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お仕事頑張るぞ編

パル鉄鋼と初デート

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「パル鉄鋼? あの石コロに俺の名前が付いてんのかよ? まぁ、構わねぇ。勝手に持ってけ」
 話をしてみたところ、パルは快諾。
「……あの鉄鋼を簡単に……」
「おい、レオだったか。勘違いするな。相手がシノブだからだ。他の野郎が俺の足元をウロチョロするのは気に入らねぇ。お前が簡単だと思って、ここに踏み入ったら……分かるな?」
「だから何で脅すのさー?」
「脅してねぇよ。ここは俺の家だぞ。家の中に、勝手に入られたらお前だって嫌だろうが」
「それを言われたら確かに」
「だろ?」
「承知いたしました」
 レオはそう言って小さく頭を下げる。
「でさ、パル。私は鉄鋼を仕事として仕入れに来たのよ。鉄鋼を買い取る形になるんだけど」
「金なんかいらねぇ。だから勝手に持ってけって」
「お金じゃなくても良いんだけど、何か無い? アレが欲しいとかコレが欲しいとか」
 少しの間を置いてパルは言う。
「……俺はよぉ、お前と一緒になるために人間の事を少し勉強したんだよ。そしたら男と女はデートって奴をするんだろ? シノブ、俺とデートしろよ」
「デート!!?」
「おうよ」
 この野郎、余計な知識を仕入れやがって……しかしパル鉄鋼の報酬としては破格……本当にデートをするだけで良いのか?
「でもデートって言ってもねぇ……竜と人でどうやってするのよ?」
「それは問題ねぇ。俺様ぐらいの竜になればな」
 そう言った瞬間だった。
 小さなパルの体が発光と共に、その姿を変える。
 炎のように赤い髪を持つ青年がそこにいた。
 年齢的には二十代前半から真ん中くらい。筋肉に引き締まった体は俺から見ても理想に近い。赤毛の髪に、瞳は竜の時と同じく黒、その目元は刺々しく見えるが、間違いなく魅力的な良い男。
 そしてアバンセの時と同じく……
「前を隠せ、前を」
 コイツも立派なモンをブラ下げやがって。

★★★

 潮の匂いを乗せた暖かい風が吹き抜ける。繰り返す波の音、海というものは元の世界と変わらない。懐かしくも感じる。
 ここは……恋人達に大人気、海辺の街。
 レオ情報によると大陸での旅行先として一番人気らしい。そこへ、パルの翼で一っ飛び。
 そして服をレオに見立ててもらったパル。悔しいが、こいつお洒落じゃん。モデルみたいじゃん。
 そう……これからデートが始まるんだよ!!
「ではシノブ様、パル様、お楽しみ下さいませ。私はヴォルフラム様と辺りを散策しますので」
「パルがいるから大丈夫だと思うけど、何かあったら呼んで」
 いつもの小さいサイズのヴォルフラムと共にレオも俺達から離れるのだった。

