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9 若頭と小鳥の雨上がり
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義兄と朔が暮らす屋敷には美術館のような庭園がある。
義兄は病弱な朔がいつでも窓から庭を楽しめるように、庭師を雇って、季節を感じられる景観を整えてくれていた。
ただ朔は最近、景観を楽しむだけでなく、庭に下りて土いじりをすることを覚えた。
「そろそろ種まきしようかな。何にしよう……?」
朔が庭師の手を借りて作った小さな家庭菜園は、近頃何をするにも気になる。朔は時間をみつけては庭に下りてきて、庭師にいろいろなことを教わっていた。
「二十日大根とか、僕でも作れるかな?」
庭師は初老の小柄な男性で、おっとりと朔の質問に答えてくれる。
「できますとも。朔様はお花より野菜が気になるんですねぇ」
庭師はころころと笑って、じゃあ今日は二十日大根にしましょうかと言って、朔と一緒に庭にしゃがみこんだ。
朔は元々、細かい作業を黙々とするのが好きだ。庭師と一緒に家庭菜園で作物の世話をするのは楽しかった。
でも朔は、時間を忘れて熱中する癖もある。庭師が声をかけても、最初は気づかなかった。
「……朔様。雲行きが怪しくなってきました。そろそろ中へ」
庭師がそう勧めているのも遠い世界の出来事のように、手元の土を一生懸命に整えていた。
ようやく雨が降っていることに朔が気づいたのは、義兄の悲鳴のような声が聞こえたからだった。
「さっちゃん! 雨の中で何てことしてるの!」
義兄は普段の冷静さが嘘のように、朔を叱った。
朔がきょとんと顔を上げると、義兄は大股で近づくなり朔を抱え上げる。
「風邪でもひいたら……! だめだよ、さっちゃん。すぐ中に入るよ」
義兄は朔の答えを待たずに、無理やり屋敷の中に連れて行く。朔はその頃ようやく雨に濡れたことを自覚して、少しの寒さでも風邪をひきやすい自分の体にも思い至ったところだった。
「くしゅ……っ」
案の定、朔が部屋の中で着替えていたらくしゃみが出てきた。義兄はヒーターをつけると、朔を雪だるまにするようにたくさん着せて、さらに自分の腕で包む。
「……ごめんなさい、兄さん」
オイルヒーターで部屋が暖まり始めた頃には、朔は自分のうかつさにしょんぼりしていた。義兄はまだちょっと怒っているようで、しきりに朔の背をさすりながら言う。
「めっ、だよ。さっちゃんが冬に雨に濡れるなんて、しちゃだめ。もうしないって、約束できる?」
「うん……」
「さっちゃんがまた雨に濡れてたら、家庭菜園は温室の中だけにしちゃうからね」
義兄は最近の朔を見て、温室を増設しているところだった。土いじりに熱中している朔の楽しみが増えるようにと、義兄は費用も手間も惜しまない。
朔はバスタオルごしに義兄を見上げて、こくんとうなずく。
「うん。僕は兄さんを悲しませたいんじゃなくて、喜ばせたいんだ」
朔が作れるものは少しだけど、野菜が出来たら一番に義兄に見せるのだと決めている。だから一生懸命研究して、朔に出来る形で義兄を喜ばせるのだ。
義兄はそんな朔を愛おしそうに見下ろして、手で朔の鼻をくすぐった。
「……ずるい。さっちゃんにそんな風に言われたら、反対できないだろ?」
義兄は後ろからぎゅっと朔を抱きしめて、窓の外に目を細める。
「雨、止んだね。……でも今日はもうさっちゃん、外に出さないから」
それはちょっとの喧嘩の後の、甘い午後。
晴れ渡った空を朔も見上げて、義兄の腕に頬を寄せた。
義兄は病弱な朔がいつでも窓から庭を楽しめるように、庭師を雇って、季節を感じられる景観を整えてくれていた。
ただ朔は最近、景観を楽しむだけでなく、庭に下りて土いじりをすることを覚えた。
「そろそろ種まきしようかな。何にしよう……?」
朔が庭師の手を借りて作った小さな家庭菜園は、近頃何をするにも気になる。朔は時間をみつけては庭に下りてきて、庭師にいろいろなことを教わっていた。
「二十日大根とか、僕でも作れるかな?」
庭師は初老の小柄な男性で、おっとりと朔の質問に答えてくれる。
「できますとも。朔様はお花より野菜が気になるんですねぇ」
庭師はころころと笑って、じゃあ今日は二十日大根にしましょうかと言って、朔と一緒に庭にしゃがみこんだ。
朔は元々、細かい作業を黙々とするのが好きだ。庭師と一緒に家庭菜園で作物の世話をするのは楽しかった。
でも朔は、時間を忘れて熱中する癖もある。庭師が声をかけても、最初は気づかなかった。
「……朔様。雲行きが怪しくなってきました。そろそろ中へ」
庭師がそう勧めているのも遠い世界の出来事のように、手元の土を一生懸命に整えていた。
ようやく雨が降っていることに朔が気づいたのは、義兄の悲鳴のような声が聞こえたからだった。
「さっちゃん! 雨の中で何てことしてるの!」
義兄は普段の冷静さが嘘のように、朔を叱った。
朔がきょとんと顔を上げると、義兄は大股で近づくなり朔を抱え上げる。
「風邪でもひいたら……! だめだよ、さっちゃん。すぐ中に入るよ」
義兄は朔の答えを待たずに、無理やり屋敷の中に連れて行く。朔はその頃ようやく雨に濡れたことを自覚して、少しの寒さでも風邪をひきやすい自分の体にも思い至ったところだった。
「くしゅ……っ」
案の定、朔が部屋の中で着替えていたらくしゃみが出てきた。義兄はヒーターをつけると、朔を雪だるまにするようにたくさん着せて、さらに自分の腕で包む。
「……ごめんなさい、兄さん」
オイルヒーターで部屋が暖まり始めた頃には、朔は自分のうかつさにしょんぼりしていた。義兄はまだちょっと怒っているようで、しきりに朔の背をさすりながら言う。
「めっ、だよ。さっちゃんが冬に雨に濡れるなんて、しちゃだめ。もうしないって、約束できる?」
「うん……」
「さっちゃんがまた雨に濡れてたら、家庭菜園は温室の中だけにしちゃうからね」
義兄は最近の朔を見て、温室を増設しているところだった。土いじりに熱中している朔の楽しみが増えるようにと、義兄は費用も手間も惜しまない。
朔はバスタオルごしに義兄を見上げて、こくんとうなずく。
「うん。僕は兄さんを悲しませたいんじゃなくて、喜ばせたいんだ」
朔が作れるものは少しだけど、野菜が出来たら一番に義兄に見せるのだと決めている。だから一生懸命研究して、朔に出来る形で義兄を喜ばせるのだ。
義兄はそんな朔を愛おしそうに見下ろして、手で朔の鼻をくすぐった。
「……ずるい。さっちゃんにそんな風に言われたら、反対できないだろ?」
義兄は後ろからぎゅっと朔を抱きしめて、窓の外に目を細める。
「雨、止んだね。……でも今日はもうさっちゃん、外に出さないから」
それはちょっとの喧嘩の後の、甘い午後。
晴れ渡った空を朔も見上げて、義兄の腕に頬を寄せた。
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