上 下
25 / 225
死に戻り編

メイドの心配事

しおりを挟む
 私の名前はミリアと申します。私の身分は平民となりますので、家名はございません。

 私の両親は二人ともヴァレンタイン公爵家に仕える執事とメイドで、私はそんな二人に大切に育てられて来ました。

 私は幼い頃からメイドとして働く母に憧れており、私が8歳の時に無理を言ってメイド見習いとして公爵家で働かせてもらえるようになりました。

 私が幼かったこともあり、教えてもらえることは基本的なことばかりでしたが、掃除や洗濯、マナーや人に使える際の心得など覚えることはたくさんありました。

 時には辛くてやめたくなる時もありましたが、それでも憧れの母のようになりたかった私は、諦めずに頑張りました。

 それに、私には辞められないもう一つの理由がありました。
 それは私の3つ下の男の子で、公爵家の嫡男であるルイス様でした。

 私は歳が近いと言うこともあり、よく彼の遊び相手として遊ばせていただきました。

 当時は細かい礼儀作法や身分の違いに詳しくはありませんでしたので、私はルイス様を弟のように可愛がっておりました。

 ルイス様もまた、私のことを姉のように慕ってくれて、本当に楽しい時間を過ごしていました。

 お話し相手になったり、追いかけっこをしたり、時にはルイス様とお花が綺麗な庭園を見て回ったこともあります。

 その際、ルイス様が私に花冠を作ってくださったのは今でも大切な思い出です。

 しかし、お互い歳を重ねて成長していくに連れ、身分の違いや正しい距離感を学んでいくと、次第に距離が離れていくようになりました。

 いいえ。私が距離を置くようになったと言った方が正しいでしょうか。

 私はメイドであり、ルイス様は次期公爵様です。いつまでも姉弟のように接するわけにもいきません。

 最初のうちは寂しさも感じておりましたが、時間が経つに連れて慣れていき、数年後にはそれが普通になりました。




 私が15歳になったある日、ルイス様に突然の変化がありました。

 それまでのルイス様は、武術も魔法も素晴らしい才能をお持ちでしたが、訓練を嫌ってあまり練習はされておりませんでした。

 しかしその日、いつものようにルイス様を起こしにいくと、体を起こしたルイス様が水魔法でクッションのようなものを作り出したのです。

 水魔法でまず覚えるのは、水球《アクア・ボール》という簡単なものになりますが、それは魔力を水に変換し、飛ばすだけの簡単なものです。

 ですが、ルイス様の水クッションは水に程よい弾力性があり、何よりすぐに消滅しないという緻密な魔力操作のもと成り立っておりました。

 私はあまりのことに驚いてしまい、呆然としながらその光景を眺めておりました。

すると…

「ねぇ。早くしてくんない?いつまで待たせるわけ?」

 少し怠そうな雰囲気を醸し出しながらルイス様が私に声をかけて来ます。

「も、申し訳ありません」

 メイドとして主人をお待たせしてしまったのは良くないことですので、私は表情を改めて謝罪いたします。

 その後、身支度を整えたルイス様でしたが、準備が終わるとまた水クッションに乗ってしまい、ふよふよと浮いてしまいます。

「あの。ちゃんと歩かれた方がよろしいかと」

「なんで?」

 さすがにこのまま婚約者様に会いにいくのもどうかと思い声をかけましたが、何故か逆にルイス様に聞き返されてしまいました。

「その、婚約者様との初顔合わせですし、しっかりした方がよろしいかと」

 とりあえずそうお伝えしますが、ルイス様は一向に水クッションから降りる様子はなく、どんどん応接室の方へと近づいていきます。

「別にどうでもいいよ」

 ルイス様は本当に興味がなさそうにそう言うと、これ以上話しかけるなという雰囲気を醸し出していました。

(本当に、どうしてしまったのでしょうか)

 長い間お側におりますが、ルイス様のこんな姿を見るのは初めてで、私の困惑は深まるばかりでした。




 その後、顔合わせを終えたルイス様たちは、公爵様たちが話があると言うことで、ルイス様と婚約者のアイリス様で庭園を見て回ることになりました。

 私と他数名の騎士やメイドも少し距離を置いて付き添いますが、お二人が会話をする様子は一切ありません。

(大丈夫でしょうか。すごく心配です)

