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馬車の中、私は兄にお礼を言った。
「お兄様、ありがとうございました。私を助けるために、わざわざ陛下を呼んできてくださったんですよね……?」
「お前と殿下の不仲については、お前から聞かされていたからな。しかしうかつに殿下を非難すれば不敬に問われてしまうから、現場を押さえるより他なかった」
「お兄様……」
胸が熱くなってくる。
この人は、ずっと私の味方だったのだ。
アイラに落とされたのだと思い込んでいた自分が、情けない。
それにしても……と、兄は意地悪っぽい笑みを私に向けた。
「お前はうかつだね。いくら葬儀の花を贈られたからとはいえ、感情に任せて踏みにじるとは。悪意ある贈り物をされたのならば、きちんと証拠を保存しておくべきだった」
「は、はい。……反省してます」
本当はお葬式用の花だなんて、全然気づかなかったけど……。
いずれにせよ、何も考えず捨ててしまったのは失態だった。
「私が花束のことで揉めてたなんて、いつの間に知ったんですか? 花の種類も、よく調べましたね」
「学園に出向いて、ドノバン嬢に直接聞いた」
「え?」
「王太子がドノバン嬢に熱を上げていると聞き、実情を探りたいと思った。だが学内の情報は外からではなかなか得られないから、仕事の都合ということにして学園に出向くことにしたんだ――1か月ほど前のことだよ」
1か月前。学園の裏庭で、兄がアイラに壁ドンしてたときのことかもしれない。
「ドノバン嬢は私を見かけるなり、目をぎらつかせて私に擦り寄ってきた。……気色の悪い痴女だ。初対面でいきなり呼び捨てにされたのも不快だったし、なぜあんな女をユードリヒ元殿下が愛したのか理解できない」
アイラはお兄様を見て、『え、まさかのミラルドルート!?』と叫んでいたらしい。
「ドノバン嬢は『ミレーユに虐められている』『プレゼントした花を捨てられた』などと、私に訴えてきた。だから私は言ったんだ――『妹の非礼を詫びるため、私は君に花を贈らせてほしい。私は花屋には詳しくないから、君の行きつけがあるなら教えてくれないか』。そしてドノバン嬢が教えてくれた花屋を調査してみたら、ドノバン嬢がお前に死別花を贈った事実が明らかになった」
「ご迷惑をお掛けしました。私、お兄様を疑っていて……本当にごめんなさい」
「なんだ、私は疑われていたのか」
苦笑しながら、兄は私の頭を撫でてきた。
その手がとても温かくて、子供の頃に戻ったみたいで嬉しかった。
「私、もう絶対にお兄様のこと疑いません。だって、たった一人の家族ですから。……子供の頃みたいに、また仲良し兄妹に戻りたいです」
なぜか兄は、すごく嫌そうに眉をしかめている。
「兄妹か」
……え。なんでそこ、快諾してくれないんですか。
「まぁ、いいよ。兄妹で構わない。――今後ともよろしく」
「はい?」
兄はそれ以上何も言わず、深い息を吐いて背もたれに身を沈めていた。
***
その後。
ユードリヒは正式に王太子位を剥奪され、平民階級に落とされて王都外追放となった。
二度と王都に入ることを許されず、今後は身ひとつで生きなければならない。
自信家の割に全然周りが見えてなくて、生活力がなさそうだから身ひとつで何日生きられるか疑問だ。
……あぁ、そういえば身ひとつという訳ではなかったわ。
ドノバン男爵家から勘当されたアイラも、平民に逆戻りしたうえで王都外追放となっていたから。
お二人で協力し合って、頑張ってみてはいかがでしょうかね。
卒業パーティで『ミレーユ側妃発言』が飛び出た瞬間、アイラとユードリヒの間には修復不能な亀裂が生じたように見えたけど。
どうでもいいや。
くっついても離れても、どうぞご自由に。
……実は数か月後、この二人はさらにとんでもないことをやらかして、重い刑罰を科されることとなるのだが。それについては長くなるので、また別の機会に語りたい。
ちなみに私は王家からの賠償金をたっぷりいただいて、悠々自適な実家暮らしを楽しんでいた。
「ふっふっふ。これでようやく、念願の推し活ができるわ……!」
ドレスルームでバッチリ変装を済ませ、ほくほく顔で屋敷の玄関を出る。
身の回りのことがようやく落ち着いたので、やっと『推し』に会いに行く余裕ができた!
