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国落とし編
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~sideミリア~
ルイスがナシュタリカのもとへ向かった後、毒蛇のメンバーや盗賊たちはミリアを囲み、まるでルイスに抱いた恐怖心を晴らすかのように彼女のことを睨む。
それに対し、ミリアは冷静に周囲を確認すると、目を細めながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「さて。ここに残った皆様は、私がお相手することになりました。つきましては、丁重にお相手したいところではありますが、申し訳ございません。あまり時間が無いため、早めに終わらせていただきます」
「はっ!時間が無いだと?時間稼ぎができないの間違いだろう!!」
「そうだ!あいつは化け物だったが、あんな化け物が何人もいるはずがない!!お前は俺たちが殺してやるよ!!」
男たちはミリアが一人だから相手にならないと思っているのか、それともルイスの圧倒的な力を見せられたことでミリアが凡人に見えているのかは分からないが、彼らは重要な事実に気づいていなかった。
それは、彼らが化け物だと思っているルイスの仲間が凡人な訳もなく、さらに言えば、そんな化け物がこの場を彼女一人に任せた時点で、彼女もまた、化け物の領域に片足を踏み入れているのである。
「元気に喋っているようですが、大丈夫ですか?」
「はは!大丈夫かだって??自分の心配でもしたらどう……」
「いでぇぇぇぇえ!!!」
「あぁぁぁあ!!いだいいだいいだい!!」
「死ぬ死ぬ!痛くて死んじまう!!!」
男の一人が馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、自分の心配でもしろと口にしようとした時、突如彼の反対側にいた男たちが悲鳴をあげて苦しみだす。
「な、なんだ?!」
「どうしたんだよ!」
突然仲間が苦しみ出したことで、周りには混乱が広がるが、そんな彼らの目を奪ったのは、今も痛みに苦しむ仲間たちだった。
「か、体が……」
「なんだよ、あれ」
痛みに苦しむ男たちの肌は、まるで何かが体の中を這っているように脈打ち、血管と皮膚が破れて血が流れ出す。
「想定通りの効果ですね。これは今後も使えそうです」
そんな中、冷静に男たちが苦しむ姿を見ていたミリアは、どこから取り出したのか分からない紙に何かを書き込んでいく。
「お前!あれはお前の仕業か!!」
「はい?あぁ、あれですか。そうですよ、それは私が作った毒の効果によるものです」
「ど、毒だと?!」
「はい。『めちゃ痛くん』というのですが、この毒を摂取した人は、身体中の血液が極度の興奮状態となり、通常ではありえない速度で体内を巡ります。その結果、血管はまるで虫が這いずり回っているように蠢き、血の勢いに耐えられなくなった血管は破けて皮膚さえも引き裂くのです。さらに言えば、この毒には神経を敏感にする効果もあるのですが、その効果が本当に素晴らしいものでして、敏感になった神経と蠢く血管がぶつかる度に、まるで錆びたナイフでゆっくりと切り刻まれるような激痛が体を襲うのです」
めちゃ痛くんもミリアが配合して作った特殊毒の一つで、その効果に直接的な殺害能力は無いが、耐え切れなくなった体が自滅して傷ついたり、痛みに耐え切れなくなった者たちが自殺する場合がある危険な毒であった。
「毒なんて……俺たちは何も口にしていないはずだ!それなのにどうやって!!」
「毒とは何も、直接口に入れるものだけではありません。毒は大きく分けて、固体、液体、気体、そして粉末に分けられます。今回私が使用したのは粉末の毒であり、例え直接口にしなくとも、呼吸や瞬き、さらには毛穴など、ありとあらゆる場所から体内へと入るのです」
「な、何だそりゃ……」
「だか、俺たちには毒の症状が出てないぞ!」
「出ていないのではなく、これから出るのですよ。例えば、こんな風に」
「熱い!なんだこれ!」
「焼ける!焼けるぅぅう!」
ミリアがそう言って手を小さく叩けば、今度は彼女の左側にいた数人の男たちが喚き出す。
