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番外編
バッカスの疑問②
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イーディスという少女はフランシカ家に稀に生まれる特別な子どもだった。
いや、正確にはイーディスは全ての人間にとって特別なのではない。
リガロ・バッカス・マリアの三人のような生まれた時から強く魔の影響を受ける者達や、ローザのような強い魔を身近に感じたことがある者達にとって特別な存在なのである。太陽の下にいればほのかな光に気付きづらい。だが暗闇の中であればその光は強く目に焼き付くのである。
イーディスが特別な存在だと気付いたのは、リガロがカルドレッドにやってきた後のこと。
彼は魔の研究に大いに協力的で、今までのようなオーブやマントに吸い取らせるといった間接的な方法ではなく、彼本人から大量のデータを取ることが出来た。彼ほど高濃度の魔のデータが取れたことで今まで以上に研究の幅が広がった。そして研究を進めるうちにとある疑問がバッカスの頭に浮かぶようになった。
『なぜイーディスはこれほど多くの魔に耐えることが出来るのか』
リガロはイーディスを思うことで耐えていた。これはレトア家が代々そうしてきたのと同じ、魔の一部を変換させる方法である。マリアもまた長年無意識的にリガロと同様のことを行い、現在は定期的にカルドレッドで魔を回収することで正気を保っている。
だがイーディスにとっての依存対象は何かと考えた時、それらしいものが見つからなかった。魔の影響を強く受けた者達の支えになっているのに、だ。それだけではない。聖母として活躍し出したイーディスの魔の数値が一向に上昇しないのである。各地にオーブを設置しているとはいえ、全く変動がないというのはおかしな話だ。
引っかかりを覚えたバッカスは『イーディス』という人物について少し調べてみることにした。
初めに目をつけたのは彼女の友人達と婚約者との出逢いである。バッカスも含め、彼らはイーディスと出会うことによって人生を大きく変えている。マリアの婚約者であったために関わったキースと、乗馬が流行ったことで病の大規模流行を免れることが出来たメリーズはともかく、リガロ・マリア・ローザ、そしてバッカスとの出会いは本当に偶然だったのか。
軽く話を聞いてみたところ、リガロは祖父の紹介で婚約者になり、マリアは父に連れられたお茶会で声をかけられたーーまではいい。問題はローザである。このとき、初めて彼女とイーディスが親しくなったきっかけが渡り廊下付近の茂みから声をかけたことだと知ったバッカスはひどく驚いたが、注目すべきは彼女が声をかけた理由である。
「イーディス様なら、闇の中から救ってくれるような気がしたのです」
「なぜそう思ったんだ? そのときまで深く関わることはなかったんだよな?」
「リガロ様を変えたのはイーディス様だからというのと、父がフランシカ家は特別だと言っていたからでしょうか」
「ヘカトール公爵とフランシカ男爵は交流があったのか?」
「それが、分からないのです。夜会でお会いした際もそこまで親しくしているようには見えませんでした。それに父がフランシカ家について語る時は決まって様子がおかしくて」
「様子がおかしい?」
「父は貴族らしい人で、感情を外に出すことは少ないのです。けれど、フランシカ家の話をする時は感情がにじみ出しているといいますか、必要な情報を取り込むのではなく関心や興味が向いているといいますか……。父がそんな顔をするのはフランシカ家の話をする時だけで、私と王子の婚約解消が決まった時も、フランシカからは目を背けるなと言われたほどです」
「それほど特別な存在であった、と」
「はい。今も父から定期的に手紙が送られてくるのですが、私の体調を気遣う文と共に必ず彼女との仲が上手くいっているかと尋ねてきますわ」
具体的に何か行動を起こした訳ではないとはいえ、ローザは父の言葉が強く頭に残ったのだと。あの言葉があったからこそローザはイーディスに興味を持つようになり、リガロが明るくなったのも彼女のおかげと確信。茂みから声をかけるに至ったらしい。
その出逢いは本当に偶然なのだろうか?
