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四章
7.歪み
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「家のためなら相手を切り捨てるーーそんな判断を下すのが貴族というものです」
「だが例外だって存在するだろう!」
「いるでしょうね。けれど例外は、少数派は特別な何かを持たなければ輪の中にもいれてもらえない……と話がズレましたね。何にせよ、他国の貴族であるキース様とリガロ様では立場や考え方が違います。他の生徒との交流もありますし、私もあなたの邪魔をするつもりはありません」
イーディスは淡々と勝手にすればいいと告げる。けれど自分勝手な言い訳も、待っていてくれと告げることすら出来やしない。なんとか言葉を紡ごうとするが、その先が出てこない。身勝手な過去と剣聖の孫という立場が彼女に縋ることを許してはくれないのだ。
今日のイーディスはまるで自分を捨てていけと叫んでいるようだった。今までよりも強い拒絶だった。リガロはイーディスが好きだ。けれど昔も今も、イーディスを守るのはリガロではなくマリアだ。傷つけることしか出来ていない男がこのまま彼女に手を伸ばし続けていいのだろうか。もやもやとした感情を抱えながら屋敷に戻り、気付けば両親に問いかけていた。
「もしもイーディスが子どもを産まなかったらどうしますか?」
静かな食事の場で切り出すには暗すぎる話題だ。けれど食事の手を止めた父は顔色一つ変えることなく問いかけの答えをくれた。
「どうもしない」
ひどく短い言葉は、まるでしょうもないことを聞くなと切り捨てられたよう。けれどタイミングは悪くとも、貴族の嫡男として跡継ぎ問題はとても重要である。それは剣聖にこだわっていた父がよく分かっていることではないか。あれだけ子どもに剣聖の名前を、祖父の名声を継ぐことを押しつけておいてそれはないだろう。父は今も昔もリガロに興味なんてないのではないか。冷たい父にリガロの表情は歪んでいった。
「どうもしないって跡継ぎはどうするんですか」
「親戚から養子を取ってお前が剣の稽古を付けてやればいい」
「イーディスさんには彼女が負担に思うようなことは何もしなくていいと伝えてちょうだい」
「負担、ですか?」
「出産も社交も。彼女がリガロの側にいてくれれば私達はそれで満足よ」
「儀式が終わるまで不安だというのなら、もう籍を入れてしまえば良い。フランシカ家にも簡単な事情だけは話してあるんだ。二、三年結婚が早まったくらいで文句も言うまい」
イーディスの負担を考えているようで、そこにイーディスの意思などない。両親にとってイーディスは人ではなく、鎖に過ぎないのだ。けれどきっと彼らにそう思わせたのは今までのリガロの行動だろう。何でもかんでもイーディス、イーディス。それでいてフライド屋敷には連れてこず、彼女からの手紙もほとんどなくなった。返されることのない愛を延々と押し続けている息子を見て、それでもひたすら剣を降り続けていた頃よりはずっといいと判断したのだろう。突きつけられた事実に目の前が歪んでいくのを感じた。吐き気の混じった嫌悪感が胸の中で渦を巻いていく。
「式はいつ頃挙げるんですか!?」
「儀式が終わるまで派手に動けないし、来年以降だろうな」
「なら俺が義姉さんのウェディングドレスをデザインしてもいいですか?」
「お前が?」
「はい! 兄さんが義姉さんに贈ったドレスは何度か見てますし、そこから大体の好みは分かります。デザインなら俺の得意分野ですし、兄さんを変えてくれた義姉さんには感謝しているんです。必ず義姉さんが気に入るようなドレスを作りますから!」
それでも弟だけは会ったことのないイーディスを慕ってくれていた。剣聖から、剣術から見放された彼は歪なこの場所で唯一澄んでいた。弟はリガロが変わったと言ったが、変わってなどいないのだ。一度ついた汚れは二度と拭うことなど出来ない。結局、リガロがしようとしているのは汚れの上から違う色で塗りつぶすことでしかないのだ。戻れないから、進むしかない。
翌朝、不機嫌なイーディスを馬に乗せ、キース・マリアの二人の名前を繰り返す。聖女云々に協力させようというのではない。ただあの二人といればイーディスは安全でいられるからだ。そのためにリガロは彼女の唯一の友人を利用する。
