上 下
104 / 177
六章

9.カルドレッド散策

しおりを挟む
「はい、これ水筒とお昼ね」

「ありがとうございます」

 朝食後、散策セットを受け取る。ちなみに先ほどアンクレットから「適当に休める場所がなければこれを敷け」とのありがたい言葉と共に敷物を渡されている。魔道書とカメラが入ったいつものバッグとは別のものを用意してもらったので、お弁当もそちらに入れされてもらう。

「行ってきます」

「気をつけてね~」

 手を振って食堂を後にして、待ち合わせ場所に向かう。仕事終わりのバッカスとは馬小屋の前で待ち合わせしているのだ。スタスタと早足で廊下を歩いているといろんな人から「いってらっしゃい」と声をかけられる。熱中症には気をつけろ、なんて声と共に帽子も頭に乗せてもらったイーディスはまるでハイキングにでも出かけるよう。まぁ似たようなものなのだが。

 カルドレッドは年々拡大傾向にあるとはいえ、さほど広くはない。馬で移動すれば一日ほどで領内を一周することが可能だそうだ。また建物も密集しており、説明をしてもらいながらゆっくりと回っても日が暮れる前には帰ってこられるだろうとのことだ。

「イーディス嬢、こっちだ」

「バッカス様。お待たせしました」

 すでに馬を連れているバッカスに小さく頭を下げ、イーディスもケトラを迎えに行く。今朝もアンクレットからお世話をしてもらった彼は、カルドレッド散策について知っていたようだ。イーディスの顔を発見するや否や、爛々とした目でこちらを見つめてくる。

「今日はよろしくね」

 挨拶にケトラは荒い鼻息を返してくれる。よしよしと顔を撫で、背中に乗せてもらった。



「研究所や実験に使っている敷地、経過観察場所を回って、居住区画・遺跡と見ていく感じになる。喉が渇いたりお腹が空いたらすぐに休憩を挟むから遠慮なく言ってくれよ」

「はい」

 バッカスと並んで馬を走らせる。リガロの爆走とは違い、緩やかな走りだ。同伴者がいる場合、普通はこんなものなのだろう。ザイルもそうだった。爽やかな風が吹いたが、先ほど乗せられた帽子は首ゴムに頼ることなくイーディスの頭に鎮座していた。







「ここが新たに設置した研究室」

「こっちは光を使う研究をしているところだから、用事がある時は事前連絡と専用のメガネが必要で」

「このロープから先は経過観察エリア。イーディス嬢は特に、魔の影響を受けた時どうなるか分からないから間違って入らないように」

「研究員の居住区画はさっき説明した場所とこっちの二カ所。この前出した屋敷に住んでもいいし、ゴーレムさんに言ってこっちに家を建ててもらうのでもいいぞ。もちろん、今のまま本部に住んでいてもいいし、俺みたいに研究室を作ってもらって住居とまとめるのでもいい。ここら辺はわりと自由だから」

「あっちの門はキャラバンが来る場所で」



 馬の上に乗りながら、バッカスは次々にカルドレッドを案内してくれる。

 想像以上に研究室や実験用の敷地が多いが、重要となる建物は大抵まとまっている。逆に特殊な研究を行っている場所は他の建物から離れた場所にぽつんと建っていることが多い。建物内はともかく、立ち入り禁止エリアは軽くロープが張ってあるだけだったりするので、気をつける必要がありそうだ。コクコクと頷きながら、脳内メモに危険エリアの場所をマッピングしていく。同時に、本部にある食堂ほど立派なものはないが、飲料水や簡易食が置かれている小屋も覚えておく必要があるだろう。まだ報酬をもらっていないイーディスは文無しだが、お給料が入ったら隔週でやってくるキャラバンも覗いてみたい。ある程度のものなら想像で出せるが、新聞などの情報誌は難しい。力は万能ではないのだ。



「それで、ここがイーディス嬢が一番見たがっていた場所だ」

 最後に案内された場所は遺跡だった。立て看板がいくつも建てられており、まるでRPGのダンジョンのよう。

「ここが領主の試練場……」

「領主になりたければ領主の試練を見事突破し、領主の証を手に入れなければならない。過去二十年、カルドレッドに所属する者のほとんどが試練にチャレンジしーー失敗に終わった。俺もローザ嬢も初めてここを訪れた時に試して失敗している」



