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第1章 最弱の冒険者

3話

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 「やっと帰って来たわね!」  

 僕……俺と爺ちゃんが森から食料を採って帰ってくるとすぐに女の子が立ちふさがる。
 見た目はサヴァンと同世代の女の子で名をシェリル、うなじに掛かるか掛からないかという長さの桃色の髪を
 左右でまとめており髪の色と同じ桃色の瞳が愛らしい少女である。
 歳はサヴァンより1つ下でこの村の宿屋を経営する父であるドルトンと母のルナーとの間に生まれた一人娘であった。

 「なんだよシェリル、僕……俺に何か用か?」

 「むぅー、用がなけりゃ声を掛けちゃいけないってわけっ?」

 「いや、そういうわけじゃないけどさ……」

 サヴァン的には歳の近いシェリルと仲良くしたいという気持ちはあるのだが
何故かこちらから歩み寄ろうとすると彼女が突っぱねてしまうのだ。
 そして、彼も不思議だと思うことがあるのだがこちらから歩み寄ろうとすると突っぱねるくせに
接触を持たないと定期的に向こうから突っかかってくるのだ。
 それが彼女の照れ隠しだという事はまだ10歳になったばかりの彼では理解することはできなかった。

 「お前いつも俺が話しかけると『忙しいから喋りかけないでよ』とか言うじゃないか」

 「うっ……」

 「かと思ったら今みたいに俺に突っかかってくるし、一体お前は何がしたいんだ?」

 「くっ……なっ何をしようがアタシの勝手でしょ! もう知らない、フンだ!!」

 そう言い放つと、シェリルは踵を返し、いかり肩で風を切りながらサヴァンたちから離れていった。
 それを見かねた祖父のヤードが彼にさとすように声を掛ける。

 「これこれサヴァンや、女の子にあんな態度を取るもんじゃないぞぃ」

 「そうは言うけどさ爺ちゃん、あいついっつも僕……俺に怒ってばっかなんだよ?
 さっきだって結局何しに来たのかわかんなかったしさ」

 「サヴァンや人生の先輩として一言アドバイスをくれてやる。
 女子おなごというのは好きな男の前では素直になれないもんなんじゃよ……」

 「えぇ、シェリルが?」

 サヴァンの反応も至極当然のものだった。
 なぜならシェリルとは今の今まで仲良く話した記憶がなかったからだ。
 突然自分の目の前に現れて、何か用があるのかと思えば自分のやっている仕事にダメ出しをしてきたり
今回のように森での採集を終えた後に採ってきた物に対して難癖をつけたりと彼女に対するサヴァンの印象は
明らかに悪く、好意の欠片どころか嫌われているとさえ思っていたのだ。

 「それが乙女心というもんじゃよ、お前ももう少し大人になればわかることじゃて、はっはっはっ!!」

 そう締めくくるとサヴァンを置いてつかつかと家に歩き出していった。
 
 (そんなこと言われたって、あの態度じゃ説得力がまるでないよ爺ちゃん……)

 サヴァンはそんなただ不器用なだけの女の子のことを一旦頭の隅に追いやると
家に向かって歩いて行った祖父の背中を追いかけた。



 家に帰ると丁度祖母のミルが洗濯物を干し終わったところで、サヴァン達の姿を見つけると
ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 「おや、意外と早かったんじゃね?」

 「おうよ、今日はいい獲物が取れてなその足で帰って来たわい」

 「だたいま婆ちゃん、はいこれ今日採ってきた分」

 そう言ってサヴァンはミルに採集してきた野草を渡した。
 一方ヤードは獲物を解体するため家の裏手の方に出ていった。
 サヴァンから野草を受け取ったミルは早速それを昼食用に出すため準備を始める。
 この後サヴァンはやることがないため基本的には祖父が狩った獲物の解体を手伝うか
昼食ができるまで外で遊ぶか自分の部屋の掃除をするかのどれかだったが今日は祖父の獲物の解体を手伝うことにしたようだ。

