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国落とし編

どうしますか?

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「あなたの叔父、ローグランド・ルーゼリアが生きています」

「っ……!」

 ローグランドが生きていると聞かされたシャルエナは、僅かに言葉を詰まらせるが、それ以上に驚いた反応を見せることはなく、すぐにいつもの落ち着いた彼女へと戻る。

「あまり驚かないんですね」

「そう……見えたかい?」

「えぇ。正直、もっと取り乱して詰め寄られるくらいは覚悟してました」

「はは。君なら詰め寄ったとしても避けられそうだけどね」

「そうですね。避けるつもりで考えてました」

「本当に、君は正直だなぁ」

 彼女が冗談を言える程度には落ち着いたのを見ると、ストレージから以前ケーキ屋で買ったケーキと紅茶を自身とシャルエナの前に置く。

「よければどうぞ」

「ありがとう」

 シャルエナは紅茶を一口飲んでテーブルに戻すと、大きく息を吐く。

「それで、話をお戻しますが、もしかしてローグランドが生きていることを知っていたのですか?」

 俺がそう尋ねれば、彼女は僅かに肩を跳ねさせ、そして力のない声で笑った。

「はは。本当に君には敵わないな」

「では……」

「知っていた、というより……そんな気がしていたんだ。ただ、自分の勘違いだと思いたかっただけで」

「詳しく聞いても?」

「いいよ。叔父上が処刑されたあの日、私は彼が父上に叛逆した事実を信じることができなかった。何かの間違いだと思っていた私は、勝手に部屋を抜け出して叔父上に会いに行ったんだ。でも、私が処刑場に着いた頃には刑は執行されていて、叔父上はすでに死んでいた」

「ふむ。死んでいたということは、死体がしっかりとあったということですか?」

「そう。死体をしっかりと見た訳じゃないけど、叔父上の死体が運ばれていくのは見たよ。それに、父上や魔法師団長、あとは君の父上やホルスティン公爵は叔父上の首が刎ねられるところを見ていた。死んだのは間違い無いよ」

「なら、殿下は何故ローグランドが生きていると?」

「それは、私が見たからだ」

「見たとは何をですか?」

「叔父上が深くローブを被り、皇城を出て行くところをだよ」




◇◇

 あれは今から12年ほど前。お昼寝から起きた私は、乳母と一緒に父上が仕事をしている執務室へと向かっていた。

 父上は皇帝という一国の王であったためとても忙しい人だったが、私が会いに行けばいつも笑顔で出迎えてくれる、そんな優しい人だった。

「皇女様、少しお待ちください」

 しかし、その日は何故か場内がいつもより騒がしく、騎士たちが何人も武装して行動していた。

「皇女様!急いでお部屋にお戻りください!」

 そして、騎士の一人が私と乳母を見つけると、怒声にも近い大きな声でそう言った。

「な、なに?どうしたの?」

「叛逆です!ローグランド様が騎士と貴族を引き連れ、皇城に攻めてまいりました!」

「…え?」

「皇女様!行きますよ!」

「で、でも!お父様が!」

「このままでは皇女様も危険です!陛下の方は騎士団長がおりますから安心してください!」

「お前たちは、皇女様についていけ!死んでも必ずお守りしろ!」

「はっ!!」

 私は状況が理解できないまま乳母に抱き上げられて部屋に連れて行かれると、そのまま部屋を出ないように言われ、メイドや乳母たちと全てが終わるまで恐怖に震えていることしかできなかった。




