上 下
187 / 216
武術大会編

努力

しおりを挟む
~sideアイリス~

 舞台へと立ったアイリスは向かい側に立つシュードを見ると、突然彼の方から話しかけられる。

「あなたはあの時の…」

「はい?私たち、どこかでお会いしましたか?」

「覚えていらっしゃらないのですか?」

「申し訳ありません。ルイス様以外の殿方には興味がなく」

 アイリスは少しだけ申し訳なさそうな顔でそう言うが、これは彼女の本心であり、ルイス以外の異性に興味がないアイリスは本当にシュードのことを覚えていなかった。

「まぁ確かに、お会いしたのもあの日だけでしたから覚えていないのも当然ですよね。僕はシュードです。歓迎会の日に、あなたが上級生に絡まれていたのをお助けいたしました」

「歓迎会…助けた…うっ!」

「ど、どうしました!?」

 歓迎会の日に助けたと言われたアイリスは、その日のことを思い浮かべた瞬間激しい頭痛に襲われ、頭を押さえながら僅かにふらつく。

「こないでください!!」

「っ…」

 そんなアイリスを心配したシュードは彼女に近づこうとするが、それをアイリスが珍しく大きな声を出して止める。

(はぁ、はぁ。あの人が近づこうとすると、さらに頭が痛くなります。これ以上近づかれれば、頭がどうにかなってしまいそうです)

 シュードが数歩アイリスに近づいただけで彼女の頭痛は激しさを増し、何かが体を侵していくような感覚に気持ち悪さすら覚える。

「大丈夫ですか?体調が悪いようであれば、棄権することも可能ですが」

「い、いえ。問題ありません」

「そうですか。ですが、どうしても辛いようであればすぐに降参してください」

 審判の教師はアイリスの体調を気遣うようにそう言うと、試合の開始を告げたから舞台の隅へと移動する。

(どうやら、あの方も私の体調を気にしてか、攻撃を仕掛けようとはしませんね)

 試合が始まってからも、剣を構えたシュードは一向に攻めようとする様子を見せず、どうしたら良いのかと迷っているようだった。

「向こうが迷っている今が好機ですね。私を心配してくださっているのはわかりますが、このチャンスは利用させてもらいます。『水の渦アクア・ディーネ』」

 アイリスが魔法を使うと、巨大な水の渦が現れ、それはまるでシュードを飲み込むかのように近づいていく。

「これは?!魔力斬り!」

 迫り来る巨大な水の渦に対し、シュードはこれまでと同じように剣に魔力を込めると、その渦を切るかのように上段から剣を振り下ろした。

 膨大な魔力が乗せられたその斬撃は、まるでルイスが闘気を使って斬撃を飛ばす時のように魔力が飛んでいくと、巨大な水の渦を縦に両断した。

「っ!!」

 その魔力の斬撃は渦を斬っただけでは止まらず、そのままアイリスさえも切り裂こうと飛んでいくが、彼女は水魔法で盾を何重にも展開して何とか受け止める。

「はぁ…はぁ…。まさか、魔力自体を斬撃として飛ばすなんて」

 通常、体の中にある魔力は魔法に変換した場合にのみしか離れた場所へと放つことができない。

 それは魔力が体から離れた瞬間、すぐに自然魔力へと変換されてしまうからであり、魔法使いたちがよく使う魔力解放も、自分の体を起点に魔力を溢れ出させているだけで、魔力が体から離れているわけではない。

 ルイスのように緻密な魔力操作ができれば、例え体から離れた魔力でも自然魔力に変換されないように保つことができ、現にルイスの父親であるエドワードも、その優れた魔力操作を使って空気中に自身の魔力を待機させていた。

 しかし、これまでの試合でもそうだったが、シュードにはルイスほどの魔力操作能力がある訳でもなく、普通であれば魔力を斬撃として飛ばすことなどできるはずもなかった。

「魔力操作はできていませんが、見たところ魔力の密度が凄まじいですね。それが魔力を飛ばせた理由でしょうか」

 アイリスが分析した通り、シュードの魔力操作はルイスの足元にも及ばないが、先ほどの一撃に込められていた魔力量と密度は凄まじく、込められた魔力量が多すぎたため、まるで圧縮されて石のようになったその魔力は、自然魔力に変換されることなく斬撃として飛ばされたのだ。

 それは例えるなら紙のようなもので、一枚の紙であれば簡単に切ることも破くこともできるが、数十枚、数百枚と重なった紙を切ることは難しい。

 シュードの魔力斬りはまさにそれと同じで、剣という小さいものに膨大な魔力を込めたことで、圧縮された魔力の密度は紙を数千枚以上も重ねたほどに凄まじく、例え体を離れても自然魔力に変換されることが無かった。

「先ほどは水の渦で威力が弱まっていたので止められましたが、あれを直で止めるのは難しそうですね」

 アイリスはどうしたものかと考えるが、そんな彼女を見たシュードは体調が悪化したのではないかと心配し、彼女にとっては侮辱とも取れる言葉をかけてしまう。

「あの、もうやめませんか?体調も良くないようですし、さっきの魔法も僕には通用しませんでした。これ以上無理をされると、本当に倒れてしまいます」

「通用…しない?」

「はい。あなたの魔法は素晴らしかったですが、僕の魔力斬りには意味がありません。僕はこの魔力を手に入れてから、この魔力斬りで斬れなかった魔法は無いんです。それに、魔力を纏わせるだけでも大抵の魔法は防げてしまいます。だからどうか、怪我をする前に降参していただけませんか?出来れば女性は傷つけたくないんです」

