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第十話「本格的な廃嫡計画の始動」
しおりを挟む「さて、困ったことになったな……」
お披露目の儀式が終わり、自室へと籠ったレイオールは、そんな独り言をぽつりと呟いた。今更になって、自分が犯した失態を理解したためである。
前世の記憶を持つ彼にとって、人前で挨拶をするということは苦ではなく、寧ろ一般人から見ればとても手慣れたものだ。だからこそ、今回の失態に繋がってしまったのだが、今更足掻いたところでなかったことにはできない。
レイオールが抱く悠々自適なスローライフを送りたいという野望を達成するには、自身の置かれた立場がかなり足枷となっている。国王の最初の息子……即ち王太子という立場が。
王太子という身分がどういうものなのかといえば、一言で表すなら“次の国王はこの人ですよ”という誰が聞いてもわかりやすい身分なのだ。国王に相応しくないあまりに傍若無人な言動を取ったり、誰が見ても明らかな重罪を犯していない限り、黙っていればほぼ間違いなく国王になってしまうのだ。そう、なってしまうのである。
その覚悟があったり、国王になりたいと望んでいる者であれば何ら問題はないのだろうが、今回は国王になりたくないと思っているレイオールなのが問題だ。
自分が国王にならずに済むようにする最初の策として、サンドラにお披露目の儀式のお祝いのプレゼントと称して“弟が欲しい”と強請ってみたのだが、早くも計画を前倒しに進めなければならない事態になってしまっている。
レイオールが王太子である以上、自分の身代わりとなる存在……代理人を立てなければならない。それができなければ、このまま他国に亡命するという方法も選択肢として見ておくべきだ。
そして、王太子であるレイオール自身の指名によって王位継承権の優先順位を下の弟に譲り渡すことで、ゆくゆくは弟に国王になってもらおうという腹積もりであった。
ところが、今回のことでレイオールの優秀さが国民に知れ渡り、誰しもがこう思ってしまった。“次の国王は彼しかない”と。
だが、レイオールとしてはそんなつもりはないため、そんな期待を寄せられることは有難迷惑以外の何物でもないのだ。だからこそ、レイオールは自身の失態を悔いていた。
「とりあえず、母さまには確実に弟を産んでもらうとしてだ。他国に亡命の線も見えてきたから、今度から他国についても勉強していくとするかな」
ひとまず今後の方針が決まったところで、部屋の扉がノックされる。入出の許可を出すと、そこに現れたのは乳母のジュリアだった。
三歳となったレイオールが母乳を飲むことはもうないため、今では彼専属のお世話係として働いてもらっているのだが、赤ん坊の頃から知っているということもあってか、たまに母乳を飲ませてこようとする。もう三歳だというのに。
そんな少し抜けたところがある彼女だが、侍女としてはとても優秀で非の打ちどころはまったくない。おまけに容姿もスタイルも良く、何故侍女などをやっているのか不思議なくらいだ。
「レイオール殿下、お疲れ様でした」
「別に疲れるようなことはしてないけど」
「殿下のお話。とても素晴らしかったです! さすがは未来の国王となられるお方。そんなお方に仕えられるジュリアは幸せでございます!!」
「そ、そう。よかったね……」
最近では、このようにレイオールを褒め称えることが多くなってきており、サンドラと並ぶ親バカぶりを発揮してきている。そのため、同じ親バカのサンドラともかなり親しく、今後の彼の教育についても熱い議論を交わしている。
「と、ところで母さまは大丈夫なの? 気分が優れないって聞いたんだけど」
「ああ、それでしたら問題ありません。ただ殿下の成長ぶりに身悶えてしまっただけですので」
「みも……なにそれ?」
「とにかく、病気の類ではありませんのでご心配なく」
これ以上放っておくと自分を褒め称え続けることを理解しているため、話題を変えるべくサンドラの話を出してみたのだが、どうやらこの話も触れるべきでないものだったようだ。
そんななんの中身のない話をしていると、突如としてノックもなしに扉が開け放たれる。そこにいたのは、予想通りの人物であった。
「レレレ、レイオールちゃぁぁぁああああん」
「か、母さまっ!?」
現れたのは、想定の範疇に入っている人物であるサンドラだ。ただいつもと様子が違うことがあるとすれば、少々興奮気味であり、目をらんらんと輝かせていることぐらいだろうか。
「レイオールちゃんの初めての晴れ舞台。とっても、とぉーっても素敵だったわよ! あんな小さかったレイオールちゃんがこんなに立派になって……」
