19 / 47
第十八話「社交界デビュー3」
しおりを挟む「ちょっと、一体どういうつもりかしら?」
レイオールがトイレに向かって廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてきた。声質的に小さな女の子の声であることから、自分と同じ夜会の参加者なのはわかるが、その光景は少し異様だった。
そこにいたのは、四人のドレスに身を包んだ少女たちで、三人が一人の少女を囲んで罵倒している姿が目に映った。状況判断的に三人が一人をいじめているように見えるのだが、現時点ではそう見えるだけであるため、レイオールは成り行きを見届ける。
「あなたのような田舎出身の貧乏貴族が、王太子殿下とダンスを踊ろうなんて、身の程を弁えたらいかがかしら?」
「そうよそうよ」
「大体、このパーティーに出席すること自体おこがましいと思わないわけ?」
(なるほどな)
彼女たちの様子を見ていると、やはりと言うべきかレイオールが想像していた通りの状況だったようで、彼は内心でため息を吐く。どんな世界でもこういった人種はいるのかと呆れる一方で、レイオールの興味はそのいじめられているであろう一人の少女に向く。
「関係ないじゃないですかっ! 私だってこの国の貴族の一人として、このパーティーに参加する権利がありますわ!!」
「それこそ関係ないわよ。あなたという存在自体が貴族として相応しくないんだから」
「私のお父様は、この国に仕える立派な貴族です。そして、私はそんなお父様の娘なのです。誰が何と言おうと、それを否定することは許しません!!」
「ふんっ、あんまり調子に乗らないことね。私は子爵家でこの子たちは男爵家の令嬢なんだから。たかが騎士爵家の令嬢が、何を言ったところで結果は変わらないのよ」
絡んでくる令嬢たちに毅然とした態度で反論する彼女だったが、上級貴族と下級貴族の間に圧倒的な差があるのと同じく、下級貴族と準貴族の間にも差があることもまた事実なのだ。
だからこそ、こういった身分の差を盾に理不尽な言いがかりをつけてくる者も少なくなく、下の身分の者が苦しんでいるのが現状だ。
「何をしているの?」
「こ、これはレイオール殿下! いや、これはその……」
そんな彼女たちのやり取りにいい加減嫌気が差してきたため、レイオールは介入することにする。まさか王太子が現れるとは思っていなかったのだろう、その場にいた四人が驚きの表情を浮かべる。
先ほどのやり取りを聞いていたレイオールが、少し厳しい視線を三人に向けながら、彼女たちのやっていたことに言及する。
「三人で一人を寄ってたかってとはね。そういったことはあまり感心しないな」
「ち、違います! これは――」
「言い訳無用だよ。君たちが彼女を罵倒していたところは見ていた。言い逃れはできない」
三人のうちのリーダー格と思しき令嬢が言い訳をしようと口を開くが、それを遮るようにレイオールは言葉を重ねる。こういった上位の人間が下の身分の者に対して悪意ある態度を取るというのは、地球でもよくあったことだ。だからこそ、それを見て見ぬふりをするという行為をするべきではない。
レイオールの前世でも似たようなことはよくあったが、自分の立場上下手に介入すると余計に拗れる結果になることが多かった。そのため前世ではそういった行為を目の当たりにしても、表立っては行動を起こせずにいた。
だからこそ、前世で見て見ぬふりをしていたという引け目があるからこそ、今生では手を差し伸べたくなったのかもしれない。
「君たちは誇りある貴族だ。そんな人間が今のようなことをしていいと思っているのかい?」
「……」
「そういったことばかりやっていると、いつかその行いが自分に跳ね返ってくることだってある。少なくとも、こんなことをしている人間を僕は信用しない」
「うっ」
レイオールの指摘に、バツの悪そうな顔を彼女たちが浮かべる。自分自身でも後ろめたい行動だったという自覚があったという証拠である。
だが、いくら自覚があろうともやっていい理由にはならないし、自覚がある分余計に質が悪いことであるとさえ言える。
「一応聞くけど、君たちがやってることは良くないことだってわかってやってるんだよね?」
「そ、それは……」
「じゃあ、なんでこんなことをするんだい? 理由があるはずだよね」
「……」
リーダー格の彼女の態度を見て、レイオールはだんだんと彼女がこんな行動に出てしまったことに、何か理由があるのではという当たりを付けていた。それだけ、彼女の行いが不自然だったからだ。
「君」
「え、わ、私ですか?」
「彼女と君の関係を教えて欲しい。彼女は最初からこんな態度だったのかい?」
「いいえ、最初はとても仲が良かったです。他の二人も小さい頃からの知り合いでした」
リーダー格の令嬢からは詳しい話は聞けないと判断したレイオールは、いじめられていた令嬢から聞き出すことにした。彼女の話では、元々四人とも隣接する領地の貴族家ということもあって、小さな頃から知り合い仲良くなったらしい。
三歳の頃に知り合い二年が経過した時のことだ。それまで仲良くしていた四人だったが、突然一人の女の子が他人行儀な態度を取るようになったのである。
