上 下
2 / 216
死に戻り編

婚約者

しおりを挟む
 準備を終えた俺は、水のクッションに座ってふよふよと浮きながら移動していた。

「あの、ルイス様」

「なに?」

 そんな俺を見て、ミリアは戸惑いながらも声をかけて来た。

「あの。ちゃんと歩かれた方がよろしいかと」

「なんで?」

 まさか聞き返されると思っていなかったのか、しばし黙り込んだ後にミリアは口を開く。

「その、婚約者様との初顔合わせですし、しっかりした方がよろしいかと」

 その言葉を聞いて俺は納得した。

(そうか。初顔合わせってことになってるんだった)

 言われてその考えに至ったが、俺の気持ちは何一つ変わらず、貫徹してめんどくさいの一言に尽きる。

「別にどうでもいいよ」

 ミリアと喋るのも怠くなった俺は、これ以上話しかけるなという雰囲気を出して、婚約者に会いに行くのであった。





 応接室の前についた俺たちは、ミリアが扉をノックして入室の許可を取る。

「入れ」

 中から聞こえて来たのは俺の父親の声で、どうやらいつものように両家の家族が揃っているようだ。

 本来であれば、俺も朝から家の前に行き、父上と母上と一緒に出迎えなければならないのだが、体調が悪いといってゆっくりさせてもらったのだ。

「父上、母上。ただいま参りました」

「おぉ、ルイス。ようやく来た…か」

「ルイス。皆さんにご挨拶な…さ…い」

 父上と母上は、俺の方を見ると唖然として言葉を失ってしまった。
 それだけで無く、もう何度もあっている婚約者とそのご両親も俺のことを見て呆然としていた。

(まぁ、こんな状態で入ってくればそれはそうか)

 今の状況を理解はしているが、もう何度この家族に挨拶したのかと思うと、いい加減うんざりするといものである。

 しかし、いつまでもこうしていると話が進まなそうなので、水クッションを空いている席の方へと動かすと、そのままソファーに座り直して水クッションを消した。

「それで?婚約者殿がくると聞いたのですが?」

「…あ、あぁ。その通りだ。…いや、まて。このまま話を続けるのか?」

 さすがは父上というべきか、誰よりも早く立ち直り話を進めようとするが、俺の登場が衝撃的すぎたためか、このまま進めても良いものかと判断できかねているようだ。

「別に良いでしょう。今日は顔合わせ。それだけなのですから。過ぎたことは気にせず、早く進めてください」

「う、うむ。わかった」

 俺が態度を改める気がないと察したのか、父上は戸惑いながらも話を進めてくれた。

「早速だがルイス。まずは自己紹介を」

「わかりました。…お初にお目にかかります。ヴァレンタイン公爵家が嫡男。ルイス・ヴァレンタインです。以後、よろしくお願いいたします」

 俺は微笑みながら挨拶を終えてソファーに座ると、またしても部屋が沈黙に包まれる。

 おそらく、あんな登場をしたにも関わらず、ちゃんと挨拶をしたことにどう反応したら良いのか分からないのだろう。

 しかし、そこは相手も貴族だ。すぐに気を取り直して挨拶を返してくる。

「初めまして。ペステローズ侯爵家の当主、マイル・ペステローズだ」

「マイル・ペステローズの妻。シリス・ペステローズです。そして、この子が…」

「初めまして。ペステローズ侯爵家の次女、アイリス・ペステローズです」

 アイリスは挨拶をすると、俺の方を見てにっこりと微笑む。

 アイリス・ペステローズ。ペステローズ侯爵家の次女で、眩いほどに輝く金髪と空のように透き通った綺麗な碧眼。得意な魔法属性は水属性だった気がする。

 まだ幼いながらに整った顔立ちは、将来どれだけの美女になるのか想像もつかない。

(まぁ、俺は知ってるんだけど)

 そんな彼女の微笑みに、俺も適当に微笑み返してあとは視線を外す。

「それで父上。こちらのご令嬢が?」

「あぁ。お前の婚約者だ」

「承知しました。ではペステローズ嬢、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ルイス・ヴァレンタイン様」

 淡々と挨拶を済ませた俺たちは、その後は言葉を交わすことはなく、黙ってこの顔合わせが終わるのを見届けるのであった。

 ただ、何故かアイリスの方から視線を感じる気がしたが、俺にとってはどうでも良いことだったので反応することはなかった。




 顔合わせが終わったあと、大人たちは話があると言うので、俺とアイリスの二人は庭園でも散歩してくるように言われた。

 なので仕方なく庭園に来たわけだが、俺はとくに話したいことがなかったので、黙って花に彩られた庭園の中を歩いていた。

 我が公爵領は北にあるため、夏は涼しく冬は寒くて雪ばかりが降る。
 そのため、本来であれば庭園に花を咲かせることは難しいのだが、そこは庭師と花好きの母上の頑張りで、低い気温でも咲く花を揃えることができた。

 ただ、さすがに冬に花を咲かせるのは難しかったので、冬の間は温室に花が植えてあり、そちらで鑑賞することができる。

(俺からすれば、夏も温室でいい気がするけどね)

 花にさほど興味のない俺としては、頑張って庭園に花を植えるのではなく、温室だけにすれば良いのにと思ってしまう。

「あの、ヴァレンタイン様」

 そんな事を考えながら歩いていると、後ろを歩いていたアイリスから声をかけられた。
 このまま黙っててくれれば良いのにと思いながらも、仕方なしに笑顔を作って振り返る。

「どうかしましたか。ペステローズ嬢」

 何故話しかけてきたのかは知らないが、アイリスと話すのはめんどくさいので、早く要件を話してこの場を終わらせたいものだ。

「ヴァレンタイン様は、私との婚約がお嫌なのでしょうか」

 あまりにも直球な質問に、俺は久しぶりに少しだけ驚いた。
 これまで何度も人生を繰り返し、もちろん黙ったまま関わろうしなかった時もある。
 その時は向こうも黙ったままで、とくに会話らしい会話をすることはなかった。

 俺が何も言わない事を肯定と受け取ったのか、アイリスは少し寂しそうな顔をしながら苦笑していた。

「仕方のない話だと思います。私たちは今日、初めて会ったばかりですし、お互いのことを何も知りませんから」

 彼女が本音で話してくれたような気がしたので、仕方ないと思いながら俺も自分の気持ちを素直に伝える。

「正直な話、この婚約自体に俺は興味がありません。政略的なものですし、ペステローズ嬢のおっしゃる通りお互いのことをよく知らないので。
 それに俺たちはまだ子供なので、今後、別の誰かを好きになることもあるでしょう。なので俺としては、どちらでも良いというのが正直な気持ちなのです」

 貴族という立場を考えれば、普通は恋愛なんて二の次で、家の繁栄のために政略結婚など当たり前のことをなのだが…

(アイリスは学園に入学して主人公に出会うと、何らかのきっかけで必ず惚れるんだよね)

 それがただの気持ちだけで終わるならまだ良いのだが、主人公には強力な力と人に好かれる謎のカリスマ性があったため、どんどん出世していって、爵位を貰ったり、最後には奴が皇帝の座についた人生もあった。

 つまり、アイリスと主人公の間にある身分という壁はあってないようなもので、彼らの恋愛は必ず成就するのだ。

(そんな相手との婚約について真剣に考えるなんて、時間の無駄以外の何ものでもない)

 しかし、現段階のアイリスは主人公とは出会っていないため、政略結婚自体は受け入れている。

 だからどうせ結婚するのなら、少しでも良好な関係を築こうと思っているのだろう。

 自分の素直な気持ちを伝えた俺は、また彼女に背を向けると、一人で庭園の中を歩いていくのであった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

はぐれ聖女 ジルの冒険 ~その聖女、意外と純情派につき~

タツダノキイチ
ファンタジー
少し変わった聖女もの。 冒険者兼聖女の主人公ジルが冒険と出会いを通し、成長して行く物語。 聖魔法の素養がありつつも教会に属さず、幼いころからの夢であった冒険者として生きていくことを選んだ主人公、ジル。 しかし、教会から懇願され、時折聖女として各地の地脈の浄化という仕事も請け負うことに。 そこから教会に属さない聖女=「はぐれ聖女」兼冒険者としての日々が始まる。 最初はいやいやだったものの、ある日をきっかけに聖女としての責任を自覚するように。 冒険者や他の様々な人達との出会いを通して、自分の未熟さを自覚し、しかし、人生を前向きに生きて行こうとする若い女性の物語。 ちょっと「吞兵衛」な女子、主人公ジルが、冒険者として、はぐれ聖女として、そして人として成長していく過程をお楽しみいただければ幸いです。 カクヨム・小説家になろうにも掲載 先行掲載はカクヨム

処理中です...