今日は今世で初めて、推しの姿を拝む記念すべき日だ。
えへへ、生推し……。
わくわくが止まらない!
「待っててね、ノエル!」
「ノエル? それがお前の情夫の名前か」
「うぉ、お兄様!?」
馬車に乗り込もうとした私のすぐ後ろで、兄が声を掛けてきた。
兄はまじまじと私を見ている。
「ミレーユ、なんだその恰好は。平民のワンピースなど着て……まさかお前、平民の男に熱をあげてる訳じゃないだろうな」
兄の美貌が邪悪な色に染まった。
……なんですかその迫力は。怖いですってば。
「ち、違いますよ。ともかくお出かけしたいんで、私のことは捨て置いてください」
「捨て置けると思ったか」
と険しい顔で兄が言う。
「お前に非があったか否かは別として、王家に婚約を破棄されたお前は『傷物』にされてしまった。今後、嫁ぎ先を見つけるのは難航すると思ったほうがいい」
「別に良いです。そのうちなんとかなりますわ」
そろそろ行っていいかしら。
わたし、早くノエルのところに行きたいのだけど……!
出かけたくてソワソワしていると、兄はくい、と私のあごを持ち上げてきた。
「他家に嫁がず、一生ここで暮らすかい?」
「はい!?」
「別に私は構わないよ。お前には領地経営の才能もあるし、良き伴侶になってくれそうだ」
「伴侶って意味、間違えてますよ!?」
彼の瞳には、異様な熱がこもっている。
思わず彼を押しのけて、私は馬車に乗り込んだ。
「……冗談はやめてください! ともかく今は、推し活が最優先なので」
「おしかつ」
そうつぶやきつつ、兄も馬車に乗り込んでくる。
「なんでついて来るんですか!」
「私もお前の『おしかつ』とやらに同行しよう。どんな男をお前が『おしかつ』しているのか、見定めなければならない。兄として」
「ちょっと……」
兄は勝手に馬車に乗り込み、御者に「出発してくれ」と命じた。
(ちょっと、何なの、この兄!?)
私はふと、兄が隠しルートの攻略対象であったことを思い出した。
何を考えているかさっぱり分からない、翻弄系の侯爵ミラルド・ガスターク……。
実の妹を翻弄しなくていいんですけど。
私の推しはあなたじゃないんで!
「お兄様、ありがとうございました。私を助けるために、わざわざ陛下を呼んできてくださったんですよね……?」
「お前と殿下の不仲については、お前から聞かされていたからな。しかしうかつに殿下を非難すれば不敬に問われてしまうから、現場を押さえるより他なかった」
「お兄様……」
胸が熱くなってくる。
この人は、ずっと私の味方だったのだ。
アイラに落とされたのだと思い込んでいた自分が、情けない。
それにしても……と、兄は意地悪っぽい笑みを私に向けた。
「お前はうかつだね。いくら葬儀の花を贈られたからとはいえ、感情に任せて踏みにじるとは。悪意ある贈り物をされたのならば、きちんと証拠を保存しておくべきだった」
「は、はい。……反省してます」
本当はお葬式用の花だなんて、全然気づかなかったけど……。
いずれにせよ、何も考えず捨ててしまったのは失態だった。
「私が花束のことで揉めてたなんて、いつの間に知ったんですか? 花の種類も、よく調べましたね」
「学園に出向いて、ドノバン嬢に直接聞いた」
「え?」
「王太子がドノバン嬢に熱を上げていると聞き、実情を探りたいと思った。だが学内の情報は外からではなかなか得られないから、仕事の都合ということにして学園に出向くことにしたんだ――1か月ほど前のことだよ」
1か月前。学園の裏庭で、兄がアイラに壁ドンしてたときのことかもしれない。
「ドノバン嬢は私を見かけるなり、目をぎらつかせて私に擦り寄ってきた。……気色の悪い痴女だ。初対面でいきなり呼び捨てにされたのも不快だったし、なぜあんな女をユードリヒ元殿下が愛したのか理解できない」
アイラはお兄様を見て、『え、まさかのミラルドルート!?』と叫んでいたらしい。
「ドノバン嬢は『ミレーユに虐められている』『プレゼントした花を捨てられた』などと、私に訴えてきた。だから私は言ったんだ――『妹の非礼を詫びるため、私は君に花を贈らせてほしい。私は花屋には詳しくないから、君の行きつけがあるなら教えてくれないか』。そしてドノバン嬢が教えてくれた花屋を調査してみたら、ドノバン嬢がお前に死別花を贈った事実が明らかになった」
