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1章
11~20
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11.
馬車降り、落ち着きのない気持ちをギリギリまで抑えつけた私は再びあの場所、Fの本棚へと向かった。以前とは違い、ポツポツと穴が空いている。さすがはロマンス小説。たった数日にしてここまで売れてしまうとは……。それだけ王都には同士が多いということだろう。隠しているだけで、貴族のご令嬢の中にも結構な数がいるだろうということは想像に容易い。だが変に詮索をするつもりはない。物語の前では皆、一様に読者なのだから。
その同士が作り出した穴の左右を中心に、いくつか興味のあるタイトルを取り出してはパラパラと数ページめくってみる。そしてこれは! という作品を4冊ほど見つけ出した。そのうち1冊は作者が被っていたため、タイトルを頭に刻み込んで本棚へとお帰りいただいた。もちろん、1冊が気に入ればまたお迎えにあがるつもりである。
他の3冊はお母様の希望通り、シェリー=ブロットのものを。今回は余裕があることからシリーズものを選び抜いて、手元に番号以外タイトルが同じものを積み上げる。こうして合計6冊もの本が私の腕へとのし掛かる。それと同時に本へ対する思いもまた積もり積もって行く。
特にシェリー=ブロットの作品以外の3冊は初めの数ページを読んでしまったものだから、早く読み出したいと気持ちばかりが急いているのだ。会計を終え、気持ちだけなら今すぐにでも空の彼方へと飛んでいきそうになりながら馬車へと足を運んだ。
帰りの馬車の中、6冊の本が入った袋を抱えながら首をひねる。城下町から遠ざかる度に、何か物足りないような気持ちが胸の中で膨らんでいくのだ。今回の目的である、小説はお母様の希望通りに買えた。先ほど見送った1冊は熟考の末に棚へと戻したし、その作者が気に入った時に再び手に入れられるよう、タイトルだって覚えている。
だというのに、私の心は城下町から離れがたく思っているのだ。理由は私自身もよくわからない。わからないからこそ想いは膨らんでいく。
やがてその想いは本をいち早く読みたいという気持ちさえも押さえつけていった。
「なんだろう、わかんないとイライラする……」
そして私は深く息を吸い込んでリラックスをしてから、今日の出来事を1つ1つ思い出すことにした。
まず初めにお母様から呼び出されて、その後にお父様とミランダに城下町に行くことを伝えた。
うん、特に引っかかることはない。
そして馬車に乗って城下町へと向かい、前回と同じように本屋さんへと入った。
ここも以前と同じ。
本屋さんで満足のいく本を購入した私は馬車へと戻り、今に至る――とここまで辿って、ああと1つのことに気づいた。
今日はエリオット=ブラントンに出会わなかったのだ。
毎回毎回会っていたものだから会わないと違和感を覚えてしまっていたのだ。
そうか、エリオットかと彼のことを思い出すと空いていた穴は徐々に小さくなっていった。だが屋敷に着いてからも、楽しみだった本を読み始めてからもその穴が完全に埋まることはなかった。
12.
「髪はいかがいたしましょう?」
「今回の主役はあくまでユグラド王子とクシャーラ様だから、あまり目立ち過ぎず、だからといって地味過ぎず……。ああ、リーゼロット様はどうするのかしら?」
お母様とミランダが針子と話し合って出来たのは海よりも深い、どちらかといえば闇夜に近い、青のドレスだった。一見すると地味すぎるようにも見える色だが、それも会場に入れば鮮やかな物へと変えるのだという。夜会に着ていくには色が暗くない? と尋ねた私に興奮気味のミランダが教えてくれた。
……ということで、私は今、ドレスに負けないような顔をハリンストン家自慢の侍女達によって作成してもらいつつ、今宵の髪型の相談をしている。
メイクの方はさすがこの6年間、私の地味顔を隠し続けてきただけあって威厳のある顔が作り上げられていく。そして髪型は優柔不断な私があまりにも迷うもので、結局いつも通り、私の頭上で行われる侍女達の会議によって決められることとなった。
「ユークリッド家の夜会に参加した時の髪型にアレンジを加えましょうか!」
ちなみに私はユークリッド家の夜会での髪型を覚えていない。なにせ8ヶ月も前の夜会だ。話した内容ははっきりと覚えているが、流石に自分の髪型まで覚えている余裕などない。だが彼女達に任せておけば今日の私に一番似合う髪型をセットしてくれるはずだとそれ以上は考えるのを止める。
30分ほど経った頃、前に用意された鏡へと視線を移す。するとそこに映る私はハリンストンの娘に相応しい姿であった。ここ最近、城下町に出向いている私と同一人物とは思えない仕上がりである。メイクもバッチリ、髪型もスッキリと決まっており、ドレスに至ってはミランダの太鼓判付きである。
空から吊り上げられるように、背筋をピシッと伸ばして前を見据える。そして一歩、屋敷から踏み出す。その瞬間、私は石膏で固めた仮面を貼り付け、『窓際の白百合』、ユタリア=ハリンストンへと変わる。
今日のお供は城下町に出向く時の小さな馬車ではなく、今宵のお供は権力を誇示するために体にハリンストンの家紋を入れた馬車だ。
ドアを開いてもらい、地上に降り立てば誰もが私に視線を注ぎ、そして会釈をする。それらに小さく返して、そして開いた道の真ん中を堂々と闊歩する。
ここで私が1人で歩いていることはつまり、選ばれなかった令嬢ということなのだが、誰も私が選ばれることを予想していなかったためなのか、視線はいつもとあまり変わりない。会場へと入り、そしていつも通り窓際へと移動する。この場所を選ぶのは人が少なくて落ち着くという理由の他に、意外と会場全体を見回せて便利だからという理由も大きい。
正式発表がされていない現段階では誰にも声をかけられることはない。だからこそ今のうちに私と同じ立場のリーゼロット様を見つけ出そうと視線をゆっくりと動かす。だが一向に彼女らしき姿は見つからない。
『社交界の赤薔薇』と呼ばれるリーゼロット様がその他の令嬢に埋もれて見つけられないということはまずあり得ない。だがまさかこの夜会に参加しないなんて、ペシャワール家に産まれたことを何よりも誇りに思っていたリーゼロット様がすることだろうか?
刻一刻と開始の時間が迫る中、私の耳に触れたのは、ここ最近一度もリーゼロット様が社交界に出てきていないとの噂話だった。その話を紡ぎ出すご令嬢達の声は明るく、リーゼロット様が顔を出さないのは今宵のパーティー準備に追われているからだろうと信じて疑っていない。そして話は未だこの場に現れないクシャーラ様へと変わる。
「クシャーラ様の姿がまだ見えませんけど、今日の夜会、欠席なさるおつもりなのかしら?」
先程とは打って変わって、まるで戦いに敗れた女性を嘲笑うかのように、品良く口を抑えながら呟く。おそらく聞こえているのは彼女の隣で話に花を咲かす2人のご令嬢と、彼女達からは柱の陰になって見えない私くらいなものだろう。私だって社交界で鍛えられた地獄耳さえなければ聞き取ることすら危ういほどの嘲笑。
だがはっきりと聞いてしまった。
そしてそんな私は知っているのだ――選ばれたのはリーゼロット=ペシャワールではなく、彼女達が嗤うクシャーラ=プラントであることを。
ここからでは顔がはっきりと見えない3人の令嬢は壇上から舞い降りるクシャーラ様をどんな表情で見つめるのだろう?
そしてクシャーラ様の登場と共に、リーゼロット様が選ばれなかったのだと知った、会場内のご令嬢と御令息は今宵不在となった彼女をどう思うのだろうか?
初めから多くの者達に、今回のレースにすら乗っていないのだと判断されていた私に注ぐのは好意的な、そして意欲的なものばかりだ。
ならば彼女達は……?
ユグラド王子とクシャーラ様が登場なされた時の、多くのご令嬢達の顔といったら滑稽だった。なにせ彼女達はリーゼロット様が選ばれることを疑わず、陰でクシャーラ様を嗤い続けていたのだから。
自分達よりも爵位も、学力も、そして手習いですらずっと優っている彼女を。
そしてそのことをクシャーラ様が知らないはずがないのだ。数段上から会場内を見下ろすクシャーラ様の妖精のような微笑みは彼女達の身体を凍りつかせるには十分であった。
「ユグラド王子、クシャーラ様、この度はご婚姻おめでとうございます」
誰もが固まる中、先陣を切るのは候補者の1人であった私。リーゼロット様が欠席なされた以上、私が1人で担う他ないのだ。
いつものように入念に繕った言葉ではなく、ずっと、もう何年もユグラド王子に告げたかった心からの祝辞を目の前の2人に述べる。きっと今の私はクシャーラ様よりも深い笑みを浮かべていることだろう。
「ありがとうございます、ユタリア様」
クシャーラ様はいつも通りの、何を考えているのかわからない柔らかい笑みを浮かべた。ユグラド王子は私の顔をしばらく見つめ、そしてクシャーラ様から少し遅れる形となって「ありがとう」と述べた。
この言葉で私は正式に候補者から外れる。そして会場内の紳士淑女の皆さんにかかっていた硬直はすっかり解かれたように、一斉に2人に祝辞を述べようと進み出す。
今日1番の仕事を終えた私は迫り来る貴族の波に備えて、近くの使用人からグラスを1つ受け取ると喉を潤した。
それから間もなくして、王子達への挨拶を終えた貴族のほとんどはルートが決まっているのかと問いたくなるほどに決まった道順に沿って私の元へとやって来る。
完全にフリーとなったハリンストン家の令嬢に顔と名前だけでも覚えてもらおうという魂胆なのだろう。記憶の中にある名前と顔と照合しつつ、いつ尽きるかもわからない多くの相手をしていく。
おそらく明後日辺りからは夜会の招待状が何枚もの手紙が送られてくることだろう。
すでに彼らよりも一歩先に私へと手紙を出したエリオットはといえば、他の貴族同様に挨拶を終えるとすぐに立ち去ってしまった。そして用を済ませたエリオットは私と同じように多くの人に囲まれる。壁をなすのは彼を目当てにしているご令嬢達だ。この夜会をキッカケにお相手探しを開始するだろうと目星はつけられているのだろう。なにせもう彼が婚約者を作らない理由などないのだから。
噂通り、どのご令嬢にも笑顔で、そして紳士的な対応をするエリオット。彼の姿が人の山からチラリと覗く度に私の心に波紋が生じるのだった。
13.
「お姉様、今日もお出かけ?」
「ええ」
夜会から一夜明け、目覚めてすぐに私は町娘の格好に着替えた。
「今日は何がお目当て?」
「小説。どうしても忘れられないタイトルの本があって……この前は買えなかったから」
「それは面白そうね! 後で私にも貸してちょうだい?」
「ええ、もちろん」
興味津々といった様子で食いついたミランダに小さな嘘をつく。あの本を探しにというただの口実で、私はただ城下町へと赴きたいだけなのだ。
あの男、エリオット=ブラントンに会いたい。
夜会から帰った後で、私の心に住みついたエリオットの姿を一目でもいいからこの目に収めたいのだ。
お父様からお小遣いをもらって、そしてFの棚へと向かう。以前気になっていた本と、お母様とミランダがすっかり気に入ったシェリー=ブロットの本を1冊、本棚から抜き取って慣れた道を辿る。
そして残った40分と少しの間、城下町をフラつくことにした。約束もなしに会えるかどうかなんて半ば賭けみたいなものだ。今のところ、4回中3回と確率的には悪くない。
胸の前で袋を抱えて、何処にいるかもわからないエリオットを探すこと30分。……結局彼に出会うことは出来なかった。
「はぁ……」
仕方ないかとため息を1つ吐き出して、余ったお金でクレープを購入する。いつもの店に行くには少しばかりお小遣いが足りないため、近くのこじんまりとしたお店のではあるが。
「すみません、チョコバナナクレープ1つ」
店員さんにかけたはずの自分の声が妙に低く、そしてこの1ヶ月で馴染み深いものであったことに驚き、声の方向へと顔を向ける。そしてまたその声の主も驚いたような表情でこちらを向いた。
「ユリアンナじゃないか! 奇遇だな」
「そういうあなたこそ。今日は……私服なのね」
すぐにパァっと顔に花を咲かせるエリオット。そんな彼の今日の服装はいつものように騎士団員服ではなく、シャツにジャケットといった、城下町でもよく見かける格好であった。だが社交界に参加するエリオット=ブラントンから想像できる服でない。何というか、彼はいつだってピシッと正装を着込んでいるイメージがある。……あくまで私の中のイメージであって、年中正装でいる人などいないのだろうが。
「ああ、今日は非番で」
私がジロジロと見ていたせいかエリオットは恥ずかしそうに頬を掻いた。その姿がなぜか可愛いと思ってしまうのはきっと、彼がクレープを美味しそうに食べる様子が頭に残っているからだろう。そうでなければ大の男を可愛いなんてそんなこと、思うはずがない。それも相手はあのエリオット=ブラントン。今、社交界で最も熱い視線を送られている男である。その見目の麗しさから格好いいと褒めそやされることはあっても、可愛いなんてそんなこと……。頭を左右に振ってありえないわよ! とこの感情をどこかへと追いやる。そして都合よくかけられた声にこれ幸いと思考を切り替えて顔を上げる。
「お待たせいたしました。チョコバナナクレープです」
私とエリオット、それぞれに差し出されたクレープの片方を受け取ると、彼女の手に対価を乗せた。そしてそれはエリオットも同じこと。
「とりあえず座らないか?」
「ええ」
そしてその流れから以前のように並んでクレープを頬張ることとなった。
「本当に最近、よく会うよな。ユリアンナはこの辺りに住んでいるのか?」
「近からず遠からずってところかしら。エリオットもそうなの?」
「ん? ああ、まぁ……な」
目線を逸らして、言葉を濁すエリオット。確かブラントン家といえば、何かあった時にすぐにでも国王陛下の元に駆けつけられるように、王城からほど近い場所に屋敷を構えているはずである。王都内に屋敷を構えてはいるものの、それでも城下町まで馬車で10分ほどかかるハリンストン家と比べれば近いものだろう。
「城下町には巡回でよく通るんだ。この店もついこの間、巡回中に見つけて」
「それでわざわざ非番の日に食べに来たってわけね。エリオットもクレープ、好きなの?」
「この前ユリアンナと一緒に食べたのが美味しくて。元々甘いものは好きだったんだが、クレープって食べたことなくて……」
「私も初めて食べてからすっかり虜なの! 美味しいわよね、クレープ」
初めて食べたのは6歳の頃、お父様に連れられてやって来た時のことだった。城下の暮らしも知っておいた方がいいとの名目で連れてきてもらったのだが、それは毎日習い事ばかりで忙しい私へのご褒美のようなものだった。見るもの全てがキラキラして見えて、中でも遠くからでも鼻をくすぐるクレープはお父様にねだって唯一城下町で買ってもらったものだった。
薄い紙を通して伝わるクレープ生地の温かさと口に含んだ瞬間に広がるチョコと生クリームのハーモニー。あれから何年も経った今でもあの日の衝撃的な出会いは忘れることが出来ない。だからこそクレープを踏みつけたエリオットが許せなくて、そしてそんな彼が今こうしてクレープを好きになってくれたことが嬉しいのだ。
エリオットが可愛く見えてしまうのも、きっとクレープ効果なのだろう。そうに違いない。そう思うとなんだかしっくりと心にフィットするのを感じた。
「ああ、そうだな」
そう答えるエリオットの表情は夜会で見るものよりもずっと優しいものだった。さすがはクレープだと感心しながら最後の一口、チョコソースが染み込んだ生地を口の中へと投げ込んだ。
14.
