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二章

10.イーディスのために

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「それはそれで聖女が男達を侍らせているような図になりませんか?」

「一応シャランデル家の養子ということにして爵位だけは格上にしてあるし、聖女が特別だということは他の生徒達も理解してくれるだろう。それに不満が溜まれば不穏分子の特定もしやすい。もちろんイーディス嬢も協力してくれるというのならばこちらとしては一向に構わないが!」

「嫌です」

「……言ってみただけだ。彼女も彼女で目立つしな」

 ただでさえ聖女は何者かに狙われる可能性があるのだ。もしもイーディスが自ら聖女と友人になったというなら見守るし、必要があれば外敵を排除するだけだ。だが好んで彼女を危険な渦に巻き込もうとは思わない。



 今はまだ引いてくれているスチュワート王子だが、このまま断り続ければ今度こそイーディスも計画に引き込もうとすることだろう。不敬は見逃してくれても、計画の不参加は認めてくれない。それがこの王子なのだ。ここは潔く諦めるしかない。リガロは大きくため息を吐き、頭を掻く。

「それで警護は学園内限定ですか」

「……できる限り、学園外は他のメンバーに頼むことにしよう。だが大勢の人が集まる夜会では手伝って欲しい」

「着飾るイーディスの貴重な姿が見られるチャンスを棒に振れと?」

「君は本当にこの数年で変わったよな……。イーディス嬢が大切なのはわかるが、フライド家の爵位を上げる理由付けのために一年間我慢してくれ」

「爵位を上げる?」

「そもそもフライド家は功績と爵位が見合っていない。君のお祖父様が剣聖として名を馳せた時点ですでに公爵家の仲間入りをしていてもおかしくはなかったんだが、君のお祖父様がそれを拒否した」

「……お祖母様のためですか」

「君の父上のためでもある。急に上級貴族の中に投げ込むなんて酷なことはしたくなかったのだろう。だが王家はフライド家の爵位を上げる機会をずっと窺っていた」

 リガロの祖母は子爵家の出身だ。祖父が一目惚れをして婚約を迫ったらしい。伯爵家の妻としては身分の釣り合いが取れていないとも言えないが、爵位が上がれば別だ。祖父が功績を積み重ねるだけ愛する祖母の首を締めることになると分かれば、彼は愛する者を守るために迷わず手を緩めることだろう。だが王家としては剣聖と呼ばれた男に相応の報酬を与えたかったーーと。例え孫の代になっても諦めていなかったのは『剣聖』の名前がまだまだ根強く残っているからに他ならない。リガロが想像していた以上に『剣聖の孫』という立場は厄介なものだったのだ。

「俺が幼い頃から上級貴族達のお茶会に参加させられていたのも、令嬢達が俺の婚約者の座に固執していたのもそのためですか」

「イーディス嬢もよく我慢していたよな」

「彼女の父、フランシカ家当主が大の剣聖ファンだからでしょう。彼女は剣聖の孫には興味がない」

「まぁそんなイーディス嬢も公爵夫人には興味があるんじゃないか?」

「……どうでしょう? ただ屋敷に大きな書斎を作れば喜んでくれるでしょうね」

「フライド家が公爵となった暁には大きな書斎付きの屋敷を贈ろう。だから協力してくれるな?」

 結婚したら沢山の本を贈ろう。各国から本を集めて書斎を満たすのだ。一つの部屋では足りないかもしれない。読書家の彼女のためにいくつもの部屋に本棚を設置しなければ。椅子はどんなものがいいか。リガロはじっとしていることが少ないため、長時間座ることに適した椅子というものを知らない。だがイーディスのことだからデザインはシンプルなものがいいのだろう。目に優しいベージュや茶色、素材本来の色を活かしたものもいいかもしれない。彼女の大好きな物語の世界に入り込むために必要なものを全て揃えるのだ。全てが済んだらイーディスと一緒に話し合おう。彼女の好きなもので満たした屋敷はきっと素敵なものになるだろう。

 聖女の友人役が面倒であることに変わりはない。けれど彼女の一生を少しでも素敵なものに変えることが出来るなら。

 リガロはほんの少しの時間を『聖女様』に分け与えることにした。

「イーディスのためなら喜んで」

「そこで嘘でも王家のためとは言わないところが、リガロらしいな」

 スチュワート王子が呆れた目で見るのも気にせずに、リガロは読書に耽るイーディスの姿を想像して一足先に幸せに浸るのだった。
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