見上げれば月

夕空余情

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音の鳴らない鍵盤

見上げれば月

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翌朝、目覚まし時計のかわりをしてくれたのは、木漏れ日だった。昨日泣いたから、だいぶ気持ちも落ち着いてきていた。捻った足はまだ痛かったが、いくらかよくなっていた。とにかく、人のいるところを探さないと。鳥のフルートのような鳴き声、川で水が流れる音が聞こえる。ここにも音楽があると感じた。足を引きずりながらしばらく歩いていくと、一軒の家が見えてきた。家の外装には、薔薇なにかのつるがからんでいる。もしかしたら、ここがどこなのか教えてもらえるかもしれない…。入口へと続く、木製の階段を一段ずつ登っていく。誰が住んでいるだろう?あるいは誰も住んでいないかもしれない…。心臓がドキドキとなるのと、階段を登る足音が重なる思いだった。私はドアの前に立ち、ベルを探したが見当たらなかった。私はノックをして、「おはようございます。朝早くからすみません。どなたかいらっしゃいませんか?」と尋ねた。しばらくしてからも返事はない。その時、風が吹いてカチャっとドアが少し開いたので、隙間から、そっと中を覗いてみた。はあはあと苦しそうな声が聞こえてきた。床に倒れ込んでいたのは、金髪の少年だった。「だっ、大丈夫ですか!」私はドアを開けて思わず彼に駆け寄った。「えっ、なになになに!!!君どっから入って来た?」そう言って少年は後ずさりし、壁に背をつけた。意外と元気そうだなと思いながらも、「勝手に入って来てごめんなさい。でも、大丈夫ですか?それにドア開いてたし…。」「あぁ、僕は至って元気だよ。ちょうど今、新曲が出来上がって、読み返せば読み返すほど、自分の才能を再認識させられて、逆に苦しくなっちゃってさぁ~!」呆れた。「でっ、何の用?」そう彼が言った時、入口の方から足音が聞こえてきた。「スラー!おまえさんは、後から来るって言って一度も来た試しがないじゃないか…てっえ~!!!だっ、誰だそのお嬢さんは!?」そう言ったのは、中年の男性、「まさか…スラー、そのおっおっ、お嬢さんとどういう関係なの?」今度は中年の女性が言った。「あ~!うるっさいな!!!だから、今それを聞こうとしてんだよ!」3人の眼差しが私に降りそそがれた。「わっ私は響天歌です…。」グー。お腹が鳴った。3人は途端に声を立てて笑いだした。「まあいい、貴女も朝食を一緒に食べよう。話は後だ。母さんよろしく頼むよ。」その男性は優しくほほえんでくれた。そして、少年がテーブルまで誘導し、サッと椅子を引いてくれた。「ひびきてんかですぐー。よろしくね!」彼はニヤニヤしながら私をからかった。「もう!」私は小さな子供みたいに頬を膨らませ、そっぽを向いた。「ごめん、ごめん。僕はスラー・トリル・スタッカート。スラーって呼んで!」(音楽記号を羅列したような名前だなぁ。)「出来たわよ~!」テーブルには新鮮な野菜のサラダ、温かいコーンのスープ、ツヤツヤとしたロールパン、ハム、マーガリンやジャム、砂糖、ミルクがのったラック、コーヒーなどが並べられた。「お口に合うかわかりませんけど、どうぞ召し上がってください。」女性は年を重ねているとはいえ、その美しい顔に、たんぽぽの綿毛のような、ふわふわした笑顔を浮かべた。「ありがとうございます。いただきます!」どれも愛情のこもった料理でとても美味しかった。そうえば、家族との朝はいつもいつも不愉快だった。朝起きたら、長机を家族全員で取り囲む。朝食ができるまで、音楽隊がクラシックを生演奏する。これが3パターンくらいしかなく、同じような曲ばっかりで飽き飽きしていた。しばらくするとかっぷくのいい、シェフが料理を次々に運んでくる。温かい魚にあんこをかけたものや、キャビアをバニラアイスに混ぜたものなど、いずれも奇妙な代物ばかりだ。