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欲望には忠実に

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「……っ、あなたは」
「お前が殺されたいと願ったドラゴンだ」

 剣を弾き飛ばしそうな赤いうろこに、バッサバッサと音を立てて羽ばたく立派な羽根。
 まさしくドラゴンだ。

 まさか実在したなんて……。

「神様、大サービス過ぎる……」
 前世と今世で貯めた得ポイント全部使い果たしたって言われても許す。

 なんなら来世マイナススタートでも仕方ないって思える。
 だって目と鼻の先にはドラゴンがいるのだ。来世ダンゴムシ転生からの小学生の短パンと共に洗濯機で回されて死亡とかでも全然良い。

 だが、一つだけ想像と違うところがある。

「怖くないのか?」
「怖くないも何も……このサイズ感でどこを怖がれと?」

 このドラゴンさん、小型犬ほどの大きさしかないのだ。私の腕の中にすっぽりと収めることが出来るくらいのサイズ。
 私が憧れた、空を自由に飛び回る圧倒的強者とは少し異なる。

 声が渋いから期待してしまったが、おそらくまだ幼体なのだろう。
 格好良さには欠けるが、変わりにかわいらしさがプラスされている。

 ドラゴンという存在自体が奇跡なのに、要素を加算するとは……。
 特大サービスもいいところだ!

 悪役令嬢なんて即死確定キャラに転生させてしまったからどこかでギフトを与えてくれたのだろう。


 神様、私のことめっちゃ分かってる! 
 さすが神様! 
 何を司る神様かは分からないけど、ガンガン信仰させて頂きます!

 おお、神よ。
 両手を組んで空を見上げれば、ドラゴンさんは不機嫌そうに顔を歪ませた。

「普通の令嬢なら、この姿でも恐れをなすぞ!」
「いつの世もイレギュラーというものは存在するものです。ということで撫でさせてください!」

 それはあくまでこの世界の令嬢は、という話でしょう?
 それに普通の令嬢が王子争奪戦から逃げ出すはずがないだろう。
 それに親にこんなだっさいドレスを着せられることもない。


 普通なんて知るか!
 転生した時点から私に『普通』の道なんて与えられていなかったのだ。

 そんなものよりも私はドラゴンを撫でたい!

 欲に忠実に生きるのみ!

 人目も気にせず「お願いします!」と清々しい土下座を繰り広げる。
 西洋風のこの世界に土下座なんてものは存在しない。だがドラゴンさんに私の気迫は伝わったらしい。

 少しだけたじろいだようだ。
 羽ばたくスピードもゆっくりになっており、少し距離を感じる。完全に引かれた。

 けれどいつ死ぬかも分からぬ状態で、みすみすこのチャンスを逃してやるつもりはない。
 ここぞとばかりに攻めて攻めて攻める。

「ちょっとでいいんで。記念にうろこくださいとか言わないんで。十秒、いや五秒。指二本分とかでいいんで触れさせてください!!」

 多分、このドラゴンさんは優しいタイプのドラゴンだ。優しさがなければ死にたがりなんて面倒なものに好んで声をかけるはずがない。

 ひるんだ姿に、押しに弱いタイプかと攻め方を変えずに突き進むことを決める。
 一度顔を上げ、そこから床に擦りつける勢いで頭を下げる。

「お願いします!!」
「お前、本当に変わっているな」
「触らせてくれるなら何とでも言ってください!」
「……分かった。特別に許可しよう」
「ありがとうございます!!」

 心優しきドラゴン万歳!
 許可と同時に彼へと両手を伸ばし、胸元に抱きかかえる。

「あれ、意外と固くない?」

 固いことには固いが、魚のうろこ程度。うろこ自体の大きさは魚よりも大きいが、ペットボトルのキャップさえあればガリッといけてしまいそうだ。

 雑に扱うつもりはないが、傷つけてしまわないように自然と彼を抱く力を少しだけ緩める。

「俺はまだ幼体だからな。成体になる頃には剣さえ通さぬほどの強度になる」
「へぇ~。あ、じゃあまだ普通のブラシでブラッシング行けるんですか?」
「いや専門のブラシが……ってお前、ブラッシングまでするつもりなのか?!」
「さすがに持ってませんからしませんよ」

 なるほど。専用のブラシが存在するのか。
 いつか使うかもしれない『ドラゴン専用ブラシ』を脳内メモに記載する。

「持っていたらするつもりだったのか……」
「もちろん事前にドラゴンさんの許可を取りますよ?」

 ブラッシングはしたい!
 けれど欲望のまま突き進むつもりはない。許可取りは必須。さすがにそれくらいのマナーはある。

 勝手にやって機嫌を損ねるのも、うろこに傷がつくのも嫌だし。
 手を動かしながら、せめて手袋スタートかな? 何製がいいんだろう? と思考を巡らせる。
 帰ったら父におねだりしよう。

 普通の親なら、いきなり自分の娘がドラゴン用のアイテムを欲しがれば確実に眉をしかめることだろう。だが私の両親は子の興味に関心がない。

 転生して数日でこの境遇を喜ぶ日がこようとは……。

 無関心万歳!
 ドラゴンさんをブラッシング出来る日を夢見て、によによと気持ち悪い笑みを浮かべれば、ドラゴンさんは呆れたような目で私を見上げた。


「フレイムだ」
「は?」
「俺の名前はドラゴンさんではなく、フレイムだ」
「フレイムさん……」
 それがドラゴンさんの、彼の名前か。
 繰り返して、真っ赤なボディにぴったりの名前だなと彼のうろこを指で撫でる。

「お前の名前は?」
「アドリエンヌです。アドリエンヌ=プレジッド」
「プレジッド家の一人娘か」
「え、フレイムさん、私のことご存じなんですか?」
「一応な。だがこんな変人だとは知らなかった」

 もしかしてフレイムさんって野生のドラゴンではなく、城関係者?
 純度百パーセントのアドリエンヌ時代の記憶を辿ってみても、城にドラゴンがいるなんて聞いたことがない。
 城関係者に飼われているのか、住人として住んでいるのか。
 どちらにしても貴族関係の繋がりを把握しているのだからただ者ではないのだろう。
 一瞬警戒しかけたが、今さらだろう。土下座まで披露し、すっかり変人認定されている。ここで態度を変えてもそれこそ変に思われるだけだ。

 警戒するのなら、どんなに遅くとも人語が話せるドラゴンを目にした時点で貴族の仮面を張り付けるべきだったのだ。

 時すでに遅し。遅れまくりだ。
 けれど後悔はしていない。
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