 それから数時間後。日が傾き窓から刺す日の光がオレンジ色に染まり始めた頃、私の部屋の扉が勢いよく開けられた。

「シャルエナ!!」

「お…父様?」

「よかった、無事だったか!」

 扉を開けて入ってきたのは、見たこともないほど慌てた様子の父上で、彼は私が無事なのを確認すると、体裁など気にすることなく抱きしめてくれた。

「お父様……お兄様たちは……」

「皆無事だ。怪我した者もいない。だから安心しなさい」

「よかっ……た…」

 家族の無事が知れたからか、緊張の糸が切れた私は父上に抱きしめられながら意識を失うと、そのまま眠りについた。




 次に目が覚めると、城内は叛乱による後始末で騒がしく、メイドや騎士たちが忙しなく動き回っていた。

「お父様」

「どうした?シャルエナ」

「叔父様は……」

 私は昨日の不安が抜け切れなくて、そして何よりあの叔父様が叛逆をしたという事実が信じられなくて、父上にそんな事を尋ねた。

「すまないな、シャルエナ。兄上のことはお前でも話すことはできない」

「そうですか……」

 父上が私のことを思って話さないようにしてくれていることは分かっていたが、寧ろそれが私の心に不安を募らせ、叔父上が裏切ったという事実を理解させられた。

 私の知っている叔父上はとても優しい人で、剣と魔法に才能があり、幼い頃から密かに男ならと話す周囲の心ない言葉を耳にしてきた私を支えてくれた人だった。

 そんな優しかった叔父上が叛逆したことを知った私は、誰も信じることができなくなり、一人で心を閉ざすようになった。

 それから数日後。聴取が終わった叔父上の処刑が執行されることを知った私は、最後まで叔父上が叛逆したという事実が信じられず、彼に話が聞きたくて部屋を飛び出した。

「おじ……さま……うっ……」

 しかし、私が着いた時には叔父上の処刑が終わっており、その場には叔父上のものと思わしき血の跡と、騎士たちが布を被せた遺体らしきものを運ぶ姿を目にするだけだった。

 それが、私が初めて人の死を目にした時だった。

 それからのことはあまり覚えておらず、気づけば私は人気のない城の裏側に一人、人目を避けるようにしてしゃがみ込んでいた。

「叔父様。どうして叛逆なんて……」

 知りたかったことが何も分からない現実がもどかしくて、聞きたかったことが聞けないこの現実がとても辛い。

 そんなやり場のない悲しみとよく分からない感情を胸に抱きながらしばらくの間そうしていると、誰もいなかったこの場所に突然ローブを着た人が姿を現した。

「叔父様?」

 深く被ったフードで顔は見えないはずなのに、何故だか私にはその人が処刑されたはずの叔父上に見えて、自然とそんな声が漏れたいた。

「誰だ……」

 小さな声だったにも関わらず、その人は私の声に気づいて振り返ると、フードの奥から血のように赤い瞳がこちらを見る。

「っ!!」

 白い髪に赤い瞳。髪の色も瞳の色も、私の知っている彼とは全く違うというのに、目や鼻、そして輪郭は私のよく知る叔父上そのものだった。

 しかし、その人が放つ禍々しい雰囲気に恐怖した私は、急いで近くにあった木の裏へと身を隠す。

「誰かそこにいるのか」

 見つかれば殺される。

 そんな恐怖心から私は口を手で押さえ必死に気配を消そうとするが、叔父上に似たその人は、ゆっくりと私が隠れている場所へと近づいてくる。

「皇女様!どちらにいらっしゃるのですか!皇女様!!」

「チッ……」

 あと少しで私がその人に見つかりそうになった時、遠くから私を探す声が聞こえると、その人は小さく舌打ちをしてから急いで皇城を出て行った。

 その後、私は自身を探しに来た騎士たちに見つかると、彼らに部屋へと連れて行かれる。

(あれはきっと何かの見間違い。叔父様は亡くなったんだもの。お父様もそう言ってた)

 城に戻ったあと、私は父上に叔父上が本当に死んだのか尋ねた。

 しかし、父上だけでなく、ヴァレンタイン公爵やホルスティン公爵も叔父上の処刑に立ち会ったと言っており、実際に死体も処理されるところまで確認していたそうだ。

 だから私は、自身が見たことは勘違いだったと結論付け、その後は叔父上のことを考えないようにした。





◇◇

 シャルエナの話を聞いた俺は、彼女の情報を頼りに、いくつかの可能性について考える。

「しかし、君の話しでは死んだはずの叔父上が生きており、さらにはサルマージュの王となって帝国に戦争を仕掛けようとしている。私はもう、何が真実なのかわからない」

 シャルエナは弱々しい声でそう言うと、彼女にしては珍しい自信のなさそうな顔で俯いた。

「真実については本人と会って確かめるしかありませんが、考えられる仮説は四つあります」

「四つも?」

「一つ目は特殊な魔族だけが使える魂魄魔法。この魔法は魂という不明確なものを特殊な魔法で明確なものにして操ることのできる魔法です。その魔法の一つに、他者の魂を別の器…つまり肉体に移すというものがあります。しかし、その魔族は例え同族でもその魔法を使用することがほとんど無いため、敵対している人族のローグランドに手を貸すとは考えにくいです。

 二つ目は死霊魔法。この魔法は魂までは操れませんが、死者をアンデットとして復活させることができます。ですが、すでに魂が無いため自我もなく、話すことや自分の意思で動くことができません。しかし、殿下の話を聞く限り、その男には明確な意思があり、その意思に従って行動しているようなので、死霊魔法の可能性もないと言えるでしょう」

「魂魄魔法については私も初めて知ったが、死霊魔法については私にも知識がある。今思えば、確かにあれはアンデットと呼ぶには人らしすぎた」

「それには俺も同意見です。なので可能性としては残りの二つに絞られる訳ですが、一つ目はアーティファクトを使った身代わりの作成。アーティファクトは未だ未発見の物や未知の物がいくつも存在してます。その中に自身と全く同じ分身体を作る物があったとしたら、それを代わりに処刑させ、本体は助かったという可能性があります。しかし、アーティファクトはさっきも言った通り未発見の物が多く、どこにあるのかも不明です。それなのに、あるかも分からないアーティファクトを探して処刑から助かろうとするのは、現実的とは言えません」

