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35話

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 魔法陣から放たれた光が薄れていき視界がクリアになる。たどり着いた先に広がっていたのは、四方を壁に囲まれた通路のような場所だった。


 まるでトンネルを掘る時に使用する巨大な掘削機が通ったあとのような一定の広さを保った形をしている。それはよくRPGで登場するダンジョンと呼ばれるに相応しいものだ。


 青みがかった壁はランタンなどの光を発するような光源がないにもかかわらず、ダンジョンは一定の明るさを保ち続けている。


 そのまま周囲の様子を観察していたが、この場にいても何も始まらないと思考を再びダンジョン攻略に向け、先に進むことにした。


 しばらく道なりに進み突き当りを左に曲がって進んでいくと、少し開けた場所に出た。そこは丸いドーム状にくり抜いたような円の形をした場所で、ぱっと見闘技場を思わせる。


「お、さっそくアイテム発見」


 そこにはきらりと光っている場所が存在していたので、すぐに採集ポイントだと思いそこにあったアイテムを回収する。思った通りそこは採集ポイントだったようで入手できたのは【イエローキノコ】という調合に使うであろうアイテムだった。


《特定条件を満たしました。プレイヤー【スケゾー】は【初級採集】を獲得しました》


 予想していた通り、採集したことで新しく【初級採集】というスキルを獲得した。採集に関しては、マイエリアでも畑やらキノコの原木やらでやっていたと思わなくもないが、どうやらそこは特定条件に当てはまらなかったらしい。


 しばらく目についた採集ポイントでアイテムを集めていたが、その場にあるアイテムを取りつくしたため次の場所に移動することにした。


 再び道なりに進んで行くと、今度は突き当りを右に曲がる地形をしていたため、それに従って歩を進める。そして、次に到着した場所もまた最初に採集ポイントがあった場所と同じくドーム状になっていたのだが、前回の場所と異なる点が一点あった。それはというと――。


「ほう、スライムか」


 そう、なんとMOBが存在したのだ。生産系のダンジョンである素材ダンジョンは、MOBの出現率が極端に低いとのことだったので、決してMOBが出現しないわけではないのだが、具体的な数値がわからないので今この状況がイレギュラーなのかがわからない。


「まあ、スライムくらいなんとかなんだろ。おうし、戦闘開始だ」


 そう呟くと俺は勇猛果敢にスライムへと殴り掛かった。だが、この時俺は完全に油断していた。RPGというジャンルにおいてスライムというMOBは、序盤に登場する雑魚MOBというのが一般的な常識だろう。
 だがしかし、それはあくまでも他のゲームに限ったことであり、このMOAOでのスライムの扱いといえば――。


⦅ミス。スライムにダメージを与えられません⦆

「な、なんだと!? 1ポイントのダメージすら与えられないというの――ぐはっ」


 物は試しとばかりに突き立てた拳をスライムにお見舞いするも、結果はご覧の通りノーダメージだった。しかも一撃で倒せるというイメージが頭の中にあったため、攻撃したあと隙ができてしまいその隙を狙っていたかのようにスライムの体当たりを食らってしまう。


「ば、馬鹿な。たった一撃でこんなにダメージがあるのか!?」


 見た目は大したことがない攻撃だったのだが、そのダメージは計り知れないものだったようで、最大HPの四割の損傷という結果が返ってきた。つまりはあと二回奴の攻撃を受けてしまうと、お亡くなりになってしまうということを意味していた。


 たかがスライム如きにやられることはゲーマーとしての矜持が許されるものではなかったが、このゲームの特性として生産職は戦闘行為自体が無意味であると事前情報で知っていたため、俺は迷うことなく逃げに転じた。


 俺にとって幸いだったのは、スライムの動き自体が鈍く走って逃げれば追いつかれることがなかったことだろう。そして、逃げるという選択を取ったことでわかったことがもう一つある。


 それは一定の距離を取ることで安全を確保することができ、採集ポイントでアイテムを回収することができるという点だ。つまりこの素材ダンジョンは、出現するMOBから逃げつつ採集ポイントからアイテムを入手していく回避を主体とするダンジョンだということだ。