男たちが慌ててそちらに目を向けると、肌が赤く爛れ、水膨れができているその見た目は、まるで火傷をしているようだった。
「あれは『あちちのち』という毒なんですが、毒に触れた箇所が火傷をした時のように赤く爛れ、直接肌が焼かれているような痛みと水脹れができます」
ミリアは毒についての説明をしながら、紙に効果や修正点をまとめていくが、そんな彼女を見てだんだんと怖くなってきた男たちは、一歩ずつ後ろへと下がっていく。
「あら。残念ながら逃げることはできませんよ。次はあなたたちの番なので」
「うわぁぁぁあ!!?」
「く、くるな!来ないでくれ!」
「違う!お前を殺したのは俺じゃない!俺じゃないんだ!」
エレナが逃げようとする男たちを見て太ももの辺りを軽く叩くと、残っていた男たちが突然蹲ったり腰を抜かしてしゃがみ込み、何かに怯えるように発狂する。
「ふむ。『ぽえぽえぽえ』も効果に問題は無しと。しっかりと幻覚を見ているようですね」
ぽえぽえぽえは強い幻覚作用のある毒で、その人が深層心理で最も恐怖していることを幻覚として見せ、精神破壊を起こさせる凶悪な毒であった。
「こちらは改善点は特になさそうですね。反応を見るに問題も無さそうですし、完成でいいでしょう。あ、このままでは全員死んでしまいますね。『刺激ピリピリ』」
ミリアが懐から取り出した小瓶の粉を風魔法を使って男たちに吸わせると、先ほどまで阿鼻叫喚していた男たちは突然意識を失って倒れ、たちまちその場が静かになる。
「こちらの毒も良さそうですね。今回もいいデータが取れました」
最後に使用した刺激ピリピリは、簡単に言ってしまえば麻痺毒なのだが、ミリアが作ったことで即効性と持続時間、そしてピリピリと言うよりは雷にでも打たれたような強力な痺れが体を襲い、その威力はすでに麻痺毒の域を超えていた。
「さて。ルーナさんの戦いを観戦するとしましょう。はぁ、ルーナさん。本当に強くてお美しいです。見ているだけで胸が高鳴ってしまいますね」
ミリアが早く戦闘を終わらせたかった理由は、愛しいルイスの戦いを目に焼き付けるためであり、彼の全てを自身の頭に記憶しておくためだった。
こうして、男たちはミリアに触れるどころか一歩も彼女をその場から動かすことができず、全員が毒の実験体となり、最後は気絶して終わるのであった。
~sideルイス~
「はは!いいね!さすがクランのリーダーなだけはある!面白い剣技を使うじゃん!」
「チッ。本当に面倒な小娘だね。何がそんなに楽しいんだい」
ミリアに雑魚を任せた後、俺とナグライアは待ちに待った戦闘を始めた訳だが、これがまた面白かった。
これまで俺が戦ってきた相手は基本的に男ばかりで、彼らにも経験に基づいた技術はあったが、やはり男だからか力技が多かった。
しかし、彼女は違う。
女性は筋肉量で男よりも劣ってしまうところがあり、力勝負になれば大抵の女性は男に負けてしまうだろう。
だが、女性には女性の強みがあり、それは筋肉のしなやかさや細かいことを見極める洞察力などがある。
ナグライアはまさにそれを鍛え上げた女性であり、彼女の闘い方は力強さこそあまり無いものの、受け流す技術や俺の攻撃を見極める能力がかなり高かった。
「くっ!!」
ナグライアは俺の上段切りを上手く受け流して一度距離を取ると、忌々しそうにしながらこちらを見てくる。
「本当に、なんて小娘だ。」
「あんたもさすがだね。私も武術で受け流す術はかなり上達したと思ってたけど、剣はまた違う受け流し技術があるんだ。良い勉強になるよ」
二年前にビルドと戦った時、俺は体術での理想的な体の動かし方と技の受け流し方を学んだ。
それは手首の角度や足捌き、力の受け方や打ち消し方が殆どだったが、剣はそれとはまた少し違った。
剣は体術とは違い細かく動かせるわけでも無いし、武器という体以外の物を持っている都合上、どうしても難しい動きが出てくる。
俺は今まで、それを手首の動きと足の動かし方を利用して受け流して来たが、それではまだ足りなかった。
ナグライアの受け流しは手首だけでなく、体そのものを剣の動きと一体化させることで、体全体の余分な力を抜き、相手の攻撃に合わせた最小限の動きと力で受け流していた。