「そうだね。仮に最初から持ったいたとしても、常に監視されていた叔父上がバレずに分身体と入れ替わるというのは難しいだろう」

 シャルエナの言う通り、そのアーティファクトを手に入れてから叛逆した可能性も考えられるが、常に牢で拘束されていたローグランドが入れ替わる機会などあるはずも無い。

 また、叛逆を起こしたのが分身体だったとしても、本体があの城に来る理由は無いはずなので、アーティファクトを使ったという可能性も低いと言える。

「そして、これが一番可能性としては高いんですが、悪魔との契約です」

「悪魔との契約?しかし、私たち皇族は悪魔と契約できないよう、生まれたばかりの頃に制約魔法が掛けられる。それこそあり得ない」

「そうですね。普通ならあり得ないことです。ですが、その制約に死後は含まれていますか?」

「いや、確か生涯悪魔との契約および召喚を禁ずるというのが制約の内容だったはず」

「でしょうね。では、殿下は知っていますか?人は首を切り落とされた時、死ぬまでに僅かですが意識が残ると言うことを」

「え?」

 これは俺自身も経験したことだから言えることだが、人間は首を刎ねられても即死するわけでは無い。

 僅かだが死ぬまでに意識が残っており、その瞬間は永遠のように長く感じることがある。

 そして、シャルエナの言っていた制約魔法の効果は生涯。つまり、その者が生きている限りまでしか効果を発揮することはなく、そこに死後は含まれていない。

 おそらくだが、ローグランドの首が切り落とされた時点で制約魔法は彼を死亡判定して解除された。

 そして、彼は魔法が解除されてから意識を失うまでの僅かな時間を使って、悪魔と契約を交わしたのだろう。

 その時に彼が助かることを願ったのであれば、その後シャルエナが生きたローグランドを見たということにも頷ける。

「つまり、叔父上はその僅かな時間に悪魔と契約を交わし、助かったということ?」

「おそらくですが。その後は悪魔の力を使って自身の死体に似た物を魔力で作り出し、逃走したのでしょう。髪や瞳の色が違ったのであれば、契約後、悪魔がその体に乗り移っている可能性もありますね」

「だが、それもあくまで可能性の話だろう?人が死に際にそんなことをたまたま考えつくなんて……」

「予めそうなる可能性を考えていたのなら?」

「まさか……」

「叛逆者は、何事においても先手を打てる立場にいます。であれば、予め自身が敗北した場合のことを想定していたとしてもおかしくはありません。覚悟と予測さえあれば、首を落とされた瞬間にそれを実行に移すことも可能でしょう。それに、他にも証拠はあります。

 前に俺が盗賊を討伐しに行った時、彼らの中に悪魔を召喚する魔法使いがいました。その者たちの目的は攫った冒険者をサルマージュへと連れて行き、戦争時の戦力とすること。どうです?可能性がかなり高まったと思いませんか?」

「それじゃあ、本当に叔父上が……」

「まぁ、真実がどうなのかはわかりませんが、可能性としてはこれが一番高いですね」

 ここまでの説明を聞いたシャルエナは、僅かに震える手でカップを手に取ると、すっかり冷めてしまった紅茶を喉へと流し込む。

「それで?殿下はどうされますか?」

「どうする…とは?」

「もちろん。ここで引き返すのか、それとも俺たちと一緒に行くのかについてですよ」

「それは……」

「一緒に行けば、竜人族の言っていたローグランドに会うことになるし、戦うことにもなるでしょう。正直、その時に殿下が躊躇わないか、そして足を引っ張らないかが気がかりなんです。もし少しでも迷いがあるようなら、ぶっちゃけ邪魔になるので帰ってもらった方が助かります」

「くっ……」

「俺が頼んだのにこんなこと言うのは失礼だと思いますが、殿下も死にたくは無いでしょう?」

 シャルエナは俺から聞かされた話をすぐに受け入れることができないのか、それとも考えがまとまらないからか、彼女はそれからしばらくの間黙ってしまう。

「まぁ、今ここで答えを出せというのは難しいでしょうから……三日待ちます。明日の夜は毒蛇を潰し、三日後にはこの町に来た騎士と新しいギルド職員にあとの事を引き継いでこの町を出る予定です。それまでに決めておいてください。それじゃ」

 俺はそう言って席を立つと、周囲に掛けていた魔法を全て解除し、シャルエナを一人残して部屋を出る。

(あ~、ねっんむ。明日は昼まで寝てよう)

 その後、俺はアイリスたちがいるもう一つの部屋へと向かうと、彼女たちに話が終わった事を伝える。

 そして、アイリスが今はシャルエナを一人にした方が良いだろうと言ったことで、俺たち三人は同じ部屋で眠りにつくのであった。

 なお、ロニィは別に借りたもう一つの部屋で休み、俺たちの方は元々一人部屋であったこともあり、アイリスとミリアが同じベッドで眠り、俺は水クッションを作って寝ることになった。






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