機嫌よく帰宅した私の手から獲得した本を受け取ったミランダとお母様は、その日の夜には目を腫らして、私の部屋をズンズンと進むと私の手を取った。
「さすがお姉様が選んだだけあって傑作だわ!」
「さすが私の娘ね!」
どうやら持ち帰った2冊はどちらも2人のお眼鏡にかなったようだった。ちなみに私が真っ先に読んだ本も当たりである。どれも傑作とは選んだ者として、そしてこれから読む者として嬉しいかぎりである。
「良かった。私もいまから読むのが楽しみだわ」
右手はお母様、左手はミランダと繋がった手を外すと2人に手を差し出した。だが2人ともその手を見ると「あっ」と何かを思い出したように声を上げると、ほぼ同時に回れ右をして私の部屋を去った。どうやら2人とも感情が先走った結果、本を持ってくるのを忘れてしまったらしい。
ミランダだけならよくあることなのだが、お母様まで同じように部屋に本を忘れるなど珍しいことだ。私の覚えている限り、そんなことは一度だってなかった。つまりはそれほどまでに面白い話であったのだろう。
1人、部屋で2冊の本への期待を積もらせながら、まだかまだかと2人の再訪を待つ。手は早く本のページをめくりたいとばかりに疼いて、足は一刻でも早く彼女達から本を迎え入れたいと部屋中を忙しなく歩き回る。
トントントンとドアがノックされると返事をするよりも早く来訪者に顔を見せる。その様子に驚くことはない。予想通りの2人はそれぞれに私の手に本を乗せる。ミランダもお母様も口を開けばその感動を漏らしてしまうことを恐れてか、口を固く一文字に閉じていた。だが受け取ったこの本は確かに2人の感動をしっかりと乗せて、重みのあるものへと変わっていた。
再び椅子に腰をおろし、早速開いたのは先にミランダに貸していた方の本だ。以前見つけた作家の作品で、今回私達にとっての2作目となる。
ストーリーはミランダが一番好む王道の、幼馴染とすれ違う物語だ。思春期に親の都合で離れ離れになった少年少女の気持ちが甘酸っぱくて、私の頬も熱を帯びて紅くなってしまう。最後はお約束で、2人は見事に思いを通じあわせたのだった。
ヒロインはちょうど私やミランダと同じくらいの歳だったからか、彼女を応援する気持ちにも熱がこもるというわけだ。
そしてこうなるとお母様に貸した方も気になるもので、普段ならばとっくに寝ている時間にも関わらずもう1冊の本も手に取った。
こちらはシェリー=ブロットの本だ。彼女の作品はシリーズと1冊完結のものを読んだことがあるが、どちらも全く系統の違う、けれどどちらも私達を満足させるものであった。
欲望のままにページをめくり、目を通して彼女の紡いだ言葉を噛みしめる。一文字足りとも逃してはならないと息を吐くことさえ忘れ、最後のページをめくった私の手にはいくつもの雫が乗っていた。ハンカチで手をぬぐい、続いて同じく濡れているだろう目元からも涙を拭き取る。そしてミランダには貸せないなと涙を流させた本の表紙をなぞりながら思う。
これは悲しい恋の物語。
地位も名声も得た男と、男と共になれずとも彼の幸せを祈った女の物語だ。300ページ近くある本で語られるのは女の初恋と失恋なのだ。最後にヒロインは男の手を拒み、代わりに背中を押してやるのだ。関係が変わってしまったことを嘆き、そして彼に手が届かなくなってしまったことに涙した夜を全て呑み込んで、笑うのだ。特にラストの20ページで描かれるのは1人になってしまった後の話。そこから彼女自身の描写はパタリと消える。描かれるのはどれも彼女の身の回りのものばかり。それが余計に切なくさせるのだ。
もしも私なら彼女のように、愛する人の背中を押すことが出来るだろうか?
その答えはまだ私の中には生まれていない。けれどもし、誰かを好きになれたならば……。その時こそこの解答を導き出せるような気がした。
15.
「ユタリア、どうしたんだい?」
「え?」
「目が真っ赤じゃないか!」
結局一睡もせずに朝を迎えた私は、いつもよりも早い時間に朝食を食べようとダイニングルームへと向かった。お腹はギュルギュルと訴えている。今日のご飯は何かしら~なんて呑気なことを考えていると、その場に1番に着席していたお父様が私の泣き腫らした目に驚いたようだった。私の元まで駆け寄ってきて「何か嫌なことでもあったのかい?」と心配してくれるお父様。だが特に嫌なことがあった訳ではない。むしろその逆なのである。
「ああ、これはね」
私が事の顛末を語ろうと口を開くと、お父様は結末を聞くよりも早く、私の背後に立つ人物を捉えた。そして目を見開いて身体を大きく震わせる。
「ミランダに、アシュレイまで……」
「ミランダ、お母様、おはよう」
ああとお父様が驚く理由を納得しながら、ゆっくりと振り向いて同士へと挨拶をする。ミランダもお母様も徹夜で読んで涙した私ほどではないが、その目はほのかに赤らんでいる。あの傑作を前にしてしまえば当然のことだといえよう。
「おはようございます」
「おはようございます、お父様、お姉様」
お互いに泣き腫らした顔を眺め、当然だと言わんばかりに軽く頷きあう。そして何事もなかったかのように席に着く。そしてあいも変わらず目を見開いたまま私達を凝視するお父様の目が干からびてしまわないうちに理由を打ち明けた。
「本を読んだのよ」
それだけ伝えればお父様も「そうか」と全てを理解したようだ。
「私の知らないうちに何か、あったのではないのだな……」
頬を掻きながら、心底安心したといった様子で小さく呟くお父様。するとミランダがお父様の顔をじいっと見つめてから首を傾げた。
「お父様はまだお姉様が城下町で何かあったんじゃないか、って心配しているの?」
「え?」
「こう、頻繁に出かけていると、な……。ほら、ユタリアも一応年頃の娘なわけだし……」
「本を買いに行っているだけよ。そうよね、ユタリア?」
「まぁ、クレープとかお菓子もいろいろと食べてるけど……」
「そうか……。それなら、いいんだ」
その言葉にお父様だけではなく、お母様も安心したように息を吐いた。
「ユタリア、少しいいか?」
朝食を終えた私が部屋へ戻ろうとすると、お父様は自分の後をついてくるようにと手をこまねいた。そしてそのまま着いていくと、お父様の書斎には束になった手紙が3束ほど鎮座していた。
そのうちの1つを私の両手の真ん中に上に乗せて、残りの2つに視線をやる。
「とりあえず、これから目を通してくれ」
「これってもしかして、全部私との結婚を望む手紙?」
「ああ、それは全部婚姻希望の手紙だな。あっちに夜会の招待状は避けてあるから、後で使用人に運ばせよう」
ハリンストン家宛と私個人宛、合わせて何通かは来ると予想はしていた。だがあれから数日しか経っていないというのに、私の手で掴めるのがやっとほどの量の手紙があるのだ。
「……これ、まだお父様が目を通す前のものも含まれているの?」
目の前が揺らぐほどの衝撃を何とか緩和しようと、少しだけ現実的ではない質問を投げかける。するとやはりというべきか、お父様からは呆れたような返答が返ってくる。
「もちろんハリンストンの家柄に合わないものは抜いている」
「……そうよね」
お父様が全てを私に渡すわけがないのだ。だが家柄の釣り合いが取れているものだけを選りすぐっているにも関わらず、この量ともなれば現実逃避をしたくなるのも仕方がないだろう。私は大量の手紙を手に、スゴスゴと部屋へと戻る。
椅子に腰を下ろすとすぐに手紙を束ねている紐を解く。バラバラにしたそれは量に変化はなくとも、私の気持ちを一層憂鬱にさせていく。思わずはぁとため息を溢れてしまう。けれどそんなことをしたところで一枚たりとも数を減らすことはない。そう、減らすためには手と目を動かすしかないのである。早々に諦めることにした私は上から順に手にとっては開封していく。そしてご機嫌伺いが8割を占めるその文章、全てに目を通す。
今の気持ちを率直に述べるならば『辛い』の一言に尽きる。どれを開けても似たような言葉が並んでばかりで、もっと個性を出していけよとうっすらと頭に浮かぶ差出人相手に毒づいてしまうほど。いくら釣り合いが取れるとは言え、先日挨拶をした時に残った特徴も少なく、そして手紙でさえも定型文をツラツラと並べるような相手に興味はない。そうして弾いたものは山をなし、最終的には1つの大きな山が完成した。順番は逆さになってしまったものの、紐でくくればお父様の部屋から持ってきたものと同じである。
「はぁ……」
私だって初めから全ての手紙で『お断り』の山を築こうとしたわけではない。前回の夜会で少しはいい印象に残った何人かいた。だがそんな相手に限って手紙を送って来なかったのだ。
まだ初日だ。仕方ないことだ――そう自分に言い聞かせ、出来てしまった山をポンポンと叩いた。
16.
翌朝、朝食を済ませた私は昨日と同様に、使用人が運んで来てくれた大量の手紙に目を通す。……とはいえ今日は夜会の招待状である。つまりこれは全てお断り出来ないものだ。こちらは婚姻の申し出とは違い、幅広い爵位から送られてきている。
今、ちょうど手の中にある招待状なんて、伯爵家から送られてきたもので、日時は半年以上も先のものだ。おそらく、その時には決まっているだろう婚約者と共に来ることを見越してのことだろう。婚姻は見込めずとも、この機会に少しでも顔を売っとこうというのだ。そのガッツは貴族として褒められたものではあるのだが、昨日の手紙の山と同じくらいの高さのある手紙に、こちらの都合も考えずに送ってくるなとついつい突っ込みたくなる。
すぐに忘れてしまうからと、カレンダー上に次々に書き込んでいくと、あっという間に1ヶ月後からの予定は埋まっていく。それはもう、城下町へ行く時間が全くないじゃないか!と顔の血の色が一気に引くほどに。
だが部屋で硬直していても何も変わらない。とりあえず昨日の手紙の束を持って、私が出した結論をお父様へ伝えるために書斎へと向かった。
あわよくば、そのままお小遣いをもらって城下町で何か甘いものを食べたいという願望もある。1ヶ月もすればそうやすやすと行けなくなると分かった以上、行けるうちに行っておきたいと思うのは仕方ないことだろう。
……もちろん、お父様から許可が降りなければ行けないけれど。約束は約束なのだから、それは仕方のないこと。それよりも目先の目標は、どうやってこの手元にある手紙の束をそのまま返却するかである。そのミッションが達成できなければ、頭に次々と浮かぶ城下町のお菓子にはありつけはしない。
エリオット=ブラントンとの婚姻を望む手紙が来た時は頭に血が上っていて、即お断りを入れたわけだが、よくよく考えれば彼は、ハリンストン家にとって中々好条件の人材であった。
そして冷静になった、クレープ事件に区切りをつけた今から思えば、あの時お父様が簡単に引いたのは少しだけ気になる。
昨日、目を通した手紙の差出人のほとんどが、エリオットとは違ってすでに婚約者がいる。それはそうだろう。ミランダやユラと同じように10を過ぎたあたりから、またはそれよりも前に婚約者を用意しておくのが常識だ。そしてすでに婚約者がいる方と婚姻を結ぶ場合にはそれ相応のリスクが存在する。
今回は駆け落ちとかではないので、話し合いにてよって解決するのだろうが、それにしても相手側に納得してもらえるように何かを差し出すものだ。それはお金であることが多いらしいが、そうするとお父様が当初計算していたものとは多少なりとも外れてしまうだろう。中にはハリンストンと縁を結べるのなら安いものだと、大金を払ってでも婚約破棄をしだす者もいるだろう。
それだけの価値が今のハリンストンには、8年間の役目を終えた私にはあるのだ。
だが、大幅に資産を減らしたその家と縁を結ぶことがハリンストンにとっていいこととは言えない。借財なんて作っていたら目も当てられない。
私の頭だけで考えうる範囲を網羅していくと、なぜあの時、無理にでもブラントンとの婚姻を進めなかったのかが気になって仕方がない。私だってお父様にそうしろと言われれば、断りはしないのだ。そしてそのことはお父様がよくわかっているはずだ。
「お父様、手紙のことなんだけど……」
「ああ、いい人はいなかったのかい?」
「…………はい」
こんなに量があって、その中で1人でさえも、候補ですらも選び出せなかったのだと認めるのは、少しだけ後ろ暗いものがある。けれどお父様はそんなことなど気に留める様子もなく、あっけらんかんと「そうか」と言ってのけた。
「それで夜会の誘いの方は全部日時と主催者は把握したかい?」
「え、あ、はい。……って、私がこれ、全て断るって言っているのに、お父様は止めないの?結構いい家柄も揃ってたけど……」
ブラントン家のことといい、今回といい、この調子で私が端から来るものを拒み続けたらどうするつもりなのかと首を傾げる。
「ん? ああ、それより条件の良いものがあるから、もし送られてきた手紙の全てをユタリアが断ったとしても困らないよ」
「え? それは初耳なんだけど?」
お父様のこの様子からして、その条件の良いものという名の切り札は元々用意されていたようだ。ブラントン家の夜会くらいしか糸口を見つけられない私は、脳をフル回転させて選ばれる可能性がある者の捜索を開始する。けれどそんな相手なんているかしら? その正体になかなか辿り着かない私の眉間には次第にシワが寄っていく。するとお父様はまるで宝物を自慢する子どものようにふふふと笑う。そして勿体つけてからやっと教えてくれたその名前はまさかの人物であった。
「ライボルトだよ」
「へ?」
あまりにも意外すぎて思わず呆けたような声が出てしまう。だってまさかライボルトが相手なんて、そんな選択肢は一瞬たりとも私の頭に浮かびはしなかったのだから。
17.