 そんなことを語るシュードの瞳には、アイリスの体調を純粋に心配する感情しか感じられず、悪意も悪気も無いことが伝わってくる。

 しかし、その言葉はどれもアイリスを下に見て情けをかけるような言葉で、どこまでも甘く、そしてどこまでも彼女を馬鹿にするような言葉だった。

「…ふぅ。あなたが私を気遣い、心配してくださっていることはわかりました」

「僕の気持ちが伝わってよかったです。僕もこれ以上あなたを傷つけたくは…」

「ですが、私のことをあまり舐めないでいただけますか?」

「え?」

 アイリスはそう言うと魔力解放を行い、彼女から深海のように深く青い魔力が溢れ出す。

 その魔力量はソニアほど多くは無いが、それでも魔力密度や魔力操作は彼女よりも上であり、見ている観客たちですら冷や汗を流すほどに濃い魔力だった。

「私は彼の魔法を初めて見た時から、ずっと彼のような魔法使いになりたいと思っていました。ですが、私には彼のような膨大な魔力も、ソニアのような優れた魔法の才能も、フィエラさんのような戦闘能力もありません。それでも私は諦めず、自分なりに魔法の練習をしてきました。そして、気づいたのです。私には膨大な魔力も魔法の才能も戦闘能力が無くとも、魔力操作能力があると」

 それはアイリスが、ルイスがフィエラだけを連れて旅に出たと知った後のことだった。

 彼女はルイスの役に立つため、攻撃魔法の練習を続け、魔法の先生にも戦闘方法ばかり学んでいた。

 しかし、どんなに頑張っても彼女の水魔法ではルイスと並んで戦えるほどの攻撃力は無く、戦闘方法も立ち回りは覚えられても、運動が得意では無い彼女がフィエラのように近接で戦うことはできそうになかった。

 それでも強くなることを諦めきれなかったアイリスは、父親に無理を言って魔物の討伐に行ったが、そこでさらに強くなったルイスとの実力差を知ることになった。

 その後、屋敷へと戻ったアイリスはしばらくの間はルイスのようになりたいとひたすらに頑張ったが、頑張れば頑張るほど彼との実力差、そして自身の才能の無さを実感するばかりだった。

『私にはやはり、魔法の才能は無いようですね』

 現実を知ってしまったアイリスは、しばらくの間魔法の練習をやめて無気力に過ごしたが、ある日、ふとルイスと初めて会った日のことを思い出した。

『そういえば、ルイス様は初めて会った時、水魔法で浮いていましたね。ふふ、懐かしいですね』

 水クッションで宙に浮かぶ彼と出会った時は本当に驚き、同じ水魔法でもあそこまで緻密に操作された魔力と魔法は見たことがなく、密かに憧れを抱いたことを思い出す。

『そうです。私が憧れたのは、攻撃魔法を使うルイス様にではありません。私が憧れたのは、あの優れた魔力操作です。魔力操作は努力次第で伸ばすことができますから、私もきっと……こうしてはいられませんね!今すぐに練習しなければ!』

 こうして、自身が何に憧れたのかを思い出したアイリスは、それからは攻撃魔法の練習ではなく、魔力操作の練習に力を入れるようになった。

「あなたの魔力密度は確かに素晴らしいものがあります。ですが、それが自分だけの力だとは思わないでください。努力すれば、私にだってそれくらいはできるのですから」

 未だに頭が割れそうな程に痛むアイリスだったが、それでも自身のこれまでを馬鹿にするような発言をした彼を許すことはできない。

 そんなアイリスの強い覚悟と濃密な魔力を感じ取ったシュードは、ごくりと唾を飲み込むと、先ほどよりも真剣な顔をして剣を構える。

「申し訳ありませんが、僕も負けるわけにはいかないのです。僕は強くなって、もうあの時のような悲劇を誰にも経験させたくはない。だから、あなたには負けてもらいます!」

 白い魔力を解放したシュードはそう言うと、自身に身体強化を使ってアイリスへと駆け出すのであった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

はぐれ聖女 ジルの冒険 ~その聖女、意外と純情派につき~

タツダノキイチ
ファンタジー
少し変わった聖女もの。 冒険者兼聖女の主人公ジルが冒険と出会いを通し、成長して行く物語。 聖魔法の素養がありつつも教会に属さず、幼いころからの夢であった冒険者として生きていくことを選んだ主人公、ジル。 しかし、教会から懇願され、時折聖女として各地の地脈の浄化という仕事も請け負うことに。 そこから教会に属さない聖女=「はぐれ聖女」兼冒険者としての日々が始まる。 最初はいやいやだったものの、ある日をきっかけに聖女としての責任を自覚するように。 冒険者や他の様々な人達との出会いを通して、自分の未熟さを自覚し、しかし、人生を前向きに生きて行こうとする若い女性の物語。 ちょっと「吞兵衛」な女子、主人公ジルが、冒険者として、はぐれ聖女として、そして人として成長していく過程をお楽しみいただければ幸いです。 カクヨム・小説家になろうにも掲載 先行掲載はカクヨム

処理中です...