上 下
117 / 216
冒険編

浄化の炎

しおりを挟む
 ヒュドラにいくらダメージを与えても回復してしまうことを知ったルイスたちは、まずはその回復に使われている魔力から削ることにした。

 フィエラはこれまで通り速さを活かしてヒュドラの頭たちを躱しつつ、闘気を纏わせた手刀や殴打でダメージを与え、ルイスはイグニードで鱗のない部分を巧みに切りながら確実にヒュドラへと攻撃を当てて行く。

「チッ。持久戦だとは言ったが、さすがにタフ過ぎるな」

 しかし、ヒュドラの巨体に対してルイスたちが与えるダメージはそれほど大きく無く、次の回復まで追い込むにはかなりの時間がかかりそうだった。

「こうなったら…フィエラ!一旦戻ってこい!」

 ルイスがそう声をかけると、フィエラは最後に一発ヒュドラに叩き込み、すぐにルイサの横へと戻ってくる。

「どうしたの?」

「思ったよりダメージが入ってないからな。他の方法で行く」

「どんな?」

「燃やす」

 ルイスはそう言ってイグニードを握ったまま巨大な蒼い炎の玉を作ると、それをヒュドラに向けて放った。

「ギュアアア!!!!」

 ヒュドラに当たった蒼い炎は、そのままヒュドラの体に纏わりつくように燃え広がり、鱗のない部分が火傷によって酷い有様へと変わっていく。

 さらに、先ほどまで流れていた猛毒が含まれた血はまるで浄化されるように蒸発し、毒を無かったものへと変えて行く。

「効いた」

「炎には浄化の効果があるんだ」

「浄化?」

「あぁ。浄化って言えば、基本的には光魔法だって思われがちだが、炎にも浄化の効果がある。例えばアンデット。あれには光魔法以外だと火魔法が効くし、人や魔物の死体を焼くときもアンデットにならないよう火で焼くだろ?だから火には浄化の力があって、ヒュドラはそれで苦しんでいるってわけだ」

「なるほど」

 実際、光魔法は特殊魔法であり、使えるものが他の魔法に比べると少ない。

 そのため、生活が苦しい村などでは死者を光魔法で浄化するのでは無く、火で焼いてしまうところがほとんどなのである。

「火魔法はやつの毒にも効くみたいだし、魔力自体もイグニードの能力で消費を抑えられる。それと、お前はこれから渡す火魔法が付与されたガントレットを使え。おそらく氷蛇のガントレットより相性がいいはずだ」

「わかった」

 ルイスはストレージから何かに使えると思って買っていたガントレットを取り出すと、未だ炎に燃え苦しむヒュドラを警戒しながら武器が壊れないギリギリまで魔力を込めて付与をする。

 ついでにフィエラが全力で殴っても壊れないよう、耐久力を上げることも忘れない。

「よし、できたぞ」

「ありがと」

 フィエラはルイスから貰ったガントレットを嬉しそうに装備すると、拳と拳をぶつけて耐久力を確認する。

「耐えられそうか」

「問題ない」

 フィエラの殴打は今や並のガントレットでは耐えられないほど強力になっているため、こうしてルイスが付与魔法で強化しなければ武器の方が耐えられないのだ。

「それじゃあやりますか」

「ん」

 ルイスはイグニードに蒼い炎を纏わせてヒュドラに接近すると、さらに闘気も纏わせてヒュドラの首を落とそうと振り抜く。

 その斬撃はヒュドラの鱗すら焼き焦がし、今まで切り落とすことのできなかった首が地面へと落ちた。

「切れたな」

 ヒュドラの首があった場所は、蒼い炎で焼かれたことで切断面が焼け焦げ、周囲には肉が焼けるような香ばしい匂いが広がる。

「ドラゴンの肉はうまいって効いたことがあるが、毒龍でも食えるだろうか」

 肉の焼ける良い匂いに少しだけそんなことを考えるルイスだったが、ヒュドラを警戒することは止めず、切断面の様子も見続けた。

 すると、炎で焼かれた切断面が綺麗に回復すると、そこから先ほど切り落としたはずのヒュドラの頭が生え、また9つへと戻る。

「なるほど。魔力で回復しているわけだから、例え切断面を焼かれても治せるってわけか」

 ルイスは切断面を焼けば首が生えることは無いと考えていたが、どうやらヒュドラの回復魔法は内にある魔力で体を治しているらしく、例え焼いたとしても傷口を内側から治してしまうようだった。

「だが、人間と同じで無くなったものを再生させるにはかなりの魔力が必要みたいだな。今のでそこそこ魔力を削れた」

 ヒュドラの魔力量を確認したルイスは、膨大にあった魔力が最初に比べてかなり減っていることを知り、このまま続けていけばいずれ魔力が底をつくと判断する。

「なら、その首をたくさん切り落としてやるよ」

 最初は思っていたよりも手応えを感じていなかったルイスだが、だんだんヒュドラと戦うことが楽しくなり、追い込まれたヒュドラが何をするのか想像が付かなくて思わず笑ってしまう。