ライボルト=ハイゲンシュタインはユラの兄で、私の従兄弟にあたる男である。歳は私よりも3つほど上。そんな彼にも他の御令息方と同様に、婚約者がいる。彼女とは確か仲は良くもなく、悪くもなくといった感じだ。
後々公爵家当主の座を継ぐライボルトの婚約者は同じ公爵家の長女で、ただでさえ近しい親戚関係にあるハリンストン家の娘である私と婚姻を結ぶより、その婚約者と夫婦となった方が明らかに利益は大きいはずだ。そんな私でも簡単に行き着くようなことを、お父様や叔父様がたどり着かないわけがない。それなのにこんな切り札のように掲げてくるなんて、絶対何か裏があるに決まっている。その理由を聞かずして、あらそうなの? それはいい話だわ! なんて頷くほど、私は愚かではない。もちろん理由を話してくれるんでしょう? とお父様の顔をじいっと見つめれば、お父様は相変わらずの顔で、今度は焦らすことなく答えてくれた。
「昨日、やっとあちらの家とも決着が付いたらしくてね」
「決着って、まさか……ついにライボルトが何かやらかしたの!?」
あまりにも想像通りの答えに思わず正直な言葉が口から豪速球となって飛び出してしまう。
私が言うのもなんだが、はっきりいってライボルトは性格があまりよろしくない。私達の間に亀裂が生じるまで、12歳まではそこそこ交流のあった従兄弟を思い出して顔を歪める。
元々ライボルトとは仲が良かった。私も彼も読書が好きで、今でこそユラの影響でロマンス小説にただハマりしている私だが、昔はライボルトの影響で冒険小説やファンタジー小説をよく読んだものだった。お互いに好きな本を送りあって、感想を交わして……。ユグラド王子との決められた時間を過ごし続けなければいけない私にとっての楽しみの1つだった。……けれどそれは唐突に、ライボルトの裏切りによって決裂する。
ある日のこと、ライボルトから大量の手紙が届いた。いつもなら本も一緒に届くはずなのに、おかしいなと思いつつもその手紙に目を通していった。
……それが間違いだった。
大量の便せんにビッシリと書かれていたのはライボルトの近況でも、私が送った本の感想でもなく、私が未だ読んだことのない本の内容だった。それも家庭教師によく褒められるのだという理解力の高さをフル活用して、要約されたそれは10枚にして約30冊分のネタバレが含まれていた。
それに私は怒り、ライボルトとの連絡を絶ったというわけだ。
だが今になって思えばあれは嫌がらせでも何でもなく、勉強で忙しくて中々本を読む時間がないのだとボヤいた私への、ライボルトなりの心遣いだったのだ。一言でも彼の言葉が付けてあれば気づくことが出来たのだろうが、一方的に本の内容だけ送られてきて、そのことを理解出来るほどその頃の私は大人ではなかった。
そんなこんなで切れた文通関係ではあるが、それまでに行き交った手紙の中でライボルトが婚約者をあまりよく思っていないのは知っていた。
何をしても、何を話してもつまらない――といつだって彼は交わされる手紙の中で愚痴をこぼしていた。
あれなら花瓶に生けられた花に話しかけた方がマシだと書かれていた時もある。本が好きなライボルトにとってその話が出来ないのはよほど辛いことなのだろう。だが、使用人や家族に彼女と共に遠駆けでも行ってきたらどうだと言われ、1時間もしないうちに帰ってきたというエピソードは中々に酷いものだった。
ライボルトの言い分としては、どうせ結婚することが決まっているのだから、わざわざそんな面倒なことをしなくてもいいだろうに、だ。
それはそうなのだが、それにしてももう少しくらい相手に気を使ってもいいのではないか?と、性別と爵位くらいの共通点しかない、ライボルトの婚約者を可哀想に思ってしまった。
それについ2年ほど前に送られてきたユラの手紙には、ライボルトへの愚痴が書かれていた。
相手の誕生日に何を贈っていいのかわからないからと、ついには使用人に選ばせるようになった――と。本当に今も昔も、興味のないものには義務以上の働きはしない男なのだ。
そんなライボルトがついに相手方を怒らせて婚約破棄にまで至ったのかと、何をしでかしたのだと前のめりになって聞き出そうとするとお父様はフルフルと首を左右に振った。
「違うよ。やらかしたのは相手の方。まさか今になって、それもよりによって庭師と駆け落ちするなんて」
「駆け落ち?」
「そう、もう少しで結婚だったんだから、もう少しだけ我慢しておけば良かったのにね。……まぁ、お陰でハイゲンシュタイン側は違約金やその他もろもろを大量に取れたから、婚約者を失うよりも多くの利益を得たわけだけど……」
ロマンス小説には身分差がテーマで、主人公達が駆け落ちをして家を捨てていくものもある。けれど一貴族の視点から見ると、それはあまり現実的なものではなかった。もちろん完全なるフィクションとして楽しむことは出来た。けれどそれはフィクションだからいいのであって、現実の世界の話となれば事情が変わってくる。貴族として産まれた以上はその責務を果たすべきで、家を捨てるなんてそんな選択肢は私の中に発生したことは一度だってない。それに平民の間では、愛人を持つのはよろしくないこととして捉えられることが多いが、貴族の間では夫婦とも愛人を囲っていない者など数少ない。お父様もお母様も政略結婚の割に仲がいいため、愛人は囲っていないようだが、何も政略結婚をするから恋愛感情を捨てるなんてことはしなくていいのだ。
身分差があるのなら使用人として迎え入れるなり、家を買い与えてそこに暮らさせるなりすればいいのだ。わざわざ家を捨ててまで結婚する意味がない。それなりの地位があればなおの事である。リスクどころか損害が大きすぎる。
特にライボルトの元婚約者は公爵令嬢。彼女の家族もまさか駆け落ちなんかをするとは思わなかっただろう。それも最悪のタイミングで。だが子どもの責任は親の責任。ひいては家の責任である。貴族としての意識が足りず、家族もその兆候に気づけなかった……と。夜会やお茶会で何度かお会いする機会はあったが、そんなことをする方には見えなかった。そういえば聞こえはいいが、正直に言ってしまえばそんな度胸があるようには見えなかったのだ。そんな彼女が……ねぇ。さすがに今はもう彼女に同情する気持ちは一切ない。もう二度と顔を見ることはないだろうその女性は、愚かな人だったのだなぁと冷えた気持ちだけが残るだけである。そして脳内メモにきっちりとその家名を刻み込む。
ハイゲンシュタインとの婚約を蹴った家として、そして子の教育に失敗した家として。次の夜会で彼女が交流を持っていたご令嬢達についても探る必要がありそうだ。だがその情報はそう苦労せずとも手に入るだろう。なにせ夜会は常に刺激を求める貴族達の社交場。足を大きく踏み外した家を炙りあげるのは大のお得意である。そしてその友人ともなればたちまち渦中の人となることだろう。早速次の手を打つ算段を立てていると、お父様はニコリと笑って私の肩に手を置く。
「そんなわけで、ライボルトは今のところ新しい相手を探していることだし、いざとなったら彼がいるからそう気負わずに選ぶといいよ」
「…………いくら婚約破棄されたばっかりとはいえ、ライボルトは私が相手じゃ嫌でしょう……」
「ハイゲンシュタインはこの話、結構乗り気だよ」
「ライボルトは何か言ってた?」
「今度、オススメの本持ってこっちに来るって。ライボルトらしいよね」
それは何ともライボルトらしい。というよりもこの数年間で全く変わっていないようにも取れる。彼個人が乗り気かそうでないのかはさておき、ライボルトを夫にという選択肢があることで一気にお相手選びの気が楽になる。
なにせライボルトは社交界で取り繕っている私も、家の中の私もよく知っているのだ。結婚後も今まで通り、中と外でオンとオフがはっきりとできるので、一番気が楽といえば楽だ。
だがライボルト……か。
夫としては中々、好条件ではある。当主の妻になるという点では若干面倒臭くはある。だがハイゲンシュタイン家は私の身内でもある。ハリンストン屋敷にいる時と同様、とまではいかずとも彼らにもあまり気を使わなくてもいいのだ。
だけど気になることはある。
こんなにいい条件を連ねても、やはりどこかが引っかかってしまうのだ。だが肝心の『それ』がどこなのかは自分自身でもよくわからない。
「ねぇ、お父様。そのことはちゃぁんと考えるから、城下町にお菓子食べに行ってきてもいい?」
こんな時はそこそこの運動をして、糖分を補給するのが一番である――というのはもちろん建前である。新たな重大情報を得た私ではあるが、城下町に繰り出したいという欲求は収まりそうにないのだ。
「はぁ……。いいよ、どうせ今の内しか行けないだろうし」
「ありがとう、お父様! 大好きよ」
「その代わり、明日は空けておくこと。早速針子を呼んで新しいドレスを何着か作らせるから」
「わかったわ!」
ため息をついて呆れた様子ではあるけれど、なんだかんだいって娘に甘いお父様からお小遣いをもらう。そして早足で自室へと向かった私は、慣れた手つきで着替え終わるとすぐに城下町へと繰り出すのだった。
18.
今日は2000リンス全てを食べ物に費やすぞ!と決めた私は、さて今日のオヤツは何にしようかとターゲットを探し出すため、城下町をブラブラと散策することにした。
大通り沿いにはチラホラと露店が並び、チュロスやポップコーン、焼き栗といった片手でも食べられる、比較的安価なお菓子が並ぶ。それと対照的に店を構えている焼き菓子屋さんは露店よりも値段は上がるものの、ラッピングがしっかりとなされており、屋敷に持ち帰って食べることも可能だ。そして喫茶店というのに入れば、ゆっくりとケーキとお茶が楽しめるらしい。露店で買えば何種類か楽しめ、焼き菓子屋さんで買えばミランダへのお土産が出来、喫茶店に至っては城下町に来れる今しか入ることは出来ないだろう。どうしたものかと空を仰いで、自問自答を繰り返す。そしてよし決めた! と前を向くと前方からやって来た男と目が合う。
「ユリアンナ、奇遇だな!」
「ええ、本当に」
エリオットだ。なぜこうも城下に出向く度に会うのかと疑問に思う。が、その疑問はすぐに解決した。彼の手には露店で買ったであろうお菓子が数種類握られているのだ。そして何より、今日の彼の外見は以前会った時とまるで違った。今日のエリオットの服装はいつも身につけている騎士団服と比べれば随分とラフな格好である。けれども貴族らしくいい生地で仕立てられている服はシンプルながらも品を感じさせるものだ。そしてそれに合わせてか、髪型もいつもとは違い、ワックスで撫でつけられておらず、サラッととした髪がそよそよと風に吹かれている。普段が『紳士』と例えられるのならば今は『爽やかな好青年』と言ったところだろうか。もしもこの場に彼に想いを寄せているご令嬢が居れば頬を桃色に染め上げてしまうことだろう。
「良かったら一緒に食べないか? クレープを食べて以来、色々食べたいものが増えて……それで久々の休日だと思ったら抑えきれなくて、買いすぎた」
「いいの?」
「さすがにこの量を1人じゃ食べきれないから、ユリアンナさえよければ食べるのを手伝ってくれると助かる」
「じゃあ、お言葉に甘えることにするわ!」
子どものようにくしゃりと笑うエリオットは服装や髪型と相まって、いつもとはまるで別人に見える。だが私からすればただの同士である。彼の後に続いてベンチを目指す。するとドリンクスタンドが目の端に留まった。今日の気候は比較的暖かくて過ごしやすい。だがそれでもお菓子ばかりじゃきっと喉が乾いてしまうことだろう。大きく数歩踏み出して、エリオットよりも前に前に出る。
「飲み物買って来るわ。何がいい?」
「え?」
「お菓子を分けてもらうお返し、には足りないだろうけど……」
「気にしなくてもいい」
「気にするわよ。それで何がいい? 希望がないなら適当に買っちゃうけど?」
「……そうか。ならコーヒーを頼む」
「分かった」
先にベンチの方へと進もうとはしないエリオットに「先に席取っておいて」と声をかけてから、彼の分のコーヒーと、私の分のミルクティーを注文する。
「はい、コーヒー」
「女性に奢ってもらうなんて……悪いことをした気分だ」
「悪いことなんて何もしていないでしょう? 第一、お菓子を分けてもらうのに何もお返しできなかったら、身体がむず痒くなるわ」
「君は……面白い女性だな」
「そうかしら?」
「ああ。少なくとも私は君みたいな女性とは初めて会ったよ」
「そう……」
エリオットは全く気づいてはいないが、城下町でクレープを踏まれた時が彼との初対面ではないのだ。それに私みたいな女は少なかろうが他にも何人かはいるはずだ。おそらくは貴族の中でも探せば1人くらいはいるはずだ。…………社交界ではボロが出ないように隠しているだけで。
面白い女性だと言ったその表情に嫌悪は含まれていないようにも見えた。というよりそもそも嫌いな女ならベンチにすら誘わないだろう。だが貴族というものは外から見えるものだけが全てではない。いつだって水面下では何事も計算し尽くすものである。
「ユリアンナ、これはチュロスというらしい。チョコレート味とプレーン味があるのだが、どちらがいい?」
「……それは半分に折ってどちらも食べてみるのはどうかしら? どちらかではなく、どちらも食べれるわ」
「それは名案だ!」
だがチュロスを折って、短くなったそれを満面の笑みで差し出して来る目の前の男と、それを受け取る私の関係は、公爵令息と公爵令嬢ではない。甘いものが好きな騎士とただの町娘なのだ。
「「……美味しい」」
だから2人は自分の立場などはひとまずベンチにでも置いて、たくさんあるお菓子を半分に分けて、食べていくのだった。
それ以来、城下町に行くと必ずといっていいほど何かしら甘いものを手に持っているエリオットと遭遇するようになった。
「ユリアンナ!」
今日もドレスの採寸やら、新しいポンチョの製作やらで、数日ぶりに城下町に遊びに来た、もといお母様におつかいを頼まれたのだが、本屋さんから出て数分としない間にエリオットと鉢合わせることとなった。
会うたびに違う店のお菓子を手にしているあたり、クレープを食べて以来、相当甘いものにハマったのだろう。実際、お菓子を食べている時のエリオットは本当にいい笑顔を浮かべる。社交界のご令嬢方がこの顔を見たらきっと、意外な一面を見たと今まで以上に惚れ込みそうなほどに可愛らしい。成人を過ぎた男性にこのような感想を抱くのは失礼かもしれないが、口にしなければ大丈夫だろう。
それにきっと、エリオットは社交界ではこんな表情を浮かべることはない。あくまで社交界とは関係のない (と思っている) ユリアンナの前だからこそ見せられるのだろう。彼も私もお互いをオヤツ友達と見ている節があるというのも大きい。
「ユリアンナ! 今日はあの店に入ってみよう! チョコレートケーキが美味しいらしい!」
「美味しいチョコレートケーキですって!? それは是非一度食べてみたいわ」
城下町にいる時は、こうしてユリアンナとしてエリオットと対峙する時はお互いの身分を忘れられる。
けれどタイムリミットが迫っているのも確かなのだ。
ここに来る前だって、お針子に夜会に着て行くためのドレスの最終調整をしてもらっている。そして1週間後には頼んだものが全て完成する。
限りあるからこそ、大切なこの時間を噛みしめるように口一杯に頬張ったチョコレートケーキは、甘いものばかりを食べている私には少しだけほろ苦かった。
19.
