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武術大会編
追いつきたい人
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纏う空気が変わったシャルエナは、一度目を瞑ってゆっくりと息を吐くと、目を開けた瞬間にはソニアの目の前へと移動する。
「うそ!?」
突然目の前に現れたシャルエナにソニアは驚いた様子を見せるが、すぐに自身を黒の手で無理やり引っ張ると、シャルエナの間合いの外へと抜け出す。
ソニアはすぐに体勢を立て直して先ほどまで自分がいた場所を見ると、そこには空気自体が凍ったのか、不自然に宙に浮く氷の斬痕が残っていた。
「まさか、今の一撃も避けられるとは。さすがだね、ソニア嬢」
「全く。空気すら凍らせるなんてどんな冷気してるのよ」
「さぁ。ちゃんと測ったことはないからわからない。けど、かなり冷たいはずだよ」
(かなりってレベルじゃない気がするのだけど)
シャルエナはなんてことない無いように答えるが、氷魔法で空気を凍らせるなんて技はそう簡単できるものではない。
基本的に氷魔法は魔力で氷を作り出し、そこにイメージを持たせることで剣や槍、そして矢などを作り攻撃する魔法であり、彼女のように空気すら凍らせて斬痕を宙に残すなど、誰にでもできるものでは無かった。
シャルエナにそんな芸当ができた理由は、優れた氷魔法の技量と、抜刀術という技が噛み合ったからである。
彼女が戦闘を行う際、シャルエナは刀に魔力を流し込み、それを氷魔法へと変換することで魔法を使用している。
もちろん魔力解放を使えば刀を使わずとも温度を下げたり周囲に氷の棘や塊を作ることは可能だが、細かな調整が苦手なシャルエナは氷で剣や槍を作ることがあまり得意では無かった。
そこで、シャルエナは刀という武器を媒介にして魔法を使用することで、苦手な魔法の調整を補い、刀を振ることで氷魔法が発動するようにしていた。
結果、シャルエナの魔力が刀という武器一つに集中的に集められ、さらに神速の速さを生み出す居合により振られた一刀は、空気すら斬り裂き、通常の氷魔法よりも強い冷気が生じ、空気さえもも凍らせることができたという訳だ。
「ルイスたちも大概出鱈目な強さだけど、あなたもかなり厄介ね」
「はは。残念だけど、私でもイスには勝てそうにないかな」
「あら、意外ね。てっきり負けないとか言うのかと思ったわ。皇女様なんだし、簡単には負けられないでしょう?」
「まぁ確かにね。立場的には私の方が上だし、皇族が簡単に負けを認めるのは良くないけど、彼は別だよ」
「どうして?」
「イスを久しぶりに見たとき、彼からは何も感じられなかった。どれだけ強いのか、何を考えているのか、これまでどんな経験をしてきたのか。それらが全く見えなかった。彼の強さは私とは違う次元にある。そんな彼と無闇に戦いたいとは思えないし、自分との実力差を認められないほど子供でもないからね」
シャルエナも一人の武術家として、ルイスと自身の差は十分に理解していた。
自分がどれだけ全力を出そうと、どんな手を使おうと、きっとルイスはその全てを容易く防ぎ、自分は手も足も出ずに負けてしまう。
それが理解できているからこそ、自分が下であることを認めるし、敗者となることも認めていた。
「ふーん。なんか、ちょっとがっかりね」
「それはどういうことかな?」
ソニアは闇魔法で黒い短剣を二本作り出すと、その短剣を左右の手に握り、軽くジャンプしながら体の具合を確かめる。
「簡単なことよ。あたしはあなたを強者だと思っていたし、もっと根性のある人だともおもっていたけど、思いのほか大したこと無かったなって思っただけ。あぁ、別に気にしないでね?あなたを馬鹿にしている訳ではないから。ただ期待外れだったなーってあたしが勝手に失望しただけだから」
「なるほど?それは私を煽っているのかな。けど残念だったね。私はそんな言葉で冷静さを失うほど愚かじゃないよ」
「あら、あなたにはそう聞こえたのね。なら、はっきり言うわ。シャルエナ殿下はあたしが思っていたよりもつまらない人間で、大したことのない人だった。これはあたしの本心よ」