それをニコニコしながら運んでくるから、気味が悪い。両親に洗脳されてるのかと思う。これは冗談だが…。正直に言おう。まずい。しかし、両親には大好評だ。依然父が「最高の味だ!」とシェフの腕前を褒めた時、シェフは「ありがとうございます。」と深々とお辞儀をし、その長すぎるコック帽を父のスープの中に直入させた。短気な父はかんかんに怒り狂って、フォーク、スプーン、コップなどを怒鳴り散らしながら投げつけた。「貴方、おやめになって!」母が止める。その様子を兄と姉はクスクス笑いながら、小さな声で耳うちしあっている。私はただ「フードロス」とだけ思い、あまりこの事態に感想をもたないようにしていた。「こちらは僕の父と母。」我に返ったのはこのスラーの声がきっかけだった。「ご親切にしていだきありがとうございました。」「ところで、天花さん、どうして貴女がここにいたのか説明してもらうとしましょうかね。」スラーの父が言った。私は信じてもらえないことを覚悟したうえで、一部始終を語った。不安で話しながら、3人の目をちらちらと見た。しかし、この良き人々は真剣な顔つきで私の話を最後まで聞いてくれた。「ふぅ~ん。」スラーの父が関心したような、ため息のような声を漏らす。母のほうは「それはさぞかし辛かったでしょうね。でも、もう大丈夫よ。これからは貴女さえよければ、ここが貴女の帰る場所ですよ。ねぇ、父さん?」「そのとおりだ。私たちはできるだけ力になるつもりだよ。」私は胸が熱くなった。じんわりと目頭が熱くなってポロポロと涙がこぼれた。「天歌はオーバーだな~!これからは僕がいるよ。」スラーの瞳は青くどこまでも澄みわたり優しく天歌の瞳をとらえていた。「おまえがいえることかい?スラー、一番オーバーなのは君じゃないか~!」父がこういうとまた、どっと笑いの渦が起こった。「じゃあ、ひとまず僕の部屋においでよ!」スラーは私の手を引いて、食卓を後にした。スラーの部屋は二階にあった。壁には一面に楽譜が張り巡らされ、ベートーヴェンやシューベルト、モーツァルトなど有名な作曲家の分厚い本が何冊もあった。そして、部屋の一番奥には、少しばかり古びたグランドピアノが置いてあった。「スラーはピアノを弾くの?」「あぁ、あれのことか。家は貧乏だから、よそから譲ってもらったんだ。」そう言ってスラーはピアノの鍵を開け、椅子に座り、ショパンの「雨垂れ」を弾き始めた。「このピアノ、高い音が3鍵と低い音が5鍵鳴らないんだよね~!」「へぇ~。それはとっても残念ね。」「そうかな?僕たち人間もこのピアノのようにみんなそれぞれ欠けているところがある。でも、僕はこの鳴らない8鍵を残りの80鍵でカバーいや、いくつの音があるよりも、より豊かな演奏をしたいんだ。人間だって音楽と同じだと思うよ。自分の欠点ばっかり見たってつまらない。強みを引き出して生きればいいんだってね。」(強みを引き出す…。)「ねぇ、スラー、何でも一番じゃなくていいと思う?」「僕はそう思うよ。」スラーの顔は美しい朝日に照らされていた。それから二人で昼食まで、音楽について夢中で喋った。その後も時間を忘れて喋った。そのうちに私の音楽に対する恨みは薄れていった。夜も更けてお風呂に入った後
、ベランダに出た。月は昨日より一層美しく、星は夜空に散りばめられていた。そのうちに星がキラッと流れだした。流星群だ。あまりの美しさに私は息を飲んだ。涼しい風がサァーっと吹いてカーテンをふんわりと膨らませた。私は急に歌いたくなってきた。あんなに歌うことを嫌ってきたのに…。なんだか胸がワクワクする。私は気づくと「星に願いを」を歌っていた。小さな声で歌っていたはずなのに、興奮でどうやら少し声が大きくなっていたらしい…。後ろを振り返ると、お盆を取り落とした、スラーが立っていた。「やっと見つけた…僕のミューズ!!!」スラーの目はあの流星群と同じくらい輝いていた。
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