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20.贈り物は自然な流れで
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刺繍を施したハンカチを手土産に、再びアイゼン様の屋敷を訪れる。
するとやはりアイゼン様は剣を振っていたらしい。
以前は玄関前だったが、今回は裏庭の方で。
思えば前回ケーキを食べていけと伝えてきた時も裏庭で鍛錬すると言っていたので、そちらの方が整備されているのだろう。
クアラと対峙することを見据えて鍛えていたらしい前回はともかく、なぜ今回もギリギリまで鍛錬を行っているのだろう。しかも私が特別早く到着したという訳ではなく、時間ぴったりである。けれど彼は未だ裏庭から戻ってきていないらしい。
使用人さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「今、アイゼン様をお呼び致しますので」
額には汗がダラダラと伝っており、焦りが伝わってくる。
そんな彼に変なお願いをすれば困らせてしまうことは簡単に予想が出来る。それでも鍛錬中だと聞いて真っ先に頭に浮かんだことを口にする。
「アイゼン様の鍛錬を見学させて頂くことは可能でしょうか?」
思えば私がアイゼン様の鍛錬姿を目にしたのは前回お屋敷に来た時のみである。
十一年前に剣を交えたといっても記憶の遙か彼方で、それ以外の情報は噂頼りである。
もう一度この目でしっかりと見ておきたい。
とはいえ、これはあくまで同じく剣を握る者としての願いである。一般的なご令嬢が鍛錬姿を見たいと言っても面倒に思われるだけかもしれない。特に、ただでさえ本人がなかなか戻ってこない今の状態では。
「もちろん迷惑でしたら無理にとは」
「めっそうもございません。ご案内いたします」
断る道を示してみたものの、目の前の彼は私の予想とは正反対の反応を返してくれた。
他の者に指示を飛ばす彼はほんの少しだけ口角が上がっており、上機嫌でさぁさぁと裏庭に案内してくれる。
「わぁ」
こちらです、と案内されて連れて行かれた場所はまさに鍛錬をするために整備された場所だった。地面には小石一つどころか砂すらほぼ残されていない。
息を飲んで注目してみると、玄関先とやや地面の質が違うように見える。
用意してもらった椅子に辿り着くまで少し歩いただけでも、歩きやすさを感じるほど。地面から違うとはさすがは公爵家、うちとは規模が違う。
アイゼン様は相当集中しているようで、私達が来たことに気付く様子すらない。呼びに行くと言ってくれてはいたが、あそこまで入り込んだ人間にむやみに声をかけると怪我をする。
待つのが一番だ。
用意してもらったお茶とお菓子を楽しみながら、感嘆の息を吐く。空を切る剣は音すらなく、流れるように次の場所へと移動する。戦闘イメージがはっきりしているのか、剣筋には迷いがない。
「今度はどっしりとした重量系の魔物、かな」
剣の動きを見ながら、彼の相手を想像するのも案外楽しいものだ。
魔物の種類は詳しくないので、あくまで私の想像でしかないが、彼の動きを見ていればなんとなく弱点がある場所も予想がつく。
「あ」
一太刀浴びせたと思ったら、サイドに飛び退いて今度は足を狙う。
また相手が変わったようだ。私も限られた人とだけではなく、もっと多くの人や魔物と戦えばアイゼン様のように戦い方に幅が生まれるのだろうか。
いつの間にかわずかに残っていた『令嬢として会いに来た』という自覚はすっかり頭から抜け落ちていた。
自然と手は腰元に伸び、今日は持ち合わせていない剣を握るように空を掴んだ。
私にも戦わせてください、と喉まででかかった時だった。
アイゼン様が構えを解いてしまった。イメージの中の敵を全て倒し終わってしまったのだろう。集中が途切れ、ようやく私の存在に気付く。
「キャサリン嬢? まさか時間! ……呼び出しておいて退屈な思いをさせてしまい、申し訳ない」
「お気になさらないでください。楽しませて頂きましたので」
本心から告げれば、彼は嬉しそうに頬を緩ませてから一気にテンションを落としていく。
「待たせた上に気を使わせてしまうなんて最悪だな。だが汗臭いまま話に入る訳にも……なんで誰も声をかけてくれなかったんだ」
申し訳ないと頭を下げるアイゼン様は前回とはまるで違う。どこか子どもじみている。鍛錬中の姿は雄々しくかったのに、そのギャップに思わず笑い声が溢れた。
「キャサリン嬢?」
「楽しかったというのは本心ですので、お気になさらないでください。汗だって気になりませんわ。ただ、そのままだと風邪を引かれてしまうので、どうかこちらをお使いになってください」
ポケットに潜ませていたハンカチを取り出し、アイゼン様に渡す。ハンカチでは拭い切れないと分かっているが、足りなければ先ほどから控えている使用人さんの手にあるタオルを受け取って欲しい。ちなみにクアラに教えてもらった様々なモチーフの中から選んだのはグラジオラスの刺繍である。剣の形をしており、花言葉も『勝利』であることからアイゼン様にぴったりだと思ったのだ。
「ありがたく使わせてもらう」
アイゼン様が刺繍に気付いたかはさておき、活用してもらえたので本日の目的の一つである『ハンカチを渡す』はほぼ達成したと考えてもいいだろう。
返されたら困るが、花と一緒にアイゼン様のイニシャルも刺してあるのでそちらにも気づいてくれることを祈るばかりである。
そもそも婚約者でも恋人でも、友人ですらない相手に特段理由もなく贈り物をするということが難しいのだから仕方ない。