ソニアははっきりとそう言い切ると、真剣な眼差しでシャルエナを見た。
そんな彼女から向けられる視線を見たシャルエナは、彼女の言葉が本心であることを理解すると、僅かに刀を握る手に力が入る。
「つまらない…か。面と向かってそう言われると、さすがの私でもくるものがあるね」
「傷ついたのならごめんなさい?でも、あたし嘘をつくのってあまり好きではないの。もちろん、必要なら喜んで嘘はつくけれど、今回は私の紛れもない本心。だからって、シャルエナ殿下が悪い訳じゃないわ。あたしも人の考え方がそれぞれだって事は、身をもって知っているもの。だから、私が殿下をどう思おうと許してくれるわよね?」
「そうだね。君の言う通り、考え方は人それぞれだから何も言わないよ。ちなみに、どんなところが君をがっかりさせてしまったのか聞いても?」
「そうね。簡単に言えば、挑戦もせず諦めているところかしら」
「諦める?私が何を諦めていると言うんだい?」
「さっきの話に戻るけれど、殿下はルイスとの実力の差を知って、戦う前に自身の負けを認めたのよね?」
「そうだよ。私はある程度人の強さが見抜けるけど、イスからは何も感じなかった。だから彼が私より強いのは間違いない。なら、無理に戦う必要もないだろう?それが現実なのだから、受け入れるしかない」
ソニアと同じように、これはシャルエナ自身の本心であり、彼女が幼馴染のルイスと戦いたくないというのもあるが、勝ち目のない勝負は無理に挑みたくないとも考えていた。
「それよ。それがつまらないの。戦う前から負けることがわかっている?だから勝負はしたくない?そんなのやってみないとわからないじゃない」
「うーん。君は実戦経験が少ないからそう言えるのかな。普通なら、負ける可能性があれば生き残る方法や戦わなくても良い方法を考えるものだよ」
「あぁ、そういうことね。ようやくちゃんと理解できたわ」
「なにをだい?」
「殿下とあたしでは、見ている世界も、目指している背中も違うということよ」
「目指してる背中?いったいどういう…」
「殿下の考え方で言うなら、あなたより劣るあたしはここで降伏するべきなのでしょうけど、残念ながらあたし、諦めることは昔に辞めたのよ。だから……勝たせてもらうわ」
「いったい何を……っ?!」
シャルエナがソニアの言葉を理解出来ていないでいると、突然ソニアの姿が消え去り、気づいたときにはソニアはシャルエナの背後から短剣を振り下ろそうとしていた。
その攻撃を何とか避けたシャルエナだったが、僅かに視線が外れた隙にまたソニアを見失うと、今度は左側からの連撃が彼女を襲う。
(いったいどういうことだ)
まるでその動きは当たり前のように吹く風のようで、あることが当然で気にも留めない空気のようで、僅かに意識が外れると、ソニアは自然に溶け込み姿や気配を消してしまう。
先ほどまで押していたはずのシャルエナが、剣術などできないはずのソニアに手も足も出ず追い込まれていく。
「くっ!!」
ソニアによる何度目かの連撃を防いだシャルエナは、肩で息をしながら距離をとる。
「ふふ。どうかしら。私も短剣なんて初めて使うからよくわからないのよね。良ければ感想を教えてくれる?」
「はじ…めて?これで初めてって冗談だろ」
初めて見る動きに完璧な死角からの攻撃、その技術はまさに数々の死線を生き抜いてきた強者のそれであり、隙を全く感じさせない佇まいは、まるであの日廊下で出会ったルイスを彷彿とさせる。
「まるで、イスが目の前にいるようだ…」
「あら。やっぱり感が鋭いわね。正解よ。私が今模倣しているのは、一年前に出会ったルイスそのものだもの」
「……は?模倣?」
「そう。『闇の追跡者』っていう闇魔法で、記憶の中にある人の動きや戦い方を模倣することのできる魔法よ」
ソニアが今使っている闇の追跡者という魔法は闇魔法の中でもかなり難易度の高い魔法であり、記憶の中にある魔法や戦闘方法に限り、自身の体で再現することのできる魔法だ。
しかし、闇の追跡者にはいくつかの制限があり、まず一つ目は記憶の中にある魔法や戦闘方法しか模倣することができない。
