若頭と小鳥

真木

文字の大きさ
上 下
4 / 9

4 若頭と小鳥の受け継ぐ館

しおりを挟む
 朔の世界は、幼い子どものように点と点で出来ている。
 義兄に連れられて車で外出するだけで、その間というものがない。だから外出先で義兄とはぐれたら、家への帰り方さえわからない。
 朔はある日、外出先で珍しく一人でいた。
 そこは義兄が一年ほど前に父から譲り受けた洋館で、元々は義兄の曾祖父が建てたものだった。建てられた頃が明治だったからか、異国情緒の漂う緑色の屋根とテラスがあった。
 その日は義兄の休日で、義兄はさっちゃんに面白いものを見せてあげようと言って朔を連れ出した。
 義兄は自ら朔の手を引いて洋館の中を案内すると、ガラス張りのテラスに朔を導いた。そこで二人で、馴染みのホテルからデリバリーしてランチを取った。
 陽光の差し込むうららかな昼下がり、義兄と二人だけののんびりとした時間に、朔はくつろいでいた。
 次第にまぶたが重くなった朔に、義兄は優しく言った。
「ベッドもちゃんと手入れしてある。少しお昼寝しなさい、さっちゃん」
 義兄は朔を抱き上げて、朔を寝室に連れて行った。おひさまの匂いのするシーツの上にそっと下ろされて、朔は心地いい午睡に身を委ねた。
 義兄と一緒だから、知らない場所に来たという緊張はなかった。だから一人で目が覚めたとき、朔は子どものようにうろたえた。
 朔はすぐに寝室を出て義兄を探そうとして、ふとベッドの隣に立てかけた姿見に気づいた。
 それは薔薇のツタで縁取られた、背の高い銀の鏡だった。その精緻な細工に見惚れて朔が鏡に触れると、鏡にからまっていたカーテンが引かれた。
「え……っ」
 幕が切られるようにカーテンが引かれて、そこに思いのほか広い空間が現れる。
「奥に部屋があったんだ……あ」
 驚いて朔がつぶやいたのは一瞬で、すぐに辺りの光景に赤面する。
 隠された部屋には、裸婦の絵画がいくつも置かれていた。それも同じ女性を繰り返し描いたようで、横顔や、背中から見た彼女や、ベッドの上から彼女を覗き込んだ絵もある。
 けれどその絵に映っていた描き手のまなざしは、いやらしいものではなかった。彼女に対する陶酔にまかせて、無心に筆を走らせたように思えた。
「みつかっちゃったか」
 朔が声をかけられて振り向くと、義兄が側に立っていた。
 義兄もまた色気を帯びたまなざしではなく、懐かしいものを眺める目で絵たちを見て言う。
「絵の女性は、曾祖父の腹違いの妹だったそうだよ。曾祖父はよく義妹とここに籠って、何枚も彼女の絵を描いたそうだ」
 朔は最初の驚きが過ぎると、少し落ち着いて絵を見ることができた。
 絵の中の女性は、描き手のまなざしを静かに受け入れているようだった。首をめぐらせて髪を梳く仕草、時にはくつろいで微笑んでいる様子もある。
 朔と義兄は手を取って、その絵たちを順々にみつめながら歩く。それは禁忌の絵に心を躍らせるのではなく、お互いが考え事をしているような時間だった。
 ふと朔は義兄を見上げて、あどけない問いを投げかけた。
「兄さんも、僕を抱きたいと思うときがあるの?」
 義兄はそれに、朔と結んだ手を持ち上げて答えた。
「今はこうして手をつないだり、さっちゃんを抱っこしたりしていたいかな」
「いつかは?」
「どうかな」
 義兄はさほど悩む素振りもなくさらりと言った。
「曾祖父と違って、俺とさっちゃんは血のつながりがないからね。抱きたいと思ったら、その前に外国でも行ってさっちゃんと結婚するんじゃないかな」
 朔は、そうなんだと素直に思う。だって義兄がもしその域に踏み込むなら、もうとっくにそうできているからだった。
 義兄は朔の頭を引き寄せて、その上に口づけて言う。
「結婚したいなら、しよ。子どもが欲しいなら、一緒に育てよ。でもそれより、さっちゃんをいつも愛していたい。さっちゃんにも愛されていたい。それじゃだめ?」
 朔はふいに柔らかく笑って、義兄を見上げる。
 朔はうなずいて、義兄の背に腕を回す。
「……うん。僕も、兄さんと同じがいい」
 森の中の洋館、そこは結ばれなかった二人の愛が宿るところ。
 けれどそれを受け継ぐ子どもたちは、そこで解けない愛を誓っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

何事も最初が肝心

キサラギムツキ
BL
意外なところで世界平和が保たれてたっていうお話。

罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。

にゃーつ
BL
真っ白な病室。 まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。 4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。 国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。 看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。 だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。 研修医×病弱な大病院の息子

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

楓の散る前に。

星未めう
BL
病弱な僕と働き者の弟。でも、血は繋がってない。 甘やかしたい、甘やかされてはいけない。 1人にしたくない、1人にならなくちゃいけない。 愛したい、愛されてはいけない。 はじめまして、星見めうと申します。普段は二次創作で活動しておりますが、このたび一次創作を始めるにあたってこちらのサイトを使用させていただくことになりました。話の中に体調不良表現が多く含まれます。嘔吐等も出てくると思うので苦手な方はプラウザバックよろしくお願いします。 ゆっくりゆるゆる更新になるかと思われます。ちょくちょくネタ等呟くかもしれないTwitterを貼っておきます。 星見めう https://twitter.com/hoshimimeu_00 普段は二次垢におりますのでもしご興味がありましたらその垢にリンクあります。 お気に入り、しおり、感想等ありがとうございます!ゆっくり更新ですが、これからもよろしくお願いします(*´˘`*)♡

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

眠りに落ちると、俺にキスをする男がいる

ぽぽ
BL
就寝後、毎日のように自分にキスをする男がいる事に気付いた男。容疑者は同室の相手である三人。誰が犯人なのか。平凡な男は悩むのだった。 総受けです。

処理中です...