終わりの時間までに出来る限り食べたいものは食べ尽くしてしまおう! と心に決め、時間が許す限り城下町へと足を運んだ。さすがに全てを食べ切るには時間が足りない。持ち帰り可能な店はチェックをして、後日使用人に買いに行ってもらえるようにお父様に頼み込みもした。
だからメインに巡るのは露店である。
あれだけはその場で食べるからこそ美味しいのだ。雰囲気や出来立てを楽しめるというのも美味しさのエッセンスになっているのだろう。
そして城下町に顔を出す度に、露店巡りにハマったらしいエリオットと分け合ってお菓子を食べる。
――その時間は何よりも幸せだった。
今朝方、お父様からライボルトが明日ハリンストン屋敷を訪れることを告げられた。そして使用人からは針子に頼んだドレスが完成したことも。
城下町に出かけたいとお父様の顔を覗き込むと、そっと頭を撫でてくれた。
「今日で最後になるかもしれないよ」
もちろん私自身も分かっていた。けれどお父様がそう呟いたその念押しのような言葉は私の心に重くのしかかる。
楽しい時間には必ず終わりがつきものなのだ。8年の代償がわずか2ヶ月もない自由な時間――そう言ってしまえば、あまりにも短く儚いもののように思えるだろう。けれど、私にとってその時間は一生忘れられない輝かしい思い出になるのだ。
お父様が最後だからとたくさん入れてくれたお財布を入れ、私は城下町へ、エリオットの元へと旅立つことにした。
楽しかった時間のお礼に、お菓子でも奢ろうと思ったのだ。何だかんだでいつもエリオットは飲み物くらいしか払わせてくれなかったから。
そうだ、以前ベンチから真っ赤な日よけの見えた喫茶店に入ろう。もう露店のお菓子はあらかた食べつくしてしまったから。最後くらいはゆっくりケーキでも、とそう思った。
――けれど、エリオットはその日、城下町には居なかった。代わりにエリオットを探す私に声をかけたのは他の男だ。
「探しても今日、エリオットは来ないぞ」
「え?」
「あんた、いつもエリオットといる女だろ? 俺はリガードっつって、あいつの……まぁ友人みたいなもんなんだけどよ」
「はぁ……」
エリオットの友人だというのは初耳だが、名前は名乗られなくても知っている。この男は、リガード=ブラッド。口は悪いがこの男もまたブラントン家と並ぶ有名な貴族である、ブラッド家の三男だ。学園に在学中からブラッド家の未来の当主として期待されていた長兄と、剣の腕を国王陛下直々に見初められた次兄にコンプレックスを抱いているらしく、夜会はおろか学園にもほとんど顔を出したことがない。
そんな天然記念物のような男ではあるが、一度見たら忘れないほどの美形であるが故にほとんどのご令嬢なら彼を知っているだろう。エリオットがロマンス小説でいうところの、正統派王子様キャラならば、リガード=ブラッドは一匹オオカミの狩人のようなものだ。何度か夜会やお茶会で彼に対するご令嬢方の評価を耳にしたことがある。なんでも美形だが、目つきの悪いところがいいそうだ。リットラー王国の貴族のほとんどが内面はともかくとして、外面は優しげな者が多いため、目新しさもあるのだろう。私もその姿をこの数年で、両手の指で数えきれるほどしか見かけたことはないが、はっきりと覚えていた。
美形の御令息としてではなく、その珍しさから近い将来に幸せを運んできてくれる存在として。
そんな男が一体何の用だと顔を上げると、リガードは都合が悪いことでも起きたのか、途端に顔を歪める。
「あんた、エリオットに好意を持ってるならさっさと諦めろ。あいつには……好きな女がいる。あんたよりもずっと身分の高い女だ。初対面でこんなことを言うのは酷だが、あんたじゃ絶対に敵わねえ」
「はぁ……
「なんだよ、その気の抜けたような返事は!?」
「いや、その、私を心配してくれているのかと思いまして。驚きました」
ユタリア=ハリンストンとしては何度か会った、というよりも見かけたことはある。だがいつだって機嫌が悪そうに顔をしかめている彼が、まさか初対面(だと思っている)女の気を使えるような人だとは思わなかった。こんな嫌われ役みたいなのを自ら買って出るとは……。私の中のリガード=ブラッドの好感度は元からそんなに高くなかったこともあり、絶賛うなぎ登りである。
「あんた……変わった女だな」
「よく言われます」
家族限定ではあるが。だが変わっているからと言ってもそれを気に病んだことはない。貴族なんて多少なりとも変わり者でなければやっていけないのだ。
「顔は似てても性格まで同じとは限らねぇか……」
「え?」
それは誰と比べてなのだろう?
そう、尋ねるよりも早くリガードは「ああ、まぁ、なんだ……」と言葉を探すように頭を掻いて、結論を導き出す。
「まぁ何はともかく、エリオットは止めとけ」
私はリガード=ブラットという男をどうやら誤解していたらしい。困ったように目を細める彼はどっからどう見ても『いい人』である。身内や友人でもない相手に利益の見込めない行動を取れる人というのは案外少ない。これを機に彼への評価を改めなければならないなと反省する。けれどそんなリガードは1つだけ大きな勘違いをしている。
それも致命的なものを。
20.
「彼とはただの、オヤツ仲間ですよ?」
確かに私はエリオット=ブラントンに好意を持っている。だがそれはリガードの心配するようなものとは違う『好意』である。恋愛ではなく、友愛に近い。それに素性もわからない女、ユリアンナに恋愛感情を抱かれたとしてもエリオットは受け入れることはないことぐらいわかっている。
エリオットもまた貴族なのだから。
それに貴族として、ユタリア=ハリンストンとして恋情を抱いたとしても、受け入れられることは難しいだろう。なにせ結婚の誘いを速攻で断ったのだ。その後で夜会の誘いが来たわけだが、それはハリンストン家と交流を持つことで、何かしらの利益があると考えたからに他ならないだろう。ブラントン家がとったのはなんとも貴族らしい行動だ。そして彼らはこれからも貴族であり続けることだろう。間違った道など選ぶことは到底ありえない。
「オヤツ、仲間?」
「はい。今日も美味しいケーキを出す店に一緒にいこうと思って探していたのですが……居ないなら仕方ありませんね。1人で行きます」
最後にお礼くらいはしたかったのだが、会えないのなら仕方がない。今まで何度も遭遇しているが、エリオットもまた貴族なのだ。忙しくて会えなくとも仕方がないことだろう。それにそもそも私達は約束をしたことなど一度だってないのだから、こんな日が今までなかったことの方が奇跡だった。
……だがエリオットに会えなかったからといって、その計画を曲げるつもりは微塵もない。行くと決めたからには行くし、例え一人だろうがケーキは食べたい。
「……1人、で?」
リガードは信じられないといった様子で、頬をヒクヒクと痙攣させる。喫茶店というものに入るのは今回が初めてではあるが、何度かその店を利用する客を見たことはある。その中には1人で入って行く者もいた。私が見たひとり客は皆、男性ではあったものの、女性のみのグループで入る客もいたから断られることはないだろう。
「はい、そうですが……何か問題でもありますか?」
もしや喫茶店は女性のひとり客は受け入れないのかと首を傾げて、リガードの様子を窺う。けれどそういうわけではないらしく、うんうんと唸りだしてしまう。
「問題があるわけではない、が……だが、一人で……か。……その店にモンブランはあるのか?」
「へ?」
なぜここのタイミングでモンブラン?
喫茶店のルールが分かっていないから浮かび上がる疑問なのか、それともリガードが唐突にモンブランの有る無しを問うことが変なのか。どちらがおかしいのか分からず、彼の瞳をじいっと見つめる。すると赤くなった顔で地面を見つめながら小さく呟いた。
「モンブランは出してんのかって、聞いてんだよ」
やはりモンブラン登場の意味はわからないまま、とりあえず以前見かけたメニュー看板を思い起こす。
「あった、と思います」
緑色のボードには確か白地で『モンブラン』と書かれていたはずだ。そのことを伝えるとリガードはぱぁっと嬉しそうな顔を上げる。
「ならエリオットの代わりに俺が行ってやる。あいつがただのオヤツ仲間ってなら一緒に行くのは俺でもいいだろう?」
「リガード様は……お優しいんですね」
「そんなんじゃねぇよ。そんなことより、敬語なんてやめろ。後、リガード様ってのも。気持ちが悪りぃ」
「わかったわ!」
「そんであんた、名前は?」
「ユリアンナよ」
「そうか、今日だけの付き合いだとは思うが、よろしくな、ユリアンナ」
目つきは相変わらず悪いリガードが子犬のように見えるのは、きっと私だけではないはずだ。
リガードは店内へと入ると、店いっぱいに広がる甘い香りにクンクンと鼻をヒクつかせて頬をほころばせた。さすが今日だけとはいえ、オヤツのお供を名乗りでるだけあって、彼も甘いものが好きなようだ。
リガードがモンブラン、そして私がガトーショコラを注文した。そしてケーキが出来上がるまでの間、彼は少しだけ自分のことを打ち明けてくれた。
甘いものが好きだが、家族が過保護気味で中々こうして食べに来ることは出来ないのだ、とか。
エリオットとは昔からの付き合いなのだ、とか。
女性の付ける香水などの強い匂いがあまり好きではないのだ、とか。
貴族のユタリア相手には口が裂けても言いそうもないことばかりである。やはりリガードもユリアンナ=ユタリアとは辿り着かないらしい。確かにお化粧はしていないし、地味な顔である。それに服装は完全に平民に擬態できている自信がある。だからこそこんなに呑気に城下町に足を運べる訳だが、こんなにも知り合いにすら気づかれないものかと我ながら感心してしまう。まぁ目の前の男の場合、ユタリア=ハリンストンの顔を覚えていないだけという可能性は捨てきれないのだが。それはそれで好都合だと、大人しく彼の話に耳を傾ける。
「ユリアンナはあんまりそういう匂いはしないのな。女って大体なんか付けてるんじゃないのか?」
お待ちかねの、頭にマロングラッセが乗った黄色いモンブランを口いっぱいに頬張って、顔一面を幸せ一色に塗り替えると、機嫌を良くしたリガードはこてんと首を傾げた。
女性にそういう質問をするのはあまり良くないとは思うのだが、いかんせん私にはもうリガードが子犬にしか見えない。気をぬくとすぐに彼の頭に伸びそうになる手を抑えながら、彼の純粋な質問に答えることにする。
「確かにいつも付けている人もいるけど……。私は大事なお出かけの時とかには付けるけど、普段は香水とか付けてないわ」
「そうなのか?」
「だってお菓子の香りが鈍るでしょう?」
ユタリア=ハリンストンがそう答えれば、貴族の淑女としてそれはどうなのかと眉をひそめられるだろうが、今の私はユリアンナである。街中でのリガードの言葉から察するに、私が貴族の、それも公爵家の令嬢だなんて考えもしていないだろう。いいところで商家の娘程度。だからどんなに変わった答えを返したところで、変な町娘だとしか思わないはずだ。ハリンストン家にダメージはない。ならばと正直に答えてみた。
「やっぱりあんた、変な女だな」
すると予想通り、リガードはこんな私をそう表す。
モンブランをたんまりと詰め込んだ、幸せそうな笑顔で笑いながら。
馬車降り、落ち着きのない気持ちをギリギリまで抑えつけた私は再びあの場所、Fの本棚へと向かった。以前とは違い、ポツポツと穴が空いている。さすがはロマンス小説。たった数日にしてここまで売れてしまうとは……。それだけ王都には同士が多いということだろう。隠しているだけで、貴族のご令嬢の中にも結構な数がいるだろうということは想像に容易い。だが変に詮索をするつもりはない。物語の前では皆、一様に読者なのだから。
その同士が作り出した穴の左右を中心に、いくつか興味のあるタイトルを取り出してはパラパラと数ページめくってみる。そしてこれは! という作品を4冊ほど見つけ出した。そのうち1冊は作者が被っていたため、タイトルを頭に刻み込んで本棚へとお帰りいただいた。もちろん、1冊が気に入ればまたお迎えにあがるつもりである。
他の3冊はお母様の希望通り、シェリー=ブロットのものを。今回は余裕があることからシリーズものを選び抜いて、手元に番号以外タイトルが同じものを積み上げる。こうして合計6冊もの本が私の腕へとのし掛かる。それと同時に本へ対する思いもまた積もり積もって行く。
特にシェリー=ブロットの作品以外の3冊は初めの数ページを読んでしまったものだから、早く読み出したいと気持ちばかりが急いているのだ。会計を終え、気持ちだけなら今すぐにでも空の彼方へと飛んでいきそうになりながら馬車へと足を運んだ。
帰りの馬車の中、6冊の本が入った袋を抱えながら首をひねる。城下町から遠ざかる度に、何か物足りないような気持ちが胸の中で膨らんでいくのだ。今回の目的である、小説はお母様の希望通りに買えた。先ほど見送った1冊は熟考の末に棚へと戻したし、その作者が気に入った時に再び手に入れられるよう、タイトルだって覚えている。
だというのに、私の心は城下町から離れがたく思っているのだ。理由は私自身もよくわからない。わからないからこそ想いは膨らんでいく。
やがてその想いは本をいち早く読みたいという気持ちさえも押さえつけていった。
「なんだろう、わかんないとイライラする……」
そして私は深く息を吸い込んでリラックスをしてから、今日の出来事を1つ1つ思い出すことにした。
まず初めにお母様から呼び出されて、その後にお父様とミランダに城下町に行くことを伝えた。
うん、特に引っかかることはない。
そして馬車に乗って城下町へと向かい、前回と同じように本屋さんへと入った。
ここも以前と同じ。
本屋さんで満足のいく本を購入した私は馬車へと戻り、今に至る――とここまで辿って、ああと1つのことに気づいた。
今日はエリオット=ブラントンに出会わなかったのだ。
毎回毎回会っていたものだから会わないと違和感を覚えてしまっていたのだ。
そうか、エリオットかと彼のことを思い出すと空いていた穴は徐々に小さくなっていった。だが屋敷に着いてからも、楽しみだった本を読み始めてからもその穴が完全に埋まることはなかった。
12.
