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三章
5.友人とその婚約者
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タイミングがピタリとハマりすぎて思わず顔を歪めてしまう。
「何かご用事でも?」
「すまない。済んだら俺もすぐに行くから」
小さく頭を下げるが用事の内容まで告げるつもりはない、と。だったら初めから違う馬車で登校して、会場で別れれば良かったじゃないか。同じ馬車で来たせいで先に帰るという選択肢も選べやしない。話を通すつもりがないなら段取りくらいちゃんとしなさいよ。一番嫌いなキャラだった王子を目にしたせいで、リガロへの好感度もじりじりと降下していく。
「だったら私達と一緒に取る授業を決めませんか?」
険悪な空気になりつつあった二人の間に入ったのはマリアだった。その隣のキースも入学案内を捲りながら「いいな」と存外乗り気である。
「カフェテリアが解放されているらしい。帰ってくるまでイーディス嬢は俺が見てるから行ってくるといい」
「感謝する」
私は子どもか。突っ込みが喉元まででかかったイーディスだったが、マリアが「どの授業がいいですかね~」と楽しそうに微笑むので溜飲はぐんぐんと下がっていく。可愛いは癒やしである。最近興味を持ってくれるようになった婚約者よりも、仲良くしてくれるお友達。差し出された手に自らの手を重ねながら三人でカフェテリアへと歩き出す。二、三歩後ろでキースが「やはり抗議しておいて正解だったな」と呟いていたが、イーディスにはその意味が分からなかった。
カフェテリアに移ればキースが椅子を引いてくれる。軽く頭を下げてから腰をかければ彼は「紅茶でいいか?」とだけ確認するとそのまま注文カウンターへと向かっていく。どうやらイーディスの分も用意してくれるらしい。対面早々のあの啖呵はなんだったのか。あれで牽制は済んだものとなっているのだろうか。とはいえ女であるイーディスがマリアの婚約者の座を奪い取ることはないので、深追いしてこないのは正直ありがたい。
帰ってきた彼はマリアの隣に腰をかけ、わずかな椅子の隙間さえも埋めた。流れるような行動にマリアは特別驚くこともない。それどころか彼はイーディスにだけカップを差し出すと、残った二つは手元に置き、片方に息を吹きかけ始めた。いわゆる『ふーふー』というやつである。一般的に社交界のマナーとしてNGとされている両手づかみで温度を確認すると、彼は当然のようにマリアに差し出した。そして彼女もまたそれが当然のようにカップに口を付ける。この一連の流れを目にしただけで、イーディスは彼が必要以上の牽制をしてこない理由を把握した。今後、二人の前にどんな男女が現れようと障害にすらならないのだろう。マリアがキースの溺愛を完全に受け入れることで鉄壁の信頼関係がある。同時に他者がツッコミを入れる余地すら与えてはくれない不思議な空気感をまとっている。むしろなぜわざわざお前は二番目宣言をする必要があったのかは分からないのだが、それだけマリアにとってイーディスは大きな存在なのだろう。そう思うと嬉しくなって、頬が緩んだ。
「それで、現時点でどの授業が気になるとかはあるか」
「いろんな授業があってどれがいいか目移りしてしまいそうですわ」
ニコニコと微笑むマリアに、友人とその婚約者が少し変わった関係でもいいかと納得し、頭を切り替える。「そうですね~」とパラパラとシラバスを捲りながら、とあるページに書かれていた文字が目にとまった。
「この『地質学』という授業が気になります」
「なんだイーディス嬢は地質学に興味があるのか?」
「以前読んだ本に魔法道具が登場して、そこから」
「『レディアの魔法道具店』ですね! その本なら私も読みました!」
「そうそう! あとは『ベカテの蝋印』とか!」
「あああああの本は恋愛とミステリーがちょうど良くマッチしていますよね! 私、後書き読み終わってからすぐに一ページ目から読み直しましたわ!」
マリアの熱量に、イーディスもまた興奮していく。なにせペンと便せんを用いることのない本トークは実に数年ぶりなのだ。
「一周目で見逃したアイテムを追っていったり!」
「伯爵の言葉がミスリードだと分かった上で見ると別の光景が見えてきたり!」
「あの本は傑作でしたね」
「作者が生涯一作品しか世に送り出さなかったことが悔やまれますわ」
「確か病を患いながら書いていたのよね……」
