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冒険編

毒龍

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「まず、俺たちはここに来る前まで魔導国ファルメルにいました」

「ファルメル?あそこは確か、最近王族の悪事が明るみになり、王政を廃止して新体制になったところだな」

「さすがですね。もうその情報を知っているとは。なら、その王族の悪事についても?」

「もちろんだ。やつらは魔族と手を組んで非道な行いを……まさか」

「その通りです。俺はファルメルにいた時、その魔族に会いました。そして、その魔族と一戦交えたんですが、次はエルフの国を狙うと言っていました。そこに封印されているものを復活させると。

 確か約1400年ほど前、この国を作る前にエルフの強者たちが毒龍ヒュドラを森の奥に封印したんですよね。その魔族が言っていた復活させると言うのは、おそらくそのヒュドラの事なのでは?」

「その可能性は十分にあり得るな。だが、君はヒュドラのことをどこで知った。ヒュドラのことはこの国でも御伽話程度でしか知られておらず、実際に存在すると知っているものはほとんどいないはずだ」

 そう。ケイリーの言う通り、ヒュドラは御伽話としてエルフの間に存在は知られているが、実際に過去に存在していたと知る者はほとんどおらず、さらに封印されていることを知っているのはごく僅かなのだ。

 理由は、当時ヒュドラは現在の魔族領がある森に存在していたのだが、そんなヒュドラをこの森に招き入れたものがいた。

 それは一緒に生活していた仲間のエルフによるもので、彼らは魔族と手を組んだ結果、ヒュドラをこの森へと誘き寄せたのだ。

 当時のエルフたちは同族によるそんな恥を隠すため、御伽話としてヒュドラという存在だけを語り継ぎ、実在した過去や封印したという事実を隠蔽したのだ。

 ちなみに、当時ヒュドラがこの森に現れた時、森はやつの毒によって草木が朽ち果て、戦ったエルフも大半が死んでしまうという悲惨な結果だったそうだ。

「俺がこの話をどうして知っているのかは申し訳ないですが言えませんね。
 ただ重要なのは、もう直ぐそのヒュドラが復活し、この国は未曾有の厄災に見舞われるということです」

「ふむ…」

 ケイリーは俺の話を一通り聞くと考え込むようにして黙ってしまい、シュヴィーナは話を聞いていて不安になったのか、フィエラの手を握りながらじっとしていた。

「ケイリーさん。まずはその話が本当なのか、ヒュドラが封印されているという場所を調査するのはどうですか?」

 すると、これまで話を聞いていたセシルがケイリーにそんな提案をするが、当のケイリーは少し言いづらそうに説明をする。

「それが、前にヒュドラが現れたと言うのが1400年も前のことで、その封印された場所というのが明確に記されていないのだ。

 いくら同族の恥だったとはいえ、まさか封印場所についてまで記されていないとは、私もこの話を聞いて驚いてしまったよ」

「そんな…」

 封印場所が分からなければどうすることも出来ないと思ったのか、シュヴィーナは絶望したような様子で声を漏らす。

「エイル…」

 シュヴィーナが縋り付くように俺に声をかけて来たのだ、俺はそんな彼女にニヤリと笑ってやると、先ほどまで探索魔法で調べていた結果をこの場で話す。

「場所なら俺が見つけました。南の区画からさらに南に20キロほど行ったところに封印されていますよ」

「そ、それは本当か?!だが、どうやって調べたんだ!」

「探索魔法で調べました。ここの結界でかなり手こずりましたが、何とか見つけられましたよ」

「なんという…」

 ケイリーは、俺が探索魔法で封印場所を見つけたことに驚いたのか動きが止まってしまう。

「凄いですね。ここの結界はかなり強力なもので、私たちエルフでも広範囲の探索魔法や索敵魔法の展開はできないんですけど」

 それに対してセシルは感心したように頷いており、何故かとても満足そうな様子だった。

「それが本当なら、そこに調査隊を向かわせるべきだろうか」

「それはやめた方がいいでしょう」

「何故だ?」

 ケイリーはヒュドラの封印場所に調査隊を向かわせるべきか考え始めるが、俺はそれをやめるように言う。

「まだ魔族もアーティファクトによって張られた魔法により正確な場所は分かっていないでしょうが、現在ヒュドラの封印場所はその封印が解け始めたことにより、周囲に猛毒が漏れ始めています。