「髪はいかがいたしましょう?」
「今回の主役はあくまでユグラド王子とクシャーラ様だから、あまり目立ち過ぎず、だからといって地味過ぎず……。ああ、リーゼロット様はどうするのかしら?」
お母様とミランダが針子と話し合って出来たのは海よりも深い、どちらかといえば闇夜に近い、青のドレスだった。一見すると地味すぎるようにも見える色だが、それも会場に入れば鮮やかな物へと変えるのだという。夜会に着ていくには色が暗くない? と尋ねた私に興奮気味のミランダが教えてくれた。
……ということで、私は今、ドレスに負けないような顔をハリンストン家自慢の侍女達によって作成してもらいつつ、今宵の髪型の相談をしている。
メイクの方はさすがこの6年間、私の地味顔を隠し続けてきただけあって威厳のある顔が作り上げられていく。そして髪型は優柔不断な私があまりにも迷うもので、結局いつも通り、私の頭上で行われる侍女達の会議によって決められることとなった。
「ユークリッド家の夜会に参加した時の髪型にアレンジを加えましょうか!」
ちなみに私はユークリッド家の夜会での髪型を覚えていない。なにせ8ヶ月も前の夜会だ。話した内容ははっきりと覚えているが、流石に自分の髪型まで覚えている余裕などない。だが彼女達に任せておけば今日の私に一番似合う髪型をセットしてくれるはずだとそれ以上は考えるのを止める。
30分ほど経った頃、前に用意された鏡へと視線を移す。するとそこに映る私はハリンストンの娘に相応しい姿であった。ここ最近、城下町に出向いている私と同一人物とは思えない仕上がりである。メイクもバッチリ、髪型もスッキリと決まっており、ドレスに至ってはミランダの太鼓判付きである。
空から吊り上げられるように、背筋をピシッと伸ばして前を見据える。そして一歩、屋敷から踏み出す。その瞬間、私は石膏で固めた仮面を貼り付け、『窓際の白百合』、ユタリア=ハリンストンへと変わる。
今日のお供は城下町に出向く時の小さな馬車ではなく、今宵のお供は権力を誇示するために体にハリンストンの家紋を入れた馬車だ。
ドアを開いてもらい、地上に降り立てば誰もが私に視線を注ぎ、そして会釈をする。それらに小さく返して、そして開いた道の真ん中を堂々と闊歩する。
ここで私が1人で歩いていることはつまり、選ばれなかった令嬢ということなのだが、誰も私が選ばれることを予想していなかったためなのか、視線はいつもとあまり変わりない。会場へと入り、そしていつも通り窓際へと移動する。この場所を選ぶのは人が少なくて落ち着くという理由の他に、意外と会場全体を見回せて便利だからという理由も大きい。
正式発表がされていない現段階では誰にも声をかけられることはない。だからこそ今のうちに私と同じ立場のリーゼロット様を見つけ出そうと視線をゆっくりと動かす。だが一向に彼女らしき姿は見つからない。
『社交界の赤薔薇』と呼ばれるリーゼロット様がその他の令嬢に埋もれて見つけられないということはまずあり得ない。だがまさかこの夜会に参加しないなんて、ペシャワール家に産まれたことを何よりも誇りに思っていたリーゼロット様がすることだろうか?
刻一刻と開始の時間が迫る中、私の耳に触れたのは、ここ最近一度もリーゼロット様が社交界に出てきていないとの噂話だった。その話を紡ぎ出すご令嬢達の声は明るく、リーゼロット様が顔を出さないのは今宵のパーティー準備に追われているからだろうと信じて疑っていない。そして話は未だこの場に現れないクシャーラ様へと変わる。
「クシャーラ様の姿がまだ見えませんけど、今日の夜会、欠席なさるおつもりなのかしら?」
先程とは打って変わって、まるで戦いに敗れた女性を嘲笑うかのように、品良く口を抑えながら呟く。おそらく聞こえているのは彼女の隣で話に花を咲かす2人のご令嬢と、彼女達からは柱の陰になって見えない私くらいなものだろう。私だって社交界で鍛えられた地獄耳さえなければ聞き取ることすら危ういほどの嘲笑。
だがはっきりと聞いてしまった。
そしてそんな私は知っているのだ――選ばれたのはリーゼロット=ペシャワールではなく、彼女達が嗤うクシャーラ=プラントであることを。
ここからでは顔がはっきりと見えない3人の令嬢は壇上から舞い降りるクシャーラ様をどんな表情で見つめるのだろう?
そしてクシャーラ様の登場と共に、リーゼロット様が選ばれなかったのだと知った、会場内のご令嬢と御令息は今宵不在となった彼女をどう思うのだろうか?
初めから多くの者達に、今回のレースにすら乗っていないのだと判断されていた私に注ぐのは好意的な、そして意欲的なものばかりだ。
ならば彼女達は……?
ユグラド王子とクシャーラ様が登場なされた時の、多くのご令嬢達の顔といったら滑稽だった。なにせ彼女達はリーゼロット様が選ばれることを疑わず、陰でクシャーラ様を嗤い続けていたのだから。
自分達よりも爵位も、学力も、そして手習いですらずっと優っている彼女を。
そしてそのことをクシャーラ様が知らないはずがないのだ。数段上から会場内を見下ろすクシャーラ様の妖精のような微笑みは彼女達の身体を凍りつかせるには十分であった。
「ユグラド王子、クシャーラ様、この度はご婚姻おめでとうございます」
誰もが固まる中、先陣を切るのは候補者の1人であった私。リーゼロット様が欠席なされた以上、私が1人で担う他ないのだ。
いつものように入念に繕った言葉ではなく、ずっと、もう何年もユグラド王子に告げたかった心からの祝辞を目の前の2人に述べる。きっと今の私はクシャーラ様よりも深い笑みを浮かべていることだろう。
「ありがとうございます、ユタリア様」
クシャーラ様はいつも通りの、何を考えているのかわからない柔らかい笑みを浮かべた。ユグラド王子は私の顔をしばらく見つめ、そしてクシャーラ様から少し遅れる形となって「ありがとう」と述べた。
この言葉で私は正式に候補者から外れる。そして会場内の紳士淑女の皆さんにかかっていた硬直はすっかり解かれたように、一斉に2人に祝辞を述べようと進み出す。
今日1番の仕事を終えた私は迫り来る貴族の波に備えて、近くの使用人からグラスを1つ受け取ると喉を潤した。
それから間もなくして、王子達への挨拶を終えた貴族のほとんどはルートが決まっているのかと問いたくなるほどに決まった道順に沿って私の元へとやって来る。
完全にフリーとなったハリンストン家の令嬢に顔と名前だけでも覚えてもらおうという魂胆なのだろう。記憶の中にある名前と顔と照合しつつ、いつ尽きるかもわからない多くの相手をしていく。
おそらく明後日辺りからは夜会の招待状が何枚もの手紙が送られてくることだろう。
すでに彼らよりも一歩先に私へと手紙を出したエリオットはといえば、他の貴族同様に挨拶を終えるとすぐに立ち去ってしまった。そして用を済ませたエリオットは私と同じように多くの人に囲まれる。壁をなすのは彼を目当てにしているご令嬢達だ。この夜会をキッカケにお相手探しを開始するだろうと目星はつけられているのだろう。なにせもう彼が婚約者を作らない理由などないのだから。
噂通り、どのご令嬢にも笑顔で、そして紳士的な対応をするエリオット。彼の姿が人の山からチラリと覗く度に私の心に波紋が生じるのだった。
13.
「お姉様、今日もお出かけ?」
「ええ」
夜会から一夜明け、目覚めてすぐに私は町娘の格好に着替えた。
「今日は何がお目当て?」
「小説。どうしても忘れられないタイトルの本があって……この前は買えなかったから」
「それは面白そうね! 後で私にも貸してちょうだい?」
「ええ、もちろん」
興味津々といった様子で食いついたミランダに小さな嘘をつく。あの本を探しにというただの口実で、私はただ城下町へと赴きたいだけなのだ。
あの男、エリオット=ブラントンに会いたい。
夜会から帰った後で、私の心に住みついたエリオットの姿を一目でもいいからこの目に収めたいのだ。
お父様からお小遣いをもらって、そしてFの棚へと向かう。以前気になっていた本と、お母様とミランダがすっかり気に入ったシェリー=ブロットの本を1冊、本棚から抜き取って慣れた道を辿る。
そして残った40分と少しの間、城下町をフラつくことにした。約束もなしに会えるかどうかなんて半ば賭けみたいなものだ。今のところ、4回中3回と確率的には悪くない。
胸の前で袋を抱えて、何処にいるかもわからないエリオットを探すこと30分。……結局彼に出会うことは出来なかった。
「はぁ……」
仕方ないかとため息を1つ吐き出して、余ったお金でクレープを購入する。いつもの店に行くには少しばかりお小遣いが足りないため、近くのこじんまりとしたお店のではあるが。
「すみません、チョコバナナクレープ1つ」
店員さんにかけたはずの自分の声が妙に低く、そしてこの1ヶ月で馴染み深いものであったことに驚き、声の方向へと顔を向ける。そしてまたその声の主も驚いたような表情でこちらを向いた。
「ユリアンナじゃないか! 奇遇だな」
「そういうあなたこそ。今日は……私服なのね」
すぐにパァっと顔に花を咲かせるエリオット。そんな彼の今日の服装はいつものように騎士団員服ではなく、シャツにジャケットといった、城下町でもよく見かける格好であった。だが社交界に参加するエリオット=ブラントンから想像できる服でない。何というか、彼はいつだってピシッと正装を着込んでいるイメージがある。……あくまで私の中のイメージであって、年中正装でいる人などいないのだろうが。
「ああ、今日は非番で」
私がジロジロと見ていたせいかエリオットは恥ずかしそうに頬を掻いた。その姿がなぜか可愛いと思ってしまうのはきっと、彼がクレープを美味しそうに食べる様子が頭に残っているからだろう。そうでなければ大の男を可愛いなんてそんなこと、思うはずがない。それも相手はあのエリオット=ブラントン。今、社交界で最も熱い視線を送られている男である。その見目の麗しさから格好いいと褒めそやされることはあっても、可愛いなんてそんなこと……。頭を左右に振ってありえないわよ! とこの感情をどこかへと追いやる。そして都合よくかけられた声にこれ幸いと思考を切り替えて顔を上げる。
「お待たせいたしました。チョコバナナクレープです」
私とエリオット、それぞれに差し出されたクレープの片方を受け取ると、彼女の手に対価を乗せた。そしてそれはエリオットも同じこと。
「とりあえず座らないか?」
「ええ」
そしてその流れから以前のように並んでクレープを頬張ることとなった。
「本当に最近、よく会うよな。ユリアンナはこの辺りに住んでいるのか?」
「近からず遠からずってところかしら。エリオットもそうなの?」
「ん? ああ、まぁ……な」
目線を逸らして、言葉を濁すエリオット。確かブラントン家といえば、何かあった時にすぐにでも国王陛下の元に駆けつけられるように、王城からほど近い場所に屋敷を構えているはずである。王都内に屋敷を構えてはいるものの、それでも城下町まで馬車で10分ほどかかるハリンストン家と比べれば近いものだろう。
「城下町には巡回でよく通るんだ。この店もついこの間、巡回中に見つけて」
「それでわざわざ非番の日に食べに来たってわけね。エリオットもクレープ、好きなの?」
「この前ユリアンナと一緒に食べたのが美味しくて。元々甘いものは好きだったんだが、クレープって食べたことなくて……」
「私も初めて食べてからすっかり虜なの! 美味しいわよね、クレープ」
初めて食べたのは6歳の頃、お父様に連れられてやって来た時のことだった。城下の暮らしも知っておいた方がいいとの名目で連れてきてもらったのだが、それは毎日習い事ばかりで忙しい私へのご褒美のようなものだった。見るもの全てがキラキラして見えて、中でも遠くからでも鼻をくすぐるクレープはお父様にねだって唯一城下町で買ってもらったものだった。
薄い紙を通して伝わるクレープ生地の温かさと口に含んだ瞬間に広がるチョコと生クリームのハーモニー。あれから何年も経った今でもあの日の衝撃的な出会いは忘れることが出来ない。だからこそクレープを踏みつけたエリオットが許せなくて、そしてそんな彼が今こうしてクレープを好きになってくれたことが嬉しいのだ。
エリオットが可愛く見えてしまうのも、きっとクレープ効果なのだろう。そうに違いない。そう思うとなんだかしっくりと心にフィットするのを感じた。
「ああ、そうだな」
そう答えるエリオットの表情は夜会で見るものよりもずっと優しいものだった。さすがはクレープだと感心しながら最後の一口、チョコソースが染み込んだ生地を口の中へと投げ込んだ。
14.