「ふふ。楽しいなぁ。本当に楽しい!」

 その後、ルイスは舞うようにヒュドラの首を笑いながら落として行くと、あたりには巨大な頭がいくつも転がり、その度にヒュドラは首を再生させていく。

 そんなルイスを横目で見たフィエラは、彼の狙いを瞬時に理解し、自身も手刀に炎を纏わせ首に攻撃する。

 だが、剣で切っているルイスとは違い、フィエラのはあくまでも手刀であったため、ルイスのように切り落とすことはできなかった。

 それでも、ヒュドラは傷口を焼かれる痛みや切られる痛みにより悶え苦しみ、その傷を治すために回復魔法を使用する。

「残り半分くらいか」

 そんな戦い方を続けていた結果、ヒュドラの魔力を半分まで減らすことができ、状況としてはかなりルイスたちが優勢と言える状態だった。

「だが、まだ種族魔法は使っていないし、何より手応えがなさすぎる。これならエルフたちでも倒せるはずだが、何かあるのか」

 ルイスはヒュドラの手応えのなさを訝しみながら考えていると、突然近くにあったヒュドラの頭が動き出し、ルイスに牙を立てて噛みつこうとする。

 しかし、ルイスはそんな頭に目を向けることはなく、何故か余裕すら感じさせるヒュドラをじっと眺める。

 そんなルイスにヒュドラの牙が触れようとした瞬間、横から飛んできた矢がその頭を吹き飛ばし、そのまま目を射抜いてまた地面へと転がす。

「油断しすぎよ。今のは危なかったわ」

「よう、シュヴィーナ。油断だと?」

「えぇ。今、ヒュドラの頭があなたに噛みつこうとしていたのよ?私が矢を放たなければ、あなた死んでいたわよ?」

「はは。お前がこっちにきていることを知っていたからな。お前ならやってくれると思ったから放置しただけだよ」

 ルイスはヒュドラの頭が彼に噛みつこうとしていたことには気づいていたが、それと同時にライアンを倒したシュヴィーナがこちらに来ていたことも知っていたため、ヒュドラの頭をシュヴィーナに任せて放置していたのだ。

「…ばか」

 思いもしていなかった返答に少し嬉しくなったシュヴィーナは、照れていることを隠しながらそんなことを言ってしまう。

「さて、こっちに来たってことはもういいんだな?」

「えぇ。あの人もちゃんと殺したし、休みも取ったから大丈夫よ」

「おーけー、ならこっちの状況についてだな。今はフィエラと2人でヒュドラの魔力を削ってるところだ。あいつはどうやら回復魔法が使えるらしく、例え首を落としても魔力がある限り回復し続ける。だから、まずはその回復ができないようにしているってところだ」

「なるほど。それは厄介ね」

 シュヴィーナは周囲の状況やヒュドラについて説明を受けた後、離れたところでこちらの様子を窺っている1人の男についてルイスに尋ねた。

「あの男は?」

「あいつはヒュドラを復活させた魔族だ。だが、自分は研究の方が得意だとかで、戦闘には混ざっていない。警戒は必要だが、今は無視でいい」

「わかったわ」

「そう言えば、お前は矢に火魔法の付与はできるか?」

「できないわ。そもそも火魔法があまり得意では無いの」

「なら、俺がお前の矢に火魔法を付与してやる。火魔法はあいつにかなり効果があるからな」

「ありがとう」

 ルイスはシュヴィーナから矢を預かると、一度指を鳴らし、瞬時に火魔法を付与する。

「終わったぞ」

「相変わらず早いわね」

 シュヴィーナはそんなルイスに呆れながら火魔法が付与された矢を受け取ると、ヒュドラを狙いやすい位置に移動して行く。

「さてと。仕上げに入るか」

 これでルイスの仲間は全て揃い、いよいよルイスたちとヒュドラの最後の戦いが始まるのであった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

はぐれ聖女 ジルの冒険 ~その聖女、意外と純情派につき~

タツダノキイチ
ファンタジー
少し変わった聖女もの。 冒険者兼聖女の主人公ジルが冒険と出会いを通し、成長して行く物語。 聖魔法の素養がありつつも教会に属さず、幼いころからの夢であった冒険者として生きていくことを選んだ主人公、ジル。 しかし、教会から懇願され、時折聖女として各地の地脈の浄化という仕事も請け負うことに。 そこから教会に属さない聖女=「はぐれ聖女」兼冒険者としての日々が始まる。 最初はいやいやだったものの、ある日をきっかけに聖女としての責任を自覚するように。 冒険者や他の様々な人達との出会いを通して、自分の未熟さを自覚し、しかし、人生を前向きに生きて行こうとする若い女性の物語。 ちょっと「吞兵衛」な女子、主人公ジルが、冒険者として、はぐれ聖女として、そして人として成長していく過程をお楽しみいただければ幸いです。 カクヨム・小説家になろうにも掲載 先行掲載はカクヨム

処理中です...