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Ⅲ 偽装結婚どうでしょう? その②

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「……は?」

 思わず俺は、間の抜けた声を上げちまう。

(結婚? 結婚って言ったか今。しかも偽装結婚って言ったよな、こいつ。なんのためにそんな事させようってんだ)

 混乱する心を落ち着かせるために、俺が色々と考えていると、

「アーシェ!」

 ズシンっ、と腹に響く声が響いた。
 声を出したのはウィルだ。
 視線を向けると、今までのウィルとは全然違う表情かおをしてるのが見えた。

 刺すような鋭い眼差しで、アーシェを威圧するように厳しい表情かおをしてる。
 そんな、体がすくんじまうような表情かおを向けられても、アーシェのヤツは平然とした様子で返した。

「あら、なにかしら、ウィル坊や」
「彼女を巻き込むな、アシュタロス」

 有無を言わせぬ口調で、ウィルは言った。

「これは私の問題だ。彼女は関係ない」

 切り離し突き放つような声。
 自分の傍に、誰も居なくても良いって言うような、独りぼっちの表情かおだった。

(なんで、そんな表情かおすんだよ……)

 胸の奥がうずくように苦しくなる。今までずっと、日向ぼっこしてる犬みたいに、のんきで人の良いお人好しだったくせに、それが嘘だったみたいな表情かおをするのが嫌だった。
 すごく、嫌だった。だから――

「――っ」

 俺は言葉よりも先に身体が動いちまう。
 寝台ベットの上から裸足のまま床に降りる。
 痛い。声が出ないぐらい痛い。屋根から落ちた時にひねった足首が、ザクザク痛みを伝えてくる。
 でも知るか。そんな痛みなんか知るもんか。

「――っ」

 ウィルのヤツが俺に気付く。
 自分が苦しいみたいに、痛みを我慢してる俺を見詰めてる。
 そして何かを、言おうとする。
 でも、それよりも早く、俺はウィルの傍に近付いて――

「似合わねぇ表情かおしてんじゃねぇ!」

 ウィルのヤツの両頬を摘まんで、横に引っ張ってやった。

「ふぇ――」

 ウィルは驚いて、間の抜けた声を上げる。
 でもそれで、許してやるもんか。
 摘まんだまま、むにむに揉みながら言ってやる。

「そんなんじゃないだろ、お前は。
 もっと、日向ぼっこしてる犬みたいなヤツだろ。
 似合わないんだよ」

 うん。言いたい事は言ってやった。
 間違ってないって、胸を張って言い切れる。
 だから、摘まんでいた頬を離して、ウィルを見詰めながら続けて言ってやる。

「無理すんな、ばか」

 ほうけたように、ウィルのヤツは俺をじっと見つめる。
 その眼には、さっきまであった尖ったものが消えていた。 

 うん。やっぱりこいつは、こっちの方が絶対似合ってる。

 そう思えたのが嬉しくて、自然と俺は笑みが浮かぶ。
 すると、なんでかウィルのヤツは顔を赤くして、何かを言おうとするかのように口をもごもごさせる。

「なんだよ? 何か言いたいのか?」
「え、あっ、その……」

 ウィルは真っ赤になったまま、変わらず口をもごもごさせる。すると、

「ふ、ふふっ、あらあらまぁまぁ。子犬パピーったらもぅ」

 アーシェのヤツが、それはそれは楽しそうに笑ってた。

「すっげー楽しそうだな」
「ええ、とてもとても楽しいですわよ、子猫ちゃんキティ

 ご機嫌なアーシェに、俺は小さくため息一つついてから言った。

「そんなにご機嫌なら、俺にも分けてくれよ。さっき、取り引きって言っただろ? 詳しく教えてくれよ。出来るだけ、俺に旨味があるようにさ」
「待って、ソフィア」

 アーシェが返すよりも早く、ウィルの方が言ってきた。

「キミはそんなこと気にしなくて良いんだ。ちゃんと、外には返してあげる――」
「勝手なこと言うな」

 ウィルの言葉を遮って俺は言った。

「いつ俺がそんな事してくれって頼んだよ。だいたい、そんな事される筋合いはないぞ」

 するとウィルは、見ただけで分かるぐらいへこんだ表情になると、

「信用できないのは分かるよ。でも、信じて欲しい」

 必死になって俺に呼び掛けた。

(なんつーか、こいつはホントに……)

 俺は苦笑するような気持ちに包まれる。やっぱりこいつは、お人好しだ。
 でも、嫌な気持ちはしない。それがウィルなんだって、そう思える。
 だから俺は、勘違いしてるウィルに言ってやったんだ。

「違ぇーよ。信じるとか信じないとか、そういうのとは違う問題なんだっての」
「……え?」

 心底分からないといった表情で俺を見詰めるウィルに、俺は続けて返す。

「借りを作るかどうかって話だろ、これは。
 よく分かんないけど、ウィルは俺を助けてくれて、その上で壁の外に返してくれるってんだろ? それじゃ、俺が返すもんが何も無いじゃんか。
 そんなのまっぴらごめんだっての。
 俺は盗賊だから正義だとか、そんなのは知らないけどさ、仁義は守る。
 だから借りを返す為にも、ちゃんと取り引きさせろ」

 我ながら、言ってる事が無茶苦茶だとは思う。
 思うけど、間違ってるって思ってない。
 金持ちから盗まなきゃ生きていけない悪党だけど、それでも残したい意地ってもんはあるんだ。
 だからこれだけは、譲れるもんか。

「偽装結婚の相手を、探してるんだろ? だったら、その役目受けてやるよ」

 俺は、しっかりとウィルのヤツの目を見詰めながら言い切った。
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