機嫌よく帰宅した私の手から獲得した本を受け取ったミランダとお母様は、その日の夜には目を腫らして、私の部屋をズンズンと進むと私の手を取った。
「さすがお姉様が選んだだけあって傑作だわ!」
「さすが私の娘ね!」
どうやら持ち帰った2冊はどちらも2人のお眼鏡にかなったようだった。ちなみに私が真っ先に読んだ本も当たりである。どれも傑作とは選んだ者として、そしてこれから読む者として嬉しいかぎりである。
「良かった。私もいまから読むのが楽しみだわ」
右手はお母様、左手はミランダと繋がった手を外すと2人に手を差し出した。だが2人ともその手を見ると「あっ」と何かを思い出したように声を上げると、ほぼ同時に回れ右をして私の部屋を去った。どうやら2人とも感情が先走った結果、本を持ってくるのを忘れてしまったらしい。
ミランダだけならよくあることなのだが、お母様まで同じように部屋に本を忘れるなど珍しいことだ。私の覚えている限り、そんなことは一度だってなかった。つまりはそれほどまでに面白い話であったのだろう。
1人、部屋で2冊の本への期待を積もらせながら、まだかまだかと2人の再訪を待つ。手は早く本のページをめくりたいとばかりに疼いて、足は一刻でも早く彼女達から本を迎え入れたいと部屋中を忙しなく歩き回る。
トントントンとドアがノックされると返事をするよりも早く来訪者に顔を見せる。その様子に驚くことはない。予想通りの2人はそれぞれに私の手に本を乗せる。ミランダもお母様も口を開けばその感動を漏らしてしまうことを恐れてか、口を固く一文字に閉じていた。だが受け取ったこの本は確かに2人の感動をしっかりと乗せて、重みのあるものへと変わっていた。
再び椅子に腰をおろし、早速開いたのは先にミランダに貸していた方の本だ。以前見つけた作家の作品で、今回私達にとっての2作目となる。
ストーリーはミランダが一番好む王道の、幼馴染とすれ違う物語だ。思春期に親の都合で離れ離れになった少年少女の気持ちが甘酸っぱくて、私の頬も熱を帯びて紅くなってしまう。最後はお約束で、2人は見事に思いを通じあわせたのだった。
ヒロインはちょうど私やミランダと同じくらいの歳だったからか、彼女を応援する気持ちにも熱がこもるというわけだ。
そしてこうなるとお母様に貸した方も気になるもので、普段ならばとっくに寝ている時間にも関わらずもう1冊の本も手に取った。
こちらはシェリー=ブロットの本だ。彼女の作品はシリーズと1冊完結のものを読んだことがあるが、どちらも全く系統の違う、けれどどちらも私達を満足させるものであった。
欲望のままにページをめくり、目を通して彼女の紡いだ言葉を噛みしめる。一文字足りとも逃してはならないと息を吐くことさえ忘れ、最後のページをめくった私の手にはいくつもの雫が乗っていた。ハンカチで手をぬぐい、続いて同じく濡れているだろう目元からも涙を拭き取る。そしてミランダには貸せないなと涙を流させた本の表紙をなぞりながら思う。
これは悲しい恋の物語。
地位も名声も得た男と、男と共になれずとも彼の幸せを祈った女の物語だ。300ページ近くある本で語られるのは女の初恋と失恋なのだ。最後にヒロインは男の手を拒み、代わりに背中を押してやるのだ。関係が変わってしまったことを嘆き、そして彼に手が届かなくなってしまったことに涙した夜を全て呑み込んで、笑うのだ。特にラストの20ページで描かれるのは1人になってしまった後の話。そこから彼女自身の描写はパタリと消える。描かれるのはどれも彼女の身の回りのものばかり。それが余計に切なくさせるのだ。
もしも私なら彼女のように、愛する人の背中を押すことが出来るだろうか?
その答えはまだ私の中には生まれていない。けれどもし、誰かを好きになれたならば……。その時こそこの解答を導き出せるような気がした。
15.
「ユタリア、どうしたんだい?」
「え?」
「目が真っ赤じゃないか!」
結局一睡もせずに朝を迎えた私は、いつもよりも早い時間に朝食を食べようとダイニングルームへと向かった。お腹はギュルギュルと訴えている。今日のご飯は何かしら~なんて呑気なことを考えていると、その場に1番に着席していたお父様が私の泣き腫らした目に驚いたようだった。私の元まで駆け寄ってきて「何か嫌なことでもあったのかい?」と心配してくれるお父様。だが特に嫌なことがあった訳ではない。むしろその逆なのである。
「ああ、これはね」
私が事の顛末を語ろうと口を開くと、お父様は結末を聞くよりも早く、私の背後に立つ人物を捉えた。そして目を見開いて身体を大きく震わせる。
「ミランダに、アシュレイまで……」
「ミランダ、お母様、おはよう」
ああとお父様が驚く理由を納得しながら、ゆっくりと振り向いて同士へと挨拶をする。ミランダもお母様も徹夜で読んで涙した私ほどではないが、その目はほのかに赤らんでいる。あの傑作を前にしてしまえば当然のことだといえよう。
「おはようございます」
「おはようございます、お父様、お姉様」
お互いに泣き腫らした顔を眺め、当然だと言わんばかりに軽く頷きあう。そして何事もなかったかのように席に着く。そしてあいも変わらず目を見開いたまま私達を凝視するお父様の目が干からびてしまわないうちに理由を打ち明けた。
「本を読んだのよ」
それだけ伝えればお父様も「そうか」と全てを理解したようだ。
「私の知らないうちに何か、あったのではないのだな……」
頬を掻きながら、心底安心したといった様子で小さく呟くお父様。するとミランダがお父様の顔をじいっと見つめてから首を傾げた。
「お父様はまだお姉様が城下町で何かあったんじゃないか、って心配しているの?」
「え?」
「こう、頻繁に出かけていると、な……。ほら、ユタリアも一応年頃の娘なわけだし……」
「本を買いに行っているだけよ。そうよね、ユタリア?」
「まぁ、クレープとかお菓子もいろいろと食べてるけど……」
「そうか……。それなら、いいんだ」
その言葉にお父様だけではなく、お母様も安心したように息を吐いた。
「ユタリア、少しいいか?」
朝食を終えた私が部屋へ戻ろうとすると、お父様は自分の後をついてくるようにと手をこまねいた。そしてそのまま着いていくと、お父様の書斎には束になった手紙が3束ほど鎮座していた。
そのうちの1つを私の両手の真ん中に上に乗せて、残りの2つに視線をやる。
「とりあえず、これから目を通してくれ」
「これってもしかして、全部私との結婚を望む手紙?」
「ああ、それは全部婚姻希望の手紙だな。あっちに夜会の招待状は避けてあるから、後で使用人に運ばせよう」
ハリンストン家宛と私個人宛、合わせて何通かは来ると予想はしていた。だがあれから数日しか経っていないというのに、私の手で掴めるのがやっとほどの量の手紙があるのだ。
「……これ、まだお父様が目を通す前のものも含まれているの?」
目の前が揺らぐほどの衝撃を何とか緩和しようと、少しだけ現実的ではない質問を投げかける。するとやはりというべきか、お父様からは呆れたような返答が返ってくる。
「もちろんハリンストンの家柄に合わないものは抜いている」
「……そうよね」
お父様が全てを私に渡すわけがないのだ。だが家柄の釣り合いが取れているものだけを選りすぐっているにも関わらず、この量ともなれば現実逃避をしたくなるのも仕方がないだろう。私は大量の手紙を手に、スゴスゴと部屋へと戻る。
椅子に腰を下ろすとすぐに手紙を束ねている紐を解く。バラバラにしたそれは量に変化はなくとも、私の気持ちを一層憂鬱にさせていく。思わずはぁとため息を溢れてしまう。けれどそんなことをしたところで一枚たりとも数を減らすことはない。そう、減らすためには手と目を動かすしかないのである。早々に諦めることにした私は上から順に手にとっては開封していく。そしてご機嫌伺いが8割を占めるその文章、全てに目を通す。
今の気持ちを率直に述べるならば『辛い』の一言に尽きる。どれを開けても似たような言葉が並んでばかりで、もっと個性を出していけよとうっすらと頭に浮かぶ差出人相手に毒づいてしまうほど。いくら釣り合いが取れるとは言え、先日挨拶をした時に残った特徴も少なく、そして手紙でさえも定型文をツラツラと並べるような相手に興味はない。そうして弾いたものは山をなし、最終的には1つの大きな山が完成した。順番は逆さになってしまったものの、紐でくくればお父様の部屋から持ってきたものと同じである。
「はぁ……」
私だって初めから全ての手紙で『お断り』の山を築こうとしたわけではない。前回の夜会で少しはいい印象に残った何人かいた。だがそんな相手に限って手紙を送って来なかったのだ。
まだ初日だ。仕方ないことだ――そう自分に言い聞かせ、出来てしまった山をポンポンと叩いた。
16.
翌朝、朝食を済ませた私は昨日と同様に、使用人が運んで来てくれた大量の手紙に目を通す。……とはいえ今日は夜会の招待状である。つまりこれは全てお断り出来ないものだ。こちらは婚姻の申し出とは違い、幅広い爵位から送られてきている。
今、ちょうど手の中にある招待状なんて、伯爵家から送られてきたもので、日時は半年以上も先のものだ。おそらく、その時には決まっているだろう婚約者と共に来ることを見越してのことだろう。婚姻は見込めずとも、この機会に少しでも顔を売っとこうというのだ。そのガッツは貴族として褒められたものではあるのだが、昨日の手紙の山と同じくらいの高さのある手紙に、こちらの都合も考えずに送ってくるなとついつい突っ込みたくなる。
すぐに忘れてしまうからと、カレンダー上に次々に書き込んでいくと、あっという間に1ヶ月後からの予定は埋まっていく。それはもう、城下町へ行く時間が全くないじゃないか!と顔の血の色が一気に引くほどに。
だが部屋で硬直していても何も変わらない。とりあえず昨日の手紙の束を持って、私が出した結論をお父様へ伝えるために書斎へと向かった。
あわよくば、そのままお小遣いをもらって城下町で何か甘いものを食べたいという願望もある。1ヶ月もすればそうやすやすと行けなくなると分かった以上、行けるうちに行っておきたいと思うのは仕方ないことだろう。
……もちろん、お父様から許可が降りなければ行けないけれど。約束は約束なのだから、それは仕方のないこと。それよりも目先の目標は、どうやってこの手元にある手紙の束をそのまま返却するかである。そのミッションが達成できなければ、頭に次々と浮かぶ城下町のお菓子にはありつけはしない。
エリオット=ブラントンとの婚姻を望む手紙が来た時は頭に血が上っていて、即お断りを入れたわけだが、よくよく考えれば彼は、ハリンストン家にとって中々好条件の人材であった。
そして冷静になった、クレープ事件に区切りをつけた今から思えば、あの時お父様が簡単に引いたのは少しだけ気になる。
昨日、目を通した手紙の差出人のほとんどが、エリオットとは違ってすでに婚約者がいる。それはそうだろう。ミランダやユラと同じように10を過ぎたあたりから、またはそれよりも前に婚約者を用意しておくのが常識だ。そしてすでに婚約者がいる方と婚姻を結ぶ場合にはそれ相応のリスクが存在する。
今回は駆け落ちとかではないので、話し合いにてよって解決するのだろうが、それにしても相手側に納得してもらえるように何かを差し出すものだ。それはお金であることが多いらしいが、そうするとお父様が当初計算していたものとは多少なりとも外れてしまうだろう。中にはハリンストンと縁を結べるのなら安いものだと、大金を払ってでも婚約破棄をしだす者もいるだろう。
それだけの価値が今のハリンストンには、8年間の役目を終えた私にはあるのだ。
だが、大幅に資産を減らしたその家と縁を結ぶことがハリンストンにとっていいこととは言えない。借財なんて作っていたら目も当てられない。
私の頭だけで考えうる範囲を網羅していくと、なぜあの時、無理にでもブラントンとの婚姻を進めなかったのかが気になって仕方がない。私だってお父様にそうしろと言われれば、断りはしないのだ。そしてそのことはお父様がよくわかっているはずだ。
「お父様、手紙のことなんだけど……」
「ああ、いい人はいなかったのかい?」
「…………はい」
こんなに量があって、その中で1人でさえも、候補ですらも選び出せなかったのだと認めるのは、少しだけ後ろ暗いものがある。けれどお父様はそんなことなど気に留める様子もなく、あっけらんかんと「そうか」と言ってのけた。
「それで夜会の誘いの方は全部日時と主催者は把握したかい?」
「え、あ、はい。……って、私がこれ、全て断るって言っているのに、お父様は止めないの?結構いい家柄も揃ってたけど……」
ブラントン家のことといい、今回といい、この調子で私が端から来るものを拒み続けたらどうするつもりなのかと首を傾げる。
「ん? ああ、それより条件の良いものがあるから、もし送られてきた手紙の全てをユタリアが断ったとしても困らないよ」
「え? それは初耳なんだけど?」
お父様のこの様子からして、その条件の良いものという名の切り札は元々用意されていたようだ。ブラントン家の夜会くらいしか糸口を見つけられない私は、脳をフル回転させて選ばれる可能性がある者の捜索を開始する。けれどそんな相手なんているかしら? その正体になかなか辿り着かない私の眉間には次第にシワが寄っていく。するとお父様はまるで宝物を自慢する子どものようにふふふと笑う。そして勿体つけてからやっと教えてくれたその名前はまさかの人物であった。
「ライボルトだよ」
「へ?」
あまりにも意外すぎて思わず呆けたような声が出てしまう。だってまさかライボルトが相手なんて、そんな選択肢は一瞬たりとも私の頭に浮かびはしなかったのだから。
17.
