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★『王子』に興味がない彼女
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それからお茶会の度に会うようになった。
生垣のどこかにいる彼女を探すのも楽しみの一つだった。
毎回会場から抜け出すのには苦労したが、脱走した俺を探す使用人達は薔薇園にやってくることはない。俺が薔薇を嫌っていることを知っているからだろう。俺だってアドリエンヌと忍んで会うことがなければこんなところ出入りする気はない。
王子であることを隠すことに後ろ暗さを感じたが、手袋にブラシと用意してきた彼女のテクニックがあまりに優れているもので、毎回心地よさに溺れていった。
次こそは言おう。次こそは。
そう思いながらも、気が付けばいつだってお茶会の終了間際になっていた。
回数を増していくごとに人数を減らしていく令嬢達。
そして俺の我慢も効かなくなっていた。
早く会いたい。
お茶会が終わってからはそればかりを考えるようになっていた。
あの手に抱かれた日からずっと捕らわれている。
すでに彼女以外が婚約者になるなんて考えられなかった。だが彼女は王子にこれっぽっちも興味がない。なんとか気を引けないものかと一通の手紙を出した。
『城の赤バラをあなたに捧げたい』
ドラゴンと王子がなんらかの形で結びついてくれればそれに越したことはない。
だが人がドラゴンになるなんて想像もつかないだろう。
だから想いを寄せていることだけでも伝わりますようにと願いを込めて封をした。
けれど彼女にこの想いが届くことはなかった。
それどころか返ってきた手紙は悲惨なものだった。
『赤バラも素敵ですが、私にはもっと欲しいものがございますの』なんて、明らかに拒絶されている。ドラゴン相手ならあんなにも優しく微笑んでくれるのに……。
ん? ドラゴン相手ならいいのか?
その時、俺の頭には名案が浮かんだ。
ドラゴン好きの彼女を縛り付けることが出来る最良の方法が。
それがテイム契約。けれどそれは彼女の魂をも縛ることになる。両者の合意さえあればすぐに解除をすることは出来るが、一度手に入れた彼女を手放せる気がしない。だからこそ踏み出すには勇気が必要だった。
三日三晩迷って、自分の欲と葛藤する。
そして俺は卑怯な真似を使うのは止めようと決めた。
――けれど無理に押さえつけた欲望というのは、きっかけさえあれば簡単にあふれ出してしまうものである。
「でもフレイムさんが成体になる頃には、このお茶会も終わって、会えなくなっていますよ」
「……っ」
会えなくなる。その言葉を聞いてしまえば我慢の蓋ははじけ飛んだ。
人に突き放される寒さを知ってしまった俺には、一度知ってしまった温もりを手放すことなど出来なかったのだ。
ドラゴン好きの彼女をだますような形で契約を結ばせ、直後に王子であることもバラした。そして半ば脅すような形で婚約を結ぶことに成功した。ドラゴンの姿ではマスターを、そして人の姿では婚約者を手に入れたのである。嬉しかった。これでずっと一緒にいられると、彼女はもう逃げられないのだと涙が零れそうになった。
初めこそ嫌そうに顔を歪めていたアドリエンヌだったが、ドラゴン姿の俺と一緒にいられるようになったことは嬉しいらしい。度々俺の元を訪れてはフレイムを堪能する。人型の時には見せない緩んだ顔に、いつしかドラゴンの自分に嫉妬するようになった。
いつか人型でも彼女に愛されたい。
そんなささやかな願いはこの先何十年とかけて叶えていくつもりだった。
学園への入学が決まってからは間違っても他の男どもがアドリエンヌに手を出したりしないようにと睨みを利かせる。週末はアドリエンヌと会いたいが、王子としての勤めがあった。彼女が夜会に参加するまでの後二年。地盤作りに手を抜くつもりはなかった。離れている間、彼女の気持ちが他の男になびかないか、それが不安でたまらなかった。だから護衛の一人にはアドリエンヌを監視させた。
初めはなかなか屋敷から出てこないことに安心していたが、いつからか屋敷の中で誰かと密会しているのではないかと不安に思うようになった。彼女が度々「いい相手はいないんですか?」と聞いてくるのも不安感を煽る原因の一つだ。