「ですが病があったからこそ何かを残そうと思われたとのことですから、病さえなければあの作品が世に出ることもなかったのかもしれませんわ」
読者としては少し複雑な一作だ。
「何かご用事でも?」
「すまない。済んだら俺もすぐに行くから」
小さく頭を下げるが用事の内容まで告げるつもりはない、と。だったら初めから違う馬車で登校して、会場で別れれば良かったじゃないか。同じ馬車で来たせいで先に帰るという選択肢も選べやしない。話を通すつもりがないなら段取りくらいちゃんとしなさいよ。一番嫌いなキャラだった王子を目にしたせいで、リガロへの好感度もじりじりと降下していく。
「だったら私達と一緒に取る授業を決めませんか?」
険悪な空気になりつつあった二人の間に入ったのはマリアだった。その隣のキースも入学案内を捲りながら「いいな」と存外乗り気である。
「カフェテリアが解放されているらしい。帰ってくるまでイーディス嬢は俺が見てるから行ってくるといい」
「感謝する」
私は子どもか。突っ込みが喉元まででかかったイーディスだったが、マリアが「どの授業がいいですかね~」と楽しそうに微笑むので溜飲はぐんぐんと下がっていく。可愛いは癒やしである。最近興味を持ってくれるようになった婚約者よりも、仲良くしてくれるお友達。差し出された手に自らの手を重ねながら三人でカフェテリアへと歩き出す。二、三歩後ろでキースが「やはり抗議しておいて正解だったな」と呟いていたが、イーディスにはその意味が分からなかった。
カフェテリアに移ればキースが椅子を引いてくれる。軽く頭を下げてから腰をかければ彼は「紅茶でいいか?」とだけ確認するとそのまま注文カウンターへと向かっていく。どうやらイーディスの分も用意してくれるらしい。対面早々のあの啖呵はなんだったのか。あれで牽制は済んだものとなっているのだろうか。とはいえ女であるイーディスがマリアの婚約者の座を奪い取ることはないので、深追いしてこないのは正直ありがたい。
帰ってきた彼はマリアの隣に腰をかけ、わずかな椅子の隙間さえも埋めた。流れるような行動にマリアは特別驚くこともない。それどころか彼はイーディスにだけカップを差し出すと、残った二つは手元に置き、片方に息を吹きかけ始めた。いわゆる『ふーふー』というやつである。一般的に社交界のマナーとしてNGとされている両手づかみで温度を確認すると、彼は当然のようにマリアに差し出した。そして彼女もまたそれが当然のようにカップに口を付ける。この一連の流れを目にしただけで、イーディスは彼が必要以上の牽制をしてこない理由を把握した。今後、二人の前にどんな男女が現れようと障害にすらならないのだろう。マリアがキースの溺愛を完全に受け入れることで鉄壁の信頼関係がある。同時に他者がツッコミを入れる余地すら与えてはくれない不思議な空気感をまとっている。むしろなぜわざわざお前は二番目宣言をする必要があったのかは分からないのだが、それだけマリアにとってイーディスは大きな存在なのだろう。そう思うと嬉しくなって、頬が緩んだ。
「それで、現時点でどの授業が気になるとかはあるか」
「いろんな授業があってどれがいいか目移りしてしまいそうですわ」
ニコニコと微笑むマリアに、友人とその婚約者が少し変わった関係でもいいかと納得し、頭を切り替える。「そうですね~」とパラパラとシラバスを捲りながら、とあるページに書かれていた文字が目にとまった。
「この『地質学』という授業が気になります」
「なんだイーディス嬢は地質学に興味があるのか?」
「以前読んだ本に魔法道具が登場して、そこから」
「『レディアの魔法道具店』ですね! その本なら私も読みました!」
「そうそう! あとは『ベカテの蝋印』とか!」
「あああああの本は恋愛とミステリーがちょうど良くマッチしていますよね! 私、後書き読み終わってからすぐに一ページ目から読み直しましたわ!」
マリアの熱量に、イーディスもまた興奮していく。なにせペンと便せんを用いることのない本トークは実に数年ぶりなのだ。
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「作者が生涯一作品しか世に送り出さなかったことが悔やまれますわ」
「確か病を患いながら書いていたのよね……」
「ですが病があったからこそ何かを残そうと思われたとのことですから、病さえなければあの作品が世に出ることもなかったのかもしれませんわ」
読者としては少し複雑な一作だ。
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