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38話
しおりを挟む「ふう、なんかここに戻ってくるのが何週間ぶりな感じがするな」
ドロンたちと別れた俺はその足で工房に向かい、据え置かれた椅子に腰を掛けたときに思わず出た言葉だった。経過している時間は実際の所を言えば、半日未満の出来事だった。それなのにも関わらず、時間的な感覚はかなり長い時間を過ごしているのではないかと錯覚するほどに濃いものであった。
しばらく椅子に座ってぼーっとしていたが、そのままなにもせずに過ごすのも勿体ないと感じ、一つ息を吐き出した後に作業に移ることにした。
今回のダンジョン攻略で入手できた素材は、主だったものはマイエリアでも生産可能なものがほとんどを占めていたが、それ以外にも初めて入手したアイテムも少なくない。
例えば、キノコの木で入手可能であるブルーキノコの類似品と思しき【イエローキノコ】や【レッドキノコ】などのキノコ類、ピッケルを使用することで入手することができた【鉄鉱石】や【石炭】などの鉱石類、そして試練をクリアすることでケダマから入手できた【蜘蛛の糸】などなかなか興味深いアイテムを手に入れることができたいた。
鉱石類はマイエリアでも入手が可能なのだが、品質があまりよくはないため高品質は望めない。それとは逆にダンジョンで入手した鉱石類は、品質が【劣化】や【普通】のものが多く排出していたので、マイエリア産の鉱石類よりも品質が高いものが入手できるのだろう。
ダンジョンで手に入れた戦利品――戦って得た物じゃないけど――を一つ一つ確認した後、まず最初にやるべき生産作業は何かと考えたときにふと思いついたことがあった。
それが何かといえば――。
「クエストの武器作成依頼だな」
そう、生産ギルドにいた時についでに受けておいたクエストの中に、魔法使いが使用する杖と重量のある武器の作製依頼があったのだ。その依頼に少しばかり興味が湧いたので、一応という考えのもとにその依頼を受けてみることにしたのだ。
まずは杖の作製依頼からこなすべく、手持ちの中にあった木材の在庫を確認しつつプロダクトの項目を呼び出す。
改めて説明すると、このMOAOにおいて装備やその他のアイテムを生産する際の方法として二種類の生産方法が存在する。
一つはプロダクトと呼ばれる方法で、これは手持ちの素材を消費することですぐさま目的の品物を作製することができる。
もう一つは手作業による方法で、自動的に生成できるプロダクトとは違って自らの手で作り上げなければならないこの方法は、失敗すれば素材が無駄になるばかりか何の役にも立たないただのゴミが出来上がる。
それぞれメリットとデメリットが存在しており、プロダクトは素材さえ揃っていれば確実に作り出すことができる。その代わり、品質はほとんど最低レベルのものしかできない。
逆に手作業の場合は、作製難易度は高いが成功すれば品質の高いものができることが多くその分高値で取引される。
どちらも良い面と悪い面が両極端に存在するため、どちらがいいのかということは一概には言えないものの、状況に応じて使い分けることが重要となってくる。
「まずはプロダクトで作ってみるか」
何事も物は試しとばかりに必要な素材を選択し、杖の作製を行ってみる。素材を消費しただけで、なんの苦労もなく出来上がったものがこれになる。
【木の杖】:見習い魔法使いが使用する練習用の杖。練習用に作られているため、能力はあまり高くない。 レア度:コモン 耐久度:60 / 60 効果:【MP+5】、【INT 上昇 最小】 品質:最低
ちなみに使った素材は【木材】が三個とモンスターの魔石が一個という最低限のものだった。
一応この杖を依頼主に納品しても依頼の条件を満たしているので問題ないのだが、生産職としてそんな手抜き料理を出す主婦のような舐めた真似はできない。……おっと、別に主婦というものが楽な仕事だとは言ってないからな? まあ、サボろうと思えばいくらでもサボることができるだろうとは思っているが。
とにかく、ここからは手作業による杖の作製に移行する。まず必要な素材は木材とモンスターの魔石の二種類なので、手持ちからその二つの素材をテーブルに置く。