「ご迷惑をお掛けしました。私、お兄様を疑っていて……本当にごめんなさい」
「なんだ、私は疑われていたのか」
苦笑しながら、兄は私の頭を撫でてきた。
その手がとても温かくて、子供の頃に戻ったみたいで嬉しかった。
「私、もう絶対にお兄様のこと疑いません。だって、たった一人の家族ですから。……子供の頃みたいに、また仲良し兄妹に戻りたいです」
なぜか兄は、すごく嫌そうに眉をしかめている。
「兄妹か」
……え。なんでそこ、快諾してくれないんですか。
「まぁ、いいよ。兄妹で構わない。――今後ともよろしく」
「はい?」
兄はそれ以上何も言わず、深い息を吐いて背もたれに身を沈めていた。
***
その後。
ユードリヒは正式に王太子位を剥奪され、平民階級に落とされて王都外追放となった。
二度と王都に入ることを許されず、今後は身ひとつで生きなければならない。
自信家の割に全然周りが見えてなくて、生活力がなさそうだから身ひとつで何日生きられるか疑問だ。
……あぁ、そういえば身ひとつという訳ではなかったわ。
ドノバン男爵家から勘当されたアイラも、平民に逆戻りしたうえで王都外追放となっていたから。
お二人で協力し合って、頑張ってみてはいかがでしょうかね。
卒業パーティで『ミレーユ側妃発言』が飛び出た瞬間、アイラとユードリヒの間には修復不能な亀裂が生じたように見えたけど。
どうでもいいや。
くっついても離れても、どうぞご自由に。
……実は数か月後、この二人はさらにとんでもないことをやらかして、重い刑罰を科されることとなるのだが。それについては長くなるので、また別の機会に語りたい。
ちなみに私は王家からの賠償金をたっぷりいただいて、悠々自適な実家暮らしを楽しんでいた。
「ふっふっふ。これでようやく、念願の推し活ができるわ……!」
ドレスルームでバッチリ変装を済ませ、ほくほく顔で屋敷の玄関を出る。
身の回りのことがようやく落ち着いたので、やっと『推し』に会いに行く余裕ができた!
今日は今世で初めて、推しの姿を拝む記念すべき日だ。
えへへ、生推し……。
わくわくが止まらない!
「待っててね、ノエル!」
「ノエル? それがお前の情夫の名前か」
「うぉ、お兄様!?」
馬車に乗り込もうとした私のすぐ後ろで、兄が声を掛けてきた。
兄はまじまじと私を見ている。
「ミレーユ、なんだその恰好は。平民のワンピースなど着て……まさかお前、平民の男に熱をあげてる訳じゃないだろうな」
兄の美貌が邪悪な色に染まった。
……なんですかその迫力は。怖いですってば。
「ち、違いますよ。ともかくお出かけしたいんで、私のことは捨て置いてください」
「捨て置けると思ったか」
と険しい顔で兄が言う。
「お前に非があったか否かは別として、王家に婚約を破棄されたお前は『傷物』にされてしまった。今後、嫁ぎ先を見つけるのは難航すると思ったほうがいい」
「別に良いです。そのうちなんとかなりますわ」
そろそろ行っていいかしら。
わたし、早くノエルのところに行きたいのだけど……!
出かけたくてソワソワしていると、兄はくい、と私のあごを持ち上げてきた。
「他家に嫁がず、一生ここで暮らすかい?」
「はい!?」
「別に私は構わないよ。お前には領地経営の才能もあるし、良き伴侶になってくれそうだ」
「伴侶って意味、間違えてますよ!?」
彼の瞳には、異様な熱がこもっている。
思わず彼を押しのけて、私は馬車に乗り込んだ。
「……冗談はやめてください! ともかく今は、推し活が最優先なので」
「おしかつ」
そうつぶやきつつ、兄も馬車に乗り込んでくる。
「なんでついて来るんですか!」
「私もお前の『おしかつ』とやらに同行しよう。どんな男をお前が『おしかつ』しているのか、見定めなければならない。兄として」
「ちょっと……」
兄は勝手に馬車に乗り込み、御者に「出発してくれ」と命じた。
(ちょっと、何なの、この兄!?)
私はふと、兄が隠しルートの攻略対象であったことを思い出した。
何を考えているかさっぱり分からない、翻弄系の侯爵ミラルド・ガスターク……。
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