうして自分が負けたか知りたいの」
「……そちらのメイド。ホーリーの言葉ですよ」
「……ホーリーの?」
「……」
 ホーリーの表情は変わらない。
「私達があなた達と初めて会った時、彼女はこう言いました」

『シノブ様という頭脳があれば戦力なんて後からどうにでもなりますから』
 それは未開の土地でリアーナ達を助けた後、船の上で相対した時の出来事。

「その言葉を聞いた時、シノブという人物は知略と、周囲の人材を使い戦う人物だと分かりました。そして王国が劣勢の状況下でシノブが使える人材、その中でより強力な存在、それは帝国皇帝。仲間の中に皇族もいるのだから、それを利用しないはずはありません」
 視界の先、明るく日の光が差し込んでいた。森の出口が近い。
「……つまり私達は……最初に会った時に……もう負けていたって事……」
「そういう事だな」
 楽しそうに笑うメイ。
「もうこれで終わりです。ただあなた達の仲間は全員が有能です。シノブ、あなたも。このまま埋もれていくには惜しい人材。アルテュール様に従いなさい。悪いようにはしないから」
「そうだね……それも良いかも」
 そして迷いの森の外へと一歩踏み出す。
「……あっ、そうだ。そっちの狙いは最初から私だったと思うんだけど、実は私の狙いも最初から個人だったんだよ。誰だと思う?」
「シノブ様……」
 ホーリーは後ろを振り返った。
「そう、アンとメイ。あなた達二人」
 俺も振り返る。
 見えるのは迷いの森の出入口。そこにアンとメイ、二人の姿はもう見えないのだった。
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