生垣のどこかにいる彼女を探すのも楽しみの一つだった。
毎回会場から抜け出すのには苦労したが、脱走した俺を探す使用人達は薔薇園にやってくることはない。俺が薔薇を嫌っていることを知っているからだろう。俺だってアドリエンヌと忍んで会うことがなければこんなところ出入りする気はない。
王子であることを隠すことに後ろ暗さを感じたが、手袋にブラシと用意してきた彼女のテクニックがあまりに優れているもので、毎回心地よさに溺れていった。
次こそは言おう。次こそは。
そう思いながらも、気が付けばいつだってお茶会の終了間際になっていた。
回数を増していくごとに人数を減らしていく令嬢達。
そして俺の我慢も効かなくなっていた。
早く会いたい。
お茶会が終わってからはそればかりを考えるようになっていた。
あの手に抱かれた日からずっと捕らわれている。
すでに彼女以外が婚約者になるなんて考えられなかった。だが彼女は王子にこれっぽっちも興味がない。なんとか気を引けないものかと一通の手紙を出した。
『城の赤バラをあなたに捧げたい』
ドラゴンと王子がなんらかの形で結びついてくれればそれに越したことはない。
だが人がドラゴンになるなんて想像もつかないだろう。
だから想いを寄せていることだけでも伝わりますようにと願いを込めて封をした。
けれど彼女にこの想いが届くことはなかった。
それどころか返ってきた手紙は悲惨なものだった。
『赤バラも素敵ですが、私にはもっと欲しいものがございますの』なんて、明らかに拒絶されている。ドラゴン相手ならあんなにも優しく微笑んでくれるのに……。
ん? ドラゴン相手ならいいのか?
その時、俺の頭には名案が浮かんだ。
ドラゴン好きの彼女を縛り付けることが出来る最良の方法が。
それがテイム契約。けれどそれは彼女の魂をも縛ることになる。両者の合意さえあればすぐに解除をすることは出来るが、一度手に入れた彼女を手放せる気がしない。だからこそ踏み出すには勇気が必要だった。
三日三晩迷って、自分の欲と葛藤する。
そして俺は卑怯な真似を使うのは止めようと決めた。
――けれど無理に押さえつけた欲望というのは、きっかけさえあれば簡単にあふれ出してしまうものである。
「でもフレイムさんが成体になる頃には、このお茶会も終わって、会えなくなっていますよ」
「……っ」
会えなくなる。その言葉を聞いてしまえば我慢の蓋ははじけ飛んだ。
人に突き放される寒さを知ってしまった俺には、一度知ってしまった温もりを手放すことなど出来なかったのだ。
ドラゴン好きの彼女をだますような形で契約を結ばせ、直後に王子であることもバラした。そして半ば脅すような形で婚約を結ぶことに成功した。ドラゴンの姿ではマスターを、そして人の姿では婚約者を手に入れたのである。嬉しかった。これでずっと一緒にいられると、彼女はもう逃げられないのだと涙が零れそうになった。
初めこそ嫌そうに顔を歪めていたアドリエンヌだったが、ドラゴン姿の俺と一緒にいられるようになったことは嬉しいらしい。度々俺の元を訪れてはフレイムを堪能する。人型の時には見せない緩んだ顔に、いつしかドラゴンの自分に嫉妬するようになった。
いつか人型でも彼女に愛されたい。
そんなささやかな願いはこの先何十年とかけて叶えていくつもりだった。
学園への入学が決まってからは間違っても他の男どもがアドリエンヌに手を出したりしないようにと睨みを利かせる。週末はアドリエンヌと会いたいが、王子としての勤めがあった。彼女が夜会に参加するまでの後二年。地盤作りに手を抜くつもりはなかった。離れている間、彼女の気持ちが他の男になびかないか、それが不安でたまらなかった。だから護衛の一人にはアドリエンヌを監視させた。
初めはなかなか屋敷から出てこないことに安心していたが、いつからか屋敷の中で誰かと密会しているのではないかと不安に思うようになった。彼女が度々「いい相手はいないんですか?」と聞いてくるのも不安感を煽る原因の一つだ。
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