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六章

5.ラスカ=レトア

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「さて、食事も済んだことだしカルドレッドについて軽く説明しておこう」

 食事を済ませると、バッカスはガラガラと音を立てながらホワイトボードを運んできた。すでに一面にはびっしりと文字が書かれている。

 赤字で書かれた大項目は『カルドレッド』『魔法道具』『魔』の三つ。イーディスが一番知りたいことでもある。背筋をビシッと伸ばせば、ペンを手にしたバッカスが軽く頷いた。

「まずはここ、カルドレッドについて説明しよう。カルドレッドとはどこの国にも属さぬ特別領であり、様々な国の者達が在籍している。またここには戸籍が存在しない者も多く在籍する。主にそもそも戸籍を持っていない者、カルドレッドで生まれた者、そして何かしらの事情があり戸籍が消失した者の三派ターンだな」

「私は三番に当たる、と」

「いや、イーディス嬢の場合、ローザ嬢が身元引受人となり、レトアの養子に入ったことでシンドレア王国で『ラスカ=レトア』という新たな戸籍を得ている。カルドレッドでは戸籍がなくても生きていけるが、後々ここから出ることになれば戸籍がないと困ることもあるからな。フランシカ男爵と話し合って作らせてもらった」

「ラスカ=レトア……」

 口に出せば、乾いた地に水が染みこむように自然と馴染んだ。

『ラスカ』はラスカシリーズから取ったのだろう。モズリは目の前の四人か。

 物語の中でラスカはずっと一人で変わり果てた世界を旅して、様々な発見をしていた。モズリと再会したのは随分後のことだ。一巻の時よりも多くのことを知り、そして自分のことも見つめ直した彼女はモズリに問うのだ。

『私のこと、覚えている?』

 ラスカが生きていた場所は死を待つだけの土地。旅をしながら、ラスカは少しずつ星が死ぬきっかけとなった事件よりも前のことも思い出していく。そして以前自分が足を運んだ場所を巡っていく。少しずつ記憶が戻り、そしてラスカの時間は少しずつ巻き戻っていく。何も知らなかった頃の記憶と合流するように押し寄せる記憶に、彼女は何度も唇を噛みしめる。楽しさを思い出せば、同時に孤独もやってくる。ラスカが彼らを覚えていても、彼らはラスカの声に反応することもない。一人だけになった世界では、忘れられたも同然だった。ラスカが生きたことを覚える人はいない。そう、モズリを除いては。

『もちろん。君みたいな子、いつまで経っても忘れるはずがない』

 それはモズリなりの皮肉だった。好んでこんな場所に残るような変人を忘れるはずがない、と伝えたつもり。だがラスカは嬉しくて彼に抱きついた。そこから二人の旅が始まるのだ。大団円に向かう幸せの旅が。

 そんな彼女からもらった名前は、空白を埋めながら生きていくイーディスにはぴったりだ。彼女のように知らないなら知らないなりにこの世界を歩いていけばいい。





「私としてはギルバート家の養子 イーディス=ギルバートになって、一緒に暮らすというのが一番だと思ったのですが」

「マリア、これはフランシカ家の決定だ。諦めろ」

 むうっと頬を膨らますマリアには悪いが、その名前は少し遠慮したい。マリアがいなかった世界でイーディスが名乗ることを許されていた名前だから。この世界では似つかわしくない。それに、その名前を名乗る時は隣に同志がいなければ寂しくなってしまうから。父がどういう理由でカルドレッドを選んだのかはイーディスの知るところではないが、レトア家を選んでくれたことにホッと胸をなで下ろした。

「でもカルドレッドを出ることになった際には是非ギルバート家へ! 魔が安定していますから暮らし易いはずですわ!」

「魔が安定?」

 馴染む、の次は安定か。画廊で教えてもらった話で多くのことを知ったつもりでいたが、この世界にはまだまだイーディスの知らないことで溢れているらしい。以前までのイーディスは何も知らなかったのだと痛感する。知らずに嫌いだ、乙女ゲームシナリオが、とへそを曲げていた自分がひどく子どものように思えてならない。



「マリア嬢、順番に話しているんだから混乱させないでくれ」

「……わかりました。はしゃいでしまって申し訳ありません」

「いえ、お誘い頂けて嬉しいですわ」

「イーディス様……」

「話戻すぞ~。事情持ちが多い上に変わり者揃いのこの領だが、地質も特殊だ。常に魔が溢れている、というところまではイーディス嬢も授業で習っただろう。だが『魔は適正がない者が触れると精神状態に異常を来す』ということは公には知られていない。この適正がない者がカルドレッドに滞在しようとすると早い者だと三日、長くとも一週間で精神に異常を来す」

 あちらの世界でローザの身に起きていたことと似たような状況だろう。場所こそ違うが、同じく魔に犯された状態だ。『ローザ』の場合、数ヶ月ほど魔に犯されていたというのもあるが、長く触れ続けた者の末路が悲惨であることは確かだ。思わず顔を歪めれば、バッカスは「もちろん異変が見られた場合にはすぐに外に送っているから安心してくれ」とフォローを入れてくれる。

「一週間以上滞在するには『魔法道具に認められる』必要がある。こればかりはどんな理由があろうとも、推薦状を持とうとも強引に突破することは出来ない。一部例外を覗いて皆、一様に同じ試験を受ける必要がある」

「例外?」

「すでに高濃度の魔に触れたことがある者や聖女、役職持ち、そしてすでに魔法道具を有している者。これらを満たす者はすでに魔に適正があり、カルドレッドの魔にやられることはない。またこれに当てはまる者の中には魔法道具を所有出来ないパターンもある。だがあくまで例外は例外。人数はさほど多くはない。俺達とイーディス嬢はなんらかの形で滞在条件を満たしていると思ってくれればいい。カルドレッドは特殊な立ち位置であり、聖女の儀式が終わってからはますます所属希望者が殺到した。だがこの『魔法道具に認められる』という条件が意外と難しく、カルドレッドに長期滞在が許されているのは五十人もいない」

 五十と聞くとそこそこいるのでは? と思ってしまうが、大陸中の国から集まっていることを考えるとかなり少ない。貴重な人員のうち、五人はこの場にいる図書館メンバーなのだから。カルドレッドに人員を送り込めていない国もあるのではないだろうか。儀式が終わった後から希望者が殺到したのは、自分の国の研究員を送り込みたいという国の考えもあるのだろう。

 イーディスは与えられる情報を少しずつ飲み込みながら、頭をフル回転させていく。

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