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13話

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 生産ギルドから外に出ると、そこはファンタジーの世界だった。


 とまぁ、そんな今更な状況を頭に思い描きながらも、あてもなく歩を進めていく。


 道中では、NPCが露店を営んでおり、客引きの店員が威勢よく声を張り上げている。


 大通りを行き交うプレイヤーの数も多く、俺と同じく街を散策している者も少なくない。


 こういったファンタジーのお話でよくあるのが、人ごみの多さを利用したスリが出たりするが、このゲームではそういった行為をする人間はNPCも含めいないらしい。


 どうやら、他者に迷惑を掛ける行為は仮想現実のゲーム内においては重大な犯罪行為となるらしく、現実では大した罪に問われない行為でもこのMOAOでは重要視されているようだ。


 といっても、スリのような窃盗行為をすれば現実世界の時間で一週間のログイン禁止処分といったペナルティでしかない。


 尤も、現実世界での一週間はこちらの世界では約三ヶ月となるため、決して軽いものではないだろう。


 言い忘れていたが、このMOAOではログインできる時間帯が平日と休日であらかじめ決められている。月曜日から金曜日を平日とし、これら曜日のログインできる時間帯は午前九時から午後八時までの十一時間で、休日を土曜日と日曜日とし、この二日間のログイン可能時間は午前九時から午前零時までの十五時間となっている。


 ちなみに祝日は休日扱いとなっているため、そこは間違えないように気を付けなければならい。


 加えて、連続ログイン可能な時間は四時間が限界で、その時間を過ぎると強制的にログアウトが実行され、次ログイン可能になるのに一時間(ゲーム時間で一日)ほど掛かってしまう。


 その他にも、尿意などの現実世界でのトイレや体調の変化も逐一計測しているため、万が一プレイ中に何か起こってもヴァイコンが知らせてくれる。


 街の風景を見ながら歩いていると、俺の目の前で少女が転んだ。


 少女と言っても年の頃は五、六歳ほどなので、少女よりも幼女と表現した方が正しいかもしれない。


「うぅ」

「大丈夫、ケガしてないか?」


 目の前で誰かが転んだら、とりあえず怪我がないかどうかの確認をするだろう。それが誰であっても。


 俺の呼びかけに反応し顔を上げると、目に溜めた涙を服の袖で拭ったあとまぶしい笑顔で幼女はこう言い放った。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがと、おじちゃん」

「おっふ」


 彼女の言葉に思わず両手両膝を地面につき、いわゆるORZな状態になってしまう。その行為を不思議な表情で見つめてくる瞳が、さらに俺の心を抉る。


 俺は今年大学を卒業したばかりの俗に言う“新社会人”というやつなのだ。年齢的には二十二歳とまだまだ青春時代を謳歌したい年頃だ。


 だからこそ、彼女が言い放った“おじちゃん”という言葉に対し受け入れがたい気持ちがあるのかもしれない。それ故に、彼女の口から出た言葉にかなりショックを受けてしまった。


 五歳やそこらの子供にとって二十代の若者は、おじちゃんおばちゃんに見えてしまうのだろう。それは仕方のないことだと頭では理解している。そう、頭では。


 だがしかし、そう、だがしかしだ。頭では理解していても、人間漠然と納得のいかないことというのは、日々の生活の中でままあると俺は思っている。


 せめてあと五年、あと五年は“お兄さん”と呼ばれていたいのです。切に、そう、切に……。


「おじちゃん、どうしたの大丈夫?」

「なんでもないよ。ちょっと立ち眩みがしただけだから、心配しないで。早くお母さんの所にお戻り」

「うん、おじちゃんバイバイ」


 俺は幼女が別れの挨拶を告げその場を離れていくまで、ずっと両手両膝を地面につけたままだった。


 そんな中、ふと視線を感じ顔を上げると、周りには生温かい目で見てくるプレイヤーやNPCの姿があった。


 俺と幼女とのやり取りを聞いて俺の思いを察したらしく、何も言わずただただうんうんと頷いてくるばかりであった。


 そんな彼らの視線に当てられ居たたまれなくなった俺は、その場を足早に去っていった。


 後方から「大丈夫だ。お前さんはまだ十分若い。だから気にするんじゃないぞー」という中年男性のNPCの言葉と、それを聞いたプレイヤーの苦笑いに止めを刺されてしまった今日この頃であった。スケゾーです……。