これが一番自然な流れだったと自分に言い聞かせた。
するとやはりアイゼン様は剣を振っていたらしい。
以前は玄関前だったが、今回は裏庭の方で。
思えば前回ケーキを食べていけと伝えてきた時も裏庭で鍛錬すると言っていたので、そちらの方が整備されているのだろう。
クアラと対峙することを見据えて鍛えていたらしい前回はともかく、なぜ今回もギリギリまで鍛錬を行っているのだろう。しかも私が特別早く到着したという訳ではなく、時間ぴったりである。けれど彼は未だ裏庭から戻ってきていないらしい。
使用人さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「今、アイゼン様をお呼び致しますので」
額には汗がダラダラと伝っており、焦りが伝わってくる。
そんな彼に変なお願いをすれば困らせてしまうことは簡単に予想が出来る。それでも鍛錬中だと聞いて真っ先に頭に浮かんだことを口にする。
「アイゼン様の鍛錬を見学させて頂くことは可能でしょうか?」
思えば私がアイゼン様の鍛錬姿を目にしたのは前回お屋敷に来た時のみである。
十一年前に剣を交えたといっても記憶の遙か彼方で、それ以外の情報は噂頼りである。
もう一度この目でしっかりと見ておきたい。
とはいえ、これはあくまで同じく剣を握る者としての願いである。一般的なご令嬢が鍛錬姿を見たいと言っても面倒に思われるだけかもしれない。特に、ただでさえ本人がなかなか戻ってこない今の状態では。
「もちろん迷惑でしたら無理にとは」
「めっそうもございません。ご案内いたします」
断る道を示してみたものの、目の前の彼は私の予想とは正反対の反応を返してくれた。
他の者に指示を飛ばす彼はほんの少しだけ口角が上がっており、上機嫌でさぁさぁと裏庭に案内してくれる。
「わぁ」
こちらです、と案内されて連れて行かれた場所はまさに鍛錬をするために整備された場所だった。地面には小石一つどころか砂すらほぼ残されていない。
息を飲んで注目してみると、玄関先とやや地面の質が違うように見える。
用意してもらった椅子に辿り着くまで少し歩いただけでも、歩きやすさを感じるほど。地面から違うとはさすがは公爵家、うちとは規模が違う。
アイゼン様は相当集中しているようで、私達が来たことに気付く様子すらない。呼びに行くと言ってくれてはいたが、あそこまで入り込んだ人間にむやみに声をかけると怪我をする。
待つのが一番だ。
用意してもらったお茶とお菓子を楽しみながら、感嘆の息を吐く。空を切る剣は音すらなく、流れるように次の場所へと移動する。戦闘イメージがはっきりしているのか、剣筋には迷いがない。
「今度はどっしりとした重量系の魔物、かな」
剣の動きを見ながら、彼の相手を想像するのも案外楽しいものだ。
魔物の種類は詳しくないので、あくまで私の想像でしかないが、彼の動きを見ていればなんとなく弱点がある場所も予想がつく。
「あ」
一太刀浴びせたと思ったら、サイドに飛び退いて今度は足を狙う。
また相手が変わったようだ。私も限られた人とだけではなく、もっと多くの人や魔物と戦えばアイゼン様のように戦い方に幅が生まれるのだろうか。
いつの間にかわずかに残っていた『令嬢として会いに来た』という自覚はすっかり頭から抜け落ちていた。
自然と手は腰元に伸び、今日は持ち合わせていない剣を握るように空を掴んだ。
私にも戦わせてください、と喉まででかかった時だった。
アイゼン様が構えを解いてしまった。イメージの中の敵を全て倒し終わってしまったのだろう。集中が途切れ、ようやく私の存在に気付く。
「キャサリン嬢? まさか時間! ……呼び出しておいて退屈な思いをさせてしまい、申し訳ない」
「お気になさらないでください。楽しませて頂きましたので」
本心から告げれば、彼は嬉しそうに頬を緩ませてから一気にテンションを落としていく。
「待たせた上に気を使わせてしまうなんて最悪だな。だが汗臭いまま話に入る訳にも……なんで誰も声をかけてくれなかったんだ」
申し訳ないと頭を下げるアイゼン様は前回とはまるで違う。どこか子どもじみている。鍛錬中の姿は雄々しくかったのに、そのギャップに思わず笑い声が溢れた。
「キャサリン嬢?」
「楽しかったというのは本心ですので、お気になさらないでください。汗だって気になりませんわ。ただ、そのままだと風邪を引かれてしまうので、どうかこちらをお使いになってください」
ポケットに潜ませていたハンカチを取り出し、アイゼン様に渡す。ハンカチでは拭い切れないと分かっているが、足りなければ先ほどから控えている使用人さんの手にあるタオルを受け取って欲しい。ちなみにクアラに教えてもらった様々なモチーフの中から選んだのはグラジオラスの刺繍である。剣の形をしており、花言葉も『勝利』であることからアイゼン様にぴったりだと思ったのだ。
「ありがたく使わせてもらう」
アイゼン様が刺繍に気付いたかはさておき、活用してもらえたので本日の目的の一つである『ハンカチを渡す』はほぼ達成したと考えてもいいだろう。
返されたら困るが、花と一緒にアイゼン様のイニシャルも刺してあるのでそちらにも気づいてくれることを祈るばかりである。
そもそも婚約者でも恋人でも、友人ですらない相手に特段理由もなく贈り物をするということが難しいのだから仕方ない。
これが一番自然な流れだったと自分に言い聞かせた。
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