これから一緒にいられないリガロは何度も『結婚』の言葉をイーディスの脳裏にすり込んで、そして仕事場へと向かう。イーディスの向かう場所とは正反対の場所にある生徒会室で、今日も今日とて作戦会議をしようというのだ。とはいってもリガロがすることといえば、今後の流れの確認くらいなものだが。
「だが例外だって存在するだろう!」
「いるでしょうね。けれど例外は、少数派は特別な何かを持たなければ輪の中にもいれてもらえない……と話がズレましたね。何にせよ、他国の貴族であるキース様とリガロ様では立場や考え方が違います。他の生徒との交流もありますし、私もあなたの邪魔をするつもりはありません」
イーディスは淡々と勝手にすればいいと告げる。けれど自分勝手な言い訳も、待っていてくれと告げることすら出来やしない。なんとか言葉を紡ごうとするが、その先が出てこない。身勝手な過去と剣聖の孫という立場が彼女に縋ることを許してはくれないのだ。
今日のイーディスはまるで自分を捨てていけと叫んでいるようだった。今までよりも強い拒絶だった。リガロはイーディスが好きだ。けれど昔も今も、イーディスを守るのはリガロではなくマリアだ。傷つけることしか出来ていない男がこのまま彼女に手を伸ばし続けていいのだろうか。もやもやとした感情を抱えながら屋敷に戻り、気付けば両親に問いかけていた。
「もしもイーディスが子どもを産まなかったらどうしますか?」
静かな食事の場で切り出すには暗すぎる話題だ。けれど食事の手を止めた父は顔色一つ変えることなく問いかけの答えをくれた。
「どうもしない」
ひどく短い言葉は、まるでしょうもないことを聞くなと切り捨てられたよう。けれどタイミングは悪くとも、貴族の嫡男として跡継ぎ問題はとても重要である。それは剣聖にこだわっていた父がよく分かっていることではないか。あれだけ子どもに剣聖の名前を、祖父の名声を継ぐことを押しつけておいてそれはないだろう。父は今も昔もリガロに興味なんてないのではないか。冷たい父にリガロの表情は歪んでいった。
「どうもしないって跡継ぎはどうするんですか」
「親戚から養子を取ってお前が剣の稽古を付けてやればいい」
「イーディスさんには彼女が負担に思うようなことは何もしなくていいと伝えてちょうだい」
「負担、ですか?」
「出産も社交も。彼女がリガロの側にいてくれれば私達はそれで満足よ」
「儀式が終わるまで不安だというのなら、もう籍を入れてしまえば良い。フランシカ家にも簡単な事情だけは話してあるんだ。二、三年結婚が早まったくらいで文句も言うまい」
イーディスの負担を考えているようで、そこにイーディスの意思などない。両親にとってイーディスは人ではなく、鎖に過ぎないのだ。けれどきっと彼らにそう思わせたのは今までのリガロの行動だろう。何でもかんでもイーディス、イーディス。それでいてフライド屋敷には連れてこず、彼女からの手紙もほとんどなくなった。返されることのない愛を延々と押し続けている息子を見て、それでもひたすら剣を降り続けていた頃よりはずっといいと判断したのだろう。突きつけられた事実に目の前が歪んでいくのを感じた。吐き気の混じった嫌悪感が胸の中で渦を巻いていく。
「式はいつ頃挙げるんですか!?」
「儀式が終わるまで派手に動けないし、来年以降だろうな」
「なら俺が義姉さんのウェディングドレスをデザインしてもいいですか?」
「お前が?」
「はい! 兄さんが義姉さんに贈ったドレスは何度か見てますし、そこから大体の好みは分かります。デザインなら俺の得意分野ですし、兄さんを変えてくれた義姉さんには感謝しているんです。必ず義姉さんが気に入るようなドレスを作りますから!」
それでも弟だけは会ったことのないイーディスを慕ってくれていた。剣聖から、剣術から見放された彼は歪なこの場所で唯一澄んでいた。弟はリガロが変わったと言ったが、変わってなどいないのだ。一度ついた汚れは二度と拭うことなど出来ない。結局、リガロがしようとしているのは汚れの上から違う色で塗りつぶすことでしかないのだ。戻れないから、進むしかない。
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