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ブラオ・マークィス・ゲイル 4

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 思考の海に潜ってしまっていた間に、馬車は止まっていた。

 外からの扉を開けた家令が、少し困った顔をしてその場に立っていた。このような事を起こすことが、今日が初めてではないので、苦笑いを浮かべた家令の後を何食わぬ顔をして歩いて行く。

「クリフ様が、応接室でお待ちです」

 家族を通すことのない、応接室にクリフを通したということは、家令もいつもとは違う何かを息子から感じたということだろうか。

 ノックをすることなく扉を開ける。私が一人扉を開けて入ってきたことに、息子は驚いたのかソファーの隅に座っていた体をびくりと揺らして、慌てて立ち上がった。

 普段扉を開けるのも使用人の仕事であって、私自身が直接扉を開けたりしないものだ、ノックもしかり。ノックなしに人がこの侯爵家の応接室の扉を開けることはあるまい、当主の私以外には……。

 人払いをしたことに気付いたのか、息子の良くなかった顔色がますます白くなった気がする。

「父上、お時間を取っていただきありがとうございます」

 そう言って、深々と頭を下げるクリフ。私は一つ頷くと、息子の目の前のソファーに腰を下ろした。

「それで、今日火急に話したいこととは?」

 内容は想像できていたが、彼の口から話させることは、これからの彼にも必要な事だ。

 顔色が白いまま、話すことを逡巡すること少し、俯き加減だった顔を真っ直ぐ前を見るように挙げて、覚悟の宿ったような瞳で私のことを見つめながら、口を開いた。

「本日学校長から連絡をいただき、アースクエイク殿下が魔術の授業において、お一人で見学をする旨お聞きしまして、私一人で殿下に生徒会活動への勧誘のための話をさせていただきました」

 息子にも私と同じような、記憶力の良さが受け継がれている。きっと先程あった殿下との邂逅をすべて思い出して、どの部分を話せば良いのか迷っているのだろう、すべて話せというのは簡単であるが、それでは話を聞く方にすべての判断を任すということに他ならず、少しづつでも自身で現状の取捨選択が必要となる。それは噓をつくということでなく、自分に有利に話を進めるためでもあるのだ。

「殿下はそもそも生徒会の活動に全く興味を持たれていらっしゃいませんでした。私の選ばれたものという言葉にも不快感を表され、何を持って殿下を選ばれたのかと質問を返されました」

 そこで息子は予め用意されていて、すでに冷たくなった紅茶に口をつけて、喉を湿らせてから話を続ける。

「私が……私が、殿下は王族で在らせられるからだ、と答えると……まず身分によって選ばれるということ自体がご不満の様子で、『この国お得意の表面だけ』とおっしゃり……『まるで居ない者のように扱われてきた王家の恥。この金色の髪の毛が欲しいならば、差し上げるから鬘でも作って自分以外の王族に被らせればいいだろう』と……」

 息子の瞳には薄っすらと涙の幕が張っているのか、その瞳がキラキラと光って見える。

「殿下は私に、ウインド伯爵子息のために努力しているのであれば、私をかまう必要はないと、このような噂学校に居なくてもすぐに伝わるものだから、『こうもり宰相』には成るなと言われました」

 抑えきれなくなったのか、息子の片眼から涙の筋が一筋顎まで流れて落ちた。

「とにかく、殿下は王族だからという理由で生徒会に選ばれたくないし、そもそもこの学校の運営に関わる気もない、それはこれからの生徒会でも同じく関わる気はない。一度関わればそれを理由として断れなくなるから。そして……彼とは2歳しか変わらないのだ。とおっしゃいました」

 ここまで話すと、こらえきれなくなったのか小さく鼻をすすり上げた。

「最後に殿下は、校長にはどうかわからないが、父上には聞いたことすべて話してよいと言われました」

 だから父上にはお話ししましたが、校長には何も言わず誤魔化して帰ってきたと息子は言って、そのまま黙って下を向いてしまった。

 殿下は息子より一つ下の10歳。手前みそに取られるかもしれないが、息子と同じくらいの年齢で、息子より出来のよい子供を見たことは無い。それは不敬と取られようとも、伯爵子息にも言えることだ。

 息子も言いくるめられることなど、大人相手といえどもそう体験していないことだと思う。

 殿下に言われたことも衝撃であっただろうが、言いくるめられて言い返せなかったことが悔しかったのかもしれない。

 私は殿下がお生まれになって、1歳になる前に侍医から「このお方は心をどこかに置いてこられたかのような……言葉を許されるならば、真面にお育ちになることは期待ができないかもしれません」と言われた場面を思いだしていた。

 その場に母親である王妃の姿はなく、殿下の育児のすべてが殿下の侍従長になったマーシュにゆだねられていた。
一応その場にいた父親である陛下は、なぜかほっとしたような表情で、ただ肯いて侍医を下がらせ、殿下を抱き上げるどころか撫ぜもせず、その足で伯爵家に出向き例の病を受けて、子を生すことができなくなったのだった。

 関係のないことまで思い出し、思わずため息が出た。

 その、私のため息を聞いて息子がびくりと体を揺らす。

 その息子の姿を目に写しながらも、同じぐらいにお育ちになった殿下のことを思う。

 確かに呪いのようなもので殿下の存在を無いものとして扱ってきたが、その呪いが発動した瞬間があの時の殿下の様子に絶望し心の中で突き放した時であるとしたら、まだ1歳にもならない殿下に対して下された侍医の意見であったとしても、受け入れず諦めずに寄り添いながら過ごしてきたマーシュの、その気持ち立場に立たなかった私達の責任なのだ。

 殿下が精霊との契約の選別がお済みになり、そのお姿を拝見した途端、殿下の存在を忘れることなど全くできなくなった。

 それは、記憶力がよい私だけではなく、いままで全く関心を示されなかった王妃様にも、心の変化をもたらせたようで、王妃宮の様子が今までと違うという報告も上がっているし、また、あの脳筋が殿下のことを忘れていないことからして、殿下に対する『忘却の呪い』のようなものはなくなったと考えていいのだと思う。

 しかし、我々が取ってきた行いに関しては、誰も忘却することは許されず、そのことで殿下に関しての行動に対して躊躇している間に、殿下の方から我々に対して関わることを拒否されるに至ったのだ。

 我々大人にとっては自業自得。しかし、殿下と共に生きていかなければならない息子達には、つまらない業を背負わせてしまったことになる。

 息子の話を聞いて、なおさら逃がした魚の大きさを思い知った。しかし、その魚を簡単に逃がすことができないこともまた……。

「父上。私はこうもりにはなりたくありません……でも……できるならば殿下にお仕えしたいです。自分よりも優れた、尊敬できるお方に使えたい……」

 小さく聞こえた息子の切実な声に、何も答えてやれない自分に、また一つ大きくため息を落とすことしかできなかった。

 
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