悪夢と現実を混同するつもりはないが、キースの悪夢ではローザはイーディスと出会うことなく魔に犯されている。もし出会わなければ彼女は今頃……と考えると、仕組まれたことのように思えてしまうのだ。
なにより、イーディスが特別な少女であると仮定すればマリアがイストガルムではなく、シンドレアで育ったのも何かしらの理由があるのではないかと思えてくる。歴代の慈愛の聖女は全員イストガルムで育てられ、国内で一生を終えている。剣聖が魔を集める役割を果たしているため、歴代の慈愛の聖女達よりも負担は軽くなっているとはいえ、シンドレアに移り住む必要があったのだろうか。なにより、彼女の身体的負担を減らすためにシンドレアに連れてきたのならば、なぜギルバート家の令息であるキースを婚約者になどしたのだろうか。生かそうとしているのか、殺そうとしているのか分からない。
マリアとイーディスとの出逢いは二人が七歳の時。リガロとイーディスが出会ってから一年近くもあれば、周りのおとな達がイーディスという少女をある程度知ることが出来たのではないか。
リガロは幼い頃からザイルを通してカルドレッドに監視されていた。彼の婚約者であるイーディスもまた観察対象に含まれていても不思議ではない。いや、カルドレッドという場所の性質上、確実にイーディスに異常が起きないか観察しているはずだ。だが彼らが介入してくることはなかったし、イーディスに異変が起きることもなかった。
いや、正確にはイーディスは全ての人間にとって特別なのではない。
リガロ・バッカス・マリアの三人のような生まれた時から強く魔の影響を受ける者達や、ローザのような強い魔を身近に感じたことがある者達にとって特別な存在なのである。太陽の下にいればほのかな光に気付きづらい。だが暗闇の中であればその光は強く目に焼き付くのである。
イーディスが特別な存在だと気付いたのは、リガロがカルドレッドにやってきた後のこと。
彼は魔の研究に大いに協力的で、今までのようなオーブやマントに吸い取らせるといった間接的な方法ではなく、彼本人から大量のデータを取ることが出来た。彼ほど高濃度の魔のデータが取れたことで今まで以上に研究の幅が広がった。そして研究を進めるうちにとある疑問がバッカスの頭に浮かぶようになった。
『なぜイーディスはこれほど多くの魔に耐えることが出来るのか』
リガロはイーディスを思うことで耐えていた。これはレトア家が代々そうしてきたのと同じ、魔の一部を変換させる方法である。マリアもまた長年無意識的にリガロと同様のことを行い、現在は定期的にカルドレッドで魔を回収することで正気を保っている。
だがイーディスにとっての依存対象は何かと考えた時、それらしいものが見つからなかった。魔の影響を強く受けた者達の支えになっているのに、だ。それだけではない。聖母として活躍し出したイーディスの魔の数値が一向に上昇しないのである。各地にオーブを設置しているとはいえ、全く変動がないというのはおかしな話だ。
引っかかりを覚えたバッカスは『イーディス』という人物について少し調べてみることにした。
初めに目をつけたのは彼女の友人達と婚約者との出逢いである。バッカスも含め、彼らはイーディスと出会うことによって人生を大きく変えている。マリアの婚約者であったために関わったキースと、乗馬が流行ったことで病の大規模流行を免れることが出来たメリーズはともかく、リガロ・マリア・ローザ、そしてバッカスとの出会いは本当に偶然だったのか。
軽く話を聞いてみたところ、リガロは祖父の紹介で婚約者になり、マリアは父に連れられたお茶会で声をかけられたーーまではいい。問題はローザである。このとき、初めて彼女とイーディスが親しくなったきっかけが渡り廊下付近の茂みから声をかけたことだと知ったバッカスはひどく驚いたが、注目すべきは彼女が声をかけた理由である。
「イーディス様なら、闇の中から救ってくれるような気がしたのです」
「なぜそう思ったんだ? そのときまで深く関わることはなかったんだよな?」
「リガロ様を変えたのはイーディス様だからというのと、父がフランシカ家は特別だと言っていたからでしょうか」
「ヘカトール公爵とフランシカ男爵は交流があったのか?」
「それが、分からないのです。夜会でお会いした際もそこまで親しくしているようには見えませんでした。それに父がフランシカ家について語る時は決まって様子がおかしくて」
「様子がおかしい?」
「父は貴族らしい人で、感情を外に出すことは少ないのです。けれど、フランシカ家の話をする時は感情がにじみ出しているといいますか、必要な情報を取り込むのではなく関心や興味が向いているといいますか……。父がそんな顔をするのはフランシカ家の話をする時だけで、私と王子の婚約解消が決まった時も、フランシカからは目を背けるなと言われたほどです」
「それほど特別な存在であった、と」
「はい。今も父から定期的に手紙が送られてくるのですが、私の体調を気遣う文と共に必ず彼女との仲が上手くいっているかと尋ねてきますわ」
具体的に何か行動を起こした訳ではないとはいえ、ローザは父の言葉が強く頭に残ったのだと。あの言葉があったからこそローザはイーディスに興味を持つようになり、リガロが明るくなったのも彼女のおかげと確信。茂みから声をかけるに至ったらしい。
その出逢いは本当に偶然なのだろうか?
悪夢と現実を混同するつもりはないが、キースの悪夢ではローザはイーディスと出会うことなく魔に犯されている。もし出会わなければ彼女は今頃……と考えると、仕組まれたことのように思えてしまうのだ。
なにより、イーディスが特別な少女であると仮定すればマリアがイストガルムではなく、シンドレアで育ったのも何かしらの理由があるのではないかと思えてくる。歴代の慈愛の聖女は全員イストガルムで育てられ、国内で一生を終えている。剣聖が魔を集める役割を果たしているため、歴代の慈愛の聖女達よりも負担は軽くなっているとはいえ、シンドレアに移り住む必要があったのだろうか。なにより、彼女の身体的負担を減らすためにシンドレアに連れてきたのならば、なぜギルバート家の令息であるキースを婚約者になどしたのだろうか。生かそうとしているのか、殺そうとしているのか分からない。
マリアとイーディスとの出逢いは二人が七歳の時。リガロとイーディスが出会ってから一年近くもあれば、周りのおとな達がイーディスという少女をある程度知ることが出来たのではないか。
リガロは幼い頃からザイルを通してカルドレッドに監視されていた。彼の婚約者であるイーディスもまた観察対象に含まれていても不思議ではない。いや、カルドレッドという場所の性質上、確実にイーディスに異常が起きないか観察しているはずだ。だが彼らが介入してくることはなかったし、イーディスに異変が起きることもなかった。
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