 ぽよぽよと跳ねながらこちらに向かってくるスライムから距離を取りつつ、その場にあった採集ポイントからアイテムを回収し終わる。


「じゃあなスライム君、不毛な鬼ごっこご苦労様」


 未だにこちらをターゲットにしながらゆったりとした動きで一生懸命向かってくるスライムに対し、皮肉を込めた労いの言葉を投げかけたあと俺は次の場所を目指した。


 それから同じようなことを何度か繰り返していると、今度は罠が出現するようになっていた。罠といってもそれほど大した効果のあるものはなく、精々が動きを数秒間止めるものや最大HPにダメージを与えるといった程度のものだったが、MOBと連携されたらかなり危ない状況になることはなんとなく予想された。


 前もってそのことを予想していた俺だったので、MOBとの連携が取れないよう慎重に行動した結果、危険な状態になることなく順調に素材を集めていくことができた。


 だが、ダンジョンを進んで行くと当然だが攻略の難易度も上昇していく。たどり着いた部屋の数が二十になったところでそいつは現れた。


「蜘蛛か」


 そこにいたのは三メートルは超えようかという巨大な蜘蛛だった。その姿に思わず“MOBの出現率が極端に低いんじゃなかったのか?”と叫びなったが、蜘蛛がまだこちらに気付いていなかったので、手を口で塞ぐことでなんとか叫ぶことは回避する。


(それにしても、これはどういうことなんだろうな? どう見ても戦わないといかんやつだろうあれは)


 戦闘行為が不可能な生産職専用のダンジョンに、明らかに戦闘行為不可避なMOBが出現したことに動揺していると、どこからともなく声が響き渡る。


「おい、そこの若いの。よくここまでたどり着いたな」

「うん、誰だ? どこにいる?」

「どこって、お前さんの目の前にいるだろうが。ほら、ここだここ」

「まさか……」


 あまり想像したくはなかったが、どうやらその声は件の蜘蛛から発せられているようだった。微動だにせずこちらを八つの赤い目が捉えているが、その目はどことなく理性を感じさせた。


 できることなら近寄りたくはなかったが、攻撃されてデスペナを食らったらそれはそれで仕方がないと判断し、声の主である蜘蛛に近づくことにした。


「若きメイカーよ、よくぞここまでたどり着いた」

「それはさっき聞いた。それで用件はなんだ?」

「そう急くな、これだから最近の若いのは……」

「蜘蛛に人間の矜持がわかってたまるか!」


 まさかこんなところまで来て蜘蛛と漫才をやるとは思わなかった。これはあとで開発部に文く……もとい、報告しておかなければなるまい。


「お前には、俺が出す試練を受けてもらう」

「試練だと」

「そうだ、なに簡単なことだ。これから俺が一匹子供を産み落とすからその子に気に入られろ」

「それだけか?」

「もちろん試練だから、失敗すればお前は我が子に食べられあの世行きだ。だが、成功すれば我が子から素材アイテムが貰える。簡単な話だろ?」

「なるほど」


 要はこのデカ蜘蛛の子供に気に入られれば素材アイテムがゲットできて、失敗すれば食べられてデスペナって感じか。うむ、実にかりやすくて単純な話だ。だが、一応疑問に思ったことを聞いておくとしよう。


「その試練って断ることはできるのか?」

「え?」

「え?」


 どうやらこちらが断るという選択肢が向こうにはなかったようで、意外そうな声を出す。いや、普通に考えて断るっていう場合もあるだろうに……。


「う、受けて欲しいなぁ……」

「でっかい図体した奴が、そんな拗ね方してんじゃねぇよ!」

「で、では受けてくれるのか!?」

「まあ、受けるけど」

「そ、そうか。……よかった」


 そんな前脚を顔の前でつんつんとしながら悲しい声を出されたら受けないとは言えんだろうが……馬鹿野郎が。意外と可愛らしい一面があると思ったが、とりあえずこのデカ蜘蛛が出す試練とやらを受けることにした。
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