これは闇の追跡者という魔法の特性によるもので、魔法や動きを追跡することが目的の魔法であるため、使用者が知っているものしか模倣することができない。
二つ目は記憶すること。この魔法の効果をしっかりと発揮するには、一度見ただけでは足りず、一生忘れないレベルの記憶が必要であり、さらにその動きを再現できるほどの細かな動きと理解力が必要となる。
三つ目は再現度。この魔法は完璧に相手の動きを真似るということができず、最高で8割までしかその動きを再現することができない。
四つ目は制限時間。この魔法は他者の動きを真似る事はできるが肉体が変化する訳ではないため、使用できる時間は短く、無理に使い過ぎれば脳の損傷に筋肉が断裂する危険性があるのだ。
そして、そんな闇の追跡者を使ってソニアが模倣しているのは魔導学園でアイドと戦っていた時のルイスであり、彼女の記憶にはあの時の光景が一生忘れられないほどに焼きついている。
だから彼女にとって、この魔法でルイスの動きを真似るなど難しいことではなく、現にこうしてルイスの動きを完璧に模倣して見せたのだ。
「あたしはね。勝てないからとか自分よりも強いからとか、そんな理由で諦めたくないわ。どんなに離されても、どれだけ遠くとも、あたしは憧れたルイスの背中を追い続ける。だから、挑戦する前に諦めるような殿下には、絶対に負けない」
ソニアはそう言ってもう一度姿を消すと、シャルエナでは捉えられない動きで彼女のことを攻めていく。
これは別にソニアの動きが速いという訳では無く、ルイスの技を模倣しているソニアを認識できないというのが正しい。
ルイスの技は自身を自然に溶け込ませ、気配や殺気を完璧に消すことで相手に認識させないというものだ。
そこに速さは関係なく、けれども目で追うこともできない。
誰も空を流れる雲を気にしないように、誰も自身を照らす太陽の光を気にしないように、自然であるが故の当たり前。
その当たり前に溶け込むのがルイスの技であり、そのルイスの技を模倣したのが今のソニアである。
「っ!!」
シャルエナは気配感知の魔法を使いながら必死でソニアの攻撃に耐えるが、気配感知を使っても自然を捉える事はできないため、追い込まれていくのはシャルエナの方だった。
「あっ……」
「そこだ。抜刀術二ノ幕『氷居神刀』」
ソニアの攻撃をシャルエナがずっと耐えていると、右側からソニアの気配と声を感じ取り、シャルエナがそこを狙って神速の一刀を放つ。
すると、その一刀は短剣で切り付けようとしていたソニアの体へと吸い込まれていき、見事に彼女の体をすり抜けると、ソニアを黒いモヤへと変えて消し去った。
「これはまさか!!」
「もう遅いわ。『吸収』」
「あぁぁぁ!!」
刀を振り抜いた状態のシャルエナの背後から姿を現したソニアは、そのまま彼女の背中へと触れると、吸収魔法を使って一気にシャルエナの魔力を吸い取る。
急激な魔力の減少で立つことができなくなったシャルエナはそのまま地面へと倒れると、自身を見下ろす無傷のソニアと目が合った。
「はは。まさか…分身体を…作るなんてね…」
「ふふ。見事だったでしょう?」
「見事だった。本当に…見事だったよ…」
ソニアが使った魔法は、以前ルイスも使っていた闇魔法で分身体を作るもので、ソニアは自分の分身を囮にすることでシャルエナに隙を作らせたのだ。
シャルエナは自分が追い込まれている状況に焦ってしまい、気配感知に反応したソニアを迷わず攻撃してしまった結果、その隙をついたソニアの吸収魔法によって魔力を吸い取られたという訳である。
「戦い方や誰にも負けない強い気持ちがあれば、格下が格上に勝つこともできる。やってみないとわからないことよ。理解してくれたかしら」
「あぁ…理解したよ。私の…完敗だ…」
「そう。よかったわ。それじゃあ、また後でお話ししましょうね」
ソニアはそっとシャルエナの背中に触れると、残りの魔力も吸い取り、彼女を魔力枯渇させて意識を奪った。
シャルエナが意識を失ったことで審判がソニアの勝利を告げると、まさかの優勝候補のシャルエナが負けたことでしばしの沈黙が会場を包み、誰かが拍手をした瞬間堰を切ったように爆発的な賞賛の声と拍手が会場中に広がった。
