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番外編
バッカスの疑問③
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全てたまたま。
たまたま物事が進んだだけだと片付けることは出来る。それでもバッカスには偶然のようには見えなかった。フランシカ家には何かしらの謎があり、物事の背後に剣聖 ザイル=フライドがいるような気がしてならなかった。だがフランシカ家に関する文献は極端に少なく、レトアの書庫に並んだ書物でも目立った動きはなかった。謎を解くには情報が圧倒的に不足している。
手詰まりかと悩んでいた時、思ってもいなかった方向から彼女のことを知るきっかけが訪れた。
兄に「娘をカルドレッドで引き取って欲しい」と相談を受けたのだ。
バッカスの姪に当たる彼女は今年で六歳を迎えたが、一向に家族への執着が見られないらしい。レトア家は代々家族への強い執着を以てして魔を組み伏せてきた。執着が弱ければ魔に打ち勝つことが出来ない。バッカスも姪と似たような性質だったのだが、物語に浸ることで魔に飲み込まれずに済んだ。だがそれは学生までの話である。あのままイーディスと出会わなければ、本だけでどうにか対処出来ていたかは怪しいものがある。だが姪にはバッカスにとっての本ですらない。
万が一、暴走を引き起こしたとしても正気に戻すためのトリガーが存在しない。だから早めにカルドレッドに向かわせ、自身の力で制御する手段を身につけさせるか、魔法道具などのアイテムを手に入れさせろということだろう。
バッカスがずっとつきっきりで世話をするとなると難しいが、カルドレッドには少ないながらも子どもがいる。最近はリガロやイーディスが子ども達に剣術・馬術に簡単な勉強などを教えている。姪が一人加わったところで困りはしないだろう。
「兄さん、一つ聞いて良いですか?」
「なんだ」
「今まで俺たちみたいな子どもが生まれた時はどうしていたんですか?」
バッカスの暴走だってレトアの人間では手を付けられない。現状、止められるのはイーディスただ一人である。だがリガロの一件といい、似たような暴走がいつ起きるかは分からない。魔法道具の発生だって最近起きていないだけでいつ起きるのか予測が出来ない。オーブで吸い上げれば問題ないなんて簡単に考えることは出来ない。そのいつかに備えて、カルドレッドでは現在それらの研究を進めていた。だからこそ暴走を見慣れているレトアがどうしてきたのかが気になった。レトアの長い歴史の中で、バッカスと姪のみではないだろうと。
すると兄は分かり易いほど慌て、目線を逸らした。
「それは……」
「兄さん?」
「そんなこと、聞いてどうするんだ」
「研究に役立てようかと」
「………………殺していた」
「え?」
「レトアが行うのは強い繋がりでお互いを抑えつけるだけだ。他と同様に魔による暴走を止める術を持っていない。あの一件だって、彼が彼女に強い執着を持っていたから治められたに過ぎない。止める術もなければ、暴走を起こす可能性が高い者を放置することは出来ない」
家族に執着出来なければ死、か。
自分の家族でなければひどい行いだと顔を顰めたかもしれない。だがバッカスは幼い頃から家族の強い執着を見てきた。リガロの一件で、魔の暴走の恐ろしさも目の当たりにした。レトアで見たものや自身の身に起きたものよりも大規模な被害を起こしたそれを前に自分は何も出来なかった。イーディスが内部から魔を消費しなければ彼らを見殺しにする他なかった。
だからこそどれほどの被害を起こすかも分からぬ者を排除しようとすることは合理的であるように思えてしまう。例えそれが自分の兄弟姉妹の命であろうとも、一人の命と多くの他人ならば多数を取る。ひっそりと葬ることでレトアは現在の状態を保ってきたのだろう。実に聖母の兄弟の末裔らしい判断だ。その血を自らも引いていると思うと可笑しいような悲しいような不思議な気持ちで胸がいっぱいになる。
「なぜ俺は生きているのですか」
「お前が六歳の頃、殺される予定だった。けれどザイル様が止めてくれた。もしもバッカスの暴走が確認された時には必ず殺すからと」
「ザイル様が? なぜ?」