ライボルト=ハイゲンシュタインはユラの兄で、私の従兄弟にあたる男である。歳は私よりも3つほど上。そんな彼にも他の御令息方と同様に、婚約者がいる。彼女とは確か仲は良くもなく、悪くもなくといった感じだ。
後々公爵家当主の座を継ぐライボルトの婚約者は同じ公爵家の長女で、ただでさえ近しい親戚関係にあるハリンストン家の娘である私と婚姻を結ぶより、その婚約者と夫婦となった方が明らかに利益は大きいはずだ。そんな私でも簡単に行き着くようなことを、お父様や叔父様がたどり着かないわけがない。それなのにこんな切り札のように掲げてくるなんて、絶対何か裏があるに決まっている。その理由を聞かずして、あらそうなの? それはいい話だわ! なんて頷くほど、私は愚かではない。もちろん理由を話してくれるんでしょう? とお父様の顔をじいっと見つめれば、お父様は相変わらずの顔で、今度は焦らすことなく答えてくれた。
「昨日、やっとあちらの家とも決着が付いたらしくてね」
「決着って、まさか……ついにライボルトが何かやらかしたの!?」
あまりにも想像通りの答えに思わず正直な言葉が口から豪速球となって飛び出してしまう。
私が言うのもなんだが、はっきりいってライボルトは性格があまりよろしくない。私達の間に亀裂が生じるまで、12歳まではそこそこ交流のあった従兄弟を思い出して顔を歪める。
元々ライボルトとは仲が良かった。私も彼も読書が好きで、今でこそユラの影響でロマンス小説にただハマりしている私だが、昔はライボルトの影響で冒険小説やファンタジー小説をよく読んだものだった。お互いに好きな本を送りあって、感想を交わして……。ユグラド王子との決められた時間を過ごし続けなければいけない私にとっての楽しみの1つだった。……けれどそれは唐突に、ライボルトの裏切りによって決裂する。
ある日のこと、ライボルトから大量の手紙が届いた。いつもなら本も一緒に届くはずなのに、おかしいなと思いつつもその手紙に目を通していった。
……それが間違いだった。
大量の便せんにビッシリと書かれていたのはライボルトの近況でも、私が送った本の感想でもなく、私が未だ読んだことのない本の内容だった。それも家庭教師によく褒められるのだという理解力の高さをフル活用して、要約されたそれは10枚にして約30冊分のネタバレが含まれていた。
それに私は怒り、ライボルトとの連絡を絶ったというわけだ。
だが今になって思えばあれは嫌がらせでも何でもなく、勉強で忙しくて中々本を読む時間がないのだとボヤいた私への、ライボルトなりの心遣いだったのだ。一言でも彼の言葉が付けてあれば気づくことが出来たのだろうが、一方的に本の内容だけ送られてきて、そのことを理解出来るほどその頃の私は大人ではなかった。
そんなこんなで切れた文通関係ではあるが、それまでに行き交った手紙の中でライボルトが婚約者をあまりよく思っていないのは知っていた。
何をしても、何を話してもつまらない――といつだって彼は交わされる手紙の中で愚痴をこぼしていた。
あれなら花瓶に生けられた花に話しかけた方がマシだと書かれていた時もある。本が好きなライボルトにとってその話が出来ないのはよほど辛いことなのだろう。だが、使用人や家族に彼女と共に遠駆けでも行ってきたらどうだと言われ、1時間もしないうちに帰ってきたというエピソードは中々に酷いものだった。
ライボルトの言い分としては、どうせ結婚することが決まっているのだから、わざわざそんな面倒なことをしなくてもいいだろうに、だ。
それはそうなのだが、それにしてももう少しくらい相手に気を使ってもいいのではないか?と、性別と爵位くらいの共通点しかない、ライボルトの婚約者を可哀想に思ってしまった。
それについ2年ほど前に送られてきたユラの手紙には、ライボルトへの愚痴が書かれていた。
相手の誕生日に何を贈っていいのかわからないからと、ついには使用人に選ばせるようになった――と。本当に今も昔も、興味のないものには義務以上の働きはしない男なのだ。
そんなライボルトがついに相手方を怒らせて婚約破棄にまで至ったのかと、何をしでかしたのだと前のめりになって聞き出そうとするとお父様はフルフルと首を左右に振った。
「違うよ。やらかしたのは相手の方。まさか今になって、それもよりによって庭師と駆け落ちするなんて」
「駆け落ち?」
「そう、もう少しで結婚だったんだから、もう少しだけ我慢しておけば良かったのにね。……まぁ、お陰でハイゲンシュタイン側は違約金やその他もろもろを大量に取れたから、婚約者を失うよりも多くの利益を得たわけだけど……」
ロマンス小説には身分差がテーマで、主人公達が駆け落ちをして家を捨てていくものもある。けれど一貴族の視点から見ると、それはあまり現実的なものではなかった。もちろん完全なるフィクションとして楽しむことは出来た。けれどそれはフィクションだからいいのであって、現実の世界の話となれば事情が変わってくる。貴族として産まれた以上はその責務を果たすべきで、家を捨てるなんてそんな選択肢は私の中に発生したことは一度だってない。それに平民の間では、愛人を持つのはよろしくないこととして捉えられることが多いが、貴族の間では夫婦とも愛人を囲っていない者など数少ない。お父様もお母様も政略結婚の割に仲がいいため、愛人は囲っていないようだが、何も政略結婚をするから恋愛感情を捨てるなんてことはしなくていいのだ。
身分差があるのなら使用人として迎え入れるなり、家を買い与えてそこに暮らさせるなりすればいいのだ。わざわざ家を捨ててまで結婚する意味がない。それなりの地位があればなおの事である。リスクどころか損害が大きすぎる。
特にライボルトの元婚約者は公爵令嬢。彼女の家族もまさか駆け落ちなんかをするとは思わなかっただろう。それも最悪のタイミングで。だが子どもの責任は親の責任。ひいては家の責任である。貴族としての意識が足りず、家族もその兆候に気づけなかった……と。夜会やお茶会で何度かお会いする機会はあったが、そんなことをする方には見えなかった。そういえば聞こえはいいが、正直に言ってしまえばそんな度胸があるようには見えなかったのだ。そんな彼女が……ねぇ。さすがに今はもう彼女に同情する気持ちは一切ない。もう二度と顔を見ることはないだろうその女性は、愚かな人だったのだなぁと冷えた気持ちだけが残るだけである。そして脳内メモにきっちりとその家名を刻み込む。
ハイゲンシュタインとの婚約を蹴った家として、そして子の教育に失敗した家として。次の夜会で彼女が交流を持っていたご令嬢達についても探る必要がありそうだ。だがその情報はそう苦労せずとも手に入るだろう。なにせ夜会は常に刺激を求める貴族達の社交場。足を大きく踏み外した家を炙りあげるのは大のお得意である。そしてその友人ともなればたちまち渦中の人となることだろう。早速次の手を打つ算段を立てていると、お父様はニコリと笑って私の肩に手を置く。
「そんなわけで、ライボルトは今のところ新しい相手を探していることだし、いざとなったら彼がいるからそう気負わずに選ぶといいよ」
「…………いくら婚約破棄されたばっかりとはいえ、ライボルトは私が相手じゃ嫌でしょう……」
「ハイゲンシュタインはこの話、結構乗り気だよ」
「ライボルトは何か言ってた?」
「今度、オススメの本持ってこっちに来るって。ライボルトらしいよね」
それは何ともライボルトらしい。というよりもこの数年間で全く変わっていないようにも取れる。彼個人が乗り気かそうでないのかはさておき、ライボルトを夫にという選択肢があることで一気にお相手選びの気が楽になる。
なにせライボルトは社交界で取り繕っている私も、家の中の私もよく知っているのだ。結婚後も今まで通り、中と外でオンとオフがはっきりとできるので、一番気が楽といえば楽だ。
だがライボルト……か。
夫としては中々、好条件ではある。当主の妻になるという点では若干面倒臭くはある。だがハイゲンシュタイン家は私の身内でもある。ハリンストン屋敷にいる時と同様、とまではいかずとも彼らにもあまり気を使わなくてもいいのだ。
だけど気になることはある。
こんなにいい条件を連ねても、やはりどこかが引っかかってしまうのだ。だが肝心の『それ』がどこなのかは自分自身でもよくわからない。
「ねぇ、お父様。そのことはちゃぁんと考えるから、城下町にお菓子食べに行ってきてもいい?」
こんな時はそこそこの運動をして、糖分を補給するのが一番である――というのはもちろん建前である。新たな重大情報を得た私ではあるが、城下町に繰り出したいという欲求は収まりそうにないのだ。
「はぁ……。いいよ、どうせ今の内しか行けないだろうし」
「ありがとう、お父様! 大好きよ」
「その代わり、明日は空けておくこと。早速針子を呼んで新しいドレスを何着か作らせるから」
「わかったわ!」
ため息をついて呆れた様子ではあるけれど、なんだかんだいって娘に甘いお父様からお小遣いをもらう。そして早足で自室へと向かった私は、慣れた手つきで着替え終わるとすぐに城下町へと繰り出すのだった。
18.
今日は2000リンス全てを食べ物に費やすぞ!と決めた私は、さて今日のオヤツは何にしようかとターゲットを探し出すため、城下町をブラブラと散策することにした。
大通り沿いにはチラホラと露店が並び、チュロスやポップコーン、焼き栗といった片手でも食べられる、比較的安価なお菓子が並ぶ。それと対照的に店を構えている焼き菓子屋さんは露店よりも値段は上がるものの、ラッピングがしっかりとなされており、屋敷に持ち帰って食べることも可能だ。そして喫茶店というのに入れば、ゆっくりとケーキとお茶が楽しめるらしい。露店で買えば何種類か楽しめ、焼き菓子屋さんで買えばミランダへのお土産が出来、喫茶店に至っては城下町に来れる今しか入ることは出来ないだろう。どうしたものかと空を仰いで、自問自答を繰り返す。そしてよし決めた! と前を向くと前方からやって来た男と目が合う。
「ユリアンナ、奇遇だな!」
「ええ、本当に」
エリオットだ。なぜこうも城下に出向く度に会うのかと疑問に思う。が、その疑問はすぐに解決した。彼の手には露店で買ったであろうお菓子が数種類握られているのだ。そして何より、今日の彼の外見は以前会った時とまるで違った。今日のエリオットの服装はいつも身につけている騎士団服と比べれば随分とラフな格好である。けれども貴族らしくいい生地で仕立てられている服はシンプルながらも品を感じさせるものだ。そしてそれに合わせてか、髪型もいつもとは違い、ワックスで撫でつけられておらず、サラッととした髪がそよそよと風に吹かれている。普段が『紳士』と例えられるのならば今は『爽やかな好青年』と言ったところだろうか。もしもこの場に彼に想いを寄せているご令嬢が居れば頬を桃色に染め上げてしまうことだろう。
「良かったら一緒に食べないか? クレープを食べて以来、色々食べたいものが増えて……それで久々の休日だと思ったら抑えきれなくて、買いすぎた」
「いいの?」
「さすがにこの量を1人じゃ食べきれないから、ユリアンナさえよければ食べるのを手伝ってくれると助かる」
「じゃあ、お言葉に甘えることにするわ!」
子どものようにくしゃりと笑うエリオットは服装や髪型と相まって、いつもとはまるで別人に見える。だが私からすればただの同士である。彼の後に続いてベンチを目指す。するとドリンクスタンドが目の端に留まった。今日の気候は比較的暖かくて過ごしやすい。だがそれでもお菓子ばかりじゃきっと喉が乾いてしまうことだろう。大きく数歩踏み出して、エリオットよりも前に前に出る。
「飲み物買って来るわ。何がいい?」
「え?」
「お菓子を分けてもらうお返し、には足りないだろうけど……」
「気にしなくてもいい」
「気にするわよ。それで何がいい? 希望がないなら適当に買っちゃうけど?」
「……そうか。ならコーヒーを頼む」
「分かった」
先にベンチの方へと進もうとはしないエリオットに「先に席取っておいて」と声をかけてから、彼の分のコーヒーと、私の分のミルクティーを注文する。
「はい、コーヒー」
「女性に奢ってもらうなんて……悪いことをした気分だ」
「悪いことなんて何もしていないでしょう? 第一、お菓子を分けてもらうのに何もお返しできなかったら、身体がむず痒くなるわ」
「君は……面白い女性だな」
「そうかしら?」
「ああ。少なくとも私は君みたいな女性とは初めて会ったよ」
「そう……」
エリオットは全く気づいてはいないが、城下町でクレープを踏まれた時が彼との初対面ではないのだ。それに私みたいな女は少なかろうが他にも何人かはいるはずだ。おそらくは貴族の中でも探せば1人くらいはいるはずだ。…………社交界ではボロが出ないように隠しているだけで。
面白い女性だと言ったその表情に嫌悪は含まれていないようにも見えた。というよりそもそも嫌いな女ならベンチにすら誘わないだろう。だが貴族というものは外から見えるものだけが全てではない。いつだって水面下では何事も計算し尽くすものである。
「ユリアンナ、これはチュロスというらしい。チョコレート味とプレーン味があるのだが、どちらがいい?」
「……それは半分に折ってどちらも食べてみるのはどうかしら? どちらかではなく、どちらも食べれるわ」
「それは名案だ!」
だがチュロスを折って、短くなったそれを満面の笑みで差し出して来る目の前の男と、それを受け取る私の関係は、公爵令息と公爵令嬢ではない。甘いものが好きな騎士とただの町娘なのだ。
「「……美味しい」」
だから2人は自分の立場などはひとまずベンチにでも置いて、たくさんあるお菓子を半分に分けて、食べていくのだった。
それ以来、城下町に行くと必ずといっていいほど何かしら甘いものを手に持っているエリオットと遭遇するようになった。
「ユリアンナ!」
今日もドレスの採寸やら、新しいポンチョの製作やらで、数日ぶりに城下町に遊びに来た、もといお母様におつかいを頼まれたのだが、本屋さんから出て数分としない間にエリオットと鉢合わせることとなった。
会うたびに違う店のお菓子を手にしているあたり、クレープを食べて以来、相当甘いものにハマったのだろう。実際、お菓子を食べている時のエリオットは本当にいい笑顔を浮かべる。社交界のご令嬢方がこの顔を見たらきっと、意外な一面を見たと今まで以上に惚れ込みそうなほどに可愛らしい。成人を過ぎた男性にこのような感想を抱くのは失礼かもしれないが、口にしなければ大丈夫だろう。
それにきっと、エリオットは社交界ではこんな表情を浮かべることはない。あくまで社交界とは関係のない (と思っている) ユリアンナの前だからこそ見せられるのだろう。彼も私もお互いをオヤツ友達と見ている節があるというのも大きい。
「ユリアンナ! 今日はあの店に入ってみよう! チョコレートケーキが美味しいらしい!」
「美味しいチョコレートケーキですって!? それは是非一度食べてみたいわ」
城下町にいる時は、こうしてユリアンナとしてエリオットと対峙する時はお互いの身分を忘れられる。
けれどタイムリミットが迫っているのも確かなのだ。
ここに来る前だって、お針子に夜会に着て行くためのドレスの最終調整をしてもらっている。そして1週間後には頼んだものが全て完成する。
限りあるからこそ、大切なこの時間を噛みしめるように口一杯に頬張ったチョコレートケーキは、甘いものばかりを食べている私には少しだけほろ苦かった。
19.
