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第2章 「ドグロブニク攻防戦」
102話:「もう一つの戦場」
しおりを挟む闇のゲートをくぐり抜けたリナたちは現在ドルチェ平原を北に十数キロ進んだ先にある
森林地帯【アースフォレスト】との境目にたどり着いた。
リナたちがここはどこという問いにマチルダが先の説明をしている中
先に到着していた先客が口を開いた。
「さて最初の相手は誰なのかしら?」
浮遊魔法を使い高みの見物と洒落込んだ青髪の見目麗しい女性が眼下にいる
人間たちに向け傲岸不遜な態度で問いかける。
魔族には珍しい白を基調とした巫女のような格好に身を包んではいるが
中身は紛れもない悪である。
「その前にそこから降りてきたらどうですか?
それとも私たちが怖くて降りてこれないのですか?」
丁寧な口調を保ちつつもどこか棘のあるマチルダの言葉に
眉をぴくりと動かすヘルは苛立ちに顔を歪めながらも彼女の言葉に倣い高度を下げ地に足を付く。
「これで満足かしら、それで誰があたしの相手なの?
何ならまとめてかかって来てくれてもいいのだけれど?」
あくまでもこちらが上位と言わんばかりの態度で接してくる彼女に対し
睨みつけたのはマチルダ・エルノア・リナだった。
マーリンは冷静に彼女を分析し、力量を見極めんとしていたが
300年以上生きている彼女の経験が警鐘を鳴らす。
『この魔族は強い』と。
彼女は瞬時にそれを察知し、ここはヘルの言っている通り全員で相手をするべきだと結論付ける。
そのことを他の三人に伝えようとした刹那。
「上級魔法(サード・マジック) ハイウインド・サイクロン!!」
数メートルを超える巨大竜巻が顕現し、ヘルに襲い掛かった。
だがその攻撃は彼女が魔力で作り上げた魔法障壁に阻まれかき消された。
突如として開戦した戦いに目を見開くも下級神官である彼女の今出せる最大火力の魔法が
いとも簡単に相殺されたことの方が驚きは大きかった。
リナの開戦の魔法がかき消された直後マチルダとエルノアはそれぞれ一定の距離を取って左右に展開した。
一方は仕込みナイフを投擲、もう一方は拳を空で打つことで作り上げた空弾で攻撃を仕掛ける。
だがこの攻撃もヘルの前では脆弱でしかなく動きを見切られ躱されてしまう。
ここまでの一連の流れでおよそ4秒ほどの時間が経過する。
リナの初撃に乗じて連携で攻撃を繋げたエルノアとマチルダのセンスには感嘆の思いだが
それでも彼女にかすり傷一つ負わせることはできないでいた。
完全に一人出遅れてしまったマーリンは冷静に彼女を分析することで
出遅れた分を補おうとした。
だがやはりというべきか圧倒的とまではいかないまでも強い。
三人の攻撃は決して甘いものではなくかなり洗練されたものだった。
それでも彼女はそれぞれの攻撃を防御と回避だけで凌いでしまった。
否、かなりの余力を残してノーダメージに抑えたと言った方が正しい表現だ。
(かなり厄介ですのん・・・・・・)
心の中でヘルの力に畏怖しながらもこのまま黙ってやられる訳にもいかないため
彼女も攻撃しようとしたその時。
「召喚魔術 (サモンマジック) アンデッド・アーミー【死者の軍勢】」
彼女が地面に両手を突き出すと紫色の魔法陣が展開してゆく。
そこから肉や皮が腐敗した動死体や骨のみの人骨
果ては犬や猫といった動物の死骸が生ける屍となって魔法陣から召喚された。
召喚魔術 (サモンマジック)とは
魔法のジャンルを分ける際に幾つか分類されているのだが
その中の一つに己の魔力と引き換えに召喚獣と呼ばれる召喚されたモンスターを使役し
己の手駒として操ることができる魔法が存在する。
ある一定の職業に付いていないと使用する事すら不可能な高等魔術を
初撃として選ぶあたり、ヘルの実力の高さが窺い知れる。
召喚されたモンスターは優に50体は超えていた。
漂ってくる腐敗臭に顔を顰める4人の美女が今目の前に現れたアンデッドたちと
戦わなければならないという事実に困惑と焦燥の色を浮かべながらも覚悟を決めて戦闘態勢を取る。
(まさか召喚魔術まで使いこなすなんて・・・・・・)
いつもの口癖である“ですのん”を忘れてしまうほど
