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第二章 追われ、追われ、追われ、追われ……
13話「二回目の鬼ごっこのあと意外な人物と再会したんだが!?」
しおりを挟む「らっしゃい、らっしゃい! 安いよ、安いよ!」
そこかしこから聞こえる客引きの声をBGMに、俺は露店が建ち並ぶ区画……市場へとやってきた。時間帯が昼飯時ということもあり、道すがらで見かける軽食を販売している屋台にも寄って腹を満たしていく。
市場はもともと白かったであろうベージュ色の布を日よけのテントのようにしており、そこに様々な食材が所狭しと並べられている。各店によって売られている食材のラインナップが異なっているらしく、すべて見て回るのにそこそこ時間が掛かるかもしれない。
そういえば言い忘れていたが、今回の目的は必要最低限の調理器具と食材の確保だ。
今後冒険者として活動していく上で、護衛依頼や目的の素材が近場にないなどの事情で一日で終了しない依頼も出てくる。そうなった時、保存食などで飢えを凌ぐというのもアリなのかもしれないが、可能であれば自身の手で調理した温かい料理を食べたいという結論に至った。
幸いと言うべきなのかは疑問だが、前世の俺は家事全般に関して人並み程度にこなせるくらいの経験がある。特に料理に至っては、本来こういったことは妻の役目なのかもしれないが、夫である俺が台所を預かるほど得意だった。尤も、連れ添った妻が料理が得意ではなかったということも要因として無くもないのだが、そこは妻の顔を潰すことになるのでこれ以上の言及は避けることにする。
閑話休題。
とりあえず、今回購入するものとしては、フライパンやボウルなどの調理に必要な道具と砂糖や塩胡椒といった味を調えるための調味料を中心に買い揃えていきたい。
一通り露店を見て回ったが、売られている商品は主に野菜や果物などの青果類や牛や豚などの家畜やモンスターの肉類がほとんどだった。とりあえず、財布を圧迫しない程度にいろいろと買っていく。最終的に食材で使った金額は小銀貨四枚ほどだったが、これはおそらくかなりの出費なったと思う。
「さて、次は調理器具だな」
食材を買い揃えた俺は、そのまま調理器具購入のため露店がある区画を抜けて店舗が建ち並ぶ区画へと歩を進める。その道中、数人の子供が一人の子供を寄ってたかって殴りつけている場面に出くわした。
「この、この!」
「やーい、やーい」
「お前たち、何をやってるんだ?」
「やべ、行こうぜ」
声を掛けると、まるで悪戯が見つかったとばかりに焦った様子を見せ、その場から走り去ってしまった。その場に残ったしゃがみ込んで蹲っている子供に「大丈夫か?」と声を掛けると、そこにいたのは獣耳を生やした女の子だった。年の頃は十代にぎりぎり届くかどうかの幼女といってもいいのだが、成長期なのか見た目の年齢に反してかなり発育がいいらしく、胸部の膨らみがかなりある。それとは別に特徴的な獣耳と尻尾が目についてしまい、思わずそこに目がいってしまう。見たところ、狐の獣人らしく大きなもふもふとした耳とふわふわの尻尾は、その筋の人間から見れば垂涎ものであろうことは確実だ。
「……」
「ほら、立てるか?」
俺が手を差し出すと、その手を取って立ち上がる。見たところ服が少し汚れてはいるものの、怪我らしい怪我はなかったので「じゃあな」と一言だけ言ってその場を後にした。その後も何度かそういった光景を目の当たりにしたのだが、俺が視線を向けるとイジメていた子供が走り去っていくので、その都度イジメられていた子供を助け起こした。
「さて、調理器具の店はこの先かな……うん? なんだ、この感じは」
もう少しで店舗のある区画へと差し掛かろうとしたその時、どこからか視線を感じたので振り返ってみた。するとそこにいたのは、複数人の幼い子供たちだった。全員に共通するのは皆何かしらの獣人だということだけなのだが、なぜかその表情は無表情にもかかわらず何か期待に満ちた眼差しをこちらに向けているのだ。某国民的RPG風に言えば“仲間になりたそうにこちらを見ている”的なやつである。よく見れば俺が助け起こした子供も何人かいた。……これはどうやら懐かれてしまったらしい。
「悪いが、俺はお前たちに何もしてやれんからな」
そう言い放つも、先ほどと表情はなにも変わらず何かを期待しているような眼差しを向けてくる。残念だが、根無し草の俺ではこの子たちに何かしてやる事などできない。俺は意を決して無言で歩き出した。
「おい、ついてくるんじゃない」