 マジか……
 初デートがパルとか……アバンセが聞いたら憤死しそう。

「それでシノブ、デートって何すんだよ?」
「知らないよ。私だって初めてだし。とにかく一緒に行動すれば良いんじゃない?」
「そういうもんか。おし、分かった」
 すぐそこには海。
 そして浜辺に沿うよう作られた石畳の通り。
 パルと二人で歩く。
「おい、シノブ。こいつらもデートしてんだよな?」
 周囲の様子を見てパルは言う。
 さすがに人気の観光地。カップル共がウヨウヨしておるわ。
「多分そうだと思うけど」
「手を繋いでるよな?」
「……繋いでないよ」
「いやいや、お前、周りをよく見ろよ。みんな手を繋いだり、腕を組んだりしてんじゃねーか? それがデートじゃないのかよ?」
「……私と手を繋ぎたいわけ?」
「当たり前だろが!! こっちはお前を嫁にするつもりなんだぜ?」
 くっ、コイツ、ハッキリ言いやがって。ちょっと嬉しいが、恥ずかしいだろ……しかし俺にとっては男同士で手を繋ぐ感覚なんだぞ?
 とは言え、これは仕事……仕事の一環なんだ……
「……はい」
 俺はパルに手を伸ばした。
「小せぇな、お前の手は」
 パルは俺の手を取る。
「パルが大きいんだって。それにしても何で私なの? 竜でも無いし、人としては成長も悪いし」
 ハッキリ言ってデートじゃない。こりゃ、子供の引率だ。
「子供が好きっていう性癖なら分かるけど」
「俺は竜だからな。お前の、人としての見た目はあんまり関係無ねぇ」
「じゃあ、何で?」
「お前となら退屈しそうにねぇからだ。一緒に生きたい、それだけじゃダメなのかよ?」
「ダ、ダメじゃないけど……」
「おっ、だったら!!」
「だから今すぐ答えなんて出ないって」
「仕方ねぇなぁ。お前が死ぬまでに答えを出せ。俺には一瞬の時間だから待っててやるよ」
「それじゃ、お婆ちゃんになってから答えるかも」
「いや、待て、それじゃダメだ。子供が作れないだろうが」
「作るつもりなのか……」
「当たり前だろうが」
「当たり前か……」
 想像してしまう。
 パルに抱かれる自分の姿を……あのサイズが俺の中に……いやいやいやいや、現時点では無いわぁ~男に抱かれるとか無いわぁ~
 なんて上の空で歩いていたら……
 ドンッ
「あうっ」
 俺は何かに当たり、その場に尻餅を付く。
「ボケっとしてんなよ」
 俺は男に吐き捨てられて気付いた。
 すれ違いざまに一組の男女、その男の方と当たったのだ。
「あっ、ごめんなさい」
「邪魔なのよ」
 女の方が言いながら、男女はそのまま俺の横を通り過ぎた。
「おい、シノブ、大丈夫か?」
 パルが俺の体を支え起こす。
「ありがと。ちょっと変な想像してた」
「怪我とかしてないよな?」
「ちょっとお尻が痛いけどね」
 俺は笑って答える。
 しかしパルのその表情は……俺ですらビビッてしまうような目付きしてやがる!! コイツはヤベェ!!
「おい、クソブスと共に殺してやるからこっち来い」
 そのパルの言葉に男女が振り返る。
「クソブスって私の事?」
「調子に乗っているとお前の方こそ殺すからな」
 殺す、とか言ってるけどパル相手に無理だから!! お前達、一瞬で消し炭になっちゃうから!! ここは俺が絶対に喧嘩を止めないと!!
「本当にごめんなさい!! 私が余所見をしていたせいで!!」
「おい、シノブ」
「この人には私の方からよく言っときますので、失礼しますぅ~」
 俺はパルを押し出すようにして、その場から離れるのであった。

 不満の表情を顔一杯に浮かべているパル。
「だって殺しちゃうでしょ?」
「悪いのか?」
「そりゃ私だって気持ち的にブッ殺そうとは思うよ。でも私には怪我が無いんだし、殺したり死んだりする程の事じゃないって」
「……」
 全く納得していないパル。まぁ、今までのパル自身の生き方を知っていれば当然だ。世界の頂点に君臨する一人であり、自らの力のみで我が儘に生きてきたのだ。
 ったく、しょうがない……自分自身でも気持ち悪いが……
「ねぇ、パル。私だって女の子だからさ。初めてデートに誘われて嬉しかったんだよ?」
「……嬉しい?」
「うん。だから初めてのデートを楽しい思い出にしたいの。誰かと喧嘩していたなんてデートは嫌だよ。だからね、喧嘩はダメ。今日は一日中、二人で思いっきり楽しんで笑っていようよ」
「そ、そうだな!! 初めてのデートだからな!! 血なまぐさいのは嫌だよな、やっぱり!!」
 そう言ってパルは笑う……チョロいな、コイツ。

 レンガで造られた街並みは美しく、見ているだけでも飽きない。
 手を繋ぎながら、俺とパルは街の中を散策する。
「パルって普段は何を食べてるの? 昆虫?」
「お前、馬鹿にしてんだろ? その辺の魔物を喰ってるに決まってんだろ」
「魔物かぁ、その姿の時は私と同じ食べ物で大丈夫?」
「当たり前だ。基本的には昆虫でも喰えるからな」
「食べるんだ?」
「好き好んでは喰わねぇよ!!」
 好き嫌いは無さそうだし、このお店で良いかな。
 せっかくの海辺の街だ。海鮮が食べたい。
 そうして入ったお店で注文して、俺は席を離れる。トイレだよ、トイレ。

