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5章

◆触らぬ神に祟りなし

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 ロナルド=ランブルングは鞄からハンカチを取り出し、濡れたパッションピンクの髪を拭う。ハンカチだけでは到底吸い切れないが、今日はもう授業はない。王城に戻ったら風呂を用意してもらおう。

 馬車乗り場に向かって、生徒のいない廊下を歩く。この場所をかつてダグラス=シルヴェスターも歩いていたと思うと不思議な気持ちになる。

「まさか辺境伯の息子が一番だとはなぁ」

 先ほどウェスパル達に見せた錬金アイテムは、その者に集められた畏怖や信仰を測定するためのもの。物に宿った神の力や加護も測定することが可能だ。

 主にランブルング王国次期国王の選別に使用される。第一王子が王位を継ぐことがほとんどだが、即位が決まる前にこのアイテムを使うことが決められている。

 測定の結果、カリスマ性や国民からの支持が不足していると判断された場合は即位は取り消しとなる。

 国にとってかなり重要なアイテムだが、シルヴェスター領を恐る父は簡単に許可をおろしてくれた。

 かなり説明しづらい結果に終わったわけだが、ロナルドとしては長年の謎が解けてスッキリと晴れ渡ったような気持ちだ。


 ロナルドがこの国に興味を持ったきっかけは、獣神の子が召喚されたという噂だった。魔獣好きのロナルドは、獣神の子どもが魔獣コンテストに出ると聞いてお忍びでジェノーリア王国へとやってきた。

 そこで初めて亀の魔獣を見た。獣神の子を圧倒する力と愛くるしい見た目に思わず目を奪われた。

 自分の知らない魔獣がいたのか。
 獣神の子を見に来たことなど忘れていた。

 帰国後、覚えている見た目を頼りに探してもそんな魔物いない。もしかして新種だろうか。参加者を調べ、あの亀ーー亀蔵を連れていた男がシルヴェスター辺境伯だと知った。そしてその娘がサルガス王子の婚約者だということも。

 ロナルドは亀蔵の姿を見るため、ウェスパルとの接触を計ることにした。
 第二王子の婚約者ならお茶会にいるだろうと王家主催のお茶会に招待してもらったまでは良かったが、何度足を運んでも彼女の姿はなかった。

 どうやら彼女はほとんど領から出てくることはなく、王家のお茶会はもちろん、限られた場所にしか顔を見せないらしいと知ったのはしばらく経ってからだった。

 彼女が黒い鱗のミニドラゴンを連れていると知ったのもこの頃だ。

 彼女が参加するお茶会というのも、子爵家や男爵家といった比較的家格が低い家が催しているものなので招待状が確保しづらい。

 だからといって一国の王子に婚約者に会わせてくれと強く主張するのもおかしな話だ。悩んだ末、彼女の入学に合わせて留学をするのが無難だという結論に至った。

 入学までの間、亀蔵とシルヴェスター家について調べられるだけ調べた。そしてとあることに気付いた。

 シルヴェスター家の娘がドラゴンを召喚した日とあの亀が彼女に懐いて森からついてきたという日があまりにも近すぎるのだ。

 単なる偶然か?
 それに邪神を封印されし土地、シルヴェスター領の娘が新種の魔獣とドラゴンを手なずけているというのが気になった。

 ロナルドの中で一つの推論が生まれた。
 亀蔵は邪神、いや、龍神の子どもなのではないか。彼は封印前に神の子を残したのではないか。

 今になって封印された洞窟から出てきたのは邪神の命が尽きたから?