それを可能としているのが、まさに女性の持つしなやかで柔らかい筋肉と、彼女が経験で培ってきた相手の力の動きを読む能力によるものだった。
「本当に素晴らしい技術だと思うよ。女なのにそんなに強いのは、女だからこそそんなに強いって感じかな」
「ふん。敵に褒められても嬉しくないね」
「はは。私なりに素直な感想を言っただけなんだけどね。けど、それだけじゃ私には勝てないよ?」
「チッ。悔しいが、それはあたしも理解しているよ。だから、少し戦い方を変えようじゃないか」
ナグライアがそう言って武器に魔力を流し込むと、刀身が蛇のように伸び、それは剣でありながら鞭のような姿へと変わる。
「わぁ。それは初めて見る武器だね」
「蛇腹剣ヨルムっていう魔剣だよ。魔力を流すことで、普通の剣にしたり、こんな風にしたりもできる。あたしもダンジョンでたまたまドロップした武器なんだが、使い勝手がよくてね。あたしのお気に入りなんだ」
「へぇ~」
蛇腹剣は俺も初めて見る武器で、刀身の真ん中には硬い紐のような物が通っており、その紐を通して分かれた刀身が繋がっているようだった。
そして、その分かれた刀身の一つ一つが巨大な鏃のような形をしており、あれが腕や体に巻きつき肉に食い込めば、それだけで脅威となりそうな見た目をしている。
「ふふ。ねぇ、それが腕に巻き付いたらどうなるの?」
「簡単なことだよ。肉に食い込み、あたしが引っ張れば皮膚や肉ごと抉り取ることができる。試してみるかい?」
「あはは!いいね!試してみよう!」
「は?」
ナグライアは、まさか俺が試すなんて言うとは思っていなかったのか、口を開けたまま呆然とするが、俺はそんな彼女に本気であることを教えてあげるため、左腕を前に突き出す。
「ほら、やって見せてよ。それを受けたら私の腕がどうなるのか、実際に見せて欲しいんだ」
「ほ、本気で言ってるのかい?」
「もちろんだよ。別に腕が一本ダメになったところで問題はないし、あんたにとっては勝てる可能性が上がって好都合でしょ?私も初めて見る武器の攻撃を受けられて良い経験になるし、どっちも得をすると思うんだけど?」
「いや、そう言う話じゃ……」
「あぁ。もしかして右腕が良かった?確かに、どうせなら利き腕の方がいいよね。はい、どうぞ」
今度は右腕を差し出したことで、ナグライアはいよいよ混乱し始めたのか、どうするべきか迷った様子を見せる。
なので俺は、これが罠ではないことを教えてやるため、左手に握っていたイグニードを地面に突き刺すと、ニコリと笑って返す。
「本当に、お前は頭がどうかしてるんじゃないのかい」
「よく言われるよ。けど、新しい物を自身の体で試したいと思うのは、人として当たり前の感情だろう?私はそれが人より少し強いってだけさ。ほら、早くやってくれよ」
「……チッ。あとで後悔しても、あたしは知らないからね!」
ナグライアはそう言って魔力を込めた蛇腹剣を振るうと、その剣は蛇のように俺の腕に絡みつき、少し彼女が引っ張ると尖った部分が俺の腕に食い込む。
それだけで腕からは血が流れ出るが、彼女がさらに引っ張ることで皮膚が裂け、肉が抉れ、蛇腹剣が腕から離れた頃には腕は血だらけになり、至る所から骨が見えながらも辛うじて繋がっている状態だった。
「おぉ~。こんな感じか。ふーん。骨まで持っていくことはできなかったか。もう少し力があれば、肘関節から下は全部持っていけそうだね」
「なんで冷静に分析してるんだい」
俺はズタズタになった自身の腕を眺めながらそう言うと、ナグライアは理解できないと言いたげな表情でそう呟く。
「まぁ、私のことは気にしなくて良いよ。珍しいものも経験させてもらったし、お礼にそろそろ終わらせるとしようか」
ナグライアの戦い方から学ぶべきことは全て学んだし、珍しい武器である蛇腹剣を体験することもできた。
であれば、これ以上は彼女と長く戦う意味もなく、逆にこれ以上時間をかけると異変に気付いた騎士たちが邪魔をしにくる可能性もある。
なので、あとはサクッと終わらせることに決めた俺は、自身に闘気を纏わせると、左手でイグニードを握る。
「はっ。まさか闘気まで使えるとはね。それでBランク冒険者なんて、あんた嘘だろ」
「まさか。ちゃんとBランクで登録されてるよ。ただ、私が天才ってだけだから気にしないで」
「そうかい。なら、その天才さんに勝つために、あたしも全力を出さないとダメそうだね」