 「爺ちゃん、手伝うよ」

 「おう、じゃあこっちのウサギを頼む」

 「わかった」

 祖父から受け取った二羽の野兎を手慣れた手つきで解体していく。
この手の解体は7歳の頃から祖父の手伝いをしているため思いのほか楽な作業だ。
 祖父のように手早くといったわけにはいかないがそれでも10分ほどで二羽のウサギが肉塊にくかいに姿を変えた。

 「サヴァンも大分だいぶ獣の解体作業が上手くなったのお~」

 「いい手本が目の前にいるからね」

 「はっはっ、嬉しいことを言うてくれるじゃないか!」

 そう言いながらヤードは白い歯を剥き出しにして豪快に笑う。
 見る人が見れば獣が牙を剥き出しにして威嚇しているようにしか見えないがサヴァンにとっては
馴染みのある顔のため怖がったりはしない。
 その後二人は解体した肉をミルに渡すと昼食ができるまでヤードは村の周りの警護を兼ねて走り込みに出かけ
サヴァンも腹ごなしを兼ねて村の中を散歩することにした。

 サヴァンたちのいる村は【名無し村】と呼ばれ、人口は20人程度が暮らしている規模ものだ。
 やせ細った土地のため作物も育ちにくく、これと言った名物もない。
 せいぜい他の村や町からやってくる旅人や商人、冒険者などが泊まる宿屋と傷薬など怪我や病気に効果がある
薬を調合することができる薬師くすしの老人がいるくらいだ。
 二階建ての木造の住宅がぽつりぽつりと立ち並んでいる場所をサヴァンは目的もなくなんとなく歩いていた。
 少数の村落のため村人全員が顔見知りだ。
 サヴァンはすれ違った村人に挨拶を交わしながら村の中を散策する。
 すると一人の中年男性が声を掛けてきた。

 「よおサヴァン、今日も元気そうだな」

 「おじさんもね」

 「そう言えば今年はお前さんのマグナ巡りの年だったな、出発はいつだ?」
 
 「二日後だよ、ようやくこの歳になったんだ早く旅に出たいよ」

 「そうは言うけど、ヤード爺さんとミル婆さんの気持ちも少しは察してやれよ?
 可愛い孫が一人で旅に出るなんて心配だろうからよ」

 「分かってる、分かってるけど。 外の世界に出るのは僕……俺の夢なんだ。
 外の世界に出て、俺は【冒険者】になる、小さい頃からの俺の夢なんだよ!」

 サヴァンはいつになく真剣な表情で遠い空に視線を向けていた。
 まるでまだ見ぬ世界を見据えるかのように。
 その後、おじさんと別れたサヴァンは他の家よりも二回りほど大きな建物にたどり着く。
 ここが先ほど会ったシェリルの両親が営む宿屋【名無しの風車亭ふうしゃてい】だった。
 辺境の村とあって一泊の料金も5ゴルドと良心的で食事も付いているため訪れた客からの評判もなかなかだった。
 ちなみに一般の宿屋の一泊の料金が15ゴルドなためそれと比較すれば破格の値段だ。
 
 この世界の通貨は【ゴルド】と呼ばれ、どこの大陸どこの国に行ってもこの【ゴルド】という通貨は
共通通貨として認識されており、他の大陸や他国ではゴルドに変わるその大陸、国独自の通貨も存在するが
大概の場合ゴルド通貨を持っていればなんでも買うことができる仕組みになっている。

 サヴァンが宿屋の前を通りかかると宿屋の前をほうきで掃除している女性がいた。
 見た目は20代中ごろの妙齢の女性だが、実際は三十代前半の女性であり
特徴的な桃色の髪と女性の誰もがうらやむ美貌と身体つきをしている。
 その妖艶という言葉が似合う体型と形の良い大きな胸は村の男たちが旦那であるドルトンを呪殺したくなるほどのものだ。
 そんな彼女は言わずもがなこの村唯一の宿屋の女将であり自らを【看板娘】と自称している残念な部分もあるが
 真面目で温和な性格をしているため男女問わず村の誰もが彼女に好意的を抱いていた。
 彼女の名はルナー、先ほど村の入り口で出くわしたサヴァンと同世代の少女シェリルの母だ。