「それは俺にも分からない。だがカルドレッドでバッカスが暴走を引き起こしたと聞いた時、あの人は約束通り殺しに向かった。……必死に止めたけど、ザイル様の目は本気だった。約束だからと言われた時、ゾッとしたよ。あの時の恐怖は一生忘れることはない。先に弟を殺そうとしたのはこっちだっていうのにな……。だから、俺は娘をカルドレッドに、あのフランシカの血を濃く引く娘に託すことにした」
話の流れから考えれば、二十数年越しに約束を実行しようとしたザイルに託すか、ザイルから遠ざけるのが妥当ではないか。カルドレッドはともかく、なぜここでイーディスが登場するのだろうか。それも『フランシカの血を濃く引く娘』なんて、フランシカに特別な何かがあると言っているようなものだ。バッカスはここに知りたがっていた情報があると直感した。
「それはどういうことですか」
「なんでもない。忘れろ」
「これは俺にも関係あることでしょう? 教えてください。フランシカ家に何があると言うんですか」
「……何もない」
「何もなければ本来殺す予定だった娘を託すはずないでしょう」
教えてくださいと詰めよれば、兄は困ったようにため息を吐いた。けれど隠したまま娘を託すことは出来ないと悟ったのだろう。周りに人がいないことを確認してから、声を潜めて「これはごく一部の人間しか知らない秘匿事項なんだが」と教えてくれた。
「フランシカ家は魔法道具の暴走の中心地に居ながらも無傷で生還した男の末裔だ」
天然物の魔法道具は近年発生していない。イーディスの所持している魔道書も魔王が作ったものが何かしらの要因で作り替えられただけで、完全な天然物とは言えないらしい。
だが今よりもずっと昔、何度か魔法道具の暴走が起こっている。災害認定されるほど大きな被害を出しているようだが、詳しい資料は全く残されていない。その最たる理由が被害を知る人間の多くが命を引き取ってしまうからである。助かったとしても、精神に異常を来たし、とてもではないが正確な状況を伝えることは出来ない。だからこそ事実を知ることは難しい。
だが被害状況や発生した原因を正確に報告出来た者がいたーーそれが後にフランシカ家初代当主となる男である。
たまたま物事が進んだだけだと片付けることは出来る。それでもバッカスには偶然のようには見えなかった。フランシカ家には何かしらの謎があり、物事の背後に剣聖 ザイル=フライドがいるような気がしてならなかった。だがフランシカ家に関する文献は極端に少なく、レトアの書庫に並んだ書物でも目立った動きはなかった。謎を解くには情報が圧倒的に不足している。
手詰まりかと悩んでいた時、思ってもいなかった方向から彼女のことを知るきっかけが訪れた。
兄に「娘をカルドレッドで引き取って欲しい」と相談を受けたのだ。
バッカスの姪に当たる彼女は今年で六歳を迎えたが、一向に家族への執着が見られないらしい。レトア家は代々家族への強い執着を以てして魔を組み伏せてきた。執着が弱ければ魔に打ち勝つことが出来ない。バッカスも姪と似たような性質だったのだが、物語に浸ることで魔に飲み込まれずに済んだ。だがそれは学生までの話である。あのままイーディスと出会わなければ、本だけでどうにか対処出来ていたかは怪しいものがある。だが姪にはバッカスにとっての本ですらない。
万が一、暴走を引き起こしたとしても正気に戻すためのトリガーが存在しない。だから早めにカルドレッドに向かわせ、自身の力で制御する手段を身につけさせるか、魔法道具などのアイテムを手に入れさせろということだろう。
バッカスがずっとつきっきりで世話をするとなると難しいが、カルドレッドには少ないながらも子どもがいる。最近はリガロやイーディスが子ども達に剣術・馬術に簡単な勉強などを教えている。姪が一人加わったところで困りはしないだろう。
「兄さん、一つ聞いて良いですか?」
「なんだ」
「今まで俺たちみたいな子どもが生まれた時はどうしていたんですか?」