ナグライアはそう言うと、彼女も金色のオーラを出して闘気を纏い、蛇腹剣を縦横無尽に振り回す。
その速さと威力は凄まじく、彼女の剣が触れた地面は罅割れたり抉れたりするが、特徴としてはただそれだけだった。
「うーん。確かに珍しい武器ではあるけど、動き自体は鞭に近いね。腕の振り方を見てれば避けるのはそこまで難しくはない。それに……」
しばらくの間、ナグライアの攻撃を避けながら剣の動きを観察したあと、俺は鞭のように振り回される蛇腹剣を的確に躱しながら距離を詰めていく。
「剣をバラバラにしたことで、あんたの強みだった受け流しができなくなってる。その武器、あんたには合ってなかったみたいだね」
彼女をイグニードの間合いに捉えた俺は、闘気を纏わせた剣をナグライアの横腹目掛けて思い切り振り抜いた。
「かはっ!!」
本来の剣であれば、即座に反応して受け流すこともできただろうが、残念ながらその剣は今、鞭のように伸びてしまって防ぐことができない。
横腹に重い一撃を食らったナグライアは、そのまま地下の壁をぶち抜いて勢い良く飛んでいく。
俺はそんな彼女を追ってその場から転移魔法で移動すると、そこには驚いた表情でこちらを見上げるアイリスと、天井から落ちたのか、床を凹ませて倒れているナグライアの姿があった。
「ん?あぁ、リリィか。そっちは終わった?」
「る、ルーナさん?」
ナグライアは幸いにも、闘気を纏っていたおかげで地下の壁にぶつかっても死ぬことはなかったようで、腕や足が変な方向に曲がってはいたが、呼吸はしているので生きているようだった。
こうして、俺とナグライアの戦いは結果だけを見れば俺の圧勝ではあったが、内容としては俺自身も新しい経験ができる楽しいものであった。
ルイスがナシュタリカのもとへ向かった後、毒蛇のメンバーや盗賊たちはミリアを囲み、まるでルイスに抱いた恐怖心を晴らすかのように彼女のことを睨む。
それに対し、ミリアは冷静に周囲を確認すると、目を細めながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「さて。ここに残った皆様は、私がお相手することになりました。つきましては、丁重にお相手したいところではありますが、申し訳ございません。あまり時間が無いため、早めに終わらせていただきます」
「はっ!時間が無いだと?時間稼ぎができないの間違いだろう!!」
「そうだ!あいつは化け物だったが、あんな化け物が何人もいるはずがない!!お前は俺たちが殺してやるよ!!」
男たちはミリアが一人だから相手にならないと思っているのか、それともルイスの圧倒的な力を見せられたことでミリアが凡人に見えているのかは分からないが、彼らは重要な事実に気づいていなかった。
それは、彼らが化け物だと思っているルイスの仲間が凡人な訳もなく、さらに言えば、そんな化け物がこの場を彼女一人に任せた時点で、彼女もまた、化け物の領域に片足を踏み入れているのである。
「元気に喋っているようですが、大丈夫ですか?」
「はは!大丈夫かだって??自分の心配でもしたらどう……」
「いでぇぇぇぇえ!!!」
「あぁぁぁあ!!いだいいだいいだい!!」
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男の一人が馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、自分の心配でもしろと口にしようとした時、突如彼の反対側にいた男たちが悲鳴をあげて苦しみだす。
「な、なんだ?!」
「どうしたんだよ!」
突然仲間が苦しみ出したことで、周りには混乱が広がるが、そんな彼らの目を奪ったのは、今も痛みに苦しむ仲間たちだった。
「か、体が……」
「なんだよ、あれ」
痛みに苦しむ男たちの肌は、まるで何かが体の中を這っているように脈打ち、血管と皮膚が破れて血が流れ出す。
「想定通りの効果ですね。これは今後も使えそうです」
そんな中、冷静に男たちが苦しむ姿を見ていたミリアは、どこから取り出したのか分からない紙に何かを書き込んでいく。
「お前!あれはお前の仕業か!!」
「はい?あぁ、あれですか。そうですよ、それは私が作った毒の効果によるものです」