 トイレで一人冷静になり驚愕する。
 俺……デートを楽しんでる!!?
 男!!
 体は女だけど、心は男。つまり男同士だぞ!!
 楽しんでどうすんだよ!!?
 そう、俺は楽しんでいた。
 いや待て、男同士でも遊びに行くだろ。そうだよ、デートじゃなくて、男同士で遊びに出たと考えれば楽しんでいても不思議ではない。
 そう……俺は異性として男が好きなのではない。
 よし、俺は心を落ち着かせた。

 ガシャンッ

 それは皿が落ちる音……の割りには大きい音だったけど。トイレの中まで音が響いてくる。
 なんじゃ?
 と、トイレを出て見えたのは。
 陶製の水差しを振り上げる男の姿。次の瞬間。
 ガシャンッ
 勢いよく砕け散る水差し。その破片が俺の足元にも転がる。
 男は水差しで殴り付けたのだ……パルを。
 死人が出る。
 俺は飛び出そうとしたが、パルの口からは信じられない言葉。
「悪かったな。許してくれ」
 えっ? 嘘? あのパルが? 謝ってんの? マジ?
「俺の事を殺すんじゃないのか?」
「あの時の勢いはどうしたのよ? 謝るなら最初からあんな態度を取らないでよ」
 それは俺とぶつかったあの男女。
「だから謝ってんだ。今日は誰とも争うつもりはねぇ」
「その態度がムカツクんだよな」
 男がテーブルの上の料理をパルに投げ付ける。そしてまたガシャンッと皿が割れる。
「悪いと思うんならお金とか出せばぁ?」
 女の方はそう言ってパルの肩を叩いた。
 あいつ等、パルの姿を見付けて絡んで来たのか。
「パル」
「おい、シノブ、誤解すんなよ。俺は何もしてねぇ」
「うん。見てた。大丈夫?」
「それは大丈夫だけどよ」
「子供は向こうに行ってろ」
 男は言う。
「すみませんけど、こんな事をされる程の事を私達がしましたか?」
「私の事をクソブス呼ばわりしたじゃない」
「それだけでこれだけの事を?」
「俺の女を馬鹿にしたんだ。当然だろうが。持ってる金でも置いて逃げちまえよ」
「……覚悟しやがれ」
「聞き間違いか? ガキ、お前、今『覚悟しやがれ』って言ったよな?」
「……俺はな……ここまでされて黙ってる程、出来た人間じゃねぇんだよ!! クソブス共々覚悟しやがれ!!」
 俺は拳を握り締めて男をブン殴る。
 ポコンッ
 まぁ、対してダメージは与えられないけど。
「シノブ!!?」
「パル!! お前も死なない程度にやっちまえ!!」
「お、おうよ!!」
 そして俺は続けざまに女へとタックルをかますのだった。

★★★

 海を見ながら歩く。
 まさか初デートで、他カップルと殴り合いの喧嘩をするとは……予想が出来るか?
「シノブ……楽しい思い出はどこに行ったんだよ?」
 確かにどこへ行ったのか……でも。
「スカッとした」
 人型とはいえ轟竜パル。その強さと言ったら普通の人間が敵うわけない。圧勝。
 パルは笑う。
「あれがシノブの『俺』か。初めて聞いたぞ」
「たまにね、出ちゃうんだよ。私の中の悪魔がさ」
 俺も笑う。
「しかしお前は凄ぇな。いきなり殴り掛かるとは思わなかったぜ」
「だってパルなんか水差しとかお皿で殴られてるんだよ? さすがの私もキレるね。出来れば私の拳でトドメを刺したかった」
「ははっ、やっぱりお前は最高だ。このデートってヤツは死ぬまで忘れそうにねぇな」
「私も」
 その俺の頬に、パルの唇が触れる。
「えっ!!?」
「デートの最後はキスだろ? 頬ぐらい許せよ」
「……ビックリするじゃん」
 そしてまたパルは笑うのだった。
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