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夜空のブランコ

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俺はエレベーターを出て、自宅の602号室まで通路をぼんやりしながら歩いていた。玄関に入った時、いつもは帰りが遅い父さんがリビングの椅子でうなだれて座っているのが目に入ったので、不思議に思った。父さんは俺に気がつくと先に声をかけてきた。「あぁ、星奈お帰り。今からちょっと大事な話があるんだ。今日の夕飯はファミレスでどうだ?」「別にいいけど…母さんは?」父さんはその質問には答えずに、ズボンのポケットにジャラジャラ音を立てながら車のキーを入れた。なんかあったんだなと思ったけど、とても聞けそうもなかった。車内はしんとしている。バッグミラーに映った父さんの額には眉間にシワが寄っていた。車の窓からはピンクの夕焼け空にふわふわとした白い雲が浮かんでいる。空気が悪いので、車の窓を開けてみた。さあっと風が吹き込んで、頬を優しく撫でてゆく。どこかの家から夕飯のいいにおいがしてくる。 
 父さんは「2名です。」というと、禁煙の一番奥の席に俺を連れて行った。「なんでも好きなもの頼んでいいぞ。」やけに明るく父さんが言う。でも、父さんは真面目で嘘のつけないタイプだからすぐにホントの気持ちが顔に出る。料理が運ばれてきてしばらくは父さんはもくもくと食べていた。俺は父さんが話出してくれるのをいまかいまかと待っていたけれど、父さんがステーキを半分くらい食べ終えてにんじんのグラッセに手をつけようとした時俺はしびれを切らした。「ねぇ、父さん…話って何?」父さんは一瞬固まったが、ゆっくり息を吸って「父さんと母さんなぁ、離婚するかもしれないんだ…」え?突然告げられた事実を飲み込むのには少し時間を要した。「ごめんな、星奈。ホントにごめん。まだ本決まりじゃないから星奈の意見も聞きたい。」「えっ、ちょっと待ってよ。父さんと母さんが喧嘩してるとこなんて滅多に見たことないし、なんで?」「母さん最近前にもまして綺麗になったと思わないか?」「あ…確かに化粧品とか沢山買ってた気がする。もしかして…」「そのもしかしてなんだよ。母さんがパートに行ってる会社のチーフの柳とか言う人とだよ…参っちゃったなぁ、二人が腕組んで歩いてるの見ちゃうなんてさぁ。気づかない俺にも呆れたよ…」そこまで一気にしゃべった父さんはすすり泣き始めた。「ごめんな、ごめんなぁみっともない父さんで…これから星奈に一杯迷惑かけるかもしれない…」俺は父さんが泣くところなんてあんまり見ないから少し驚いた。「大丈夫だよ俺のことは。それより父さんそうとうショックだったよね?父さんには俺がついて行くから大丈夫だよ。」「あぁ、ありがとう。お前は本当に優しい息子だ。」父さんの大きくてゴツゴツした手に俺のまだまだ父さんにはかなわないサイズの手が包まれた。 
 次の日曜日は家族会議だった。母さんはますます厚化粧になってキャリーケースをごろごろいわせなが帰って来た。もはや俺の知る母親では無かった。恋はこんなにも人を変えてしまうものだろうか?そう思うと恐ろしい。俺はやや自己中なこの母とは反抗期依頼、諍いを繰り返していた。クラス会の会費くらい自分で出せと言うくせに、毎月のようにブランドの香水とかバッグとか買うところも嫌だったんだ。俺は今まで働き者で家族に尽くす父さんを尊敬していたから、そんな父の選らんだ女性だから母の態度に我慢してこれたのだ。家を後にする母に「いままでありがとう。さよなら。」とだけ言った。母は目に涙を溜めて微かにさよならと答えた。   
 6時頃俺は一人で近所の公園に行った。子供のころブランコを父さんが押してくれて、はしゃぎ過ぎてこけて擦りむいた足に絆創膏を貼ってくれた母さんとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。俺はブランコに乗って、一番星が光り始めた静かな夜空を見つめた。ブランコはキーキと錆びた音を立てる。不意に感極まり、一筋の涙が頬をつたった。どんな母親であっても失った悲しみは大きい。ドンドン涙が出てきて止まらない。その時、一人のおじいさんが近づいて来た。涙がで視界が霞んでどんな顔かはハッキリとわからない。「あれ?星奈くんじゃないか!」春子のおじいさんだった。この人は来てほしくない時に現れるもんだな。俺は涙を手で拭きながら「ごんばんわ、ヒック」と言った。「こんばんわ。隣いいかい?」亀吉じいさんは隣のブランコに座ってキーキー漕ぎ出した。何も言わない。「何で何も聞かないんですが?俺ないでるのに…ヒクッ」この際プライドなんてめちゃくちゃである。「そういうってことは聞いてほしいってことじゃろ?さあ話してごらん。」俺は全部話した。余計なことに父さんのお給料だけでは、生活が厳しいことも…。おじいさんは相づちも打たずにじっと俺の話に耳を傾けた。「なぁ、星奈くんわしと結婚してみないか?」俺はトンチンカンなことを言われ黙りこんだ。こんな60過ぎのおじいにプロポーズされるなんて。「いや、俺はまだ17ですし、それに俺には春子が…」「なぁに、本当に結婚するわけじゃない!バイトじゃよ、バイト。実はわしの妻が1年ほど前に亡くなってのう。それでわしの世話は娘がしてくれてたんじゃが、ついにその娘も今月結婚して家を出てしまう…わしは家事なんてまっ~たきできん!!そこで、家事が得意な星奈くんに家事代行サービスをお願いしたいんじゃ。1回6000円でどうじゃ?すぐに返事をくれとは言わん。」俺はこの人の温かい提案に心から感謝した。春子のおじいさんはお金持ちだから、プロに頼むこともたやすいだろう。それをこんなに未熟な高校生にやらせてくれるなんて…。「ありがとうございます。なんとお礼をいったらいいのか…」 
「いいんだ。春子を大事にしてくれさえすれば」 
 俺は深々と頭を下げた。じいさんと別れる前俺は立ち止まった。「あっ、大泣きしてたこと春子に言わないでくださいね…みっともない男だと思われてしまう…」「あぁ、言わないとも。でも男だってなかないとな。辛いことがあるのは男も女も平等だから…自分らしくが一番じゃ…そう、星奈はあの空の星みたいに光り輝く人になればいい」じいさんは空を指さして楽しそうに言った。じいさんに挨拶をして俺は家に帰った。あの空の星のように…心の中で繰り返す。俺は深呼吸してまだ手をつけてない化学のプリントを始めた。
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