「ど、毒だと?!」
「はい。『めちゃ痛くん』というのですが、この毒を摂取した人は、身体中の血液が極度の興奮状態となり、通常ではありえない速度で体内を巡ります。その結果、血管はまるで虫が這いずり回っているように蠢き、血の勢いに耐えられなくなった血管は破けて皮膚さえも引き裂くのです。さらに言えば、この毒には神経を敏感にする効果もあるのですが、その効果が本当に素晴らしいものでして、敏感になった神経と蠢く血管がぶつかる度に、まるで錆びたナイフでゆっくりと切り刻まれるような激痛が体を襲うのです」
めちゃ痛くんもミリアが配合して作った特殊毒の一つで、その効果に直接的な殺害能力は無いが、耐え切れなくなった体が自滅して傷ついたり、痛みに耐え切れなくなった者たちが自殺する場合がある危険な毒であった。
「毒なんて……俺たちは何も口にしていないはずだ!それなのにどうやって!!」
「毒とは何も、直接口に入れるものだけではありません。毒は大きく分けて、固体、液体、気体、そして粉末に分けられます。今回私が使用したのは粉末の毒であり、例え直接口にしなくとも、呼吸や瞬き、さらには毛穴など、ありとあらゆる場所から体内へと入るのです」
「な、何だそりゃ……」
「だか、俺たちには毒の症状が出てないぞ!」
「出ていないのではなく、これから出るのですよ。例えば、こんな風に」
「熱い!なんだこれ!」
「焼ける!焼けるぅぅう!」
ミリアがそう言って手を小さく叩けば、今度は彼女の左側にいた数人の男たちが喚き出す。
男たちが慌ててそちらに目を向けると、肌が赤く爛れ、水膨れができているその見た目は、まるで火傷をしているようだった。
「あれは『あちちのち』という毒なんですが、毒に触れた箇所が火傷をした時のように赤く爛れ、直接肌が焼かれているような痛みと水脹れができます」
ミリアは毒についての説明をしながら、紙に効果や修正点をまとめていくが、そんな彼女を見てだんだんと怖くなってきた男たちは、一歩ずつ後ろへと下がっていく。
「あら。残念ながら逃げることはできませんよ。次はあなたたちの番なので」
「うわぁぁぁあ!!?」
「く、くるな!来ないでくれ!」
「違う!お前を殺したのは俺じゃない!俺じゃないんだ!」
エレナが逃げようとする男たちを見て太ももの辺りを軽く叩くと、残っていた男たちが突然蹲ったり腰を抜かしてしゃがみ込み、何かに怯えるように発狂する。
「ふむ。『ぽえぽえぽえ』も効果に問題は無しと。しっかりと幻覚を見ているようですね」
ぽえぽえぽえは強い幻覚作用のある毒で、その人が深層心理で最も恐怖していることを幻覚として見せ、精神破壊を起こさせる凶悪な毒であった。
「こちらは改善点は特になさそうですね。反応を見るに問題も無さそうですし、完成でいいでしょう。あ、このままでは全員死んでしまいますね。『刺激ピリピリ』」
ミリアが懐から取り出した小瓶の粉を風魔法を使って男たちに吸わせると、先ほどまで阿鼻叫喚していた男たちは突然意識を失って倒れ、たちまちその場が静かになる。
「こちらの毒も良さそうですね。今回もいいデータが取れました」
最後に使用した刺激ピリピリは、簡単に言ってしまえば麻痺毒なのだが、ミリアが作ったことで即効性と持続時間、そしてピリピリと言うよりは雷にでも打たれたような強力な痺れが体を襲い、その威力はすでに麻痺毒の域を超えていた。
「さて。ルーナさんの戦いを観戦するとしましょう。はぁ、ルーナさん。本当に強くてお美しいです。見ているだけで胸が高鳴ってしまいますね」
ミリアが早く戦闘を終わらせたかった理由は、愛しいルイスの戦いを目に焼き付けるためであり、彼の全てを自身の頭に記憶しておくためだった。
こうして、男たちはミリアに触れるどころか一歩も彼女をその場から動かすことができず、全員が毒の実験体となり、最後は気絶して終わるのであった。
~sideルイス~
「はは!いいね!さすがクランのリーダーなだけはある!面白い剣技を使うじゃん!」
「チッ。本当に面倒な小娘だね。何がそんなに楽しいんだい」
ミリアに雑魚を任せた後、俺とナグライアは待ちに待った戦闘を始めた訳だが、これがまた面白かった。