ソニアは勝者である自分に送られる喝采をしばし堪能した後、満足そうに笑ってから一礼をして舞台の上を去っていく。
こうして、大会が始まって以来初となる、一年生同士による決勝戦が決まったのであった。
「うそ!?」
突然目の前に現れたシャルエナにソニアは驚いた様子を見せるが、すぐに自身を黒の手で無理やり引っ張ると、シャルエナの間合いの外へと抜け出す。
ソニアはすぐに体勢を立て直して先ほどまで自分がいた場所を見ると、そこには空気自体が凍ったのか、不自然に宙に浮く氷の斬痕が残っていた。
「まさか、今の一撃も避けられるとは。さすがだね、ソニア嬢」
「全く。空気すら凍らせるなんてどんな冷気してるのよ」
「さぁ。ちゃんと測ったことはないからわからない。けど、かなり冷たいはずだよ」
(かなりってレベルじゃない気がするのだけど)
シャルエナはなんてことない無いように答えるが、氷魔法で空気を凍らせるなんて技はそう簡単できるものではない。
基本的に氷魔法は魔力で氷を作り出し、そこにイメージを持たせることで剣や槍、そして矢などを作り攻撃する魔法であり、彼女のように空気すら凍らせて斬痕を宙に残すなど、誰にでもできるものでは無かった。
シャルエナにそんな芸当ができた理由は、優れた氷魔法の技量と、抜刀術という技が噛み合ったからである。
彼女が戦闘を行う際、シャルエナは刀に魔力を流し込み、それを氷魔法へと変換することで魔法を使用している。
もちろん魔力解放を使えば刀を使わずとも温度を下げたり周囲に氷の棘や塊を作ることは可能だが、細かな調整が苦手なシャルエナは氷で剣や槍を作ることがあまり得意では無かった。
そこで、シャルエナは刀という武器を媒介にして魔法を使用することで、苦手な魔法の調整を補い、刀を振ることで氷魔法が発動するようにしていた。
結果、シャルエナの魔力が刀という武器一つに集中的に集められ、さらに神速の速さを生み出す居合により振られた一刀は、空気すら斬り裂き、通常の氷魔法よりも強い冷気が生じ、空気さえもも凍らせることができたという訳だ。
「ルイスたちも大概出鱈目な強さだけど、あなたもかなり厄介ね」
「はは。残念だけど、私でもイスには勝てそうにないかな」
「あら、意外ね。てっきり負けないとか言うのかと思ったわ。皇女様なんだし、簡単には負けられないでしょう?」
「まぁ確かにね。立場的には私の方が上だし、皇族が簡単に負けを認めるのは良くないけど、彼は別だよ」
「どうして?」
「イスを久しぶりに見たとき、彼からは何も感じられなかった。どれだけ強いのか、何を考えているのか、これまでどんな経験をしてきたのか。それらが全く見えなかった。彼の強さは私とは違う次元にある。そんな彼と無闇に戦いたいとは思えないし、自分との実力差を認められないほど子供でもないからね」
シャルエナも一人の武術家として、ルイスと自身の差は十分に理解していた。
自分がどれだけ全力を出そうと、どんな手を使おうと、きっとルイスはその全てを容易く防ぎ、自分は手も足も出ずに負けてしまう。
それが理解できているからこそ、自分が下であることを認めるし、敗者となることも認めていた。
「ふーん。なんか、ちょっとがっかりね」
「それはどういうことかな?」
ソニアは闇魔法で黒い短剣を二本作り出すと、その短剣を左右の手に握り、軽くジャンプしながら体の具合を確かめる。
「簡単なことよ。あたしはあなたを強者だと思っていたし、もっと根性のある人だともおもっていたけど、思いのほか大したこと無かったなって思っただけ。あぁ、別に気にしないでね?あなたを馬鹿にしている訳ではないから。ただ期待外れだったなーってあたしが勝手に失望しただけだから」
「なるほど?それは私を煽っているのかな。けど残念だったね。私はそんな言葉で冷静さを失うほど愚かじゃないよ」
「あら、あなたにはそう聞こえたのね。なら、はっきり言うわ。シャルエナ殿下はあたしが思っていたよりもつまらない人間で、大したことのない人だった。これはあたしの本心よ」
ソニアははっきりとそう言い切ると、真剣な眼差しでシャルエナを見た。
そんな彼女から向けられる視線を見たシャルエナは、彼女の言葉が本心であることを理解すると、僅かに刀を握る手に力が入る。