(いや、まだ俺三歳なんだけど……)
赤ん坊と比べればかなり成長したことは認めるが、ごく一般的な常識からすれば未だ三歳児のレイオールもまだまだ小さい体格に分類される。それをもってして立派になったとはこれ如何にであるが、そんなことはお構いなしにサンドラの称賛は継続する。
「ママがガゼルと結婚してなかったら、私がレイオールちゃんのお嫁さんになりたいくらいよ」
「いや、それはさすがに……」
よく親子の間で「大きくなったらパパ(ママ)と結婚する」という会話が繰り広げられることがあるが、まさか親の方からその話が出てくるとは予想外だ。そのあまりの剣幕に若干ながらレイオールが引いている。
その後もサンドラのレイオールを褒め称える言葉が続き、彼は精神が疲弊しつつも、しばらくしてやってきたガゼルを視認したサンドラがまたどこかへと引き摺って行くまで、何とかその苦行に耐えるのだった。
それから、部屋の掃除をジュリアに頼んだレイオールは、もはや日課となっている書庫へと赴いていた。書庫にやってきた目的は、言わずもがな本を読むことであるが、新たな情報として他国の情報が記載されている本を探すことにしたのだ。
以外にも他国の情報が載った本はすぐに見つかり、読み進めていくと、レインアーク王国に隣接する国は主に三つということがわかった。
この世界には主に五つの大陸があり、そのうちの一つにレイオールがいるレインアーク王国が存在する。そして、隣接する国の名はロガット王国・ウインブルグ王国・フレイマル帝国だ。
ロガット王国とウインブルグ王国とは同盟を結んでおり、二つの国との仲は良好だ。それが証拠に先の大飢饉での折、作物の栽培が完了するまでの食料調達を他国に頼る際、この二国から調達していた。そして、残った一つの国フレイマル帝国についてだ。
レインアーク王国や他二国にも同じことが言えるのだが、このフレイマル帝国については軍に力を入れている軍事国家であり、代々の皇帝も野心が強い者が統治する傾向がある。
そんな人間が治める国ということもあり、レインアーク王国とは度々戦争になることが多く、その度にロガット王国やウインブルグ王国の支援を借りてフレイマル帝国からの侵攻を退けてきた歴史が存在する。そのため、レインアーク・ロガット・ウインブルグの三国間で敵対国として認識されており、かの国と隣接する国境付近は常に厳戒態勢が敷かれているほどだ。
つまりは、もし仮にレイオールが他国へ亡命するのであれば、実質的な選択肢としてはロガット王国かウインブルグ王国となる。もちろん、そうならないように彼は最後まで頑張るつもりではあるが、どうしようもならなくなった場合最悪の事態は想定しておくに越したことはない。
「ロガットは鉱石が主な特産で、主に炭鉱夫と鍛冶職人が多い国。ウインブルグは美意識が高く、主に芸術家や音楽家が多い国か。なるほどな」
それぞれに特色のある国なため、亡命の際はどちらを選択すべきか迷うレイオールだが、とりあえず今は自国の隣接する国がどういった国なのかということだけわかればいいということで折り合いを付けた。
そのあとは、いつものようにレインアークについての歴史書や一般常識が書かれた書物を読み漁っていき、しばらくしてふとある結論に至った。
「ってか、俺の計画って弟が生まれてこないと詰む気がするんだが……」
そうなのだ。レイオールが立てている作戦の要は、自分以外の人間を国王として立てる代理作戦だ。代理といっても、そんじょそこらの人間を代理人にしても誰も納得はしない。そこで必要となってくるのが王族の血族だ。
王太子は王位継承権が第一位の存在であり、実質的な跡取りだ。そして、王太子の弟ともなればその継承権は王太子に次ぐ第二位になる。そこが狙い目なのだ。この王位継承権第二位の弟を自分の身代わりとして仕立て上げ、次世代の国王とする。それが当初レイオールが立てていた計画であった。
しかし、それもこれも“弟が生まれたら”という条件が大前提であり、まだ第二子すら妊娠していない状態では、レイオールの計画など机上の空論に等しい。
だからこそ、サンドラには何としても弟を産んでもらわなければならないのだが、こればっかりは狙ってできるようなものではないため、レイオールは自身の詰めの甘さに内心でため息を吐く。
「とにかく、今は自分のできることをやるしかないな」
今自分ができることは少しでもこの世界のことを知るべきことだと判断し、レイオールはこれからの日々を過ごすのであった。
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