まず初めに加工するための作業用ナイフを使い、適当な長さの杖の形を形成していく。プロダクトで作った杖の形は、先端が渦巻き状になっている魔法使いが使う杖としてはスタンダードといっていい形状をしていたため、それに倣う形で削り込んでいく。
ある程度の形になったら、渦巻き状の中心部分にモンスターの魔石を嵌め込むための穴を開け、その穴に合う形になるように研磨機を使ってちょうどいい大きさになるよう魔石を研磨していく。
研磨が終了し、ちょうどいい大きさと形になった魔石を穴に嵌め込めば、杖の完成である。そして、出来上がった杖がこれだ。
【木の杖】:見習い魔法使いが使用する練習用の杖。手作業により丁寧に作られているため、それなりの品質を持っている。 レア度:アンコモン 耐久度:90 / 90 効果:【MP+10】、【INT 上昇 最小】、【MND 上昇 最小】 品質:普通
とりあえず、一発で成功したがまだ改良の余地がありそうだな。ここはもう少し粘ってみよう。
それからさらに木の杖を作り続けてみたが、なかなか品質の向上は難しく失敗作に終わったり、似たようなものしかできなかった。そして、ひたすら木の杖を作り続けること二十三本目のトライ、時間にして二時間十八分が経過した頃、ついに最初に作り上げた杖の品質を超えることに成功した。
【木の杖+】:見習い魔法使いが使用する練習用の杖。手作業により丁寧かつ丹念に作られているため、かなりの品質を持っている。 レア度:レア 耐久度:120 / 120 効果:【MP+20】、【INT 上昇 低小】、【MND 上昇 低小】 品質:中質
「ふう、こんなもんかね」
「うーん、なかなかの手際ニワね」
「シィー」
「……お前らいつの間にいたんだ?」
一仕事やり終えた達成感に浸っていると、俺の両脇にドロンとケダマがいることに気付いた。一体いつからそこに居たのかは知らないが、いるなら声の一声くらい掛けて欲しいものだ。
その後ケダマにはデコピンをドロンには脳天チョップをお見舞いしたあと、集めてくれていた素材を受け取り作業に戻るように指示を出した。
……なに、ドロンとケダマの待遇に差があるって? そんなことは当たり前だろう。では一つ聞くが、勤務年数が長くサボり癖のある社員Aと、入社したばかりだがサボることなく真面目に働く社員Bとだったらどちらが社員としての評価が高いだろうか? 今回の場合もそういうことなのだよ、うむ。
ケダマと自分との待遇の差についてドロン自身も感じていたらしく俺に抗議の声を上げてきたが、サボることなく真面目に働くなら同じ待遇にしないでもないと言ってやると、そそくさと持ち場に戻っていった。
新しくケダマという自分の立場を脅かすライバルが出現したことで、危機感を抱いたのだろう。これで少しは真面目に働いてくれるといいのだが、ドロンについてはあまり期待しないでおくとしよう。
「次は重量のある武器だったな。重さを加えるなら、やはり石か鉄だと思うが、今の状況的には石を選択しておくべきだろうな」
鉄製の武器も作ることは可能だが、現在鉄を使用した装備はそれ自体が希少性が高く、例え最低品質でも高額で取引されていると掲示板で書き込まれているのをちらほらと見かけている。
なるべく目立たずしれっと品物を売り捌きたい俺としては、ここは石製の武器一択だ。
まずはどういった武器を作るかを考えるのだが、重量のある武器と聞いてまず頭に思いついたのが、打撃系統の武器である。
打撃系統といっても種類は様々あり、ハンマー、メイス、棍棒、トンファ、ヌンチャク、フレイルなどその形姿も多種多様だ。
そして、重さのある武器といっても、人それぞれ体型や筋力――ゲームの場合ステータスの値――が異なるため、その人に合ったちょうどよい重さの武器を作るということは意外と難易度が高い。
さらに加えてこのMOAOでは、重さに対する具体的な数値が表示されていないため、個人に合った重さの武器を作るということがさらに難しくなっているのだ。
「このクエストを選んだのは、失敗だったかもな」
やる前から諦めていてはどうしようもないことだと思い、とりあえず作業を始めるため木材と石材を取り出すことにした。
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