「つまらない…か。面と向かってそう言われると、さすがの私でもくるものがあるね」
「傷ついたのならごめんなさい?でも、あたし嘘をつくのってあまり好きではないの。もちろん、必要なら喜んで嘘はつくけれど、今回は私の紛れもない本心。だからって、シャルエナ殿下が悪い訳じゃないわ。あたしも人の考え方がそれぞれだって事は、身をもって知っているもの。だから、私が殿下をどう思おうと許してくれるわよね?」
「そうだね。君の言う通り、考え方は人それぞれだから何も言わないよ。ちなみに、どんなところが君をがっかりさせてしまったのか聞いても?」
「そうね。簡単に言えば、挑戦もせず諦めているところかしら」
「諦める?私が何を諦めていると言うんだい?」
「さっきの話に戻るけれど、殿下はルイスとの実力の差を知って、戦う前に自身の負けを認めたのよね?」
「そうだよ。私はある程度人の強さが見抜けるけど、イスからは何も感じなかった。だから彼が私より強いのは間違いない。なら、無理に戦う必要もないだろう?それが現実なのだから、受け入れるしかない」
ソニアと同じように、これはシャルエナ自身の本心であり、彼女が幼馴染のルイスと戦いたくないというのもあるが、勝ち目のない勝負は無理に挑みたくないとも考えていた。
「それよ。それがつまらないの。戦う前から負けることがわかっている?だから勝負はしたくない?そんなのやってみないとわからないじゃない」
「うーん。君は実戦経験が少ないからそう言えるのかな。普通なら、負ける可能性があれば生き残る方法や戦わなくても良い方法を考えるものだよ」
「あぁ、そういうことね。ようやくちゃんと理解できたわ」
「なにをだい?」
「殿下とあたしでは、見ている世界も、目指している背中も違うということよ」
「目指してる背中?いったいどういう…」
「殿下の考え方で言うなら、あなたより劣るあたしはここで降伏するべきなのでしょうけど、残念ながらあたし、諦めることは昔に辞めたのよ。だから……勝たせてもらうわ」
「いったい何を……っ?!」
シャルエナがソニアの言葉を理解出来ていないでいると、突然ソニアの姿が消え去り、気づいたときにはソニアはシャルエナの背後から短剣を振り下ろそうとしていた。
その攻撃を何とか避けたシャルエナだったが、僅かに視線が外れた隙にまたソニアを見失うと、今度は左側からの連撃が彼女を襲う。
(いったいどういうことだ)
まるでその動きは当たり前のように吹く風のようで、あることが当然で気にも留めない空気のようで、僅かに意識が外れると、ソニアは自然に溶け込み姿や気配を消してしまう。
先ほどまで押していたはずのシャルエナが、剣術などできないはずのソニアに手も足も出ず追い込まれていく。
「くっ!!」
ソニアによる何度目かの連撃を防いだシャルエナは、肩で息をしながら距離をとる。
「ふふ。どうかしら。私も短剣なんて初めて使うからよくわからないのよね。良ければ感想を教えてくれる?」
「はじ…めて?これで初めてって冗談だろ」
初めて見る動きに完璧な死角からの攻撃、その技術はまさに数々の死線を生き抜いてきた強者のそれであり、隙を全く感じさせない佇まいは、まるであの日廊下で出会ったルイスを彷彿とさせる。
「まるで、イスが目の前にいるようだ…」
「あら。やっぱり感が鋭いわね。正解よ。私が今模倣しているのは、一年前に出会ったルイスそのものだもの」
「……は?模倣?」
「そう。『闇の追跡者』っていう闇魔法で、記憶の中にある人の動きや戦い方を模倣することのできる魔法よ」
ソニアが今使っている闇の追跡者という魔法は闇魔法の中でもかなり難易度の高い魔法であり、記憶の中にある魔法や戦闘方法に限り、自身の体で再現することのできる魔法だ。
しかし、闇の追跡者にはいくつかの制限があり、まず一つ目は記憶の中にある魔法や戦闘方法しか模倣することができない。
これは闇の追跡者という魔法の特性によるもので、魔法や動きを追跡することが目的の魔法であるため、使用者が知っているものしか模倣することができない。
