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一章
3.無駄な努力はしない
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「めんどうくさい」
大嫌いな男と定期的に顔を合わせなければいけないのも。
彼の婚約者として嫌みのオンパレードを受け流さなければいけないのも。
はぁ……と深くため息を吐いて、使用人にリガロもといフライド家の使用人宛の手紙を託す。そしてベッドに寝転がりながら、婚約解消までの数年間どう過ごすかを考える。もちろんシナリオに沿って行動するというのは論外だ。恋心もなければ、将来の衣食住の保証すらもないのだ。なぜ捨てられると分かっていて真面目に働かなければならないのだ。乙女ゲームの舞台に到達する前に精神が擦り切れる予感しかしない。婚約前か婚約解消後に記憶が戻れば良かったのに。イーディスは人生の不条理さを噛みしめながら、眉間に寄った皺を解す。
「……適度に距離をおくか」
今のイーディスが出来ることといったらこれくらいだ。後は地道にリガロから嫌われる言動を繰り返すとか。所詮、男爵令嬢でしかない。悪役令嬢のように取り巻きはおらず、むしろ周りは敵ばかり。派手に動いたところで自分の首を締めるだけ。友人と呼べる相手はただ一人。男爵令嬢のマリア=アリッサムだ。彼女もまた、婚約者絡みでお茶会に参加すればご令嬢方から嫌みを言われ続ける。けれど彼女の場合、ほとんどお茶会に参加することはない。身体が弱く、屋敷から出ることがめったにないのだ。イーディスも彼女と直接あったのは片手の指で数えられる程度。令嬢友達というよりも文通友達である。読書家の彼女とは本についての感想を送り合ったりしている。たまに婚約者の話をすることもあるが、大抵、イーディスがリガロの素敵なところを書き連ねるだけだ。なにせ彼女は剣聖の孫に権力的魅力を感じていないのだ。なんでも彼女のお母様は西方の国出身で、彼女が十五になったらその国の上位貴族の元に嫁ぐらしい。彼女が産まれてた時から決まった婚約相手は、国どころか大陸を代表する名家の一つである。これがご令嬢から嫌みを言われる理由でもあるのだが、イーディスもまたその貴族に魅力を感じていない。だからこそ何の気も張らずに文通が出来る。きっと彼女はイーディスがリガロとの婚姻を解消されても仲良くしてくれることだろう。モブ令嬢のお友達が学園に不在の女の子だけってどうなんだろう……と思いつつ、マリアだけは大切にしようと決心する。そしてイーディスは二度寝を決め込むのだった。
「イーディス様、お身体の調子が悪いのでしょうか」
「大丈夫よ。ちょっと眠いだけだから」
ふわぁと大きなあくびをすればメイドはますます困った顔をする。それも仕方のないことだろう。今日のイーディスはメイドに起こされてもなお、布団にへばりついていたのだから。もしもこれが何も用事のない日ならばメイドもしつこく聞いてくることはなかったと思う。ただ疲れているのだろう、で済ませるだけ。だが今日はフランシカ屋敷にリガロがやって来る日なのだ。普段のイーディスならばいつもよりも半刻は早く起きて、メイドと共にオシャレに取りかかるのだから。どうせどんな格好をしていたところで彼がそれに触れることはないというのにご苦労なことだ。視界に入っていたとしても記憶に残れているかは定かではない。そんな無駄な努力をするくらいだったら四半刻だろうとなんだろうと長くベッドの中にいたいのだ。二度寝だけでは物足りないイーディスはメイドに髪を梳かされながらもベッドに熱い視線を送る。
「本日のドレスはいかがなさいましょう」
「そうね、一番右ので」
イーディスが指さしたのはベージュベースで茶色と黒のラインが入った地味なドレスだった。ドレスというよりもワンピースと言った方がいいか。用事のない日に屋敷で着るような服だ。フリルは最低限で、左右には大きめのポケットがある。記憶を取り戻す前からのお気に入りの服ではあるが、同時に好きな相手を迎える日には相応しくないと散々避け続けた服でもある。メイドも間違って持ってきてしまったのだろう。表情が完全に固まってしまっている。
「リガロ様とお会いするには些か地味かと……」
「そう? 可愛くていいじゃない」
「ですが……」
「私、今日はその服が着たいわ」
渋るメイドにそう告げる。彼女は少しだけ視線を彷徨わせてから何かに気付いたようにハッとした。「リガロ様もお嬢様の変化に気付いてくださるかと!」と目を輝かせるメイドはおおかた、イーディスがリガロに構って欲しくてこの服を選んだと勘違いしたらしい。あの脳筋が服を変えただけで何かしらのコメントをするはずがない。喉元まででかかった苦言を必死でお腹の中に押し戻し、適当にそうね~とだけ返すのだった。