 私がルイス様のことを弟を心配する姉のような気持ちで見守っていると、アイリス様の方からルイス様に話しかけました。

 アイリス様は自分との婚約が嫌なのかと尋ねますが、ルイス様は興味が無いとお答えになります。

 そう言ったルイス様の表情に嘘は感じられず、彼からは本当に興味が無いことが伺えました。

 話が終わると、ルイス様は庭園の中を歩いていき、それにアイリス様もついていきます。

 庭園の会話以降、アイリス様はたびたびルイス様に話しかけますが、ルイス様は一言二言返すだけでお話が終わってしまいます。

 その後もお二人の距離が縮まることはなく、結局アイリス様はそのままご自身の領地へと帰っていきました。




 アイリス様との婚約が決まり半年が経ちました。この半年間、ルイス様は勉強やマナーの練習を行うことはなく、自室でだらけるか騎士に混ざって訓練をされているだけでした。

 これまで訓練を嫌っていたルイス様が、自分の意思で訓練に臨むのは嬉しいことですが、お勉強はされなくて大丈夫なのかと不安になってしまいます。

 そんなある日、私は公爵様から三週間後にアイリス様が来るので、そのことをルイス様に伝えるように言われました。

 なので、ルイス様の朝の支度をお手伝いしながら、私はそのことをルイス様にお伝えします。

「三週間後、アイリス様がこちらの屋敷にいらっしゃるそうです」

 私がそう言うと、ルイス様は嫌そうな顔をしながら水クッションに埋もれます。

(何故こんなにも嫌がるのでしょか)

 アイリス様は同じ女性の私が見てもすごくお綺麗な方ですし、小まめにお手紙を送ってくださることからも、ルイス様のことを気に入っていることが分かります。

 ルイス様はアイリス様が来られる理由について尋ねますが、それ以降お話しすることはなく、怠そうにして水クッションで浮いているだけでした。




 それからあっという間に三週間が経ち、いよいよアイリス様が公爵邸へといらっしゃいました。

 私はルイス様を応接室に案内し、中でお二人の紅茶を用意したりしますが、何故かアイリス様が怒っているように感じます。

(来る途中で何かあったのでしょうか)

 ニコニコと笑っているはずなのですが、何故か圧を感じてしまうのです。

 私はその後お二人のことを見守りますが、その途中でフィエラさんという女性の名前が出て来ます。

 しかし、ルイス様はこのお屋敷からほとんど出たことがないため、そのような女性の知り合いはいないはずです。

 ただ、これでアイリス様のご機嫌がよろしく無い理由も分かりました。
 どうやらそのフィエラさんという方とルイス様に何らかの関係があると思っているようです。

(どなたでしょうか。少し気になりますね)

 私がそんなことを考えていると、ルイス様は疲れたので部屋に戻ると言い自室へと向かわれるのでした。




 アイリス様は公爵邸に来てからというもの、公爵様や奥様のお手伝いを積極的に行なっておりました。

 そのためか、お二人ともアイリス様のことが気に入ったようで実の娘のように可愛がっていらっしゃいます。

(何だか、外堀を埋めているように見えます)

 そんなある日、ルイス様とアイリス様がお二人で街に出かけることになりました。

 最初は護衛も連れていくように言いましたが、ルイス様が「俺が一番強いからいらない」とおっしゃられて、結局お二人だけで出かけられました。




 日が沈み始めた頃、ルイス様とアイリス様がお屋敷へと帰って来ました。

 ルイス様はどこか疲れたような表情をしており、アイリス様は何故か負けられない戦いに挑むような表情をしておりました。

(一体何があったのでしょうか)

 二人の様子が気にはなりますが、ただのメイドである私が聞けるはずもなく、私はお二人の後へとついていくのでした。

 それからはとくに何事もなく時間が経ち、あっという間にアイリス様が帰る日になります。

 アイリス様はルイス様たちに挨拶を済ませると、馬車へと乗り込みご自身の領地へと帰っていくのでした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

転生少女は欲深い

白波ハクア
ファンタジー
 南條鏡は死んだ。母親には捨てられ、父親からは虐待を受け、誰の助けも受けられずに呆気なく死んだ。  ──欲しかった。幸せな家庭、元気な体、お金、食料、力、何もかもが欲しかった。  鏡は死ぬ直前にそれを望み、脳内に謎の声が響いた。 【異界渡りを開始します】  何の因果か二度目の人生を手に入れた鏡は、意外とすぐに順応してしまう。  次こそは己の幸せを掴むため、己のスキルを駆使して剣と魔法の異世界を放浪する。そんな少女の物語。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

悪役令嬢ですが最強ですよ??

鈴の音
ファンタジー
乙女ゲームでありながら戦闘ゲームでもあるこの世界の悪役令嬢である私、前世の記憶があります。 で??ヒロインを怖がるかって?ありえないw ここはゲームじゃないですからね!しかも、私ゲームと違って何故か魂がすごく特別らしく、全属性持ちの神と精霊の愛し子なのですよ。 だからなにかあっても死なないから怖くないのでしてよw 主人公最強系の話です。 苦手な方はバックで!

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...