五歳になり自分と他の三人との身分の違いに気付いた彼女は、それ相応の態度を取ろうとしたのだろうとレイオールは推測する。そして、その女の子というのが今回いじめられていた令嬢であり、他の三人は元々彼女と仲が良かった相手ということになるのだ。
「なるほどね。彼女の言っていることは間違いない?」
「……はい」
彼女の説明を一通り聞いたレイオールは、確認のために他の三人に彼女の言っていることが本当のことかどうか問い掛けた。すると、諦めたかのように一つため息を吐くと、彼の問い掛けに頷く。
しばしの沈黙が流れ、レイオールの中で思考を巡らせた結果、再び彼女たちに向かって投げ掛けた。
「君は彼女のことが嫌いなのかい?」
「……」
「あれほどまでに辛辣な態度を取るということは、もう彼女のことを好きではなくな――」
「好きに決まってるじゃありませんか!!」
レイオールの問いを遮るようにリーダー格の令嬢が叫ぶ。本来王族の言葉を遮ることは不敬だが、今は彼女の本音を聞き出すことを優先するため、レイオールは押し黙った。
「リスタとは、小さい頃からずっと一緒に育ってきたのです。親が治める領地が隣同士とか関係なく、リスタもメリンもチルクも私の大切なお友達です」
「アルヒダ……」
リーダー格の令嬢の言葉にいじめられていた令嬢が彼女の名前を呟く。だが、現実的な問題がまだ解決できていないため、レイオールは心を鬼にしてリーダー格の令嬢アルヒダに現実を突き付けた。
「アルヒダ嬢。そんな大切な友人である彼女を、君は蔑んでいた。そのことについてどう釈明するつもりだい?」
「そ、それは」
「君がどんなに彼女のことを大切に思っていたとしても、君が彼女に行ってきたことが消えるわけじゃない。どうするんだい?」
レイオールの言葉に一瞬戸惑いを見せたアルヒダだったが、すぐに決意に満ちた表情を浮かべ、力強く答えた。
「私の一生を懸けて償いたいと思います」
「そうか。リスタ嬢はそれについてどう考える?」
「元はと言えば、私がアルヒダたちを遠ざけたことが原因です。償うというのなら、私が償います」
「ちょっと待ちなさいリスタ。あなたは何も悪くないわ。悪いのは私」
「いいえそれは違うわアルヒダ。あなたがそんな態度を取る原因を作ったのは私なんだから悪いのは私よ」
というような具合に、お互いのわだかまりはなくなったのだが、今回の一件の責任が誰にあるのかという件についてすべての非は自分にあるということをアルヒダとリスタが主張し始めた。二人の友人であるメリンもチルクもどうしていいのかわからず、ただただ戸惑っているだけである。
「二人ともそこまでだ。今回の一件、どちらに非があるのかは、王太子の僕が決めてあげる」
「「お願いします」」
これ以上は収拾がつかないと思ったレイオールは、彼女たちを仲裁する。そして、今回の件について非があるのはどちらなのか第三者の立場で判定することにした。
「まずはアルヒダ嬢だが、自身で大切だと公言しているにもかかわらず、大切な友人に非道な行為を繰り返したことは許されない行為だ」
「……はい」
「次にリスタ嬢は今回のアルヒダ嬢の非道な行いの被害者ではあるものの、自身の手によってそのきっかけを作ってしまったと考えている。それについては間違いないね?」
「その通りです」
まずは二人の行った行為についての言及をすることで、お互いに悪かった点を具体的に提示する。こうすることで、何がいけなかったのかを第三者の人間でも理解できるよう明確にすることができるのだ。
そして、何よりもレイオール自身が、改めて二人の行いのうちどちらに非があるのかを再確認する意味もあり、それにより彼の中で一つの答えが導き出された。
「よって二人のうちどちらに非があるのか……それは――」
「アルヒダお嬢様、こちらにいらっしゃったのですね。さあ、すぐにダンスが再開してしまいます。私と一緒に参りましょう!」
「ちょ、ちょっと。ちょっと待ちなさい! まだ殿下のお言葉が――」
「殿下なら、もうすでにご令嬢たちのダンスのお相手をするため待っておられるはずです。さあ、行きましょう!!」
「そうじゃなくって、話を聞きなさーい!!」
「……」
いろいろと考えた末に出た答えをレイオールが発表しようとしたその時、彼の言葉を遮るように侍女が割って入ってきた。どうやらアルヒダの侍女らしく、彼女を見つけた侍女はすぐさまアルヒダの手を取り、そのまま連れて行ってしまった。
他の三人も何とか彼女に事情を説明しようとするも、王城での夜会という大舞台とあってか周りが見えておらず、そのままレイオール一人がその場に取り残される結果となった。
「……まあいいか。そうだ。トイレに行くんだったな」
その場には誰もいないというのに、一人ぽつりとそんなことを呟く。それが先ほどの一件を忘れるためのものなのか、はたまた恥ずかしさをごまかすためなのかのどちらなのかは本人以外は知る術をもたなかったのであった。
1
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!