二つ目は記憶すること。この魔法の効果をしっかりと発揮するには、一度見ただけでは足りず、一生忘れないレベルの記憶が必要であり、さらにその動きを再現できるほどの細かな動きと理解力が必要となる。
三つ目は再現度。この魔法は完璧に相手の動きを真似るということができず、最高で8割までしかその動きを再現することができない。
四つ目は制限時間。この魔法は他者の動きを真似る事はできるが肉体が変化する訳ではないため、使用できる時間は短く、無理に使い過ぎれば脳の損傷に筋肉が断裂する危険性があるのだ。
そして、そんな闇の追跡者を使ってソニアが模倣しているのは魔導学園でアイドと戦っていた時のルイスであり、彼女の記憶にはあの時の光景が一生忘れられないほどに焼きついている。
だから彼女にとって、この魔法でルイスの動きを真似るなど難しいことではなく、現にこうしてルイスの動きを完璧に模倣して見せたのだ。
「あたしはね。勝てないからとか自分よりも強いからとか、そんな理由で諦めたくないわ。どんなに離されても、どれだけ遠くとも、あたしは憧れたルイスの背中を追い続ける。だから、挑戦する前に諦めるような殿下には、絶対に負けない」
ソニアはそう言ってもう一度姿を消すと、シャルエナでは捉えられない動きで彼女のことを攻めていく。
これは別にソニアの動きが速いという訳では無く、ルイスの技を模倣しているソニアを認識できないというのが正しい。
ルイスの技は自身を自然に溶け込ませ、気配や殺気を完璧に消すことで相手に認識させないというものだ。
そこに速さは関係なく、けれども目で追うこともできない。
誰も空を流れる雲を気にしないように、誰も自身を照らす太陽の光を気にしないように、自然であるが故の当たり前。
その当たり前に溶け込むのがルイスの技であり、そのルイスの技を模倣したのが今のソニアである。
「っ!!」
シャルエナは気配感知の魔法を使いながら必死でソニアの攻撃に耐えるが、気配感知を使っても自然を捉える事はできないため、追い込まれていくのはシャルエナの方だった。
「あっ……」
「そこだ。抜刀術二ノ幕『氷居神刀』」
ソニアの攻撃をシャルエナがずっと耐えていると、右側からソニアの気配と声を感じ取り、シャルエナがそこを狙って神速の一刀を放つ。
すると、その一刀は短剣で切り付けようとしていたソニアの体へと吸い込まれていき、見事に彼女の体をすり抜けると、ソニアを黒いモヤへと変えて消し去った。
「これはまさか!!」
「もう遅いわ。『吸収』」
「あぁぁぁ!!」
刀を振り抜いた状態のシャルエナの背後から姿を現したソニアは、そのまま彼女の背中へと触れると、吸収魔法を使って一気にシャルエナの魔力を吸い取る。
急激な魔力の減少で立つことができなくなったシャルエナはそのまま地面へと倒れると、自身を見下ろす無傷のソニアと目が合った。
「はは。まさか…分身体を…作るなんてね…」
「ふふ。見事だったでしょう?」
「見事だった。本当に…見事だったよ…」
ソニアが使った魔法は、以前ルイスも使っていた闇魔法で分身体を作るもので、ソニアは自分の分身を囮にすることでシャルエナに隙を作らせたのだ。
シャルエナは自分が追い込まれている状況に焦ってしまい、気配感知に反応したソニアを迷わず攻撃してしまった結果、その隙をついたソニアの吸収魔法によって魔力を吸い取られたという訳である。
「戦い方や誰にも負けない強い気持ちがあれば、格下が格上に勝つこともできる。やってみないとわからないことよ。理解してくれたかしら」
「あぁ…理解したよ。私の…完敗だ…」
「そう。よかったわ。それじゃあ、また後でお話ししましょうね」
ソニアはそっとシャルエナの背中に触れると、残りの魔力も吸い取り、彼女を魔力枯渇させて意識を奪った。
シャルエナが意識を失ったことで審判がソニアの勝利を告げると、まさかの優勝候補のシャルエナが負けたことでしばしの沈黙が会場を包み、誰かが拍手をした瞬間堰を切ったように爆発的な賞賛の声と拍手が会場中に広がった。
ソニアは勝者である自分に送られる喝采をしばし堪能した後、満足そうに笑ってから一礼をして舞台の上を去っていく。
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