 「ルナーさん、おはようございます。 今日も綺麗ですね」

 「あらー、サヴァンちゃんじゃないどうしたの?
 もしかしてサヴァンちゃんの『初めて』を捧げに来てくれたのかしらん?」

 「なにふざけたこと言ってるんですか……。 ルナーさんにはドルトンさんがいるでしょ?」

 「サヴァンちゃんは特別だものきっとあの人もサヴァンちゃん相手なら許して―――」

 ルナーがそう言い終わる前に彼女の頭にチョップが炸裂する。
 そのあまりの威力に持っていた箒をたまらず放り頭を抱えて地面にうずくまってしまった。
 宿屋の中から現れた人物は言うまでもなく宿屋の主人であるドルトンその人だった。
 青色の短く切り揃えられた髪と胡桃くるみ色の瞳を持つ30代中頃の男性でサヴァンの祖父ヤードに負けず劣らずの鍛えられた筋肉だがヤードと比べるといささか細身の身体つきをしている。

 「すまないなサヴァン、うちのが変な事ばっかり言って」

 「いえ、いつものことですから……」

 「そうか……そうだな、お前にはシェリルという将来嫁となる存在がいるのだからな」

 「あの……そんなつもりはないですから、ホント……」

 似たもの夫婦とはよく言ったもので、ルナーが色欲をバラまく色情魔ならば
ドルトンは差し詰め自分の娘を嫁に貰ってくれという押し付け親父というサヴァンにとっては災難の塊のような夫婦だが根は悪い人ではないと理解しているのとその悪癖あくへきを出すのは自分だけだという事が相まって怒るに怒れずにいた。
 そんな夫婦を村人たちは生暖かい目で見ることがしばしばだったがこの二人は少しも気に留めてはいないようで
毎日の日課のようにサヴァンに絡んでいた。

 (ホント、なんで僕……俺だけなんだろう)

 心なしか散歩する前よりもどっと疲れてしまったサヴァンは二言三言ドルトン夫婦に挨拶を交わすと
そのまま家に帰って行った。
 帰り際に宿屋の二階の窓から誰かが覗いている気がしたが、これ以上面倒事に巻き込まれたくなかったため
気のせいだろうと思うことにした。



 家に戻ると昼食の準備ができていたため日課の走り込みから戻ってきた祖父と祖母の三人で食事を食べていると
不意に祖母が口を開く。

 「そう言えばサヴァン、二日後にはマグナ巡りの旅に出発するが旅立ちの用意はできているかい?
 今のうちにしっかりと準備しておくんだよ」

 「大丈夫さ婆ちゃん、あまりに楽しみ過ぎて一か月前から準備し終わってるよ」

 「ふっふっふっ、それは用意周到なことだの」

 「いい加減にしろ、このクソババア! 可愛い孫が危険な旅に出かけようとしているのに
どうしてそう落ち着いてるんじゃ!!」

 「爺ちゃん……」

 「はっ、これだから軟弱な男ってやつは。 いいかい、男ってやつはいずれ自分の野望のために旅立って行くもんさね。 
それを心配するなんて無用の長物なんじゃ。 わかったらお前さんもサヴァンの新しい門出を祝ってやったらどうなんだい?」
 
 その後、爺対婆の乱闘戦が繰り広げられたが、サヴァンが間に入ることで事なきを得た。
 この時サヴァンが驚いたことは、村一番の狩人である祖父と互角に渡り合っている祖母だった。
 祖母を怒らせると怖いという事は知っていたがまさか自分が尊敬する祖父と互角に殴り合いができるほどの力を持っていることをこの時サヴァンは初めて知ることとなり、祖母の認識を改める必要があると彼は心の中で密かに思うのだった。

 そして、二日後の早朝サヴァンは自分が生まれてきた人生で間違いなく最大の出来事になるマグナ巡りの旅に出発するのだが、この旅によってまさか自分が世界を巻き込んだ大事件の中心人物になるとは今のサヴァンは夢にも思っていなかったのであった。
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