これまで俺が戦ってきた相手は基本的に男ばかりで、彼らにも経験に基づいた技術はあったが、やはり男だからか力技が多かった。
しかし、彼女は違う。
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だが、女性には女性の強みがあり、それは筋肉のしなやかさや細かいことを見極める洞察力などがある。
ナグライアはまさにそれを鍛え上げた女性であり、彼女の闘い方は力強さこそあまり無いものの、受け流す技術や俺の攻撃を見極める能力がかなり高かった。
「くっ!!」
ナグライアは俺の上段切りを上手く受け流して一度距離を取ると、忌々しそうにしながらこちらを見てくる。
「本当に、なんて小娘だ。」
「あんたもさすがだね。私も武術で受け流す術はかなり上達したと思ってたけど、剣はまた違う受け流し技術があるんだ。良い勉強になるよ」
二年前にビルドと戦った時、俺は体術での理想的な体の動かし方と技の受け流し方を学んだ。
それは手首の角度や足捌き、力の受け方や打ち消し方が殆どだったが、剣はそれとはまた少し違った。
剣は体術とは違い細かく動かせるわけでも無いし、武器という体以外の物を持っている都合上、どうしても難しい動きが出てくる。
俺は今まで、それを手首の動きと足の動かし方を利用して受け流して来たが、それではまだ足りなかった。
ナグライアの受け流しは手首だけでなく、体そのものを剣の動きと一体化させることで、体全体の余分な力を抜き、相手の攻撃に合わせた最小限の動きと力で受け流していた。
それを可能としているのが、まさに女性の持つしなやかで柔らかい筋肉と、彼女が経験で培ってきた相手の力の動きを読む能力によるものだった。
「本当に素晴らしい技術だと思うよ。女なのにそんなに強いのは、女だからこそそんなに強いって感じかな」
「ふん。敵に褒められても嬉しくないね」
「はは。私なりに素直な感想を言っただけなんだけどね。けど、それだけじゃ私には勝てないよ?」
「チッ。悔しいが、それはあたしも理解しているよ。だから、少し戦い方を変えようじゃないか」
ナグライアがそう言って武器に魔力を流し込むと、刀身が蛇のように伸び、それは剣でありながら鞭のような姿へと変わる。
「わぁ。それは初めて見る武器だね」
「蛇腹剣ヨルムっていう魔剣だよ。魔力を流すことで、普通の剣にしたり、こんな風にしたりもできる。あたしもダンジョンでたまたまドロップした武器なんだが、使い勝手がよくてね。あたしのお気に入りなんだ」
「へぇ~」
蛇腹剣は俺も初めて見る武器で、刀身の真ん中には硬い紐のような物が通っており、その紐を通して分かれた刀身が繋がっているようだった。
そして、その分かれた刀身の一つ一つが巨大な鏃のような形をしており、あれが腕や体に巻きつき肉に食い込めば、それだけで脅威となりそうな見た目をしている。
「ふふ。ねぇ、それが腕に巻き付いたらどうなるの?」
「簡単なことだよ。肉に食い込み、あたしが引っ張れば皮膚や肉ごと抉り取ることができる。試してみるかい?」
「あはは!いいね!試してみよう!」
「は?」
ナグライアは、まさか俺が試すなんて言うとは思っていなかったのか、口を開けたまま呆然とするが、俺はそんな彼女に本気であることを教えてあげるため、左腕を前に突き出す。
「ほら、やって見せてよ。それを受けたら私の腕がどうなるのか、実際に見せて欲しいんだ」
「ほ、本気で言ってるのかい?」
「もちろんだよ。別に腕が一本ダメになったところで問題はないし、あんたにとっては勝てる可能性が上がって好都合でしょ?私も初めて見る武器の攻撃を受けられて良い経験になるし、どっちも得をすると思うんだけど?」
「いや、そう言う話じゃ……」
「あぁ。もしかして右腕が良かった?確かに、どうせなら利き腕の方がいいよね。はい、どうぞ」
今度は右腕を差し出したことで、ナグライアはいよいよ混乱し始めたのか、どうするべきか迷った様子を見せる。
なので俺は、これが罠ではないことを教えてやるため、左手に握っていたイグニードを地面に突き刺すと、ニコリと笑って返す。
「本当に、お前は頭がどうかしてるんじゃないのかい」
「よく言われるよ。けど、新しい物を自身の体で試したいと思うのは、人として当たり前の感情だろう?私はそれが人より少し強いってだけさ。ほら、早くやってくれよ」