 街の散策に出たばかりだというのに、いきなり出鼻を挫くような出来事があって多少気分が沈んでしまったが、なんとかモチベーションを下げないように努め、ファンタジーな街並みに目を向ける。


 近代的な高層ビルやモダンチックな建物はなく、石畳と木造の建物が軒を連ね、たまにではあるが磨かれた石材を使った建物も見受けられる。


 人の流れに沿って歩を進めていくと、円形の白いテントが設置されている場所にたどり着いた。


 ぱっと見モンゴルの遊牧民が使用する移動式住居であるゲルという建物を彷彿とさせる。


 ゲルとの相違点を挙げるならば、居住スペースである場所に家具ではなく商品が陳列されている棚が設置されているところだろう。


 テントは一定の間隔を開けて設置されてはいるが、行き交う人の数が多いこともあってかかなり狭く感じる。


「いらっしゃい、何をお探しで」

「とりあえず、販売リストを見せて欲しい」

「こちらになりやす」


 目についた露店の店主に声を掛け、売られているものをチェックしてみると、リストにはにんにくやショウガなどの他にターメリックやコリアンダーといったスパイス系の商品を取り扱っているようであった。


「カレー粉があるのか」

「へい、こちらあっしが調合したもんですが、お気に召さない時は使った材料も売っておりやすので、お客さんご自身の好みの味を作ってみるのも一興でやすよ」

「そうか、とりあえずこのカレー粉と各種スパイスをもらおう」

「まいどあり!」


 とりあえず、店主が調合したカレー粉と自分好みのカレーを作るためのスパイスを購入した。


 カレーが手に入ったとなれば、次求めるものは何ぞや? ……そう、ライス、即ち米だ。


 本場よろしくナンでカレーを楽しむのもありといえばありだが、やはりそこは日本人としてライスを所望する。


 幸いスパイスを売っていた店主から、小麦粉や米を売っている店の場所を聞くことができたので、すぐに直行することに。


 目的の場所に到着すると、中年の男性が一人いたので気付かれないように体勢を低くしながら歩を進める。


「ぬんっ」

「うあ、びっくりした。い、いきなりなんです」

「特に意味はない。それよりも店主、小麦粉と米を譲って欲しいんだが」


 タイミングを見計らって男性の前に姿を見せると、やはり目を見開いて驚いた様子でこちらを見てきた。


 ドッキリ成功ではないが、彼のリアクションに満足したので良しとする。……なに、子供みたいだって? 二十二歳は子供です。ガキンチョです。ジャリンコです。ショタです!


 そんなことはさておき、米と小麦粉を買いたいのだが、俺は今悩んでいた。表示された購入リストによれば、米は一キロ300マニーで小麦粉は一キロ250マニーという価格だ。


「……」

「あ、あの、お客さん?」

「……」

「買うなら早く買って欲しいんですけど?」

「……」

「……」


 俺は悩んでいた。だが価格が高いという理由で悩んでいるのではない。どれくらいの量を買えばいいのかということで悩んでいるのだ。


 しばらく考えた結果、米三十キロと小麦粉二十キロを購入することにした。締めて、14000マニーである。


 考え事に夢中になっていたので気が付かなかったが、購入の意思を伝えた時、何故か店主が安堵のため息を付いていたのだが、なんだったのだろうか?


 代金を支払ったあとで米や麦の苗について店主に聞いてみたが、さすがに苗までは扱っていないとのことで困った顔を浮かべていた。


 それから他の店も徘徊してみたが、これといった珍しいものはなくお金もなかったので、冷やかす程度に見て回ることしかできなかった。


 ちなみに今回の買い物で手に入れたスパイスや米などは、そのほとんどが最低か劣化のどちらかという低品質のものだった。いつか苗を手に入れて自分で作ってみたいものだ。


 それから街をある程度歩いて回り、気が付けばそれなりに時間が経過していたらしく、空が赤く染まっていた。今日はログインの規制が入る四日目となるため、一度ログアウトをしなければならない。


「ここでは四日経っても、現実では四時間しか経ってないんだよなー」


“改めて技術の進歩はすごいな”というそんな感想を内心で思いながら、マイエリアに戻ってログアウトした。


 余談だが、マイエリアに戻った時俺の帰りを待っていたドロンが突撃してきたため、幼女のおじちゃん発言のストレスを奴にぶつけたのは言うまでもないことだ。
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