 現在の在籍数が五十人ほど。だがこの二十年で入れ替わりがあったと考えるとチャレンジ数はそれよりも少し増えるはずだ。それほどの人数がチャレンジし、破れたともなればきっとイーディスには突破出来ないような難しく険しい試練が待っているのだろう。必要なのは知恵か力か。その両方かもしれない。

「試練の内容はどんなものだったのですか?」

 自分もチャレンジしてみようなんて気はさらさらない。聞いたのは興味本位だった。けれどイーディスに返ってきたのはまさかの言葉だった。

「誰も試練の内容を知らない」

「え?」

 どういうことかと首を捻れば、バッカスは看板に書かれた文字を指しながら『試練』について教えてくれた。



 ・一人一回のみチャレンジ可能。ただし領主が変わると再びチャレンジする権利が与えられる

 ・タイムリミットは一刻。それ以上かかれば強制的に遺跡から出される。

 ・到達地点関係なく、遺跡の外に出た瞬間に内部での情報の一切を記憶からなくす。

 ・試練中に怪我をする者はいない

 ・最深部まで辿り着いたと思われる者は魔法道具が強化された状態で出てくる。





 ざっくりとまとめればこんな感じだ。

 危険性はないらしいが、精神的・身体的疲労が伴うらしい。また領主はすんなりと決まるときもあれば、全く決まらずに空席が続く時がある。今回のように二十年の空席もよくあることだと聞かされた時にはとても驚いた。カルドレッド特別領領主は領内での全ての権限を有し、発言力は大陸でも随一。他国の承認が必要となることもあるが、基本的にカルドレッドの領主が希望したことが通らないことはない。

「独裁になりませんか?」

「なるぞ。だが領主がいる時といない時だと発展が桁違い。彼らがいなければ今のレベルまで進歩していなかったし、潰れていた国もある。先々代領主がいなければ退魔核が完成することも、人工の魔法道具の量産だって難しかったはずだ。だからどの国も意見することはあっても、抵抗することはない。カルドレッドの決定に背くことは自分の首を締めることと同義だからな」

「なるほど」

 イーディスは今のカルドレッドを気に入っている。ここにもし独裁者が生まれたら、彼らは変わってしまうのだろうか。寂しさはある。けれどカルドレッドに集う天才から統率者が生まれることで『魔』に人生を左右された人達が少しでも楽になるのなら……。その時が来たら、きっとイーディスは自ら歯車の一つとして回ることだろう。





「まぁそんな深く考えなくても、チャレンジは義務じゃない。俺達はただ領主になりたかったからチャレンジしただけ。中で何が起きるか分からない建物の中に入らなくて済むならそれに越したことはないって」

 バッカスはそう告げると、イーディスのために綺麗な景色が見える場所を回りながら本部へと戻ってくれた。試し撮りも兼ねているので、パシャパシャと多めに撮っていく。初めてじっくりと見た景色はとても綺麗で、魔が満ちているとは思えないほど空気が澄んでいた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

モブです。静止画の隅っこの1人なので傍観でいいよね?

紫楼
ファンタジー
 5歳の時、自分が乙女ゲームの世界に転生してることに気がついた。  やり込んだゲームじゃ無いっぽいから最初は焦った。  悪役令嬢とかヒロインなんてめんどくさいから嫌〜!  でも名前が記憶にないキャラだからきっとお取り巻きとかちょい役なはず。  成長して学園に通うようになってヒロインと悪役令嬢と王子様たち逆ハーレム要員を発見!  絶対お近づきになりたくない。  気がついたんだけど、私名前すら出てなかった背景に描かれていたモブ中のモブじゃん。  普通に何もしなければモブ人生満喫出来そう〜。  ブラコンとシスコンの二人の物語。  偏った価値観の世界です。  戦闘シーン、流血描写、死の場面も出ます。  主筋は冒険者のお話では無いので戦闘シーンはあっさり、流し気味です。  ふんわり設定、見切り発車です。  カクヨム様にも掲載しています。 24話まで少し改稿、誤字修正しました。 大筋は変わってませんので読み返されなくとも大丈夫なはず。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...