大嫌いな男と定期的に顔を合わせなければいけないのも。
彼の婚約者として嫌みのオンパレードを受け流さなければいけないのも。
はぁ……と深くため息を吐いて、使用人にリガロもといフライド家の使用人宛の手紙を託す。そしてベッドに寝転がりながら、婚約解消までの数年間どう過ごすかを考える。もちろんシナリオに沿って行動するというのは論外だ。恋心もなければ、将来の衣食住の保証すらもないのだ。なぜ捨てられると分かっていて真面目に働かなければならないのだ。乙女ゲームの舞台に到達する前に精神が擦り切れる予感しかしない。婚約前か婚約解消後に記憶が戻れば良かったのに。イーディスは人生の不条理さを噛みしめながら、眉間に寄った皺を解す。
「……適度に距離をおくか」
今のイーディスが出来ることといったらこれくらいだ。後は地道にリガロから嫌われる言動を繰り返すとか。所詮、男爵令嬢でしかない。悪役令嬢のように取り巻きはおらず、むしろ周りは敵ばかり。派手に動いたところで自分の首を締めるだけ。友人と呼べる相手はただ一人。男爵令嬢のマリア=アリッサムだ。彼女もまた、婚約者絡みでお茶会に参加すればご令嬢方から嫌みを言われ続ける。けれど彼女の場合、ほとんどお茶会に参加することはない。身体が弱く、屋敷から出ることがめったにないのだ。イーディスも彼女と直接あったのは片手の指で数えられる程度。令嬢友達というよりも文通友達である。読書家の彼女とは本についての感想を送り合ったりしている。たまに婚約者の話をすることもあるが、大抵、イーディスがリガロの素敵なところを書き連ねるだけだ。なにせ彼女は剣聖の孫に権力的魅力を感じていないのだ。なんでも彼女のお母様は西方の国出身で、彼女が十五になったらその国の上位貴族の元に嫁ぐらしい。彼女が産まれてた時から決まった婚約相手は、国どころか大陸を代表する名家の一つである。これがご令嬢から嫌みを言われる理由でもあるのだが、イーディスもまたその貴族に魅力を感じていない。だからこそ何の気も張らずに文通が出来る。きっと彼女はイーディスがリガロとの婚姻を解消されても仲良くしてくれることだろう。モブ令嬢のお友達が学園に不在の女の子だけってどうなんだろう……と思いつつ、マリアだけは大切にしようと決心する。そしてイーディスは二度寝を決め込むのだった。
「イーディス様、お身体の調子が悪いのでしょうか」
「大丈夫よ。ちょっと眠いだけだから」
ふわぁと大きなあくびをすればメイドはますます困った顔をする。それも仕方のないことだろう。今日のイーディスはメイドに起こされてもなお、布団にへばりついていたのだから。もしもこれが何も用事のない日ならばメイドもしつこく聞いてくることはなかったと思う。ただ疲れているのだろう、で済ませるだけ。だが今日はフランシカ屋敷にリガロがやって来る日なのだ。普段のイーディスならばいつもよりも半刻は早く起きて、メイドと共にオシャレに取りかかるのだから。どうせどんな格好をしていたところで彼がそれに触れることはないというのにご苦労なことだ。視界に入っていたとしても記憶に残れているかは定かではない。そんな無駄な努力をするくらいだったら四半刻だろうとなんだろうと長くベッドの中にいたいのだ。二度寝だけでは物足りないイーディスはメイドに髪を梳かされながらもベッドに熱い視線を送る。
「本日のドレスはいかがなさいましょう」
「そうね、一番右ので」
イーディスが指さしたのはベージュベースで茶色と黒のラインが入った地味なドレスだった。ドレスというよりもワンピースと言った方がいいか。用事のない日に屋敷で着るような服だ。フリルは最低限で、左右には大きめのポケットがある。記憶を取り戻す前からのお気に入りの服ではあるが、同時に好きな相手を迎える日には相応しくないと散々避け続けた服でもある。メイドも間違って持ってきてしまったのだろう。表情が完全に固まってしまっている。
「リガロ様とお会いするには些か地味かと……」
「そう? 可愛くていいじゃない」
「ですが……」
「私、今日はその服が着たいわ」
渋るメイドにそう告げる。彼女は少しだけ視線を彷徨わせてから何かに気付いたようにハッとした。「リガロ様もお嬢様の変化に気付いてくださるかと!」と目を輝かせるメイドはおおかた、イーディスがリガロに構って欲しくてこの服を選んだと勘違いしたらしい。あの脳筋が服を変えただけで何かしらのコメントをするはずがない。喉元まででかかった苦言を必死でお腹の中に押し戻し、適当にそうね~とだけ返すのだった。
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