しばらく経ってもついてくるので、俺は歩くスピードを徐々に上げていく。するとそれに合わせて子供たちもとてとてと後ろから付随してくる。なんとか振り切るため、走り出したがそれでも追いすがろうと子供たちも必死に追いかけてくる。最終的に俺が本気のスピードで走ることでなんとか撒くことに成功したが、獣人の身体能力の高さを改めて実感させられる瞬間だった。ちなみに子供たちの能力を調べると全体的にHPと攻撃力と素早さが高く、肉体派の獣人らしい能力値だった。加えて子供たちの持っていたスキルの中に【獣人の心】と【身体能力強化】という特定のパラメータを向上させるスキルがあったため、俺が本気で走らないと撒くことができなかったということを付け加えておく。
「ここが調理器具を売ってる店か」
獣人の子供たちを撒いたあと、少し迂回して目的の店舗へとやってきた。店に入ると、調理道具だけでなく雑貨類などの様々な商品が展示されており、いろんな分野の品物を売っているといった感じだった。しばらく店内を見ていると、店員らしき人物が声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ、ようこそ【テレンス商会】へ。本日はどのような商品をお求めで?」
「必要最低限の調理道具と、砂糖や塩などの調味料が欲しいんだが」
「左様でございましたか、ではこちらへどうぞ」
彼の案内に従い、調理器具が展示されているコーナーへと向かう。そこで基本的な調理器具一式と、砂糖などの調味料も購入する。俺にとって幸運だったのは、小麦の代わりにライ麦を使って作られている小麦粉ならぬ【ライ麦粉】というものが手に入ったことだ。
「申し遅れましたが、私はこの商会で会頭を務めさせていただいておりますゴルド・テレンスというしがない商人でございます。以後お見知りおきくださいませ」
「市之丞だ。見ての通り冒険者をやっている」
購入した商品の会計処理をしてる最中、案内してくれた人物と簡単な自己紹介を済ませる。そして、続け様にゴルドと名乗った中年の男が問いかけてくる。
「ところでイチノジョウ様はこの街に来られたのはいつ頃でございますか?」
「実は昨日到着したばかりで、冒険者登録をしたのも昨日だ」
「……左様でございますか。ところで、一つお聞きしてもよろしいですかな?」
「何だ」
少し間を置き、質問の内容を吟味し終わったゴルドが再び口を開く。
「この街にやってくる途中、盗賊に襲われている人間を助けませんでしたか?」
「……覚えがないな、この街に来る途中で誰かを助けた記憶はない」
「……そうですか、妙な事を聞いてしまい申し訳ありません」
ゴルドの問い掛けでこの時初めて俺は思い出した。このゴルドいう男は、俺がフォーレスの街にやってくる途中に盗賊に襲われ瀕死の重傷を負っていた商人で、彼が死にかけていたところを俺が治癒魔法の【ヒール】で治してやった人物だ。
(まあ、今は焦らず追及は次の機会にしましょうかね)
(どうやら、このおっさん俺が盗賊から助けてくれた奴だって気付いたっぽいな)
“記憶にはない”と俺はゴルドにそう言ったが、これは実際は認識の問題だ。確かに俺はフォーレスの街に来る途中に盗賊と遭遇し戦闘をした……それは紛れもない事実だ。だがしかし、それは盗賊が俺を襲ってきたからであって、襲われている人間を助けるつもりで戦ったわけではないのだ。故に先のゴルドの問いに対して“助けた記憶はない”と答えた。これは決して嘘でもなんでもなく、俺自身が助けた自覚がないという価値観の相違からくるものだ。
ゴルドとて一端の商人である以上受けた恩を返したいという思いはあるのだろう。だが、他でもない俺自身が否定すれば追及するのは逆に失礼だと結論付けると予想した。俺の考えは正しかったようで、それ以上ゴルドが問い詰めてくることはなかった。その後、調理器具などの代金を支払おうとしたところ、冗談交じりに「別にタダでも結構ですよ?」などと言ってきたが、それでは商売にならんだろうと返答しちゃんと代金を支払った。目的の調理器具と調味料も手に入ったので、ゴルドにお礼を言いその場を後にした。
「すみません、調べて欲しいことがあるのですが」
「はい、なんでしょうかゴルド様?」
「彼、イチノジョウ様に関する情報を集めてください。これは最優先事項ですよ」
「かしこまりました」
市之丞が店を後にしたその後、ゴルドとその部下との間でそのようなやり取りが交わされ、誰もいなくなった空間にゴルドのつぶやきが響き渡った。
「私から逃げられるとは思わないでください。必ず受けた恩は返させていただきますよ……イチノジョウ様」
こうして、また一人市之丞の動向を窺う人間が増えてしまったが、肝心の本人がそれに気づくのはもうしばらくあとのことになるのであった。
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