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一章

7.興味なんてない

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 これでは眠れるはずもない。イーディスとてそこまで図太くはないのだ。近くに何かあるのかと軽く辺りを見渡せば、メイドが楽しそうにクスっと笑った。

「今日はずっとリガロ様はお嬢様を気になさっているんですよ。二回戦が終わった後にわざわざこちらに足をお運びになって」

「夢じゃなかったのね」

「きっとお嬢様の気持ちが届いたのですわ」

 いくらリガロが婚約者に関心のない男とはいえ、会場で寝る姿は看過出来なかっただけではなかろうか。誘わなければ良かったと頭を抱えているかもしれない。さすがに今回は自分が悪かったとイーディスは反省して立ち上がる。

「帰りましょう」

「え、ですがまだ……」

「大丈夫よ。体調も落ち着いたから」

 メイドは困ったようにリガロとイーディスの顔を交互に見る。何故帰るのかとでも言いたげだ。確かに後もう少しなら見て帰ればいいのかもしれない。だが彼がずっとこちらを見ていたと知ってしまったからには行動に移さない訳にもいかないだろう。

「これ以上、リガロ様に心配をかける訳にもいかないもの」

 謝罪は手紙でも出せば良い。『朝起きた時から体調が優れなかったが、どうしてもあなたの勇姿をこの目で見たかった』とでも書いておけば強く非難されることはないだろう。体調管理も出来ないと思われるだろうが、これを機に彼から距離を取られたところでイーディスとしては痛くも痒くもない。むしろ願ったり叶ったりである。背中に彼の視線が注がれるのを感じながら、イーディスは会場を後にした。

 けれど手紙を出したイーディスの元にやってきたのは手紙ではなく、リガロ本人からの言葉だった。

「再来月に行われる大会に招待された。席はうちの使用人に確保させておくからゆっくりと来るといい」

 どうやら場所を用意するから先日のイメージを払拭しろと言いたいようだ。屋敷の中でならば何をしていても構わないが、外でくらいちゃんと慎ましやかな婚約者を演じろーーと。全く以てぐうの音も出ない。次を与えてくれるのはきっと新しい婚約者を選び出すのが面倒だからだろう。

「お気遣い感謝致しますわ」

 深く頭を下げれば、彼の眉間に皺が寄った。そしてしばらく視線を彷徨わせるとゆっくりと口を開く。

「……興味がなければ、無理に来なくていい」

 どうやら彼自身はチャンスを与えてやるつもりはなかったらしい。こちらに関心がないようで、実は着飾ることを止めて読書に耽る婚約者に辟易していたのかもしれない。

 リガロ自身もこの婚約を続けることに限界を感じているとすれば、イーディスが我慢を続ける理由はあるだろうか。フランシカ家側からの婚約解消は出来ないが、フライド家側からしてもらえれば仕方ない。元々不相応な婚姻だったと流すことが出来る。体裁なんて今さら気にしたところで挽回が出来るレベルはもうとっくに過ぎている。次の婚約者は決まらないかもしれないが仕方がない。剣聖の孫の婚約者なんて針のむしろに娘を追いやったお父様が悪い。

「興味など初めからありませんわ」

「初め、から?」

「私、剣を振っている殿方を見るよりも本が好きですの。ページを捲る度にいろんな世界を見せてくれる本は退屈させないでくれますから」

「……俺と一緒にいるのは退屈か?」

「ええとても」

 にっこりと最上級の笑みを向ける。ああ、これでやっと全てが終わる。きっと彼は怒りだして、すぐにでも婚約解消を願うだろう。半月後には人目から遠ざけるように辺境の修道院にでも入れられているかもしれない。今までのように十分な生活が送れずとも、剣聖の孫から解放される道を選んだ。けれどリガロの反応はイーディスの想像していたものとはまるで違った。

「退屈か! そうか。なら今度から別の場所に行って鍛錬することにしよう」

 数年前の笑みとは違う、快活で豪快な笑みを浮かべたのだ。そして心底楽しそうに言葉を続けた。

「剣聖の孫にそんなことを言うやつがいるとは思わなかった。それもよりによって婚約者が」

「気に入らないのでしたら婚約を解消するなり、今まで通り無視すればよろしいかと」

「いや、俺は随分と勿体ない時間を過ごしていたと思ってな」

 意味が分からなかった。けれどこの日を境にリガロは変わった。剣以外に無関心を貫いていた男が乙女ゲームの彼のように明るい脳筋へと変わったのである。

 そして週に一度しかなかったはずの交流は手紙を送る暇もないほどに増えた。そう、彼は毎日フランシカ家を訪問するようになったのである。

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