バッカスの暴走だってレトアの人間では手を付けられない。現状、止められるのはイーディスただ一人である。だがリガロの一件といい、似たような暴走がいつ起きるかは分からない。魔法道具の発生だって最近起きていないだけでいつ起きるのか予測が出来ない。オーブで吸い上げれば問題ないなんて簡単に考えることは出来ない。そのいつかに備えて、カルドレッドでは現在それらの研究を進めていた。だからこそ暴走を見慣れているレトアがどうしてきたのかが気になった。レトアの長い歴史の中で、バッカスと姪のみではないだろうと。
すると兄は分かり易いほど慌て、目線を逸らした。
「それは……」
「兄さん?」
「そんなこと、聞いてどうするんだ」
「研究に役立てようかと」
「………………殺していた」
「え?」
「レトアが行うのは強い繋がりでお互いを抑えつけるだけだ。他と同様に魔による暴走を止める術を持っていない。あの一件だって、彼が彼女に強い執着を持っていたから治められたに過ぎない。止める術もなければ、暴走を起こす可能性が高い者を放置することは出来ない」
家族に執着出来なければ死、か。
自分の家族でなければひどい行いだと顔を顰めたかもしれない。だがバッカスは幼い頃から家族の強い執着を見てきた。リガロの一件で、魔の暴走の恐ろしさも目の当たりにした。レトアで見たものや自身の身に起きたものよりも大規模な被害を起こしたそれを前に自分は何も出来なかった。イーディスが内部から魔を消費しなければ彼らを見殺しにする他なかった。
だからこそどれほどの被害を起こすかも分からぬ者を排除しようとすることは合理的であるように思えてしまう。例えそれが自分の兄弟姉妹の命であろうとも、一人の命と多くの他人ならば多数を取る。ひっそりと葬ることでレトアは現在の状態を保ってきたのだろう。実に聖母の兄弟の末裔らしい判断だ。その血を自らも引いていると思うと可笑しいような悲しいような不思議な気持ちで胸がいっぱいになる。
「なぜ俺は生きているのですか」
「お前が六歳の頃、殺される予定だった。けれどザイル様が止めてくれた。もしもバッカスの暴走が確認された時には必ず殺すからと」
「ザイル様が? なぜ?」
「それは俺にも分からない。だがカルドレッドでバッカスが暴走を引き起こしたと聞いた時、あの人は約束通り殺しに向かった。……必死に止めたけど、ザイル様の目は本気だった。約束だからと言われた時、ゾッとしたよ。あの時の恐怖は一生忘れることはない。先に弟を殺そうとしたのはこっちだっていうのにな……。だから、俺は娘をカルドレッドに、あのフランシカの血を濃く引く娘に託すことにした」
話の流れから考えれば、二十数年越しに約束を実行しようとしたザイルに託すか、ザイルから遠ざけるのが妥当ではないか。カルドレッドはともかく、なぜここでイーディスが登場するのだろうか。それも『フランシカの血を濃く引く娘』なんて、フランシカに特別な何かがあると言っているようなものだ。バッカスはここに知りたがっていた情報があると直感した。
「それはどういうことですか」
「なんでもない。忘れろ」
「これは俺にも関係あることでしょう? 教えてください。フランシカ家に何があると言うんですか」
「……何もない」
「何もなければ本来殺す予定だった娘を託すはずないでしょう」
教えてくださいと詰めよれば、兄は困ったようにため息を吐いた。けれど隠したまま娘を託すことは出来ないと悟ったのだろう。周りに人がいないことを確認してから、声を潜めて「これはごく一部の人間しか知らない秘匿事項なんだが」と教えてくれた。
「フランシカ家は魔法道具の暴走の中心地に居ながらも無傷で生還した男の末裔だ」
天然物の魔法道具は近年発生していない。イーディスの所持している魔道書も魔王が作ったものが何かしらの要因で作り替えられただけで、完全な天然物とは言えないらしい。
だが今よりもずっと昔、何度か魔法道具の暴走が起こっている。災害認定されるほど大きな被害を出しているようだが、詳しい資料は全く残されていない。その最たる理由が被害を知る人間の多くが命を引き取ってしまうからである。助かったとしても、精神に異常を来たし、とてもではないが正確な状況を伝えることは出来ない。だからこそ事実を知ることは難しい。
だが被害状況や発生した原因を正確に報告出来た者がいたーーそれが後にフランシカ家初代当主となる男である。
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