終わりの時間までに出来る限り食べたいものは食べ尽くしてしまおう! と心に決め、時間が許す限り城下町へと足を運んだ。さすがに全てを食べ切るには時間が足りない。持ち帰り可能な店はチェックをして、後日使用人に買いに行ってもらえるようにお父様に頼み込みもした。
だからメインに巡るのは露店である。
あれだけはその場で食べるからこそ美味しいのだ。雰囲気や出来立てを楽しめるというのも美味しさのエッセンスになっているのだろう。
そして城下町に顔を出す度に、露店巡りにハマったらしいエリオットと分け合ってお菓子を食べる。
――その時間は何よりも幸せだった。
今朝方、お父様からライボルトが明日ハリンストン屋敷を訪れることを告げられた。そして使用人からは針子に頼んだドレスが完成したことも。
城下町に出かけたいとお父様の顔を覗き込むと、そっと頭を撫でてくれた。
「今日で最後になるかもしれないよ」
もちろん私自身も分かっていた。けれどお父様がそう呟いたその念押しのような言葉は私の心に重くのしかかる。
楽しい時間には必ず終わりがつきものなのだ。8年の代償がわずか2ヶ月もない自由な時間――そう言ってしまえば、あまりにも短く儚いもののように思えるだろう。けれど、私にとってその時間は一生忘れられない輝かしい思い出になるのだ。
お父様が最後だからとたくさん入れてくれたお財布を入れ、私は城下町へ、エリオットの元へと旅立つことにした。
楽しかった時間のお礼に、お菓子でも奢ろうと思ったのだ。何だかんだでいつもエリオットは飲み物くらいしか払わせてくれなかったから。
そうだ、以前ベンチから真っ赤な日よけの見えた喫茶店に入ろう。もう露店のお菓子はあらかた食べつくしてしまったから。最後くらいはゆっくりケーキでも、とそう思った。
――けれど、エリオットはその日、城下町には居なかった。代わりにエリオットを探す私に声をかけたのは他の男だ。
「探しても今日、エリオットは来ないぞ」
「え?」
「あんた、いつもエリオットといる女だろ? 俺はリガードっつって、あいつの……まぁ友人みたいなもんなんだけどよ」
「はぁ……」
エリオットの友人だというのは初耳だが、名前は名乗られなくても知っている。この男は、リガード=ブラッド。口は悪いがこの男もまたブラントン家と並ぶ有名な貴族である、ブラッド家の三男だ。学園に在学中からブラッド家の未来の当主として期待されていた長兄と、剣の腕を国王陛下直々に見初められた次兄にコンプレックスを抱いているらしく、夜会はおろか学園にもほとんど顔を出したことがない。
そんな天然記念物のような男ではあるが、一度見たら忘れないほどの美形であるが故にほとんどのご令嬢なら彼を知っているだろう。エリオットがロマンス小説でいうところの、正統派王子様キャラならば、リガード=ブラッドは一匹オオカミの狩人のようなものだ。何度か夜会やお茶会で彼に対するご令嬢方の評価を耳にしたことがある。なんでも美形だが、目つきの悪いところがいいそうだ。リットラー王国の貴族のほとんどが内面はともかくとして、外面は優しげな者が多いため、目新しさもあるのだろう。私もその姿をこの数年で、両手の指で数えきれるほどしか見かけたことはないが、はっきりと覚えていた。
美形の御令息としてではなく、その珍しさから近い将来に幸せを運んできてくれる存在として。
そんな男が一体何の用だと顔を上げると、リガードは都合が悪いことでも起きたのか、途端に顔を歪める。
「あんた、エリオットに好意を持ってるならさっさと諦めろ。あいつには……好きな女がいる。あんたよりもずっと身分の高い女だ。初対面でこんなことを言うのは酷だが、あんたじゃ絶対に敵わねえ」
「はぁ……
「なんだよ、その気の抜けたような返事は!?」
「いや、その、私を心配してくれているのかと思いまして。驚きました」
ユタリア=ハリンストンとしては何度か会った、というよりも見かけたことはある。だがいつだって機嫌が悪そうに顔をしかめている彼が、まさか初対面(だと思っている)女の気を使えるような人だとは思わなかった。こんな嫌われ役みたいなのを自ら買って出るとは……。私の中のリガード=ブラッドの好感度は元からそんなに高くなかったこともあり、絶賛うなぎ登りである。
「あんた……変わった女だな」
「よく言われます」
家族限定ではあるが。だが変わっているからと言ってもそれを気に病んだことはない。貴族なんて多少なりとも変わり者でなければやっていけないのだ。
「顔は似てても性格まで同じとは限らねぇか……」
「え?」
それは誰と比べてなのだろう?
そう、尋ねるよりも早くリガードは「ああ、まぁ、なんだ……」と言葉を探すように頭を掻いて、結論を導き出す。
「まぁ何はともかく、エリオットは止めとけ」
私はリガード=ブラットという男をどうやら誤解していたらしい。困ったように目を細める彼はどっからどう見ても『いい人』である。身内や友人でもない相手に利益の見込めない行動を取れる人というのは案外少ない。これを機に彼への評価を改めなければならないなと反省する。けれどそんなリガードは1つだけ大きな勘違いをしている。
それも致命的なものを。
20.
「彼とはただの、オヤツ仲間ですよ?」
確かに私はエリオット=ブラントンに好意を持っている。だがそれはリガードの心配するようなものとは違う『好意』である。恋愛ではなく、友愛に近い。それに素性もわからない女、ユリアンナに恋愛感情を抱かれたとしてもエリオットは受け入れることはないことぐらいわかっている。
エリオットもまた貴族なのだから。
それに貴族として、ユタリア=ハリンストンとして恋情を抱いたとしても、受け入れられることは難しいだろう。なにせ結婚の誘いを速攻で断ったのだ。その後で夜会の誘いが来たわけだが、それはハリンストン家と交流を持つことで、何かしらの利益があると考えたからに他ならないだろう。ブラントン家がとったのはなんとも貴族らしい行動だ。そして彼らはこれからも貴族であり続けることだろう。間違った道など選ぶことは到底ありえない。
「オヤツ、仲間?」
「はい。今日も美味しいケーキを出す店に一緒にいこうと思って探していたのですが……居ないなら仕方ありませんね。1人で行きます」
最後にお礼くらいはしたかったのだが、会えないのなら仕方がない。今まで何度も遭遇しているが、エリオットもまた貴族なのだ。忙しくて会えなくとも仕方がないことだろう。それにそもそも私達は約束をしたことなど一度だってないのだから、こんな日が今までなかったことの方が奇跡だった。
……だがエリオットに会えなかったからといって、その計画を曲げるつもりは微塵もない。行くと決めたからには行くし、例え一人だろうがケーキは食べたい。
「……1人、で?」
リガードは信じられないといった様子で、頬をヒクヒクと痙攣させる。喫茶店というものに入るのは今回が初めてではあるが、何度かその店を利用する客を見たことはある。その中には1人で入って行く者もいた。私が見たひとり客は皆、男性ではあったものの、女性のみのグループで入る客もいたから断られることはないだろう。
「はい、そうですが……何か問題でもありますか?」
もしや喫茶店は女性のひとり客は受け入れないのかと首を傾げて、リガードの様子を窺う。けれどそういうわけではないらしく、うんうんと唸りだしてしまう。
「問題があるわけではない、が……だが、一人で……か。……その店にモンブランはあるのか?」
「へ?」
なぜここのタイミングでモンブラン?
喫茶店のルールが分かっていないから浮かび上がる疑問なのか、それともリガードが唐突にモンブランの有る無しを問うことが変なのか。どちらがおかしいのか分からず、彼の瞳をじいっと見つめる。すると赤くなった顔で地面を見つめながら小さく呟いた。
「モンブランは出してんのかって、聞いてんだよ」
やはりモンブラン登場の意味はわからないまま、とりあえず以前見かけたメニュー看板を思い起こす。
「あった、と思います」
緑色のボードには確か白地で『モンブラン』と書かれていたはずだ。そのことを伝えるとリガードはぱぁっと嬉しそうな顔を上げる。
「ならエリオットの代わりに俺が行ってやる。あいつがただのオヤツ仲間ってなら一緒に行くのは俺でもいいだろう?」
「リガード様は……お優しいんですね」
「そんなんじゃねぇよ。そんなことより、敬語なんてやめろ。後、リガード様ってのも。気持ちが悪りぃ」
「わかったわ!」
「そんであんた、名前は?」
「ユリアンナよ」
「そうか、今日だけの付き合いだとは思うが、よろしくな、ユリアンナ」
目つきは相変わらず悪いリガードが子犬のように見えるのは、きっと私だけではないはずだ。
リガードは店内へと入ると、店いっぱいに広がる甘い香りにクンクンと鼻をヒクつかせて頬をほころばせた。さすが今日だけとはいえ、オヤツのお供を名乗りでるだけあって、彼も甘いものが好きなようだ。
リガードがモンブラン、そして私がガトーショコラを注文した。そしてケーキが出来上がるまでの間、彼は少しだけ自分のことを打ち明けてくれた。
甘いものが好きだが、家族が過保護気味で中々こうして食べに来ることは出来ないのだ、とか。
エリオットとは昔からの付き合いなのだ、とか。
女性の付ける香水などの強い匂いがあまり好きではないのだ、とか。
貴族のユタリア相手には口が裂けても言いそうもないことばかりである。やはりリガードもユリアンナ=ユタリアとは辿り着かないらしい。確かにお化粧はしていないし、地味な顔である。それに服装は完全に平民に擬態できている自信がある。だからこそこんなに呑気に城下町に足を運べる訳だが、こんなにも知り合いにすら気づかれないものかと我ながら感心してしまう。まぁ目の前の男の場合、ユタリア=ハリンストンの顔を覚えていないだけという可能性は捨てきれないのだが。それはそれで好都合だと、大人しく彼の話に耳を傾ける。
「ユリアンナはあんまりそういう匂いはしないのな。女って大体なんか付けてるんじゃないのか?」
お待ちかねの、頭にマロングラッセが乗った黄色いモンブランを口いっぱいに頬張って、顔一面を幸せ一色に塗り替えると、機嫌を良くしたリガードはこてんと首を傾げた。
女性にそういう質問をするのはあまり良くないとは思うのだが、いかんせん私にはもうリガードが子犬にしか見えない。気をぬくとすぐに彼の頭に伸びそうになる手を抑えながら、彼の純粋な質問に答えることにする。
「確かにいつも付けている人もいるけど……。私は大事なお出かけの時とかには付けるけど、普段は香水とか付けてないわ」
「そうなのか?」
「だってお菓子の香りが鈍るでしょう?」
ユタリア=ハリンストンがそう答えれば、貴族の淑女としてそれはどうなのかと眉をひそめられるだろうが、今の私はユリアンナである。街中でのリガードの言葉から察するに、私が貴族の、それも公爵家の令嬢だなんて考えもしていないだろう。いいところで商家の娘程度。だからどんなに変わった答えを返したところで、変な町娘だとしか思わないはずだ。ハリンストン家にダメージはない。ならばと正直に答えてみた。
「やっぱりあんた、変な女だな」
すると予想通り、リガードはこんな私をそう表す。
モンブランをたんまりと詰め込んだ、幸せそうな笑顔で笑いながら。
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