「……チッ。あとで後悔しても、あたしは知らないからね!」
ナグライアはそう言って魔力を込めた蛇腹剣を振るうと、その剣は蛇のように俺の腕に絡みつき、少し彼女が引っ張ると尖った部分が俺の腕に食い込む。
それだけで腕からは血が流れ出るが、彼女がさらに引っ張ることで皮膚が裂け、肉が抉れ、蛇腹剣が腕から離れた頃には腕は血だらけになり、至る所から骨が見えながらも辛うじて繋がっている状態だった。
「おぉ~。こんな感じか。ふーん。骨まで持っていくことはできなかったか。もう少し力があれば、肘関節から下は全部持っていけそうだね」
「なんで冷静に分析してるんだい」
俺はズタズタになった自身の腕を眺めながらそう言うと、ナグライアは理解できないと言いたげな表情でそう呟く。
「まぁ、私のことは気にしなくて良いよ。珍しいものも経験させてもらったし、お礼にそろそろ終わらせるとしようか」
ナグライアの戦い方から学ぶべきことは全て学んだし、珍しい武器である蛇腹剣を体験することもできた。
であれば、これ以上は彼女と長く戦う意味もなく、逆にこれ以上時間をかけると異変に気付いた騎士たちが邪魔をしにくる可能性もある。
なので、あとはサクッと終わらせることに決めた俺は、自身に闘気を纏わせると、左手でイグニードを握る。
「はっ。まさか闘気まで使えるとはね。それでBランク冒険者なんて、あんた嘘だろ」
「まさか。ちゃんとBランクで登録されてるよ。ただ、私が天才ってだけだから気にしないで」
「そうかい。なら、その天才さんに勝つために、あたしも全力を出さないとダメそうだね」
ナグライアはそう言うと、彼女も金色のオーラを出して闘気を纏い、蛇腹剣を縦横無尽に振り回す。
その速さと威力は凄まじく、彼女の剣が触れた地面は罅割れたり抉れたりするが、特徴としてはただそれだけだった。
「うーん。確かに珍しい武器ではあるけど、動き自体は鞭に近いね。腕の振り方を見てれば避けるのはそこまで難しくはない。それに……」
しばらくの間、ナグライアの攻撃を避けながら剣の動きを観察したあと、俺は鞭のように振り回される蛇腹剣を的確に躱しながら距離を詰めていく。
「剣をバラバラにしたことで、あんたの強みだった受け流しができなくなってる。その武器、あんたには合ってなかったみたいだね」
彼女をイグニードの間合いに捉えた俺は、闘気を纏わせた剣をナグライアの横腹目掛けて思い切り振り抜いた。
「かはっ!!」
本来の剣であれば、即座に反応して受け流すこともできただろうが、残念ながらその剣は今、鞭のように伸びてしまって防ぐことができない。
横腹に重い一撃を食らったナグライアは、そのまま地下の壁をぶち抜いて勢い良く飛んでいく。
俺はそんな彼女を追ってその場から転移魔法で移動すると、そこには驚いた表情でこちらを見上げるアイリスと、天井から落ちたのか、床を凹ませて倒れているナグライアの姿があった。
「ん?あぁ、リリィか。そっちは終わった?」
「る、ルーナさん?」
ナグライアは幸いにも、闘気を纏っていたおかげで地下の壁にぶつかっても死ぬことはなかったようで、腕や足が変な方向に曲がってはいたが、呼吸はしているので生きているようだった。
こうして、俺とナグライアの戦いは結果だけを見れば俺の圧勝ではあったが、内容としては俺自身も新しい経験ができる楽しいものであった。
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令嬢に転生してよかった!〜婚約者を取られても強く生きます。〜
三月べに
ファンタジー
令嬢に転生してよかった〜!!!
素朴な令嬢に婚約者である王子を取られたショックで学園を飛び出したが、前世の記憶を思い出す。
少女漫画や小説大好き人間だった前世。
転生先は、魔法溢れるファンタジーな世界だった。リディーは十分すぎるほど愛されて育ったことに喜ぶも、婚約破棄の事実を知った家族の反応と、貴族内の自分の立場の危うさを恐れる。
そして家出を決意。そのまま旅をしながら、冒険者になるリディーだったのだが?
【連載再開しました! 二章 冒険編。】
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