矢立まほろ
ファンタジー
大学を卒業してサラリーマンとして働いていた田口エイタ。
彼は来る日も来る日も仕事仕事仕事と、社蓄人生真っ只中の自分に辟易していた。
そんな時、不慮の事故に巻き込まれてしまう。
目を覚ますとそこはまったく知らない異世界だった。
転生と同時に手に入れた最強のステータス。雑魚敵を圧倒的力で葬りさるその強力さに感動し、近頃流行の『異世界でスローライフ生活』を送れるものと思っていたエイタ。
しかし、そこには大きな罠が隠されていた。
ステータスは最強だが、HP上限はまさかのたった10。
それなのに、どんな攻撃を受けてもダメージの最低保証は1。
どれだけ最強でも、たった十回殴られただけで死ぬ謎のハードモードな世界であることが発覚する。おまけに、自分の命を狙ってくる少女まで現れて――。
それでも最強ステータスを活かして念願のスローライフ生活を送りたいエイタ。
果たして彼は、右も左もわからない異世界で、夢をかなえることができるのか。
可能な限りシリアスを排除した超コメディ異世界転移生活、はじまります。
「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした
御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。
異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。
女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。
――しかし、彼は知らなかった。
転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――
どうも、賢者の後継者です~チートな魔導書×5で自由気ままな異世界生活~
ヒツキノドカ
ファンタジー
「異世界に転生してくれぇえええええええええ!」
事故で命を落としたアラサー社畜の俺は、真っ白な空間で謎の老人に土下座されていた。何でも老人は異世界の賢者で、自分の後継者になれそうな人間を死後千年も待ち続けていたらしい。
賢者の使命を代理で果たせばその後の人生は自由にしていいと言われ、人生に未練があった俺は、賢者の望み通り転生することに。
読めば賢者の力をそのまま使える魔導書を五冊もらい、俺は異世界へと降り立った。そしてすぐに気付く。この魔導書、一冊だけでも読めば人外クラスの強さを得られてしまう代物だったのだ。
賢者の友人だというもふもふフェニックスを案内役に、五冊のチート魔導書を携えて俺は異世界生活を始める。
ーーーーーー
ーーー
※基本的に毎日正午ごろに一話更新の予定ですが、気まぐれで更新量が増えることがあります。その際はタイトルでお知らせします……忘れてなければ。
※2023.9.30追記:HOTランキングに掲載されました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます!
※2023.10.8追記:皆様のおかげでHOTランキング一位になりました! ご愛読感謝!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
魔具師になったら何をつくろう?
アマクニノタスク
ファンタジー
いつもありがとうございます。
☆お気に入りも3500を突破しました☆
~内容紹介~
ある日、雷にうたれた事をきっかけに前世の記憶が目醒めました。
どうやら異世界へ転生してしまっているようです。
しかも魔具師と言う何やら面白そうな職業をやっているではないですか!
異世界へ転生したんだし、残りの人生を楽しもうじゃないですか!!
そんなこんなで主人公が色んな事に挑戦していきます。
知識チートで大儲けしちゃう? 魔導具で最強目指しちゃう? それともハーレムしちゃう?
彼が歩む人生の先にはどんな結末が待っているのか。
転生王子の異世界無双
海凪
ファンタジー
幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。
特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……
魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!
それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる