故に私は恋をする

こもり

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綺麗な桜

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「大きな桜…」
「こっちね…」

辺り一帯は静寂に包まれているその中を一歩一歩、噛み締めるように進む。
花びらが祝福するように舞う。

「やっぱりあの時からなのね、私の役目は…」
「悲しい、寂しい、けど行くしかないわ」

覚悟を決め、拳を握りしめ、反抗的な足を動かす。

「最後にもう一度だけ、貴方に逢いたかったな…」

反抗的な足を引きずった先に貴方がいた。
私の最後の願いが神様に届いた、そんな気がした。

「蘭…行ってきます」

私は心配させまいと笑ってみせた。
けれど私の気持ちは届かなかった。

「ごめんね…蘭」

ああ、私だけの可愛い可愛い蘭、お願いだからそんな顔をしないで

「もう時間がないの…行ってくるわ」

そうよね…分からないのも無理は無い。
でもしょうがないの…。

ああ、泣かないで蘭…可愛い顔が台無しよ。

「理の外側よ…」
「あの桜の向こうがそうなの…」

これが最後になるなんて私も嫌…
けれどもう私達にはどうする事も出来ないの…。

ああ、私もつられて泣いちゃうじゃない…。

「もしかして…蘭、夢を見ているのね…」

嫌…嫌よ…蘭、行きたくない。

駄目…言ってはいけない。
ああ、駄目だってば。
これを言ってしまったら…また、繰り返してしまうわ…。

「今度は貴方が私を見つける番…」
「待ってるから…ずっと」

ああ、言ってしまった…。
こんな私に嫌気がする。

世と世を繋ぐ境界線を超えてしまった。
もう後戻りは出来ない。

まだ微かに愛しい人の姿が見える。
でもそれもすぐに消えてしまう…いや、私が消えるの方が正しい。


世界が止まってしまう前に…終わらせなきゃ…。
もう後悔なんてしたくないもの…。


──賑やかな喧騒に包まれ私は視線を向けられる。

「ほら…例の…」
「ああ、あの子ね…」
「恐ろしい…呪わてるのよきっと」
「くわばら、くわばら…」

私は視線を感じる方に踵を返す。
すると面白いくらいに、そそくさと何処かに行ってしまう。

「恐ろしいと思うのなら最初から近づかなければいいのに」
「それに、呪われてなんかいないわ」
「医学がこうも進んでいないと大変ね」

私は真っ白な手を見つめ、再び足を動かす。
道中、沢山の視線を感じながらも休むこと無く歩き続けた。
私の白い肌、白い髪をギラギラと照らしてくる陽を遮るように番傘を差す。

「ごめんください」
「はーい」
「きゃっ…!」

また驚かれた。
いい加減、苛立ってきた。

「な、何か用ですか…」
「こしあんとみたらしを10本ずつ」
「………」
「立っているだけでは用意出来ないでしょう?」
「あ、はい…ただいま」

団子屋の女が奥で誰かと話しているのが聞こえてきた。

「呪われてるのよ…」
「早く出ていって欲しいわ…」

またか…と思いながら外の景色を眺めていた。
すると後ろから袖を引っ張られる。
振り向くと私と同じ位の歳の子が立っていた。

「ねぇ、なんで貴方はそんなにお肌が綺麗なの?」

驚いた。
ここへ来てから自ら声を掛けてくる人はいなかったから本当に驚いた。

「貴方…私が怖くないの…?」
「どうして?こんなにも綺麗なのに?」

ここへ来てから初めて言われたわ…。
彼女から何か私に通づる物を感じる。

「綺麗…そう、ありがとう」

今思えばこれが最初の出逢いだったかしら。

「こら…あんまり近づくんじゃないよ…」
「どうして?」
「きっと呪われてるのよ…」
「さっさと離れなさい」

私と彼女の仲を引き剥がす様に団子屋の女が連れて行こうとした。

「じゃあまたね」

彼女は振り向き、小さな声で言ったのが聞こえた。
私はその仕草に思わず笑みが零れてしまった。

「こっちがこしあん、みたらしです…どうぞ…」
「どうもありがとう」
「ひぃっ…」

手が触れただけでこの反応ときた。
本当に腹が立つ。
私は団子を受け取り、お金を渡すと団子屋を後にした。

帰路につく途中も冷ややかな目で見られているのが分かった。
もうこんな所出て行ってやろうかとも思ったけど、私には役目があり、その気持ちをぐっと堪えた。

それに、気になる子もいたし…。

志田連しだれさーん、帰ったわよ」

返事は無かった。
薄暗い玄関の先には人の気配は感じなかった。

「出掛けてるのかしら…」
「珍しいわね、普段は家に篭っていると言うのに」

薄暗い廊下を歩いて行くと何かを唱えている声が聞こえてきた。

「志田連さん、居るのなら返事して」
「おお、すまんすまん」
「買ってきたわよ」
「おお、ありがとう」

すぐに箱から団子を取り出し急ぐように食べていた。
明日から食事は摂れなくなるから仕方がないのかも。

「それにしても志田連さん…本当にするのかしら…」
「なーに言っとる、当たり前だ」
「嫌よ…私、まだやり残した事は沢山あるのに…」
「それも運命、神様の気まぐれだ」
「恨むんなら神様を恨んでくれ」

仕方がないと受け入れるのなら、それまでだけれど…
何だか納得がいかない、割に合わない、意義を感じられないそんな気がした。

外に出るとうんざりな程に太陽が私を照りつける。
私の肌は陽に弱く、痛くなる。
私は最後という事で辺りを散歩する事にした。
今日が最後だから…。

番傘を差し、門を出て少し歩いた後に先程の団子屋の子が私の前を歩いていた。
声を掛けようか迷っていると彼女が角を曲がって行ってしまった。
私は何とも言えない気持ちに襲われ、そのまま数分間立ち尽くしてしまった。

しばらくして引き返そうとした瞬間、誰かに袖を引かれた。
振り向くと眩しいくらいの笑顔で彼女は立っていた。

「えへへ、またあったね」

私はその笑顔が私に向けられていると理解するのに凄く時間が掛かった気がした。
そのくらい私は人と関わりが無かった。

「また怒られるわよ」
「大丈夫だよ、へーき」
「そう…」

そのまま沈黙が続いてしまった。
何を話していいか分からない、私は自己嫌悪に陥った。

「ねぇ、貴方に教えてあげる」
「…何を?」
「私だけの秘密の場所だよ」
「着いて来て」

そう言った彼女は私の手を取り、駆け足で行く。
言われるがままに走って行く。

「少し早いわ…」
「あ、ごめんね」

気づけばどこかの橋の上に二人で立っていた。
川のせせらぎが聴こえる。
橋の先に祠が見えた。
その祠は昔からそこで何かを、誰かを見守っているかの様に感じた。

「あの先が秘密の場所なの」
「誰にも話しちゃ駄目だよ?」
「…ええ、分かったわ」

二人で並んで歩き、祠の先を目指した。
ここでも私は何を話せばいいか分からず戸惑っていた。
そんな自分が情けなく感じた。

その先には長い斜面が続く丘だった。

「これを登るのかしら…」
「そうだよ?」

体力に自信が無かった私には無理にも程がある長さだった。

「大変そうね…」
「大丈夫だよ」
「ここを登ってる時ね、私いつも疲れないんだ」
「神様が手助けしてくれてるのかも」

彼女は優しく私に笑いかけてくれた。
少しづつ理解してきた。
この子がどんな子か、この子の笑顔にどんな意味が込められているのか…。

しばらくしてから彼女が言っていた事が分かった。
登っていても本当に疲れないのだ。
理由は分からないけれど、何故か疲れなかった。

体力に自信が無かった私でさえも長い斜面を登る事が出来たのだ。

少しだけ先の景色が見える。
あれが何なのか全体を見るまでは分からなかった。

「やっと着いた…」
「頑張ったね、偉いよ」

彼女は私の頭に手を置き、撫でてくれた。
その温かさは今まで感じた事が無かったものだった。

「見える?あそこ」

彼女が指さした方向を見ると私は言葉が出ずにいた。
その圧倒的な光景に気圧されていた。

「綺麗だよね」

彼女は目を輝かせながら言った。

「…凄く、凄く綺麗…」
「ここが私の秘密の場所なんだ」
「…素敵な場所ね」

私達が見る先には、雄大で、凛としていて、壮麗で、美しい桜が佇んでいた。

「行きましょう、あそこまで」

次は私が彼女の手を取る番。
二人で草を踏み、進む音が聴こえる。
風が吹き二人の長く、白い髪と黒く、短い髪が靡く。

「風、強いね」
「そうね…」

陽が沈みかけている。
雲ひとつ無い晴天の空の下
それは私達だけの物
私達だけが目にしている光景

美しい桜のそばまで来た私達は互いの顔を見つめ合った。
近くで見る彼女の目はより一層、輝いて見えた。

「貴方…綺麗な目をしているのね…」
「ほんとう…?ふふっ、ありがとう」

彼女は目を細め、あどけなく笑う。

「穢れを知らない目…」
「大切にしていてね」

私は彼女の頬をゆっくりと撫でる。
ゆっくりと撫でていくと彼女の顔が赤らんでいくのが分かった。

「えへへ…ちょっと恥ずかしいな」
「ふふっ、素敵よその顔…」

赤らめた顔をまた見せて欲しい。
私はいつの間にか彼女の虜になってしまった。
偶然と言えばそれまでだけれど、出会ったばかりなのに…。
彼女の事は何も知らないのに…。
本当、何故だか分からない。

青く澄んだ空は私の心を晴れやかにする様だった。

私は貴方になら話してもいいと思えた。
誰にも話しては駄目だと、強く言われていても私は良いと思えた。
そのくらい私は貴方に、強く惹かれ、焦がれ、虜になっていた。

「ねぇ、聞いてくれるかしら…」
「…ん?どうしたの?」

貴方は顔を傾き、優しく聞いてくれる。


「私、私は…」


まだ空は青々と澄んでいる。
この気持ちはもう抑えられない。
それはもう仕方がない。
だったらせめて、少しだけ私は我儘を言う。
言っては駄目だとしても、そんな物はどうだって良い。


ふと、目を覚ます。
私は分かっていながらも何処かに居る気がして、辺りを見渡した。

「なんで…今、思い出したのかしら…」

頬に冷たいものが伝う。

「駄目よ…弱気になっては…」
「これじゃ…世界を、貴方を助けられない…」

私は喝を入れる様に頬を叩き、震える両膝を押さえながら立ち上がる。

空はまだ青く染まっている。
振り返った先には何も無い。
真っ白な空間がただ、ひたすらに続いているだけ。
まるで映画のワンシーンを切り取ったかの様な景色だった。

前を向き、先の景色を目指す。
この果てに何があるのか、何が起こるのかはもう分かっている。

私が神様として、美しい桜に全てを捧げる柱となる。
貴方には最期まで見守って貰いたかったけど…もういいの…。

捧げたら流転の枠から私は外れてしまう。
生まれ変わっても貴方に逢えたらどんなに良い事か…。
本当にまた出逢えたのは奇跡だった。

あの時の言葉、重ねた二人の時間を思い出して寂しくなる。
貴方の姿を思い浮かべてしまう。

「もういっその事居なくなってよ…」
「…貴方のせいで、寂しくなるじゃない…!」

心の底から湧き出る寂しさのせいで泣いてしまう。
瞼に涙が溢れ、こぼれ落ちる。

涙がこぼれ落ちた地面に彼岸花が咲く。

「…ほら、もう私は神様なの…」
「もう貴方とは違うのに…」
「どうしてこんなにも悲しくなってしまうの…」

泣き叫んでも誰にも聴こえないのに、私は声を殺して静かに泣く。

「本当に私は…弱い…」
「貴方が居なくなっただけで…何も出来なくなる…」
「本当に…駄目ね…」

世界にとって彼岸の花の名を冠する私の役割は、とても大事なもの。
神様の気まぐれだったとしても、今は私が神様。

「今度こそ…行ってくるわ…」

私はもう一度振り返り、何も無い真っ白な空間を見つめる。
そして前を向き、先の景色を目指す。


──またね…蘭、愛してるわ…。


「どこだろう、ここ」
「向こう側に来れたのかな…」

私は辺りを見渡し、前に広がっている草原を目にした。

「真っ白…沙耶華みたい…」

私は異様な空間に少し戸惑っていた。
白と草原の境界線まで来た。
ふと、足元に彼岸花が咲いているのに気づいた。

「この花…祠の所にも咲いてた…」
「……もしかして…!」

彼岸花は道を記すように続いていた。
随分と先まで咲いている。

気づけば私は走っていた。
咲き続けている彼岸花を追い、走っていた。

「はぁ…はぁ…」

無我夢中で走っている。
呼吸は乱れ、涙を流しながら無我夢中で…。

──沙耶華に逢える…

──この花を追えば絶対に…

でもいつまで経っても終わりが見えなかった。

「沙耶華…!沙耶華…!」
「居るんでしょ…!」
「返事してよ…!」
「沙耶華…!」

声を荒らげ愛しい人の名前を心の底から叫ぶ。
息を切らしながら叫ぶ。
絶対に私の想いは届くはず…。
そう感じながら、ただひたすらに叫んでいた。

貴方が居れば私は迷う事なんて無い。
私は貴方と明日をこれからを過ごしたい。


「沙耶華…!沙耶華…!」


どこか遠くから何か聞こえる。
何か叫んでいる気がする。

「………!」

「……華!」

「沙耶華!」

私の名前を叫ぶ声だ。
私は確信した、蘭がどこかに居ると。
息が詰まり、私は再び涙を流した。

──蘭が…蘭が、逢いに来てくれた…!

気がつけば私は来た道を引き返していた。
無我夢中で脚を動かし、呼吸を乱しながら走っている。
こんな秘密を抱えた私をまた、受け入れてくれるか分からないけどきっと蘭なら大丈夫だよ、と言ってくれる。
そんな気がしていた。

私が咲かせた彼岸花を辿り走っていた。
もう一度、蘭に見つけて欲しい。

「………!」

「………!」

「どこにいるの……!」

「どこにいるの…蘭!」

遠くから声が聞こえる。
私には分かる、沙耶華の声だ。
もう一度、最愛の貴方に逢える。
私は嬉しさと、悲しさが入り交じった感情を抑えながら必死に走り続ける。

決して変わる事の無かった空が、緋く、朱色に染まり始めた。
まるで私達が、再び出逢うのを邪魔するかの様だった。


遠くに人影が見える。


「沙耶華…!沙耶華でしょ…!」

「蘭…貴方なの…!」

人影が段々と近づいてくる。

「沙耶華、貴方に逢いたかった!」

「…私も逢いたかったわ!」

とうとう人影同士が混ざり合った。
風が吹き、草木が揺れ動き、二人の髪を靡かせる。

私と沙耶華は額と額を合わせ、手を握り合い、互いにいまだかつてない笑顔で涙を流しながら名前を呼び合った。

「沙耶華…約束通り、見つけたよ…」

私は笑顔で沙耶華に伝える。

「見つけてくれてありがとう…蘭」
「もうこの手を離したくない…」
「私もだよ沙耶華」
「愛してる…愛してるわ…」
「こうしてずっと触れていたかった…」

きっと私たちの出逢いはこうして結ばれる様に出来ていたんだ。
笑顔で過ごす日々が当たり前になるようにこれから二人で作っていく。
私達は形のない不確かな物で固く結ばれている。

「でも、蘭…駄目なの」
「私はやらなくちゃいけない事があるの」
「だから…もう少し、待っていてくれる…?」
「嫌だよ、待てない」
「お願いよ蘭…」
「今行かなくちゃ、世界が止まってしまう…」

空が目まぐるしく変化し続ける。
晴天になり、朱色に染まり、闇に包まれ星々が輝く。
何度も繰り返されていた。
まるで壊れてしまうと予兆するかの様だった。

「…そんな顔をしないで」

きっと私は今、酷い表情になっていると思う。
最愛の人が消えてしまうのが嫌で仕方ない。
考えるだけで涙が止まらなくなってしまう。

「役割なんかどうだっていいよ…」
「世界が止まったって、私は…沙耶華が居ないと意味が無い…」
「蘭…」

私はどうすればいいの…
世界が止まればきっと私達は一生崩れたままになってしまう。
でも今、蘭の願いを無下にすれば…私は罪悪感に包まれ何も出来なくってしまう。

肝心なところで決心ができない。
本当に私は駄目ね…。

突然、地面が轟音と共に激しく揺れ動いた。
立っていられなくなる程、強く揺ている。
地面は割れ、木々は倒れ、空が割れる。

「沙耶華!大丈夫!?」
「大丈夫よ…蘭、落ち着い…」

最愛の人を目にし、声が出なくなってしまった。

「ら、蘭…貴方、腕が…」
「あれ、おかしいな…動かない…」

私はすぐに自分が止まり始めていると分かった。
腕が石のように重く動かせない。

「あ…止まっちゃった…」
「あはは…ごめんね、沙耶華…」
「駄目みたい…」
「我儘ばっかりでごめんね沙耶華…」

私は沙耶華を心配させまいと精一杯、笑ってみせた。
徐々に止まっていく体を目の当たりにしながらも…。

腕が重い…
脚が重い…
体が重い…

「ごめんね…ごめんね蘭…」
「私がしっかりしてれば…」

私が我儘言ったばかりに、大好きな人をこんな顔にさせてしまった。

「私より先に蘭が居なくなるなんて嫌」
「行ってくるわ…蘭」

私は止まってしまった最愛の貴方にそっとキスをした。
一度も感じた事が無かった、悲しいキスだった。


「始まりおったか…」
「そうみたいですね」
「ほら、貴方もこっちへ来てください」
「もうどうしようも無いんだろう?」
「じゃあ私はこの桜を眺めてるよ」
「あの子達は頑張っているんだ」
「大人が目を背ける訳にはいかない」


少女が我儘を言わなければ世界が止まる事なんて無かった。
早々に身を捧げていれば、こうなる事は無かった。
これも運命、流転の内なのだろうか。

「志田連、わしらまちごうたな」
「やっぱりあの子には辛いことでしたね」
「そうじゃな」
「受け入れましょう」
「来世で償います」

「葵井ちゃん…よく頑張ったよ…」
「もう戻っておいで…」

世界は時が無くなり、あらゆる生物、草木、流れが無くなってしまった。
ただの日常を過ごしていた人々は突然として止まり始めていく。
何が起こったかも分からずに止まっていく。

私は身を捧げるため走る。
貴方を幸せにするために走る。

もう弱音なんて言ってられない。
私一人で収まるなら安いもの。
私の最後の願いは叶った。
貴方と話せた、触れ合えた。
もう充分よ…。
もう充分に私は幸せになれた。
貴方のおかげ…。

私は曼珠沙華

私は木花咲耶姫として全部を鎮める。

「ああ、神様…怒らないでください」
「私の身を今、捧げます…」
「だから…どうか、どうか、神様…」
「私の最愛の人を…助けてください…」

ここは廻りの場所。
ここで身を捧げる。

私は飛び込んだ。
暗くも明るくも無い、何も無い何処かへと。
滑空するように、迷い込むように、生まれ落ちたように。
終わりは見えない。
ずっと落ち続けている感覚だけが体に伝わる。

私の頭は貴方で埋め尽くされている。


「ばいばい…蘭…」

「愛してるわ…」


少女は泡のように徐々に、徐々に、消えて無くなる。

なんとも儚く、耐え難い事実だろうか。

そして関わった全ての人間は少女の記憶を失っていく。

そうして全ては流転の内に戻っていく。


──目まぐるしく変わり続けていた空は静寂に戻っていた。

木々が絶え間なくざわめき、小さな音が鬱陶しいくらいに聴こえる。
世界は色が戻り、何事も無かったかのように人々は動き出す。

暖かい陽に包まれながら瞼を開く。
夢から醒めた私は、辺りを見渡す。

「綺麗な桜…」

私は美しい桜の下で眠っていた。
そして、手には一輪の曼珠沙華が握られていた。

「なんだろうこの花…」

紅く美しい曼珠沙華をじっと見つめ考えを巡らせる。

「月下さんが何かしたのかな」

私は美しい桜を見つめ、少し涙を流す。
ほんの数滴の涙を流した。

「あれ、なんで泣いてるの…私」
「ふふっ…おかしいな」

遠くから声がした。

「おーい、葵井ちゃん」
「そろそろ出発するよー」

月下さんの声だ。
人影が近づていくるのが見える。

「今、行きまーす」

私は声を上げ、涙を拭った。
少し目元が赤くなってるかも。
風が吹き桜の花びらが舞い始めた。

まるで私を追い出すように桜が揺れ動く。

「葵井ちゃん、その花は?」
「え、月下さんが何かしたんじゃ?」
「私?私はさっきまで志田連さん達と話してたけど」
「…じゃあ気のせいでした」
「そうか、じゃあ行くよ」
「はーい」

私は振り返り美しい桜を見つめる。
頭の中にぽっかりと大きい穴が空いている様だった。
でもそれが何なのかは分からない。

「ほら、行くよ葵井ちゃん」
「…はーい」

私は何か大事な夢を見ていた気がする
なんだろうこの感覚
よくわかんないや…

誰かが遠くに消えていって私が泣いて…
まぁいっか

じゃあね綺麗な桜





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