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クリフ・マークィス・ゲイル 3

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 そうだ、ごく最近領地から王都に向かう前に侯爵領で交わした母親との会話を思い出した……。

「去年のうちに帯剣の儀を終わらせておけて、本当に良かったこと……」

 いつものように、日差しがたっぷり降り注ぐサンルームでのお茶の時間に、突然母が離し始めたのだ。

 母は、怪訝な表情を浮かべる私と妹のフォスキーアの顔を見て、手にしていた父からの手紙を見せて微笑んだ。

「なんでも今年の帯剣の儀には王子殿下が出席されるから、王城内の神殿での希望者が例年の比ではないくらい多いらしいの」

 そう言えば、王子殿下は妹と同じ年であったか……。あまりにも王都の話がこの場で話されることがないので、王家の一員のこともすっかり頭の中から消えていた。

 しかし……王家のことを思い出すと、ついでのようにとても古い記憶も表層に上がってきた。

 確かに、フォスキーアが生まれてまもなくだったか、流石にいつもは王都で宰相職を勤めている父も、母親の出産には間に合わないまでも、十日後には帰ってきていたのだ。

 妹の顔を見ながら父と母が交わしていた会話。普段であれば第三者が居るようなところでは躱さないであろう様な会話も、まだ一歳になったばかりの私はその頭数には入っていなかったのだろう。

「この子と同い年の子は例年になく多くなるのでしょうね。上のお方の時には間に合わない方が多かったから、クリフと同年の子供が多いけれど、今回は公になっているのだからこれからも増えるのではなくて?」

「もうすぐお生まれになる殿下が王子殿下であっても王女殿下であっても、我が家は支えて行くつもりだ」

「王子殿下であればやはりこの子がお妃候補になるのかしら?できればこの子の好きな方と添わしてあげたいけれど……」

「嫁には出さん!とは言えないが、真実の愛とやらを叫ばれてもなぁ……あのようなこともある。また、政略でも幸せになれることもたくさんある」

「私たちのように?」

「そうだ、私たちのように」

「……」

 私の存在を全く忘れて見つめあっている二人を母のいる寝台の下から、じっと見つめていたのを覚えている。ちょうどその時にすやすやと眠っていた妹が目を覚まし鳴き声を上げたことで、やっと2人の世界からこちら側に帰ってきてくれたのだった。

 と、そのようなことまで、記憶の波から引きずり出されるように思い出してしまったが、とにかく、あの時話に上がっていた殿下も、私の認識していた王子殿下も、妹が生まれてまもなく王妃様がお産みになった殿下であって、伯爵子息の方ではなかった。

 ところがどうだ、王妃殿下がお産みになった王子殿下が五歳になられて、王都では大々的に王城で帯剣の儀が成されたはずなのに、それまでは流れてきた王都の話も全く領地に流れてくることもなく、突然私を王都に呼び出す連絡がきて、王都に着いたと思えば前触れなく伯爵子息である陛下のお子様という人物と顔合せをさせられた。

 その後、王都の侯爵邸に帰ってきて、寝る前の落ち着いたところで、側付きのターナーに思わず疑問を口にしてしまったのだ。

 ターナーと知識の確認をしてみたが、私との相違はほぼ無かった。

 ところが、タウンハウスで新たに私に就くことになったもう一人の侍従見習いのクレインは王都生まれの王都育ちということで、これからここで暮らすことになるのにこの地に詳しいものが欲しいということで就けてもらった者に同じような質問をしたところ、思いもかけない返答が帰ってきた。

「クレイン、今年の帯剣の儀は殿下が参加されたこともあって、とても盛大に行われたって聞いたのだけど……」

 私の紅茶の好みなどを専従のターナーから聞き取るなど、懸命に私に使えようとしているクレインも、またとてもまじめな青年で、私よりも五歳年上、ターナーよりも二歳年上でこの中で一番年長であるが、そのような事を鼻にもかけない態度に好感を抱いていた。

 そのような彼が語った言葉はある意味衝撃であった。

「今年の帯剣の儀ですか?殿下?ん~ん?……そう言えば、帯剣の儀の日は過ぎているから、行われたと思いますけど……私は平民ですし……あれ?でも知り合いの貴族の子今年五歳だったはずだけど……」

 最後の方は私に話していたことを忘れてしまったかのように、自問自答になってしまっていた。

「今年の帯剣の儀は行われなかったの?」

 考え込んだクレインに改めて問う。

 すると、何かを思い出そうと必死に考え込んでいたクレインの顔から、先ほどの父のように表情がなくなり、今まで彼の口から聞いたことがないような低い抑揚のない声で、返答が成されたのだ。

「何も……何も問題がなく恙なく……クリフ様には本日はお疲れのことと思われますので、ゆっくりとお休みくださいませ」

 そのまま一つ大きく頭を下げると、スタスタと部屋の外に出て行ってしまった。

「……オイ!」

 声をかけてクレインの後を追ったターナーも、しばらくして首をかしげながら戻ってくると、

「追い付いてなぜクレインにあのような態度をとったのか聞いてみたのですが、とにかく要領を得なくて……とぼけているとは考えられないのですが、話が通じないのです。今さっきのことなのに覚えていないようで……変です……」

 この日、王都は何かがおかしいと感じたこの日から、とにかく私は殊更細かく日記に日々の出来事を書き残すことを決めたのだ。

  
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