 神の子どもはその種族を受け継ぐというのが一般的であるが、あのフォルムは完全に亀。だが亀の甲羅に見える部分が龍の鱗に見えなくもない。あの姿はまだ幼体で、大きくなれば他のドラゴンのような姿になるのではないか。

 一般席から見たので、細部まで確認できたわけではない。上からでは見づらい場所に羽根が生えていたのではないか。

 今はまだドラゴンには見えないからこそ、わざわざ名前に亀と付けることで周りに亀だと思わせているのではないか。
 黒い鱗のミニドラゴンはその可能性を疑われた際に誤魔化すため、後から召喚したのではないか。

 そう考えると、シルヴェスター家の息子が獣神の子どもを召喚したのにも説明がつく。彼はその後、レッドドラゴンまで仲間に入れているのだ。

「神の子どもとドラゴンを立て続けに仲間にするなんて絶対に何かあるに決まってる」

 どちらも妹を思っての兄の行動とは露ほども思わないロナルドは『亀蔵=邪神の子ども』説を信じて突き進んだ。

 秘密を知ってしまったと消される危険性も考え、遠くから監視し続けた。
 だが全く危険がない。魔獣を愛でる会から送りこまれた生徒がデッサンをしていても大人しくしており、土魔法学の授業でも他の生徒に配慮する姿勢が見える。

 かめえと鳴きながらご飯を食べている姿は非常に愛らしく、このままでは邪神に懐柔されてしまう。ある種の危機感を覚えたロナルドは母国から錬金アイテムを送ってもらった。

 この危機感を数値化して国に伝えられればーーと。

 だが錬金アイテムを使って出た結果はあまり参考にはならなかった。

 なにせ一番高い数値を叩き出したのはただの人間。歴代の国王や現存している歴代獣神の記録よりも高かったのである。

 次いでウェスパルと亀蔵、ルクスの三名。この三名は離れることがなかったため、正確な数値を測定することはできなかった。だが一人一人に神の力が宿っている。

 そしてイヴァンカ=ファドゥールからは加護が宿っているらしい反応が見られた。光の巫女と共にいるからだろうか。彼らの他にも『ギュンタ印の飲める温泉回復剤』や『精霊の祝杯』といった物にも神の力が宿っているらしかった。

 全て辺境から来た人物ばかりだ。
 あの土地には何かある。そう確信した時、ふと一匹のドラゴンが頭に浮かんだ。

 ロナルドが亀蔵を観察している間、ずっとこちらを警戒していた黒い鱗を持ったドラゴン。邪神のフェイクとして召喚されたと思っていた彼だが、シルヴェスターの令嬢を筆頭とした『辺境領から来た生徒たち』を大切にしているように見えた。

 授業中も食事中も彼女から離れず、ピタリとそこにいる。まるで自分の番を守るかのように。

 周りの生徒に聞き込みをしてみても『番』『恋人』『夫婦』『伴侶』『パートナー』など似たような返答が返ってきた。

 もしや彼こそが邪神で、大人しくしているのは人間の番が出来たからではないか。

 亀蔵に向けていた推測は大体彼にも当てはまる。むしろあのドラゴンこそが邪神とした方が自然である。

 長年抱えていた謎が解決できたような気がする。自身の推測をより確かにするため、彼女達に揺さぶりをかけた。

 正解は得られなかったが、呆れる彼らの反応にホッと胸を撫で下ろした。

「報告は『現状維持で問題なし』でいいか。番ができた邪神より、獣神の子とドラゴンを従えて毎日のように妹を訪ねる兄の方が怖い」

 神獣の子を召喚したすぐ後にドラゴンを仲間にし、神以上の数値を叩き出した人間ーーダグラス=シルヴェスターこそ、ランブルング王国が最も警戒すべき人物にして、手を出してはいけない人物である。

 ロナルドの調べでは、彼が怒りをあらわにするのは妹に関連したことばかり。その他では非常に大人しいものであった。言い換えればこちらから手を出さなければ問題のない人物なのである。

 触らぬ神に祟りなし。
 これ以上の詮索はダグラス=シルヴェースターの怒りに触れる可能性があると判断し、ロナルドは残りの留学生活を亀蔵ウォッチングに充てることにしたのだった。
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