 この状態で調査隊を向かわせれば、その人たちはそのまま帰ってくることはできないでしょう」

「なるほど…」

 探索魔法で封印されている場所を見つけた時、その周囲には既にヒュドラの毒が漏れ出ており、あたりの草木がほとんど死んでいた。

 そして、それは世界樹も同じで、世界樹の根はこのエルフの国を覆っている森全体にまで伸びている。

 その根からヒュドラの毒が世界樹へと流れ込み、世界樹にも異変が起きているというわけである。

「なら、いったいどうしたら」

「俺が行きますよ」

「…は?今なんと言った?」

「俺が倒しに行きますよ」

 俺がヒュドラを倒しに行くと言うと、ケイリーはあまりの驚きのせいか言葉を発しなくなり、セシルは観察するように俺のことを見続ける。

「俺が倒してくるので、みなさんはここにいるか、万が一俺が死んだ時のために避難しててください」

「い、いや。君は何を言っているんだ?君1人で倒せるわけないだろう」

「それはやってみないと分からないですね。ただ、俺の目的はもともとそのヒュドラと戦うことなんですよ。なので、もし止められても俺は勝手に行きますよ」

「…それはつまり、私たちを助けるためということか?それならむしろ我々と力を合わせた方が…」

「ん?何を言ってるんですか?」

 ケイリーは、俺がヒュドラと戦うのはエルフたちを助けるためだと思っているようだが、それは全くもって勘違いである。

「俺がヒュドラと戦うのは楽しそうだからですよ。別にあなたたちを助けるためではありません。そもそも、俺にあなたたちを助ける理由はありませんから」

「だ、だが…確か国に入る前は我々を助けに来たと言っていたそうじゃないか」

 その話を聞いて、確かに門の前でジルにこの国を助けに来たと説明したことを思い出した俺は、その件についても誤解がないようきちんと説明しておく。

「あれはそう言えば入れてもらえるかなと思っただけです。それに、実際に俺がヒュドラを倒したらこの国は救われるわけですし、何も全てが嘘ってわけではないですよ。

 俺は強いやつと戦えて、みなさんは無傷でこの国を救えるかもしれない。最高に良い条件だと思いませんか?」

 俺はそう言って純粋に笑ってやると、ケイリーは俺を狂った化け物でも見るような目で見てくる。

「君は、怖くないのか?ヒュドラはとんでもない化け物だ。そんな相手に、負けることや死ぬことを怖いとは思わないのか?それに、我々エルフのことを何とも思わないと言うのか?」

「そうですね。まず、死ぬことに関しては何とも思いません。例えヒュドラの毒で苦しんで死のうとも、死ぬことに恐怖は一切感じませんから。むしろ、死ぬ時はそんな強敵と戦えたことに感謝しながら笑って死ねますね。

 それとエルフのことについてですが、申し訳ないですがなんとも思いませんね。今日あったばかりのエルフや知らないエルフの人たちを救いたいなんて気持ちは全くありませんし、例え仲が良くなったとしても同じでしょう。

 別に俺は善人でも勇者でもありません。俺にとって他者は全てが等しくどうでもいい存在であり、俺は俺の目的意外に興味がない。
 その過程で誰が苦しもうが誰が死のうが全てがどうでもいい。ただそれだけのことです」

「…狂っているな」

 ケイリーは俺の話を聞くと、まるで思わず言葉が漏れてしまったというように俺のことを狂っていると呟く。

「あはは!よく言われますよ。ですが、俺は狂っていないと生きていけないんです。あれ?生きてるから狂ったのか?まぁどっちでも良いか」

 果たして生きるために狂ったのか、それとも狂っているから今も生きているのか、どちらが最初だったかは忘れてしまったが、今は関係のない話なのでそのことは忘れる。

「ただいま。って本当にシュヴィが帰ってきてる。それにケイリーさんも。どうしたんですか?それにこちらの方々は?」

 すると、薄緑の髪を肩あたりまで伸ばした優しそうな雰囲気のある男性が扉を開けて中へと入ってくると、俺たちのことを見て不思議そうな表情へと変わる。

「お父さん」

 どうやらこの男性はシュヴィーナの父親らしく、確かにどことなく彼女に似ているような気がした。

「おかえり、シュヴィ。もう旅は終わったのかい?」

「ただいま。違うわ。私の仲間がこの国に用があるらしくて、そのために一度帰ってきただけよ。その用が済んだらまた国を出るわ」

「そうだったのか。あ、そういえばここへ来る途中、ライアン様に会ったんだけど…」

「やぁシュヴィ!帰ってきたんだね!」

 シュヴィーナの父親が話をしている中、謎の男が大きな声でシュヴィーナの名前を呼びながら家の中へと入ってくる。

「あ、ライアン様、待ってください!」

 ライアンと呼ばれた男は父親の言葉を無視してシュヴィーナの前に突然膝をつくと、彼女の手を取ってキスをした。

「ペイルさんとセシルさんにあの話は聞いたかい?是非とも前向きに検討してほしいだ」

 
 俺はライアンと呼ばれたこの男を見た瞬間、何故だかものすごく面倒ごとに巻き込まれそうな予感がし、大抵この予感はよく当たることを知っているのであった。





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