今のマーリンに余裕などはなかった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
其処らかしこから聞こえる死者の呻きにも似た咆哮に身を竦ませる彼女たち。
そんな彼女たちを嘲笑うように右手を突き出し合図を出す。
「汝らに命ずる、目の前の敵を掃討せよ!」
ヘルの出した命令を了解したように肩がピクリと揺れたかと思った後すぐに
殺意に満ちた視線でこちらに進軍してきた。
「超級魔法(ギガント・マジック) ホーリーライトニング!!」
聖なる雷が戦場を走り抜け数体のアンデッドに直撃する。
弱点である聖属性の魔法を受けた彼等は人形の糸が切れたように地に伏し動かなくなる。
マーリンの放った魔法を見て感嘆の声が漏れる。
その中には彼女も含まれていた。
「ほぉー、ギガント級が使えたのか・・・・」
まるで使えることが意外だったかのように呟いたヘルだったが
想定の範囲内とばかりに上空から戦況を観察する。
現在リナたちは一定の距離を保ちつつも離れすぎずお互いをカバーできる距離で戦っていた。
マチルダが前衛で敵を引きつけ、マーリンが魔法で援護射撃をし
エルノアが戦況に合わせて動きながら戦う遊撃役を担い、リナが傷ついた仲間を回復するヒーラー役だ。
戦力的にも数的にも多勢に無勢なこの状況下では単騎での戦いでは数で圧倒されてしまう。
だからこそ4人は示し合わせたかのように互いをカバーし合いながら戦うパーティー戦を選択したのだ。
その選択が功を奏したのか一体また一体とアンデッドを屠っていった。
彼女たちの連携がうまくいった理由の一つとしてアンデッドたちの指揮系統がずさんだったことも挙げられた。
単純な命令しか与えられておらず臨機応変な対応ができないアンデッドという特性が
逆にヘルにとって足かせとなってしまったのだ。
彼女自身が臨機応変に命令を出すことはできるが
それにはそれなりの魔力を使用して行わなければならず連続して命令を出すことは難しい。
加えて彼女の使った召喚魔術は低位のものであったため
アンデッド一体毎に個別に命令を出すには余計に魔力を使うことになってしまうのだ。
それ故に彼女が召喚魔術を使用したあとできることと言えばただ見ていることだけだった。
「マチルダさん危ないです!」
そう言ってナイフを投擲するエルノア。
マチルダの死角から襲ってきた犬の動死体の眉間に見事に命中し絶命する。
「ありがとうございますエルノアさん」
彼女に短く感謝の言葉を告げると再び拳を構える。
「治療魔術 (ヒーラーマジック) オーロラリカバリー!!」
オーロラ状にできた癒しのカーテンが彼女たちを包み込み傷ついた身体を癒していく。
治癒の魔法により再び戦う力を取り戻した4人は目の前の敵を確実に屠っていった。
芳しくない戦況に顔を歪めるヘル、上空から見れば一目瞭然だった。
数でも力でも圧倒していたはずのアンデッドたちが気が付いた時にはすでに
十数体を残すのみとなっていたのだ。
それだけ彼女たちの連携がうまく噛み合っていたと言える。
そして残りのアンデッドたちも数を減らし、最後の一体をマチルダが倒すことで戦いに幕が閉じられた。
数と力で圧倒してはずのアンデッドの軍勢を即席とはいえ持ち前の連携で凌ぎ切って見せたのだ。
「なんとか倒し切ったですのん・・・・」
「もうだめ、私これ以上回復できません・・・・」
「ヤマトさまからもらった魔力回復のポーション飲みますか?」
「ふうー」
マーリン、リナ、エルノア、マチルダの順に先の戦いに関して感想を言い合っていると。
苦虫を噛みつぶしたような表情でずれた眼鏡を掛けなおすと4人を睨みつける。
しかしその顔はすぐに嘲笑の顔へと変貌し、4人を罵倒する。
「なんて愚かな女たちなのでしょう!
アンデッドどもにやられていれば楽に死ねたものを・・・・
いいでしょう、このわたし自らが相手をしてあげますわ。
サマエル軍直轄第一部隊隊長兼統括師団長であるこのわたしが!!!」
ヘルが自らの身分を明かしたと同時にリナたちは絶望の淵に叩きつけられる。
かつてないほどの激闘の予感が4人を支配した。
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